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I☆DOL TIME -アイドル力1000の底辺アイドル-  作者: 花澤文化
第1章 アイドル力1000の少女とナルシストアイドルの少年
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第7ステージ 岸島狐子の気持ち

 岸島狐子は小さい頃アイドルに憧れていた。

 小学生のとき、狐子は常にテレビに釘付けだった。別に詳しかったわけではない、知識ならば狐子の父のほうがあったぐらいだ。ただ、テレビで踊っている、歌っている人達を見てすごいと思っていた。小学生では演劇発表会が必ず行事として設定されており、狐子もまたその舞台にたったことがある。


 ただ、かなり緊張してグダグダだったことは言うまでもない。小学生のころとはいえ若干この時点から人前に立つことが苦手だった狐子。なのにテレビの中の人達は楽しそうに笑顔でみんなの前に立っている。純粋にすごいと思った。


 そのことを父に話した事がある。アイドルっていう人達はすごいね、と。自分もああなれたらいいな、と。父は嬉しそうにそうかそうかと頷いていた。この頃から狐子の父はアイドル好きだったので自分の娘がアイドルを目指すというのならば全力で応援しようと思っていた。

 狐子の母親は狐子が小さい頃に亡くなっている。そこから父は男手1つで育ててきたのだ。元々3人でまわしていた岸島サイクリングという自転車屋。人手不足になってきたのはこの頃からだったりしたのだが、それは父が母親の代わりは誰にもつとまらないという頑固で、優しい、狐子にもある程度気遣っているため誰も雇わないという選択を取り続けている。


 岸島サイクリングは繁盛していた。とはいえ一般的な繁盛とは違ってどこか小さな売れ行きではあったのだが、それでも十分だったし、店員の数的にもそれが限界だった。


 狐子は成長するにつれて少しずつそういう夢から醒めていく。アイドルになりたいと思った気持ちを奥に閉じ込め、アイドルファンである友達の話を聞き続ける立場へと変化していく。そしてもう1つ。岸島サイクリングに客が入らなくなったのだ。人が入らないのに、それでも人員はギリギリ。人手不足。ここで自分がアイドルになるために家を離れたらお店がまわらなくなると思った。

 そんなことからアイドルから離れ、全く情報を入れなくなった狐子に1人の男子生徒が。


「アイドルになってみないか?」


 そう言われた。狐子視点では一年前から知り合っていた男子生徒五百蔵果月。彼もアイドルであり、あまり活動していないもののそれなりにファンはいるはずである。そんな人から狐子はアイドルにならないかと誘われた。実は1年生の頃義務的な内容とはいえそれなりに話していたりする。その時言われたことは声が綺麗だ、という内容だったのだが。


 からかわれているのかとは思わなかった。そういう人じゃないということは1年間でよく分かっていた。いたって本気なのだ。だからこそ戸惑った。でも断るしかなかったのだ。だって狐子には岸島サイクリングの手伝いがある。アイドルをやることでそこが疎かになってしまったら今以上に父が大変になってしまうから。すでにアイドルというものに対する興味というものがなかったというのもある。


 狐子は様々な理由をつけてそれを断り続けようと思った。しかし狐子の家に果月が訪問してから果月は一切狐子に頼むということをしなかった。あの時、チケットを渡されて以来、あれが最後のお願いだとばかりにぱったりと果月はそのことについて話さなくなってしまった。とはいえ、世間話程度ならするようになった。まわりは一瞬不可解そうな顔をしていたがすぐに些細なことだとばかりにその変化のことは触れないようにしていた。元々地味な狐子と何をしてもあいつだしなあ、で片付けられる果月である。

 狐子は最初新入生歓迎ライブに行こうかどうかさえ迷っていた。でもチケットもらったし、でもそれを見て何になるんだろう。様々な思いがぐるぐるとまわる。

 そんな中、父に頼まれたのだ。


「蝶野紡のライブかあ・・・ぜひ感想を聞かせてほしいものだ」


 忙しくてアイドルが好きでもライブなどを見る時間がない父の頼みごと。父に気を遣われているなと思いつつも狐子はそのライブを見に行く事にした。

 結果は言葉にならないほどだった。

 ありえない。小さい頃見たアイドルの姿がああだっただろうか。いや、今まで見て来た中で確実に一番だといえる。それほどのパフォーマンス。雪の中綺麗に舞う妖精。狐子はその光景が夢か何かのファンタジーの領域に達していると思った。


 アイドルに対する尊敬。人気アイドルが好きだったり、この流れに乗じてアイドルになりたいと思うことをなんとなく恥ずかしいと思っていた狐子だったがそれを改めることになった。生半可の気持ちじゃ出来ない。これは人に好かれるのもわかる。

 だからこそ自分には到底出来ないと思った。こんなことは無理だ、と。自分になんか出来ない。その後休憩をはさんで他のアイドルを見てみてもそう思う。これが本当にテレビに出れないレベルのアイドルなのだろうか、十分過ぎるほどすごいではないか、ひたすらそう思い続ける。

 そんな中だった。


「後で話したいことがある」


 そう果月から言われたのだ。すごく神妙な面持ちだった。きっと今まであまり人に話してなかったことを話してくれるんだろうと思った。

 でもなぜ。なんで私に。それが率直な狐子の感想である。






 新入生歓迎ライブが終わり、あと30分でこのコンサートホールが閉まるという時間帯。まわりの観客はすごかったねー、なんて話しながらすでに帰宅、もしくは部活やお店の手伝いに行ったようだ。岸島と俺も席を立ち、コンサートホールから出て観客専用通路で立ち止まる。

 そこから10分ぐらいだろうか。俺が話していたのは。それはあの時、2年生になってほぼ初めて話したあの瞬間の時のこと。

 杵島透のことだった。


「えっと・・・じゃあ、このままじゃメイクいおろいの後継ぎは杵島さんって人になっちゃうってことなのかな・・・」

「ああ、そうだ。とはいえ俺はたぶんそいつの下で働く事になるとは思うだろうがな。メイクいおろいのアイドルにもなってしまったし。やめてしまってもいいがまだその時期じゃない。活用できるものは活用してからじゃないとな」


 絶望的状況。それでも俺はまだ笑える。


「まぁ、なんというかまとめるとだな。俺はお前にアイドルになって欲しい。俺がプロデュースしてアイドルとして蝶野紡に勝ちたい。勝ちってなにをもって勝ちかは分からないが、蝶野紡よりも人気が出るとか、仕事を多く勝ち取るとかそういうことならば世間からも認められるだろう」


 蝶野紡に勝って相手のメイクである杵島透に間接的に勝つ。

 でもそれがどれだけ無謀な事か一番俺が分かっていた。でも不思議とその言葉には一生叶わないという諦めの意味はない、あるわけがない。

 だって俺は諦めてなんかいないんだ。


「で、でも私だよ?あのライブを見た後だからかもしれないけど・・・勝てっこないよ」

「勝てないかどうかは分からない。分からないが、最初のうちは地味に活動するしかないだろうな。それこそお前が岸島サイクリングのアイドルとして活動するんだとしたら」

「え・・・」


 岸島サイクリングのアイドル。

 そんな話聞いていないとばかりに唖然とする岸島。


「当たり前だ。お前がなんのアイドルになるのか、といったそれしかないだろう。そこで思う存分宣伝するといい。岸島サイクリングをつぶしたくないのならいい手だと思うが。蝶野紡に勝つことは俺に任せておけ。まだ案はないが、その宣伝活動をやっていけばそのうち何か手掛かりがあるだろう」


 だから、と区切る。


「これは取引だ。お前が岸島サイクリングを潰したくないのなら、アイドルになるといい。まず、間違いなく俺の力で宣伝効果は確実だろう。だから俺を道具として使え。俺は逆に蝶野紡への挑戦としてお前を道具として使う。ちょうどいい関係だと思うがどうだ」

「・・・・・・」


 顔をうつむける岸島。

 俺はため息をつきながら、


「すまん。俺にはどうしてもこういう言い方しかできんのだ」


 そう静かに謝った。

 岸島はううんと首を振る。


「あの・・・今から言う事は私がアイドルになれるような人じゃないってことを置いといて聞いてほしい・・・」


 と岸島らしい前置きをしてから語りだす。


「五百蔵くんは・・・その・・・・クラスメイトだし出来るなら手伝ってあげたいと思ってる・・・」

「へ?」


 そんな理由?と唖然とするも、岸島は責任感が強い。自分のクラスのクラスメイトが困っているならば助けたいとおもってもしょうがないだろう。


「でも、私がアイドル活動しちゃったら・・・岸島サイクリングはその間、お父さんだけに任せることになっちゃう・・・だからごめんなさい」


 深く頭を下げた。


「やめてくれ、頭を下げるのはこっちのほうだ。無理に誘って悪かったな。もうそのことについては何も言わないから安心してくれ」


 俺は笑顔でそう答えた。

 岸島もそれを見てこくこくと頷き、頭を少し下げた後、その場から走り去ってしまった。


「失敗・・・か・・・」


 俺は近くにあった通路に設置されているベンチに腰掛けた。

 思えば本当に迷惑をかけてしまったなと思う。でもこれを変えることはできない。簡単に変えられるものではないのだ。この性格とは17年近い付き合いなわけであるし。

 しかし今回はそれが裏目に出てしまったかもな、と考える。百という傲慢な態度をとっても諦めたように協力してくれる人がいたから麻痺していたのかもしれないが、普通この態度の人物はうっとおしいと思うに違いない。

 さて、これからどうするか。そう考えている途中に・・・


「・・・・・ん、まだ人がいた」


 とてつもなく綺麗な声。冷たい声音。透き通るように耳にその声が浸透していく。聞き覚えのある声を聞いてそちらの方を見るとそこには蝶野紡がいた。

 ライブ衣装のまま、メイクもさっきのままそこにいるがどうにもあの時より脱力しているようだ。目は半眼だし、疲れているのだろうか。


「お前は・・・!」

「もうそろそろここ閉まるらしいから。閉じ込められないうちにはやく出た方がいいよ」


 感情のこもっていない声。


「というか・・・ここ一般通路なんだがなぜ蝶野紡がいる」

「え・・・あ、間違えた」


 どこか抜けたところがあるのかもしれない。

 俺はそのギャップに驚いた。


「というか、君。確か最前列の特別席で見てくれてた人だよね」

「・・・・・・覚えているのか」

「うん。案外お客様の顔って見えるものなんだよ、あのステージ上でも」


 ファンだけでなくアイドルに興味がないものでも蝶野紡に話しかけられるなど卒倒ものだろう。普段ちゃんと学校生活を送っているので蝶野紡を道で見るなんてことは多々あるが、話しかけられることなどほとんどない。

 俺も内心かなり驚きながら話しているのだ。それでも堂々と話しているのは小さいところでも負けたくはないから。


「そう・・・なんですか」


 咄嗟のことで敬語が外れていたことに気付く。

 一応は1学年上のはずなので先輩だ。敬語はつけるべきだろうとしたことだったが、


「付けなくていいよ。敬語。どこかで見た事あると思ったら杵島から見せてもらった写真に写ってた子だ。うん、ということはメイクいおろいのアイドルの子だね」


 起伏のない声でそう尋ねられる。

 無言でこくりと頷いた。


「そう。君が。杵島が褒めてたよ」

「え・・・」

「アイドルとして申し分ない性格と実力を備えているって。べた褒めだった」

「・・・・・ッ!」


 思わず奥歯をかむ。

 そうでもしないと叫びそうだったからだ。恐らく杵島にも悪気はないのかもしれない。でも、その一言は最高に屈辱だった。アイドルとしてなら、申し分ない。では美容師としては?メイクリストとしては?杵島は全く俺を相手にしていなかったのだ。


 確かに実力差はあった。でもどこかで技術を認められていると思っていたのだ。いいライバルだと思われなくても、気には留める価値があると。

 きっと杵島のことを敵視していることは杵島にも、両親にもばれているだろう。アイドルとしての仕事をあまりしなかったことから分かりそうなことではある。だからもしかしたら杵島は悪意をもってそのセリフを口にしたのかもしれなかった。


「なるほどね。なんとなくだけど君と杵島の関係が分かったような気がする」


 綺麗な髪をふわっとかきあげ、


「それじゃ、また会えたらどこかでね」


 自分で勝手に納得したのかそのままその場を去ってしまった。

 歩いている姿でさえ美しい。確かにステージとのギャップはあったがダルそうでクールな感じはそれはそれでマッチしている。なるほど、学園にもファンが多いわけだと思った。というかオフのときの蝶野紡が見れる学園の生徒だからこそ必然にそうなるのかもしれないが。

 もうすでに杵島への対抗心は自分の向上心に変える事ができていると思っていた。でも全くそんなことはなく、まだまだ自分の中でくすぶっていたみたいだ。怒りが、自分への情けなさが、それらの気持ちで自分が潰れそうになる。

 ふらふらとした足取りでコンサートホールから出て行くのであった。





 狐子はその後岸島サイクリングへと急いで帰った。

 ライブが少し長引いたり、果月の話を聞いていたので若干いつもより遅い帰りになってしまったのだ。もうすでに父は働いているのだろう。そう思うと急いで帰らないとという気持ちばかりが心にある。


 しかしその中でもまだ果月への罪悪感がどこかにあった。あれだけしてもらって、あれだけ言ってくれたのに断ってしまった。そして自分の気持ちは?本当はあのライブを見て、自分もああなれたらと少しも思わなかったのか?狐子の裏の気持ちが問い続けている。でも岸島サイクリングを支えなければならない。人気はないけど、人気が出るまでアイドル活動をしてしまえばその前に本当に岸島サイクリングは潰れてしまう。


「た、ただいま。遅れてごめんね」


 慌てて手伝いの準備をしようとするとそこには・・・。


「よ、狐子ちゃん」


 岸島サイクリングという文字が書いてあるエプロンをきた近所の大学生がレジに座っていた。


「す、すみません。その、今私がやりますから」

「ううん、その必要はないよ。俺、今日からここのバイトに入ったし」

「え・・・」


 何を言っているのか最初は理解できなかった。

 確かにこの大学生はバイトをやらずにいた。それはサークルの活動を疎かにしたくなかったからだ。自転車が好きだからこその選択、そのはずだったのに。


「いやね、狐子ちゃんの好きな人のためならこれぐらい任せろっていうことだよ」

「す、好き・・・」


 続けて放たれた言葉に顔を赤くして首をひねる。

 なんのことだろうか・・・。


「別に好きな人というわけではないだろう狐子!」


 奥からまたずんずんと父が歩いてきた。


「まーたおっさんの親ばかだよ」


 大学生が肩をすくめる。

 しかしそんなことはどうでもよく、狐子は今の状況の説明を父親に求めた。


「うちは人手不足だからな、母さんの代わりじゃないが昔から家族みたいに交流のあるこいつに頼んだんだ。狐子は色々なことをやりたい年頃だろうしな。お店番で高校生活を潰してしまうのもどうかって思ったんだ」


 アイドルという部分には触れずに狐子の父は言う。


「もしお前が心からやりたくないのならやらなくていいだろう。俺が昔決めつけてしまった時のように。でもやってみないと向いているか向いていないかなんて分からない。あの子、五百蔵くんと一緒にやる価値はあると思うぞ」

「そういうこと。正直自転車のことはお手の物だし、狐子ちゃんより役立つかもしれないな」

「馬鹿言うな。そんなわけがないだろう」


 狐子の父と大学生が再び言い合いになる。

 その様子を見て、狐子は笑いながら涙を流した。

次で第1章が終わりになると思います。2章からようやく書きたかったところを書けるので個人的に楽しみではあります。


もしよければ次も見ていただけたらと思います。常に感想、評価、指摘受け付けております。よろしくお願いします。


ではまた次回。

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