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20 新生活スタート!

 結局、シャーロットは王妃の説得によって部屋に戻り、そこでジェラルドから不用意な発言に対する謝罪を受けた。

 彼女は衝動に任せて部屋を飛び出してしまった自分の行いを責めたが、だからといってジェラルドの同行には最後まで難色を示した。

 それは彼を個人的に苦手としているからでも、或いは騎士としての力量に疑いを持っているからでもない。

 シャーロットは、彼にラクスとの生活を否定されたくないと考えた。

 例えば二人きりならば、シャーロットがラクスを実の子供として可愛がることに、疑問を持つ人間などいない。言葉の通じない相手に何度も何度も言葉で躾をしようとしている姿は、それを知らない人間にとって滑稽にすら映るだろう。

 ラクスを産んだ時にもう一生分の非難と好奇の視線を贈られた彼女にとって、もうそんなものは沢山だったのだ。

 だからこそ人里離れた森の奥に隠れ住んだのだし、その平穏を守るためフードで顔を隠しひっそりと息を潜めて生きてきた。

 そんな自分達の日常に異分子が入り込むことを、シャーロットは嫌ったのだ。

 けれど王妃と国王の二人掛りでその必要性を諭され、結局は彼女も折れた。

 それは城を訪れるまでの間の、ジェラルドが見せた思いやりのある態度も少しは関係していた。

 もし同行を求められたのが他の騎士であったなら、シャーロットは或いはもっと強い拒絶を示したに違いない。


 そして現在、二人+一匹は無事北の森に帰ってきた。

 二頭の馬と、幌付きの馬車。それに沢山の食糧やジェラルドの荷物も一緒だ。

 不思議なことにシャーロットが望むと、木々は山小屋まで馬車が通れる程度の道を空けた。

 自覚のなかった彼女も一度森を訪れたことのあるジェラルドも、その光景にはひどく驚かされたものだ。

 そして住み慣れた小屋に入り、ラクスはとても喜んでいる。

 喜びすぎて狭い室内を四方に飛び回り、それによって立ち尽くすジェラルドに体当たりしてしまったほどだ。

 シャーロットとラクスだけなら不自由しなかった山小屋も、長身でガタイのいいジェラルドが加わると一気に狭くなる。

 仮にも王弟である人にどこで寝てもらえばいいのかしらと、シャーロットは頭を抱えた。


「あのう……」


「何か?」


「すいません。ベッドはひとつしかないんです。少し小さいんですけど、これで大丈夫でしょうか……?」


 シャーロットが不安げに尋ねる。

 彼女が示したのは、通常の物より一回りほど小さい、ベッドと呼ぶには粗末すぎる代物だった。

 切り出した四本の丸太に、木の板を乗せて布をかけただけの簡素な造りだ。

 ジェラルドがそれをベッドだと認識するのには、たっぷりの時間が必要だった。


「あ、ああ。ご心配なく。私は馬車の荷台で寝ますので。貴方も、私のような見ず知らずの男が同じ室内で寝るのはご不安でしょう」


「あら、そうなのですか。別に不安ではありません。殿下に護っていただくのですから。けれど、相応しいお構いが出来ませんで、大変申し訳なく思います」


 婚家から離縁されていようが山小屋で暮らしていようが、シャーロットは貴族の娘だ。

 彼女はジェラルドに引け目を感じていた。それが彼の同行を渋った要因の一つでもある。

 森の中ではどうしても、王家の人間に相応しい暮らしを提供できない。

 それがシャーロットには心苦しかった。

 王家に仕えるのは貴族の務めだ。少なくとも、彼女はそう言いきかされて育った。

 国王から建国の秘密を明かされた今でも、その気持ちは変わらない。


「今お茶をお淹れしますね。どうぞこちらへ」


 シャーロットが指し示したのは、これまた丸太を切り出しただけの椅子だ。

 しかも一つしかない。

 ジェラルドは戸惑った。


「いいえ。どうぞお構いなく。あなた方を守るのが私の役目。私のことはお気になさらなくて結構ですので」


「そう言う訳には参りませんわ! ただでさえ、殿下自ら御者をさせてしまって、申し訳なく思っておりますのに……」


「あの、その殿下というのは止めませんか? ジェラルドと呼んでいただいて結構ですので」


「しかし」


「これから長い間、私はこちらでご厄介になるのです。ですからすぐには無理でも、客人としてではなく便利な用心棒がきたとでも思っていただければ……」


「そんな訳にはまいりませんわ! 殿下を用心棒だなんて……と、とにかくお茶をお淹れしますね」


 シャーロットは慌てた様子で、部屋の奥に入って行ってしまう。

 ジェラルドは頭を抱えたくなった。

 長く騎士団の男社会で生きてきたジェラルドにとって、シャーロットは未知の存在だった。

 彼女はジェラルドが目にする令嬢達と違って、堅実すぎるほどに堅実で浮ついたところが少しもない。

 王宮で恋愛遊戯を楽しむ娘達しか知らないジェラルドは、彼女にどう対処していいのかほとほと困り果てていた。


 ―――こんなことで、本当にやっていけるのだろうか?


 くしくも、二人は全く同時に全く同じ悩みを抱いていたのだった。

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