19 ジェラルドと誓い
(どうしてこんなことになったのかしら?)
山小屋に戻ったシャーロットは、首を傾げていた。
そのそばではラクスが、やっと戻ってこれたと楽しげに飛び回っている。
「あ、ラクス待って。あんまりはしゃぐとどこかにぶつかって―――」
バタン!
シャーロットが言い終える前に、ラクスはそれにぶつかってしまった。
「ごめんなさい! だいじょうぶですか?」
「いや、大丈夫だ……」
それは呆然とした様子で、途方に暮れたように呟いた。
***
「さて、全員の目指す方向が定まったところで、具体的な対策に入ろうか」
国王はてきぱきと、まるで読み書きを教える教師のように高らかに言った。
「対策、ですか?」
「そうだ。ラクスだったか? 彼が無事独り立ちできるまで、国内の貴族や諸外国から守るための対策だ」
『独り立ち』という単語に、シャーロットの胸はずきりと痛んだ。
しかしそれはたとえ人の子であったとしても、いつかは迎えなければいけないことだ。
(それよりも今は、ラクスを守り切らなくちゃ)
シャーロットはラクスを抱え、力強く頷く。
「よし。その意気だ。それで、私達からの提案なんだが―――」
国王は顎髭を撫でながら、本当に何気ない仕草で、己の横を指差した。
「え?」「は?」
指差されたジェラルドと、シャーロットの声が重なる。
二人は目を丸くして、お互いを見つめ合った。
「君達は今まで通り、森に暮らすといい。どうやらあの森は、君に招かれない者は迷い込むか立ち往生してしまい、決してその奥の湖にまでは到達できないようなんだ。それでも何者かが侵入したとしても、心配しなくていい。護衛としてこの男をつけよう」
「まあ」
「はあ!? 何を言っているのですか兄上!」
食らいつかんばかりに、ジェラルドは身を乗り出した。
その迫力に、シャーロットは思わず腰が引けてしまう。
くすくすと、王妃はおかしそうに笑った。
「あら? 陛下のご命令なら、なんでもお聞きになるのでしょ? それが忠義と言うものですわ。殿下」
「……忠義と言うのは、主君の間違いを正すことでもあります。姉上」
「正すほどの愚策だとは思えないのですけれど? あなたは剣竜騎士団を率いる国一番の騎士ですし、その剣技と身分があれば、大抵の問題は解決できますわ」
「なにより、公けにできない我らの先祖の罪を共有している」
「あの」
「それはたった今貴方達に聞かされたばかりで―――ってさては、そのために私をこの場に呼びましたね? 初めから私をハメるつもりだった。そうでしょう?」
「ハメるなんて人聞きの悪い。私達は頼りになる弟を信頼してだな」
「そうですわジェリー。たった一人の兄上をお疑いになるなんて……」
「あのう……」
「誠実そうな目をしてもだめです! いままでそうやって、何度面倒事を押し付けられてきたことか!」
その瞬間、バタンと大きな音が響き渡った。
今度はジェラルドではない。勿論国王や王妃でもない。
突如立ち上がったシャーロットが、両手をテーブルに叩きつけていた。
言い合いをしていた三人が、ぎょっとして彼女を見る。
「ラクスを面倒事だなんて言う人に、護っていただかなくても結構です!!」
シャーロットは肩を怒らせて宣言すると、ラクスを抱え部屋を出ていく。
「ま、待ってシャーロット」
慌てて王妃がそれを追った。
それに少し遅れて、我に返ったジェラルドがその後を追おうとする。
しかし突如として国王に腕を掴まれ、追跡を阻止されてしまう。
「何をするのですか兄上! 離してください」
「離したらどうするんだ? 生真面目なお前のことだ。シャーロットに謝罪するつもりだろう。けれどその後はどうする? 申し訳ない事をしたが、それでもやっぱり行けませんというのは通用しないぞ?」
尋ねられ、ジェラルドは眉間の皺を深くした。
何度も反論しようとして、そして言葉を呑み込む。
「分かっているのか? ジェリー」
「は? 一体何を……」
「他国にファーヴニルが狙われるということは、それ即ち我が国の侵略を意味するんだぞ?」
「っ! どういう意味です」
「そのままの意味だ。それほど大きくもない我が国が独立を守っていられるのは、背後に広がる不可侵の森が、そのまま城壁の役割を果たしているからだ」
「それが何だと言うのですか」
「さっきの話を思い出せ。あの森はファーヴニルがいるからこその不可侵なんだ。そしてその母親が認めた者だけが、招き入れられる。つまりあの小さなドラゴンが、再び人に傷つけられないための巨大な殻なんだ。ジェリーお前は、黄味を抜かれたタマゴが……強固なままでいられると思うか?」
ごくりと、ジェラルドの息を呑む音がした。
「勿論、竜がいなくなっても森は不可侵のままかもしれない。しかし、そうでなくなる公算は高い。そして我々為政者は、常にそのもしもを想定して動かねばならんのだ」
重苦しく言って、王は手を離した。
先ほどまで一刻も早く部屋を出ようとしていたジェラルドは、しかし動けなかった。
己の命じられた任務が、どれほどの重要事なのか。
その重みが、ジェラルドに迷いを与えた。
「お前しか、任せられる人間がいないというのは本当だ。分かってくれ、ジェラルド」
久々に、愛称ではない名で呼ばれた。
それは妙に重苦しく、ジェラルドの胸に響いた。
彼はゆっくりとその場に跪くと、兄に正式に忠誠を誓った。
「必ず、陛下のご期待に添えてみせます」
「頼んだぞ」
シャーロットの知らないところで、物語は刻々と動き始めていた。




