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血闘  作者: サトシ
2/12

第二話「蹴撃技」


 ストリートファイトをする格闘家は、その性分が二つに別けられる。

 純粋に自分より強い奴と闘いという者と、真剣勝負故にサディスティックな感覚に酔いしれる者。この二つが昨今のストリートファイターという性質を二分化している。

 夜の路地を歩く金田龍一かなたりゅういちは「サディスティックな感覚」のために、ストリートファイトを求めていた。

 時刻は二十三時。名前すら知らない町で、金田は歩いていた。

 ストリートファイトは突発的に起こる。お互いがすれ違った瞬間はもちろんのこと、河川敷や公園で鍛錬を積む格闘家と偶然的な出会い。

 お互いがお互いを「対戦相手」と認識し合うその刹那が、金田がもっとも幸せに感じる瞬間だ。

 さらに言うと、自信に満ちた男の顔が苦痛に歪むときや、骨が折れる感触を拳や蹴りで感じるとき。それが金田をストリートファイトへ誘う、一種の麻薬だった。

 人が居ない公園。遊具場と、木々が生えた広場が両立している。もちろん誰もそこで遊んでいるはずもない。しかし金田は、既に臨戦態勢に入っていた。

 ゆっくりと公園へ入り、広場の奥で何かが動いているのを見過ごすはずがない。

 風を切るかのような声を出しながら、空に向かってローキック、ミドルキック、ハイキック、ソバット。蹴り技のコンビネーションを無駄なく打ち続ける男の姿。

 パーカーとジャージを着た、如何にも格闘家らしい服装。丸く刈り上げた坊主頭に、蛇のように鋭い眼。ルックスは良く、同世代の異性なら黄色い声が上がりそうな、清楚な顔立ちをしていた。

 軽量級なのか、体格と肉付きがほどよく引き締まっている。

 対する金田は、ジーンズに長袖のアンダーシャツを着ていた。その上から筋肉の凹凸がはっきりと分かる。身長は百八十センチ。体重は八十五キロ。スポーツ刈りの髪型に良く似合う、顎鬚を蓄えていた。

 余りにも出来すぎたその体格は、金田は元プロレスラーだったことを証明するのに充分すぎるものだった。今は無き青海プロレスのメインイベンター、ドラゴン金田。それが金田龍一の過去だった。

 彼は「真剣勝負」を求めた結果、相手レスラーに重傷を負わせてしまい、プロレス界しいては格闘技界から追放された。しかしそれは金田にとって、ストリートファイターへ転向するキッカケにもなった。

「ストリートファイトか」

 金田の存在を既に気づいていた男は、空を切り裂くハイキックを一閃した。右脚から繰り出される一撃必殺の蹴撃。

 角度及び高さは百八十センチの金田を想定していた。足の甲が寸分の狂いなく、金田の頭部に直撃したと思わせる一撃。まさしくそれは、「キックボクシング」のハイキックだった。

「コンディションは――絶好調だぜ」

 ハイキックを披露した男は呼吸を整えながら、金田を見る。

「新日本キックボクシング、バンタム級の雨宮次郎あまみやじろう。アマでは無敗。プロに転向した後は十五勝四敗。キックボクシング界随一の新星」

 金田は数メートル離れた男のことを知っていた。まるで狂言回しのように雨宮の経歴を語る。

「そういうアンタは、業界きっての嫌われ者だったドラゴン金田じゃねぇか」

 二十歳そこら雨宮が、十年以上前のドラゴン金田を知っているはずがない。金田はにやりと笑う。

「お前の師匠、良い声で叫んでいたぜ」

 三週間前、深夜の河川敷で金田はある男とストリートファイトをした。

 舗装されたアスファルトの床にブレーンバスターを叩き込み、半ば失神したところを躊躇なく、脇固めで男の肩を破壊した。後に金田はその男が、引退したプロのキックボクサー「杉本良次」であることを知る。

 そして雨宮は、その杉本が鍛えに鍛えた懐刀といったところだ。

「お前も良い声で叫んでくれるといいんだがな」

 殺気立った雨宮の神経をさらに逆撫でするかのように、金田は挑発。

「与太話もこれまでだ。やるぜ、おっさん」

 雨宮は苛立ちを隠しきれない口調で試合開始を促す。

「来いよ」

 金田は、武者震いをしていた。




 雨宮の構えは、キックボクシングの中でもっとも基本かつメジャーだった。

 両脇をしっかり閉め、拳は目線の高さに。視線はやや上目使い。下段及び中段に対しての意識が薄いが、頭部に対する防御は随一だ。

 これはキックボクシングの主なKOである、ハイキックや頭部を狙った膝蹴りに対しての防御策。反面、ローキックやミドルキックの対処に時間がかかることから、プロやレベルの高いアマチュアは他の構えを使っている。

 師匠、杉本の教えを雨宮はずっと守っていた。

 そして、その師匠を病院送りにした金田が目の前に居る。

 肩部骨折、背中の打撲、顔面の殴打。全治三か月半。

 見るも無残な姿を見た雨宮は、それがキックボクシングの鬼神と呼ばれた杉本だとは信じられなかった。

 現役を引退してから、十年以上は経っている。

 四十歳。黎明期だったキックボクシング界をずっと支えてきた。

 筋肉を衰えを防ぐために毎日ジョギングや筋トレをしているとはいえ、試合――まして路上でのストリートファイトなど到底できないはずだ。

「アンタの仇は俺がとってやる」

 雨宮は、数メートル離れた金田を睨めつける。

 金田の構えは両腕を腰まで深く落とした、プロレス独特の「ストロングスタイル」だった。あらゆる攻撃を耐え凌ぐという金田の気迫が、その構えに集約されている。

 身長差約二十センチ。体重、筋肉の量も金田に軍配が上がっている。ショービジネスが付きまとうプロレス界で、純粋に相手を破壊するために鍛え上げた、金田の爆発力は計り知れない。

「こっちからいくぜ」

 金田は唸り声のような低い声を上げた。彼は大きく右脚を振り上げると、足の裏を見せたままこっちに向けてキックをする。

 雨宮との距離は二三メートル。しかし、金田の「十六文キック」はその距離を一気に詰めた。

 踏込み。

 日本剣道三段。プロレスを始める十九歳の時に金田が授かった。年齢と比例してみれば、上々の有段者である。

 剣道とは、面打ち、胴打ち、小手打ち、突き。この五つの技とそれらを複合した技を駆使して相手から一本を取る武道である、。

 この一連の攻撃はどれも左足をバネとした踏込の動作によって一気に距離を詰め、一本を取る。踏込みの際に生じる「突進力」が速ければ速いほど、相手の反射神経を凌駕した一撃になる。

 金田は、この踏込みを武器にした突進技が得意だった。彼が現役時代、スパーリング仲間である桑田は、プロレス雑誌のインタビューでこう語っている。

「実際、金田はノロマなんだよ。なんせあんな巨体だからな。でもな、あいつの巨体が一気に距離を詰めてラリアットや前蹴りをしてくるんだ。ロープを使ったバウンドじゃねぇ。何も使わずにだ」

 そして雨宮は、金田ほどの巨体が何の予備動作もなく肉薄されたことに驚きを隠しきれなかった。

 水月――鳩尾を狙った十六文キックを、雨宮は両腕を使って防ぐ。それだけでは威力を抑えることができず、地面を削り取るように雨宮は後退した。

「意外とタフだな」

 二メートルほど後ろずさりした雨宮を見るなり、右脚を下げた金田は称賛を送る。今までのストリートファイトの中で、この十六文キックを防いで無事に居た奴など、両手の指で足りるぐらいだ。それも二十歳そこらの若者。金田は、余計に雨宮を破壊したくなってきた。

「どうやってこいつを潰そうか」

 肘打ち。あるいは地面に向けてパイルドライバーか。もう一度、踏込みを使って前蹴りを狙うのも悪くはない。

 金田は、次の一手を考える。

 しかしここで、金田は最大の誤算をしていた。雨宮は、杉本と同じレベルだと思い込んでいたこと。つまり、そこそこできる程度の人物だと思っていた。金田自身、キックボクシング界隈について無知だ。

 現役時代、プロレスこそが最強の格闘技だと自負してた金田にとって他の格闘技などお優しいモノだと思っている。今もその考えは変わっていない。

 ストリートファイトでの実績が、そう思い込ませていたからだ。

 しかし雨宮は、金田とは違う環境でトレーニングを積んでいた。

 満足な設備、栄養のバランスを考えた食事、杉本良次の教え。金田が二十歳の時に、プロレスのジムで血が滲む努力をしていた時代とは全くベクトルが違っていた。

 雨宮は何も言わず、上段をガードする構えのままゆっくりと距離を詰める。お互いの距離は、パンチやキックが充分に届くほどにまで縮まった。

 先手を仕掛けたのは雨宮だった。

 目にも止まらぬ速さで、金田の右膝にローキックが叩き込まれた。痛みが肉という壁を貫通し、骨に響く。その一撃で、金田は思わずぐらついてしまう。つまり、金田は体勢を崩した。

 その時点で金田は、自分が雨宮について大きく誤算していたと痛感した。

 雨宮は腰を捻る動作をする。金田は、その動作がハイキックだと先読みすると、両腕を使って頭部をガードした。

 読み通り、右ハイキックが左腕を揺さぶる。もう一度、蹴り技のコンビネーションを行うだろうと、金田は察する。頭部へのガードを固め、ミドルやローへの被弾面積を抑えるため、少しだけ身を屈める。

 だが、金田の視線には雨宮の膝が眼前に迫った。ミドルやローキックではない、膝という弾丸。

「顎」に衝撃が走る。

 それはアメリカの怪物、カウボーイ・ハンセンのラリアットよりもシンプルで。

 ボクシング界の魔物、スティール・マイケルのストレートパンチよりも強力で。

 K-1の申し子、アスティ・フグの踵落としよりも一点集中していた。

 膝蹴り。

 シンプルで、強力かつ一点集中した打撃。

 鼻血を撒き散らし、後ろへよろける金田に対して、雨宮は躊躇無く顔面に左ストレートと右のジャブを喰らわせる。

 後頭部及び側面を狙ったハイキックが、金田にとって最大の一撃だった。キックボクシングとはそういうものだという、固定概念が付きまとっていたからだ。

 しかし、顎を狙った膝蹴りは想定外。金田の防御は、脳を守るあまりに人間の急所である顔が疎かになっていた。

 一度でも相手の致命的な攻撃を許すと、後はされるがままである。

 息切れを起こさないように、雨宮は短く呼吸をする。その間に慌てて顔面に対する防御が硬くなった金田に、ローキックとミドルキックのコンビネーションを浴びせた。

 鈍い音が鳴り響き、金田は呻き声をあげる。

 一秒間に二発のミドルキック。

 左脹脛に叩き込まれるローキック。

 肋骨を狙ったソバット。

 サンドバック。金田は、雨宮にされるがままの「砂袋」になっていた。

「どうなってんだ」

 しかし、雨宮は攻撃を加えるうちに焦りが見えてきた。

 倒れない。金田はこれだけの攻撃を受け続けながらも、決して倒れなかった。

 雨宮自身、蹴りの感触から金田に相当のダメージが入っていると確信している。しかし、顔面の膝蹴りを倒れずに受け止めた時点で、金田の持つタフネスに恐怖を感じられずにいられなかった

「今ここで、奴を倒さなければいけない」

 鞭のようにしなる左ミドルキックによって、金田の両腕が頭部から離れる。それを雨宮が見過ごすはずがなかった。

 すぐに左足を地につけ、軸足にする。全体重を右脚に注ぎ込むイメージと、金田の頭部側面に狙いを絞り、雨宮はハイキックを放った。

「もし、これがダメだったら」

 放つ瞬間、雨宮の心に迷いが生じた。

 肉と肉がぶつかりあう音。頭部とは違う別の感触が、右足の甲から脳へと伝達される。

「迷っちゃいけねぇぜ」

 金田はほくそ笑みながら、雨宮の右ハイキックを左腕によって防いでいたのだった。背筋に走る悪寒。雨宮は急いで受け止められた右脚を戻そうとした。

 右足を地につける。

 その動作しか考えていなかった雨宮に、金田が攻撃を仕掛けるのは、ものすごく簡単なことだった。

 腹部にのめり込む拳。痛みと共に胃が圧迫されたことによって、悲鳴にも似た雨宮の声が金田の耳に入る。

 ボディブロー。

 八十五キロという体重を乗せた一撃は、今までの金田に与えられたダメージを帳消し――むしろ、お釣りが出るぐらい――にするのに充分だった。

「今度はこっちの番だ」

 抵抗する力も出ない雨宮の右手首を掴み、振り子の要領で金田は雨宮の身体を力の限り引っ張った。金田の左腕が完全に伸びきると同時に、勢いを活かして雨宮の身体をもう一度引き寄せる。

 プロレスリングのロープによって、弾き飛ばされかのように、雨宮は金田の力の前に為す術もなかった。そして彼の目には、終着地点が映った。

 力を込めた右腕の力こぶ。それはまるで岩のように見えた。

 九十度直角。L字に曲がった上腕と前腕。身体を引っ張られた雨宮は、それが猛烈なスピードで迫っていた。

 踏ん張りを効かせて足を止める――金田のパワーの前に、それは無理に等しい。

 身を屈める――右腕が引っ張られている状態で、体勢を崩すことは難しい。

 首の角度を調整し、受け身を取って衝撃を軽減させる――百八十センチの金田は、右腕を振り落す角度で直撃させようとする。首ではなく、顔面を狙っていた。

 回避不能。

 受け身不能。

 直角に曲げた片腕を、相手に叩きつけるラリアット――アックスボンバー。

 雨宮の顔面に、金田の上腕が直撃する。鼻がひしゃげる音と激痛。

 両足が地面から離れ、視線が水平から上へと向かう。脚が水平に向かっている感覚。夜空。足が逆立ちになっている状態。もう一度、脚が水平に。

 そこまでの感覚によって雨宮は、自分が「一回転」している事実に気付いた。

 衝撃。柔らかくも硬い地面に背中を強打。さらに鼻を中心とする痛みが雨宮を襲う。

「呆気ねぇ」

 小刻みに震える雨宮を見下ろしながら、片方の鼻を親指で圧迫し、空気と共に血を絞り出す。未だ雨宮は痙攣をしていた。

 勝負は決まった。実に呆気ないほどだ。金田は無言でその場から立ち去ろうと踵を返す。

 サディスティックな欲求を満たすことができないストリートファイト。今ここで雨宮にストンピングや、腕ひしぎ十字固めで痛めつけるのも可能だ。しかしそれでは意味がない――なぜかその意識が金田に生まれていた。

「自分らしくない」

 敗者ではなく、勝負相手として。骨が折れ、肉が切られる勝負を「この時ばかり」は望んでいた。

「やめておけ」

 公園を立ち去ろうとする金田の背後から、闘争の視線を感じた。彼は厳しい口調で言い放つ。しかし目と口は、笑っていた。

「プロレス技ってこんなに痛かったとはなぁ」

 踵を返した金田の視線には、ファイティングポーズを取る雨宮の姿があった。強打によって鼻が大きく膨れ上がっているだけで、ダメージはさほど入っていないように見える。

「色男が台無しだな」

 なんだ、意外とできるじゃないか。

 金田は心の中で雨宮に称賛を送ると、ゆっくりと雨宮の所へ向かう。時折、両脚の脹脛や、脇腹、そして頭部。まだダメージが残っていた。立っているだけで、全身に痛みが走っている状態だった。

 しかしそれは、雨宮も同じだった。脳に衝撃が行き届いているのか、視界が定まらない。ぐらつく足元、構えにも若干の淀み。

「これで決める」

 金田と雨宮との意識は、統一されていた。

「殺られる前に殺る」

 お互いの打撃技が機能する間合い。金田と雨宮は構えを崩さず、一撃必殺の瞬間を待つ。

 風が二人の間を突き抜ける。そして、公園に捨てられていた空き缶が地面に転がる音。

 金田は、地面を思いっきり蹴った。シューズの爪先によって土が抉られ、石つぶてのように雨宮の視界を防ごうとする。それと同時に、踏込みを入れた肘打ちを、雨宮の頭部へ狙いを定めた。

 ストリートファイトは、その場の環境を利用するのも立派な戦術だったあ。リングという作られた環境では意識できない技の数々。本物の実戦を潜り抜けた金田と、ルールに縛られた雨宮の差はここで生まれていた。

 雨宮の頭部に肘が直撃する手前、金田の頬に衝撃が走った。

 ハイキック。

 金田が、もっとも恐れたキックボクシングの一撃。

 雨宮の左足が、金田の頭部を刈り取った。

 攻撃と言う動作は、その大半が「防御」という構えあるいは心意気を薄れさせる。「攻撃は最大の防御なり」という言葉があるように、防御を意識してしまうと、その威力が薄れてしまうからだ。

 カウンターとは、この心理を利用した一撃。

 防御を意識しない故に、カウンターの威力は何倍、何十倍にも膨れ上がる。

 肘打ちという攻撃に全意識を集中していた金田にとって、雨宮のハイキックは想像にも絶する威力に達していた。それを証明するかのように、金田は崩れ落ちるように片膝を突き、倒れようとした。

 頭部を「打ち抜いた」という手応えを感じた雨宮は、左足を元に戻す。雨宮は最初からカウンターだけを狙っていた。

「勝負ありだな、おっさん」

 この時、雨宮は最大の誤算をしてた。

 金田が屈強な「プロレスラー」であるということを、彼は忘れていた。

 油断した雨宮に、倒れる素振りを見せた金田。四股を踏むように、倒れかけた片足を地面に突き刺すように踏ん張る。そして、事の重大さを気付いた雨宮の顔色が変わるよりも速く、金田はその顎先に向けて掌底を放った。

 金田の放った掌底によって、雨宮の上顎と下顎が咬合された鋭い音が鳴り響くのと同時。地面に付いていた雨宮の両脚が、数十センチ浮かび上がった。

 脳が揺さぶられる衝撃と共に、雨宮の視界が黒色に染まるのはごく当然のことだった。

「決まったな」

 目を開けたまま失神している雨宮を、金田は見下ろしていた。全身全霊を込めた掌底を、顎先にクリーンヒットした。しばらく起き上がってこられないだろう。

 雨宮に再び背を向け、金田は公園から立ち去ろうとする。二歩三歩と歩いた時点で、自分が酔っ払いのように直進していないことに気付いた。

 平衡感覚が薄れてきている。徐々に視界が暗くなっていく。

 ハイキックの衝撃が脳に行き届いている証拠であり、金田が力なくその場で倒れてしまうのは明白であった。




 原付バイクのエンジン音が目覚まし代わりとなって、金田の目を覚まさせた。視線の先は、陽が登りきる前の少し濁った空。自分が仰向けのまま寝ていた――否、失神していた。

 硬い感触が背中に感じられる。それに両肩が宙に浮いている感触がすると、公園のベンチに横へなっていたことに気付いた。

 巨漢の金田にとって、公園のベンチはベッド代わりにするのにいささか物足りない。

 ようやく意識が覚醒した金田は、雨宮との死闘を繰り広げた公園の広場へ視線を向ける。もちろんそこに雨宮が倒れているはずがなかった。

「粋なことしやがる」

 金田は舌打ち交じりに言うと、彼の上半身には雨宮が着ていたパーカーがシーツ代わりとなっていた。

「引き分けってか」

 雨宮の置き土産を片手に、金田はゆっくりとベンチから起き上がる。いずれにせよ、雨宮との再戦はしなければならない。

 金田はゆっくりと歩き出すと、血が混じった唾を、折れた歯と一緒に口から吐き出した。

 久しぶりに強い奴と闘った。今の金田にはその気持ちが充満していた。



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