23 共犯者達の語らい
「意地悪ですのね」
マリエッタは、国王の寛ぐカウチにそっと手を置いた。
白くすべらかな、白魚のような手だ。
国王はその手を取ると、慣れた仕草で口づけた。
「何のことかな? 我が妃よ」
「ジェラルドのことですわ。何も知らせずに森へ送り出すだなんて」
「あいつは、少し潔癖すぎる。これから俺がやることを知ったら、間違いなく反対するだろう?」
「それはそうですけど……」
王妃は苦笑した。
普段は堂々とした態度を崩さない夫が、まるで彼女を窺うようにこちらを見上げていたからだ。
その顔は、悪戯が見つかった時の彼の息子にそっくりだった。
「先代の公爵が、己の一族の秘密を娘に伝える前に他界なさったのは、シャーロットにとっても我々にとっても非常に不幸な出来事だった」
「ええ。おかげで貧窮した男爵家は、シャーロットが竜を産む可能性があるなどとは思いもよらず、彼女を嫁に出してしまった」
「人の口に戸は立てられない。アニス商会は必死に隠しているが、我が国に潜む隠密の内、竜が生まれたというニュースを持ち帰った者は少なくないだろう」
「特に南方にあるテュルク帝国は、国土の半分を砂漠が占める灼熱の国。水を産むファーヴニルならば、きっと喉から手が出るほど欲しいでしょうね」
女でありながら王家を補佐する宰相家に生まれたマリエッタは、政治に明るく聡明な女性だった。
二人は、共犯者の微笑みを交わす。
「だからこそ、王都にシャーロット・アニスを名乗る女がいるのは僥倖だった」
「ええ。アニス商会の、いっそ清々しいほどのえげつなさのお陰ですわね。わざわざ影武者を立てずに済みました」
「商会には今頃、どれほどの数の隠密が潜んでいる事だろうな? 考えただけで笑えてくる」
「笑い事ではありませんわ。偽のシャーロットの息子は、もう三十回も誘拐未遂に遭遇しているそうです。なんとかしてくれと、嘆願がきていたでしょう」
「もちろん、護衛の兵士は派遣しているさ。守ろうとすればするほど、いい攪乱になる」
しかしふと、王妃の顔に一滴の不安が滲んだ。
「身代わりのお陰で、この三年森に住むシャーロットには注目が集まりませんでした。本来ならそのままそっとしておくところだったのに、私の病が癒えてしまいましたもの。各国の王たちは、今回のことで竜の存在を確信したことでしょう」
心苦しそうに言う妃を、王はそっと抱き寄せた。
「それでも、私は君が助かってくれて嬉しいよ、それは息子も、そして我が国民も同じ思いだ」
「あなた……」
「過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ない。問題は、今から何にどう取り組むかだ」
「そうね。言い伝えに従い、我々がファーヴニルを守らねば」
遠い目をして、王が呟く。
「百年に一度生まれ変わる竜か……。彼は果たして、我々を守る神となるか、それとも滅ぼす神となるのか」
「今は、二人を信じましょう。シャーロットとジェラルドを。我々には、我々にしかできない仕事があります」
「その通りだ」
夫婦の密やかな会話は、そのまま途切れた。
ファーヴニル王国の中でも、竜の秘密を知る者はごくわずか。
彼らの戦いは、もうずっと前から始まっていたのだ。




