14 ドレスと気詰まり
目が覚めた時、最初にシャーロットの視界に入ってきたのは、自分と同じ淡い水色の瞳だった。
見慣れた息子の顔だ。
「夢……?」
涙が伝い落ちるその顔を、ラクスがペロペロと舐める。
「やめて、くすぐったいわ」
シャーロットは、どうして自分が泣いているのか分からなかった。
息子はひどく嬉しそうだ。
それを見ていたら、シャーロットまで嬉しくなってしまった。
手に馴染んだその体に触れて、パタパタと宙を漂うラクスとじゃれ合う。
部屋の中を見回すと、そこには華美ではないが品のいい調度品が揃っていた。
自分の部屋ではない。
そしてシャーロットはようやく、自分が謁見の最中に気を失ってしまったのだということを思い出した。
(そうだ、王妃様の提案が、あまりにとんでもなかったから)
それも夢だったらよかったのに。
そんなことを考えながらしばらくぼんやりしていると、部屋の扉からコンコンとノック音が響いた。
「はぁい」
(誰かしら?)
返事をすると、入ってきたのは例の騎士だった。
名前はそう―――ジェラルドだったか。
彼はベッドの中にいるシャーロットを見て、ぎょっとしたように一歩後退した。
何がそんなに驚かせてしまったのだろうかと、彼女は首を傾げる。
「し、失礼した」
ジェラルドは、すぐさま踵帰して部屋を出て行ってしまった。
シャーロットは慌ててそれを追いかける。
目の前で閉じられた扉。
シャーロットは内側から外にノックするという、奇妙なまねをしなければならなかった。
「あの、何かご用事ではなかったのですか?」
「それはそうですが、寝起きの淑女の部屋に上がり込むなど、騎士の名折れ」
どうやら自分がいつまでも寝台の上にいたのが良くなかったらしい。
「なら、もう起きましたから、入ってきて大丈夫ですよ」
「いえ。メイドを呼んで参ります。あなたは決して、この部屋を出ないでください!」
あわてたような声が、遠ざかって行った。
あの恐い顔の人がそんな声も出すのだと、シャーロットは場違いに驚いてしまった。
結局落ち着いて話ができるようになったのは、シャーロットが顔を洗ってドレスに着替えた後になった。
普段着用だと渡されたドレスは、彼女には豪華すぎて目が眩んでしまう。ピスタチオグリーンのサテン地に、複雑に編まれた生成りのレース。
コルセットこそつけていないが、そのスカートは腰でふんわりと広がっていた。
あまりに素敵なドレス過ぎて、シャーロットはなんだか申し訳なくなってしまった。
それにドレスを借りるよりも、本当なら一刻も早く家に帰りたい。
けれどラクスの今後を考えたら、なにもかも放り出して森へ帰るわけにはいかないのだった。
「先程は失礼した」
テーブルで向かい合うと、恐い顔を更に恐くしてジェラルドは言った。
謝られているはずなのに、なんだかこちらが怒られているみたいだ。
ラクスはといえば、森での出来事で彼に恐怖心を抱いているのか、シャーロットの膝にべったりと張り付いている。
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。それであの、ジェラルド様はどうしてこちらに?」
尋ねると、ジェラルドは更に恐い顔になった。
一体なにが正解なのか。
シャーロットは頭を抱えたくなった。
「まずは、あなたに詫びなければならない。無理矢理城に連れてくるような真似をして、申し訳なかった」
ジェラルドが、ぎこちなく頭を下げる。
シャーロットは、驚いて何も言えなくなった。
無理矢理城に連れてこられたのは本当だが、まさか謝ってもらえるとは思っていなかったのだ。
「いいえ。陛下のご命令でしたら仕方ありません」
なんとなく、彼を憎めない自分にシャーロットは気付いていた。
だって、己が間違おうが頑なに謝ったりしないのが貴族だ。
それを考えれば、ジェラルドの態度は破格とも言えた。
まあ―――恐い顔のままではあるにしろ。
「傷は……平気だろうか?」
「傷、ですか?」
「息子さんの傷だ」
「ああ……」
シャーロットは、そういえばとラクスが傷ついていた場所を撫でた。
今までの経験から、切り傷ぐらいならラクスはすぐに治ってしまうと分かっていた。
それでもあの時は、息子が傷つけられたと知って冷静ではいられなかったが。
「ご心配なく。もう消えてしまったようです」
声に出すと、意図せずひんやりとした声が出た。
許すのと、怒らないのとでは意味が違う。
あの時のことを思い出すと、どうしても気持ちがとがってしまう。
それほどに恐ろしい出来事だったし、安易に騎士達を招き入れた自分の愚かさを悔いてもいた。
どちらもが黙り込んでしまい、部屋の中に沈黙が落ちる。
どれほどそうしていただろうか。
コンコンと再びノックの音がして、部屋に新たな人物が現れた。
思いもよらぬ人物の登場に、シャーロットは動揺して立ち上がった。
それはジェラルドも同様だったようで、ぎぎっと椅子を引く音が重なる。
「国王陛下……っ」
先ほど見た姿のまま、堂々としたこの国の王がそこには立っていた。




