17 ドラゴンの眠りと公爵家の秘密
それはまだ、人が国など持たなかった頃のお話。
今よりもずっと、人とドラゴンの距離が近かった頃の物語。
昔々、あるところに
一匹の巨大なドラゴンがいました。
そのドラゴンは湖のそばで丸くなって、お昼寝するのが大好きでした。
来る日も来る日も、ドラゴンはお昼寝していました。
それを見た人間達は、思いました。
『いつも丸くなっているのは、きっと大切なものを守っているからに違いない』
人間達は、そのドラゴンが何を守っているのか知りたくてたまらなくなりました。
ある者は宝石だと言い、またある者は黄金だと言いました。
実際に確かめに行った者もいましたが、誰一人として帰ってきませんでした。
分からないとなると、人々は更に知りたくなってしまうのでした。
そんな時です。
人々の暮らす村に、冒険者がやってきました。
剣を持つ若者と、魔法使い、シーフの三人組です。
村の人々は、彼らがドラゴンの謎を解いてくれるのではないかと期待しました。
しかし冒険者達は、ドラゴンの話を聞いても興味を示しませんでした。
『ただ眠っているだけならば、そのまま静かに眠らせてあげましょう』
魔法使いがいいました。
若者もそれに同意しました。
しかし村人たちは、それでは納得できません。彼らは一計を案じました。
『冒険者様、勇者様。実は村の住人が幾人もドラゴンに食べられているのです。我々はいつ食べられるかと怯えて暮らさねばなりません。どうかお助け下さい』
確かに、帰ってこない村人がいるのは事実でした。
しかしそれは、ドラゴンが守っている物を知りたがって、無理に近づこうとしたからです。
けれどその事実を、村人は黙っていました。
そして村人たちに同情した冒険者たちは、ドラゴン退治にでかけました。
村人たちに教えられた方角へ進むと、いつしか白い霧が出てきました。
それでも三人はドラゴンを求めて真っ直ぐ進みました。
そしてようやく、湖の近くで眠るドラゴンを見つけました。
山一つほどもある巨大な竜です。
いつものように昼寝していたドラゴンは、近づいてきた三人をつまらなそうに見つめました。
『我は眠っているだけなのに、どうしてこうも人間が寄ってくるのか』
冒険者は答えました。
『それはお前が人を喰うからだ』
『お前らだって、動物の肉を喰うだろう。それと何が違う。それに向こうから近づいてくるのだ。餌が向こうから近づいてくるのなら、それを喰わない理由はない』
勇者たちは村人の話と違うと思いましたが、ここまできて後には引けません。
彼らは剣を抜き、魔法をかけ、針を放ち、ドラゴンに襲い掛かりました。
そして大変な戦いの末、彼らはドラゴンを倒しました。
戦士が振るった剣はドラゴンに深く突き刺さり、辺り一面を血が赤く染めました。
『人とは強欲なもの。我は静かに昼寝をしていただけだというのに』
ドラゴンが悲しそうにいいました。
それを聞いた冒険者たちは、村人たちを信じてドラゴンを退治に来た行いを悔やみました。
結局ドラゴンは、何も守ってなどいなかったのです。
本当に、ただ静かに昼寝していただけでした。
三人の冒険者たちは、もう二度とドラゴンの眠りを妨げないと誓いを立て、ドラゴンのいた湖の近くに国を作りました。
戦士が初めの王となり、魔法使いが宰相としてよく国をまとめました。
ドラゴンの血を浴びた場所はやがて、人を寄せ付けない鬱蒼とした森になりました。
ドラゴンの名前はファーヴニル。そして戦士の名前はシグルズと言いました。
それが、ファーヴニル王国始まりの物語。
「と言う訳で我がご先祖様は、村人に騙されドラゴンを殺したことを悔い、この国を作られた。いうなれば我が国はそれ自体が巨大な墓標なのだ。死んだドラゴンの眠りを守るための」
語り終えた国王は、喉が渇いたとばかりに紅茶を口に含んだ。
しかしもう冷えきったそれに、不機嫌そうに眉を寄せる。
王妃は笑って、リンリンとベルを鳴らした。
そしてやってきたメイドに、新たなお湯を持ってくるよう命じる。
茶葉を変え、お湯を注ぎ、王妃はもう一度四人にお茶を淹れた。
王は嬉しそうに、新しい紅茶を飲んで溜息をつく。
「ここまではあなたも知っているだろう。この国では子供でも知っている冒険譚だ」
シャーロットは頷く。
ファーヴニル王国に暮らす者なら、その話を知らない者はいない。
しかしどうして今そんな話をされるのか、彼女は首を傾げた。
「さて、この話。戦士は国王となり魔法使いは宰相になったと言うが、残りの一人はどうしたと思う?」
国王が楽しそうに言う。
その問いに、シャーロットは答えることが出来なかった。
今までそんなこと気にしたこともなかったし、誰かとその話をしたこともなかったからだ。
「シーフですか? 国を出て一人で旅を続けたのではないでしょうか」
自信なさ気に言うシャーロットを、突如国王は指差した。
なにか粗相をしてしまったのだろうかと、彼女は途端に不安になる。
「あなた。あまりからかっては可哀相よ。真面目に話してあげてください」
王妃が夫を諌める。
しかし国王は、そのいたずらっ子のような表情を改めたりはしなかった。
「君だよ」
「え?」
「シーフの名前は、スカーレット・ワラキア。シーフは女性で、我が国の公爵になった」
「そんな……」
シャーロットは目を丸くした。
今まで一度も、そんな話を聞いたことはなかったからだ。
「ではなぜシーフのその後だけが伝わっていないのか。それはワラキア公爵家の秘密と関係しているんだ」
「我が家の秘密、ですか?」
「そう。ワラキア公爵家の当主はいつも女性。そして婚姻によって血を薄めてはならないと定められている。それがなぜかわかるかい?」
「分かりません。教えていただく前に祖母は亡くなりましたし、母も詳しくは知らないようです」
シャーロットは肩を落とした。
そう、公爵家の後継者として指名されている彼女だが、実は彼女自身、公爵家について詳しいことは何も知らないのだった。ただ母が亡くなれば自分がその名を受け継ぐ。その事実を知識として知っているだけだった。
「落ち込むことはない。君が知らないのは当然だ。なんせ先代―――君のおばあ様が、自分の子孫にそれを知らせまいと、敢えて伝えなかったのだから」
「おばあ様が?」
「そうだ。君のおばあ様は、ワラキア公爵家を途絶えさせたかった。だから女公爵になるのは自分が最後で、娘を何の縁もゆかりもない君のお父上に嫁がせたんだ」
「そんな、一体どうしてそんなことを?」
「それは、ワラキア公爵家の秘密に大いに関係している」
「その秘密とは一体なんですか?」
シャーロットは身を乗り出す。
国王は、その琥珀色の目の色を深めた。
「それはね、君たちワラキア公爵家の女が、代々竜の子を産むからなんだ」
王の言葉に、シャーロットは驚きで呼吸を忘れた。
手元のラクスに視線を落とせば、彼は丸くなってクウクウと、幸せそうな寝息を立てていた。




