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02 ビターな思い出


 シャーロットと旦那様の夫婦生活を知らない義理の両親は、彼女の懐妊をそれはそれは喜んでくれた。

 使用人のような扱いも免除され、毎日ベビーの靴下を編むことだけが、彼女の仕事になった。

 彼女の心は弾んでいた。


 だって、結婚式でしたたった一度きりのキスで、まさか身籠っていたなんて!


 そう、彼女は具体的な子作りの方法を知らなかったのだ。

 天真爛漫な彼女を愛した家族は、嫁ぐ上で非常に重要な事を彼女に教えていなかった。

 愛人に夢中で実家に寄りつきもしない旦那様は、シャーロットが妊娠したことすら知らなかった。

 だからこそ、その悲劇が起きてしまったのかもしれない。

 もっと早く、誰か彼女に子供の作り方を教えてさえいてくれたら―――。


「もう少しですよ。奥様頑張って!」


 助産婦の応援に合わせ、シャーロットは必死で力んだ。

 そのお腹は恐ろしいほど膨れ上がり、居合わせた人間全員の頬から汗が滑り落ちる。

 それはシャーロットがあの不思議な夢を見てから、ちょうど十五カ月後のことだった。

 人間の妊娠期間は十月十日。

 それを大幅に超えたシャーロットの妊娠は、近隣でも気味の悪いものとして噂されていた。

 その彼女に、今朝とうとう陣痛がやってきたのだ!

 街で最も経験豊富な助産婦が呼ばれ、手伝いに沢山の女達が招集された。

 誰もが今か今かと、彼女の出産を待っていた。

 そして、彼女から産まれてきたのは―――。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 年を召した助産婦は真っ青になった。

 彼女は今まで何百人もの赤ん坊を取り上げてきたが、それほど奇妙な赤ん坊を見たのは初めてだったからだ。

 体中が鱗に覆われ、人にはない筈の尻尾と四枚の羽根。

 部屋に詰めていた女達は悲鳴をあげながら逃げて行った。

 ただ一人残った助産婦が、その赤子を産湯につけへその緒を切ったのだ。

 人非ざる声で泣くその化け物を、助産婦はシャーロットに見せるべきか悩んだ。

 出産は大仕事。

 それで命を落とす女も少なくない。

 増して、この出産には丸一日以上の時間がかかっている。

 それで生まれた子供がこれ(・・)だと知ったら、若奥様はそれこそ天に召されてしまうんじゃなかろうか。

 助産婦の脳裏を不吉な未来が過る。


「ねえ。私の赤ちゃん。元気に生まれたかしら……?」


 息も絶え絶えに、シャーロットが尋ねる。


「ええ。とても元気な赤ちゃんですよ」


 嘘ではない。元気は元気だ。ただ人の形をしていないだけ。


「ちゃんと……五体満足で生まれてきたかしら?」


「ええ。二本の手と二本の足、ちゃんと揃っていらっしゃいます」


 四枚の羽根と一本の尻尾は余計だが。


「よかった……ねえ。顔が見たいわ。私のベビー……」


 シャーロットが懇願するので、助産婦は仕方がないと心を決めた。

 彼女はずっしりと重いその赤子を抱え、シャーロットの目の前に立った。

 赤ん坊は早々に泣くのを止め、不思議そうな顔であたりを見回している。


「アァ?」


 “彼”は首を傾げた。

 恐らく彼は雄だ。

 それらしい生殖器が付いているので。


「あぁ……」


 シャーロットは深いため息を零した。

 汗だくで、キャラメル色の髪を振り乱し、すっかりやつれた顔で、彼女は言った。


「なんて可愛い赤ちゃんかしら……」


 そう言ったきり、シャーロットは意識を失った。

 部屋で佇む助産婦は一人、とりあえずお前を愛してくれるママでよかったねと、その奇妙な赤ん坊を撫でてやった。

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