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11 魔女とスローン


 一行は人目に付かないよう、裏門から城に入場した。

 シャーロットは黒いフードを目深に被り、そのローブの中でぎゅっとラクスを抱きしめている。


(たとえ何があっても、この子は私が守らなくちゃ!)


 その気持ちは、ラクスが竜だと知った今でも変わらなかった。

 だって、それがなんだというのだ。

 もう三年も、親子として暮らしてきた。

 たとえ種族が違ったとしても、今更それでシャーロットの気持ちが離れてしまうことなんてない。


 しかしそんな彼女の気持ちとは裏腹に、城で働く人々はその集団を恐々と遠巻きにしていた。

 なにせ見るからに不審な格好で、多数の騎士に連行されるなどただごとではない。

 ついに北の森の魔女が捕まったという噂が、城内を駆け巡った。

 すわ、処刑か幽閉かと、口さがない人々が噂する。

 囁き漏れるそれらの声に、シャーロットは耳を貸さなかった。


(だって、何も悪いことなんてしてないもの。罰せられる理由がないわ。もしそれでも陛下が処分なさると言うのなら、この国はそれまでの国だということ。それに私は無理でも、ラクスなら飛んで逃げられる!)


 最悪、自分をおとりにしてでもラクスを逃がそうと、彼女は心に決めていた。

 無理を言って城についてきたのも、そのためだ。

 たとえそれで命を落としたとしても、悔いはない。

 長い沈黙の回廊を経て、シャーロット達は玉座のある本館に入った。貧乏のせいで社交界にデビューもしていなかった彼女が、城に中に入ったのはこれが初めてのことだった。


(広くて、なんて綺麗なんだろう)


 荘厳なモザイク画や細部にまで施された彫刻に、シャーロットは思わずため息をついた。

 こんな時でなければ、きっと素直にはしゃぐことが出来ただろう。

 間もなく通されたのは、謁見を待つ控えの間だ。

 そこには幾人かの貴族や外交官が、己の順番を待っていた。

 彼らはシャーロットとそれを取り囲む騎士達に驚き、決して近寄ろうとはしなかった。

 国王の使者が侍従に何か耳打ちしている。

 ドラゴンを連れてきた。とでも言っているのかもしれない。

 シャーロットはラクスを抱きしめる腕に、ぎゅっと力を込めた。

 国王の逆鱗に触れるということは、国の規律に従って生きてきた彼女にとってひどく恐ろしいことだ。

 ひどく心細い気持ちになって、足が震える。

 しかしそんな彼女の様子に気付いたのか、ぽんと肩に手が置かれた。

 振り返ってみると、そこにいたのはジェラルドだった。


「怯えることはない。何があっても、君達の安全は私が守る」


 小声でささやかれた言葉に、シャーロットはぎこちなく微笑んだ。

 その顔はローブに隠れてジェラルドからは見えなかったが。


(たとえその約束が果たされなかったとしても、私はあなたを恨んだりはしないわ)


 そう答えようとして、彼女は口を噤んだ。

 騎士が国王の命令に逆らえるはずがない。たとえそれが国王から信任厚い騎士団長だったとしても。

 けれどそう言ってくれる彼の優しさが、シャーロットには嬉しかった。

 やがて重い扉が内側から開かれ、そこから老齢の男性が出てきた。

 彼は背筋をぴっしりと伸ばし、迷わずシャーロットに向けて声を掛ける。


「そこの者、入れ!」


 どうやら、国王は他の順番を飛ばしてまで、竜の子供の処置を先にしたいらしい。

 硬くなる体を自覚しながら、シャーロットは命令に従った。


 玉座の間は、国の偉容を示すもの。

 吹き抜けになった大広間は、先ほどまで見てきた細工など比較にならないほど荘厳で豪奢だった。

 真っ直ぐに引かれた赤い絨毯は、足が吸い込まれてしまいそうなほど柔らかだ。

 できるだけゆっくりと進み、玉座の前でシャーロットは膝を折った。

 それは同行していた騎士達も同様だ。

 許可があるまで、顔を上げることすらできない。

 息をすることすら躊躇うような迫力が、シャーロットの細い肩にのしかかる。


「面を上げよ」


 先ほど、面会を命じた老人の声だ。

 謁見を取り仕切る彼が、おそらくは侍従長なのだろう。

 意を決して、シャーロットは顔を上げた。

 玉座には、三脚の椅子が並べられていた。

 赤い革張りに金で作られた椅子が二つ。そして少しだけ小さな椅子が一つだ。

 小さな椅子は空席で、残りの片方の椅子には体格のがっしりとした男性が、もう片方にはほっそりとした優美な女性が腰かけていた。


(国王陛下と王妃殿下だわ。王妃殿下はご病気を患っていると聞いていたけど、お元気みたい)


 他の多くの国民と同じように、シャーロットも国中に出回る似姿で二人の顔を見たことがあった。

 けれど似姿を見るのと、その実物に対面するのではやはり迫力が違う。

 ひどく喉が渇いて、ごくりと生唾を飲む。


「ローブを外せ。国王の御前である」


 侍従長の声に従い、シャーロットはローブを脱いだ。

 息苦しそうに、ラクスが顔を出す。

 その顔には、絶えず母親を窺う無邪気さしかなかった。

 おそらくここまでの道のりも、かくれんぼか何かだとしか思っていなかったに違いない。

 ああ窮屈だったと言わんばかりに、彼は嬉しげに四枚の羽根を羽ばたかせる。

 控えていた侍従達が、低くどよめいた。


「恐れながら、この子はまだ何の罪も犯してはおりません。罪があるとすれば、それはこの子を産んだわたくしのものでございます。陛下の寛大なお心で、処分でしたらどうぞわたくしに……」


 声が震えないように己を叱咤しながら、シャーロットは一息に言い切った。


「許しもなく直答とは無礼だぞ!」


 侍従長の叱責が飛ぶ。

 しかしシャーロットは必死だった。


(とにかくラクスを守らなくちゃ! ラクスだけはどうしても!)


 その思いだけが、今の彼女を支えていた。

 身体を小刻みに震わせる母親を、ラクスが不思議そうに見上げている。


「ふむ……」


 国王は少し考えるように顎髭をなでた。

 その表情からは、何も窺い知ることが出来ない。

 息が詰まるような沈黙が続き、シャーロットは緊張で失神しそうだった。

 その時、ガチャリと音がして玉座の近くにある扉が開いた。

 白地に金の細工が施された扉から入ってきた人物に、シャーロットは驚いてしまった。

 だって彼は―――……。

 


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