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I☆DOL TIME -アイドル力1000の底辺アイドル-  作者: 花澤文化
第1章 アイドル力1000の少女とナルシストアイドルの少年
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第6ステージ 新入生歓迎ライブ②

 雪が降る。この室内に雪が降る。

 現在は火曜日の午後。ここ常光学園では学園に所属するアイドルたちによる新入生歓迎ライブが行われていた。現在はトップバッターにして頂点、蝶野紡による歌、ダンス、パフォーマンスが披露されている。まわりは声をあげることなくホログラムによる映像を見ている。


 ここで披露した曲はしっとりとした、しんしんと降り積もる雪のような曲。『雪の降る日』という曲だった。激しい曲ではないため、すごいダンスだ、という感じではないが、基礎をしっかりとしたそれは思わず見入るようなものだった。基礎とはいえ馬鹿にはできない。基礎だからこそそのアイドルがどれぐらいの実力を持っているのか分かる材料になるのだ。そんな完璧なダンスを、何かに祈るようにゆったりと踊り続けている。

 まわりの雪の効果も相まって、まるで雪の中に咲く青い一輪の花のようだった。


(アイドルの花・・・。この演出はさすがだな、『氷の妖精』)


 氷の妖精。

 数多の仕事をこなしてきた蝶野紡だが、特に好評なのは激しさと技術によるダンスでは無く、圧倒的歌唱力とゆったりと歌に入り込んでしまうその踊り。そして透き通るような冷たい歌声。それがまるで雪の中に咲く一輪の花、妖精と例えられることが多かった。本人はどうも恥ずかしいといって認めたがってはいないみたいだが。


 アイドルの花とは何も蝶野紡のみに与えられている名前ではなく、アイドルがこういうライブや、写真撮影などで一際輝いた際に与えられる称号のようなものだ。後々新聞や雑誌、ネットなどで『アイドルの花が咲いた』と一文が添えられたりする。そうするとそのライブのDVDやBDは飛ぶように売れるのだった。


 しかし俺はそのパフォーマンスだけではなく、そのメイクも見ていた。いつか自分が越えなければならない杵島透のメイク。髪型。全てに注目する。そんな中、もう1つ注目するものがあった。

 隣を見る。

 岸島はステージを見いっていた。あまりアイドルに興味がないといっていた。となればこれが初アイドルライブだったはずだ。それがこんなレベルだとは思わなかったのだろう。これは間違ったのかもしれない。これはあまりにもレベルが違いすぎる。こんなもの自分には無理だ、と思われても仕方がないのかもしれない。俺自身蝶野紡のライブを見たのは初めてだったのでまさかここまでとは思わなかったのだ。


 雪がどんどん降っていく。人工的なものなため冷たいわけではない。中には銀色のテープも混ざっているみたいだ。そしてとうとう・・・盛り上がりがピークになった瞬間ホログラム映像を割って本物の蝶野紡が登場した。ワッとわく観客たち。


(この間・・・約1分30秒・・・トップバッターでも変わらない。あのアイドルのライブは1曲でもまるで1つのライブを終わらせた後のような満足感がある・・・)


 そして蝶野紡もそう考えているのだろう。たかが1曲、されど1曲。その1曲に全てをこめて歌っているのだ。たった4分と少しの曲であれど全力を尽くすというアイドル精神。

 これが・・・。

 これが。


「アイドル力50万のアイドルか・・・」


 その呟きは隣の岸島にさえ届いていなかったようだ。それほどまでに観客の声が、蝶野紡の声がこのコンサートホールを満たしている。気付けばライバル視していたこの特別席のアイドル達でさえもう完全に見入っていた。先ほどこのコンサートホールを岸島は映画館のようだと例えていたが、それも的を射ていたかもしれない。名作映画を1つ見ているかのように、自分がその映画の登場人物の1人なんじゃないかと錯覚しているような雰囲気。それを味わっているのかもしれない。


(なんのことはない、アイドル精神も踊りもそれもこれも特別なものではないはずだ。特別だったのはホログラムのみ。でもその基礎をしっかりやることでここまで魅せれるというのは混じりけのない実力そのもの・・・してやられたな)


 それでも俺は笑った。

 素直にこのライブを楽しんでいるというのもある。それだけではなく、自分の倒すべき相手として不足はないとこの期におよんでそう考えていたのである。

 ホログラム装置がステージの円形部分のど真ん中に置かれているということもあって、円形部分の踊れるスペースはかなり狭くなっている。ゆったりとした曲とはいえ、動きがないと観客も冷めてくる。このライブではそんなこともないと思うが・・・観客が許しても蝶野紡自身が許すのだろうか。


 しかしそんな心配も杞憂で終わる。

 なんと蝶野紡は円形から伸びている狭い道に移動し始めたのだ。そこは本来ファッションショーでよくある歩く部分だったり、ライブでのパフォーマンスで使うものなのだが、そこをライブの曲の一環として使用し始めたのだ。

 小さい道なのにそれを最大限にいかした踊り。ゆったりと踊りながら歩いているのだが、歩いているというよりは踊っているという印象。全てがパフォーマンスの1つにしか思えない。

 蝶野紡はその場でくるりとまわった。それでどこにいる観客にも顔を見せる事が出来たし、衣装も360度見せることが出来た。そういうアピールや観客の心を掴む動きもしっかりとこなしていく。


(何よりもすごいのがこれを歌いながらやっているということだな)


 そう、口パクなんかじゃない。

 ずっと生歌で歌いながら踊っているのだ。

 俺は昔見たインタビューの内容を思い出していた。一応俺もアイドルだ。雑誌になら載った事があるし、載ったら必ずチェックしている。当たり前だ、自分がどれだけ完璧にうつっているのか確認するためである。

 そこに書いてあった文章。淡々としていて冷たいイメージがあったがその文章からこそ熱さを感じたのだった。


『雪の降る日は冬をイメージしています。その中で踊る少女、というのがこの曲の主人公になりますが、あくまで踊っているんです。激しいダンスではありません。歌ってもいません。そして寒い日に思わず部屋着で出てしまっているというイメージでもあります。』


 自分が出た雑誌に載っているアイドル。俺はアイドルには興味がないし、自分以外のページは飛ばすかの如くすごいスピードでめくっていくのだが、それでもその文章は思わずページをめくる手を止めてしまうぐらいには衝撃的だった。


『その主人公は寒さに震えながらゆったりと踊っているんです。汗もかかず、綺麗に、ただひたすら雪が降ることを喜びながら。だから』


 だから。


『だから私もこの曲を歌い、踊っている間は汗をかくわけにはいかないのです。』


 と、さも当然のごとく書いてあったのだ。


(あの時はアイドル特有のよくわからん冗談かと思っていたが・・・実物を見ると嫌でも認めるしかなくなってしまうな)


 そう、今このコンサートホールは寒いわけではない。今の気温に合わせた一番過ごしやすい室温に調整されている。それに踊りもゆったりとしているだけで、十分に汗をかける運動量であることは素人でも分かるだろう。それらを歌を歌いながらしているのだ。

 それでも蝶野紡は汗をかかずに、それらを行っていた。

 まるでその歌の登場人物かのように。

 まわりのアイドルたちもその異常さに気付き始めたのだろう。なぜか見ているこっちのほうが汗をかいてしまう。その事実を認めたくないという気持ちもある。でも皆が心に思い浮かべているものは1つ。


 称賛。


 自分たちのライバルであるはずのアイドルに対する称賛だ。

 もちろんライバルだからといって他のアイドルと仲悪くなる必要はない。実際友達同士で高め合うアイドルだっているだろう。しかしここで蝶野紡に送られている称賛は自分では到底まねできない領域に達していることへの称賛だった。

 なんてネガティブ。

 でもこれ以上ないぐらいの褒め言葉である。

 曲はもうすぐ終わりをむかえる。雪ももう少しで降りやんでしまう。基本この地域は雪が積もるぐらいには降る。何が一番憂鬱なのかというとその雪を1箇所に集めること、そう雪かきである。なので今このコンサートホールにいる観客は少なからず雪にいい感情を抱いていない。そのはずなのに、思わずその雪の効果に見入ってしまう。


 寒くなく、ただ綺麗な空想上の雪。それに酔いしれているのだ。

 ステージ上の道を歩き終わり、再びまた円形部分へ。雪がひたすら降るそのステージで静かに座りこみ、口を閉じる。歌が終わった。

 蝶野紡が出てきたときに大きな声援を送っていた観客たちも歌の途中では静かに、そしてじっくりとステージを見ていた。歌は終わったのだが、まだ観客たちは余韻に浸っている。もう終わりという事実を認めたくない、そんな様子だった。

 隣を見ると岸島もひたすらにステージを見ていた。そのメガネ越しに何が見えたのだろう。

 少し遅れて観客たちが拍手を始めた。声をあらげるものはいない。静かにそのステージは終わったのだった。俺もこれには抵抗せず、拍手をする。他のアイドルも拍手をしていた。もちろん岸島なんか手がそれ以上動かないんじゃないかというぐらいに叩いていた。


「す、すごいね・・・・」


 岸島がライブ始まって以来初めて口にした言葉がこれだった。

 あのステージを見て出た感想がそれか、と少し微笑ましく思ったものの、しょうがないと同時に思った。俺も感想を求められて何かを詳しく説明することなんか出来なかったに違いない。

 そして口にする言葉は「すごい」だったのかもしれない。

 俺は小さく「ああ、そうだな」とだけ呟いて次のアイドルが来るのを待つ。この次に来るアイドルはやりにくそうだな、と思っていると、一時的にコンサートの照明が全てつく。アナウンスでどうやら休憩時間をとるそうだ。席はすでに決まっているのでその間にトイレに行くなり、外の風に当たるなりしろとのことだろう。


 しかし本当の理由は観客を思ってのことだけじゃないはずだ。

 まず1つにホログラム装置の片づけ。これはしょうがないことではある。

 そしてもう1つは観客の熱を冷ますことだろう。このままライブを続行すればどうしてもトップバッターの蝶野紡に埋もれてしまい、観客も比較してしまいいまいち楽しめなくなってしまう。だからここで休憩時間を挟み、友達と今のライブの感想を言い合い、ここで一度クールダウンさせるということなのだろう。そのライブスタッフ側の気遣いにも感服である。


「岸島」


 そんな中、俺は隣にいる岸島に話しかけた。


「え、わ、私休憩は大丈夫だよ・・・」


 顔を赤くしながら言う岸島。休憩=トイレだからかそうなってしまったようだ。しかし俺は違う、と一言付け加えた。


「このライブが終わったら聞いてほしいことがある」


 さっきのライブを見て、俺の中の何かが変わったようだった。それは岸島も同じようで、こくりと頷いたあと小声で「わかった・・・」と呟くのであった。

次はなるべく他の人を主観にした内容にしたいと思っています。そろそろ1章も終わりになりますが、よろしくお願いします。


感想、評価、指摘など待っています。

ではまた次回。

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