第1ステージ ナルシストのアイドル
『メイクいおろい』のアイドル五百蔵果月こと俺がこの常光学園に入った理由はとても簡単な理由だった。目的は蝶野紡のプロデュースである。すでに世界的に有名なアイドルとして活動している『常光学園』のアイドルのためすでにプロデュースする必要はないように思えるが、俺にはそれでも絶対の自信があった。さらに蝶野紡を美しく出来る自信が。
きっかけはやはりアイドル雑誌だった。俺が中学3年生の頃、常光学園にありえないぐらい綺麗な新入生がいるという噂を追った雑誌でなんというか幽霊が出るという噂の廃墟にいったオカルト雑誌のようなうさんくささもあったのだが、その1か月後、テレビでその姿を見るようになった。
16歳で『常光学園』のアイドルという学校の、しかも特殊な常光学園の看板を背負い、入学してわずか1か月でその地位にたった人物。俺は心底驚いたのと同時、完全に惚れこんでいた。もちろん恋愛的な意味では一切ない。
この人をより綺麗に出来たら・・・俺は・・・!
すでにその頃、『メイクいおろい』のアイドルとなっていた俺はその腕も申し分ないようになっていた。ただ、専門的なものは高校を卒業してからしか許してもらえず、俺が出来るのは今現在も少しのことだけ。口紅ではなく、色つきリップなどと使えるものを制限されていた。
それは半端な技術を外に出すわけにはいかないという両親の配慮であったのだが、逆にそこでこそ俺の才能が開花したと自分でも思う。濃すぎない、メイクしてるとは思えないメイクという技術。それは雑誌にも特集を組まれ、一気に有名になった。だから俺は自信があった。自分の技術は通用する。蝶野紡の自然な可愛さ、美しさを活かせると。ここで俺の進路は決まったのだが。
「・・・・・・」
現在、俺は授業を受けている最中だ。
特殊な学校、常光学園。それはお店などのせがれ、すなわち経営者の息子、娘が集まる学校なのだった。それがどういうことか。そう、そのお店の看板を背負うアイドルが集まる可能性が高くなる。
経営者は親だ、よほど可愛いバイトや就職者が入って来なければ大体自分の息子、娘にアイドルを任せることが多い。ただそういう場合必ずしも有名になるとは限らないのだが。
常光学園はそんな自分のお店の手伝いなどに邪魔にならないようなカリキュラムを組んでいる。午後がはやめに終わる代わりに朝がはやかったり、昼間に大事な仕事がある場合は学校を抜けだせたりと割と自由な高校というより大学に近いものだった。今現在活躍している子供たちのための学園。
そんな学園も授業は普通。今も数学の時間だ。
かなりの敷地面積を占めているが、それは授業外の施設が多かったり、ただ生徒が多かったりするだけのことで授業は普通に教室で行われる。その中にはアイドルのための施設もいくつかあるのだが、数学の時間にはそれも関係ない。
「・・・・・・」
しかし俺の頭は授業の事ではなく、先ほどのことであった。
蝶野紡・・・・・・。
美の塊。まぶしすぎて見えない人物。まさかあれほどのものとは思わなかったのだ。入学して1年。現在2年生の俺だが、生で見るのは初めてであった。
まあ、一年生のころはメイクの技術を勉強していたからな・・・そんな余裕はなかった。
でもだいぶ人気が出て、有名になった今はそこらへんを気にする余裕が、夢を追う余裕がある。
蝶野紡をさらに綺麗にして、自分の腕は確かだったという証明。それが俺には必要なのだ。
俺は確かにナルシスト・・・というか自分が好きではあるが、一番自信を持っているのは容姿でもなく、アイドルとしての自分でもなく、メイクいおろいの後継ぎとしての自分だった。
ただ・・・。
両親はどうやら俺に継がせる気はないようであった。
メイクいおろいにやってきた1人の人間。それが俺の人生設計をまるまる崩していったのだ。
今はそんなことどうでもいい。俺はまだいけるか?立てるか?あれを見てもまだ俺は自分に自信を持てるのか?
自分に問い続ける。
にぃっと悪そうな笑みを浮かべて・・・。
答えはYES!!俺はまだ自分に絶大な自信がある!!絶対に蝶野紡をプロデュースしてやる!
あのまぶしさを見てなお、俺は自分に自信があったのだ。
ここらへんの性格が俺をメイクいおろいのアイドルにした理由であるところが皮肉なところだな。
超絶ポジティブ。
飽くなき挑戦心。
そして引くほどのナルシスト。
それが果月のアイドル力を引き上げる要因となっている。
それにしても・・・。
先ほどの蝶野紡のアイドル力は一体なんだったのだろう。アイドル力50万。一般人のアイドル力、すなわち平均は2500だ。それをはるかに上回る。テレビに出れるアイドルは大体1万程度で、バラエティやら歌番組に出れるアイドルは3万から5万をこえるあたりと言われていた。
そんじょそこらのアイドルよりも高いアイドル力を持つ素人アイドル。
もはやそれは素人アイドルじゃなくてただのアイドルだ・・・。
正直いってアイドル力とはアイドルに向いているかどうか、どれぐらいアイドルとして上手なのかが分かる数値であるが、それはただの数値であり、目安である。
アイドル力が高いかといってファンを満足させるパフォーマンスが出来るかどうかはまた別だ。歌や踊りがうまくてもファンのことをきちんと考えていなければそれはアイドルではなく、ただの自己満足になってしまうからだ。
事務所などはアイドル力を目安にしたり、テレビ局も目安としているが、それで仕事がもらえるのは今現在有名なアイドルだけだ。
テレビに出ているアイドルたちはそこらへんも含めた数値が出るので信憑性があるが、テレビに出た事の無いまだあまり有名じゃないアイドルのアイドル力はそこらへんを加味したものではないので若干信憑性に欠けるのである。ファンを楽しませること出来るかどうかは実際にファンが出来ないと意味がないというわけだ。
でも蝶野紡はテレビに出ている。あの数字は信憑性の高いもののはずだ。
普段、アイドルは自己紹介や歌う前の司会の口上などでアイドル力を言うことになっている。ただ、蝶野紡はあまり自分からアイドル力を言う事は少なかった。
俺の記憶、俺が中学3年生のころはまだアイドル力が1万ちょいだったはずだ。それでも十分ではあるのだが・・・そして最近、ちょうど1週間前にテレビ見たときは30万だったはず。なんだろうか、蝶野紡のアイドル力は・・・上限がないのか。
1週間前のテレビとはいえでも生放送ではないのでもっと前の話なのかもしれないが。
ある程度の人気がでたアイドルのアイドル力は安定したものになるのだが、まだ上がり続けるということなのだろうか。
実は俺はあの後、落としたドル・ガン、アイドル力を計測する機械をまた蝶野紡に向けてみたのだ。機械の故障ではないことを確認した俺はドル・ガンをしまおうとしたのだが。
不意に蝶野紡が髪をかきあげた。
その瞬間アイドル力が51万になったのだった。
アイドル力とは本来そんなにがつがつ上がるものじゃない。なんとか頑張っても100上がればいい方のはずである。ということは・・・。
授業中にも関わらず、俺は携帯、スマートフォンを取り出し、アイドラーという呟きアプリを起動した。ここには世界中のアイドル好きがアイドルについて呟く場であり、それらの需要によってアイドル力は少しずつ変動する。
一万もアイドル力が上がったということは・・・世界中に蝶野紡の髪のかきあげが望まれている、需要がある、ということか。
試しに蝶野紡 髪のかきあげ で検索をかけてみたところ全部見る事すらできないような数のつぶやきが表示される。それを見て俺はまた顔をしかめた。
どうやら蝶野紡をプロデュースするということは世の中のたくさんの人の思いを背負うということらしい。なるほど。。
上等だ。俺は世界の人間の思いなど背負うつもりは毛頭ないが、やってやろうじゃないか。
まだ蝶野紡と知り合いどころかちゃんと出会ったこともないのだが、俺は変な自信に満ちていた。
時計を見るともう少しで授業が終わり、昼休みへと突入する。
俺は残り時間ぐらいしっかりと授業を受けようと思い、黒板を見るのであった。
○
それは広い中庭だった。
すでに中庭というよりはグラウンドではないか、なんて疑問も上がるぐらいの中庭だが、グラウンドとは違い地面はコンクリートやレンガ、あちらこちらに大きな木がはえていたりする。
ここは昼食を食べるときに人気のスポットであり、まだ少し肌寒い4月の終わりでもしっかりと日光が当たるため暖かく気持ちがよいのだ。
俺はここで昼食をとっていた。食べているものは購買で買ったパン。俺には友達と呼べるものが少ない。いないのではなく、少ないのだが、この場には俺の近くには誰もいなかった。
俺の友人と呼べる人間はほとんど昼食をとらない。とらずに軽いものを食べながら作業をしているのだ。やりすぎだと呆れたこともあったが、今ではそう馬鹿にする気にならない。
俺もそこまでストイックにやるべきか、そう考えるようになっていた。
しかし昼食はそれなりに大事なことであり、しっかりとらないと午後の授業を乗り越えることができない。ご飯だけはしっかりとるかとまた思い直すのであった。
「・・・・・・」
ご飯を食べていると目の前に犬がいた。野良犬だろうか。
不意に何かを思いつき、ドル・ガンを取り出す。犬にそれを向けて引き金を引く。ピピッズキューンという音。そうしてそこにはアイドル力が表示されていた。
「アイドル力1500か。犬にしては高い方だな。ドッグアイドルとか目指せるかもしれん」
ドル・ガンで勝手にアイドル力を計測するのは違法だが、それは人間に対してだけであり、動物に関しては、特に野良犬にはそれは適用されない。
飼い犬だと不快に思う飼い主もいるかもしれないが、それでも違法ではない。そもそもドル・ガンを持つ人間は少ないし、それを犬に向ける人間もまた少ない。
動物雑誌の表紙を飾るアニマルアイドルもいるが、それも極一部の雑誌である。
「ん?」
その時、異質なものを見かけた。
俺はなぜかその存在に目をひかれ思わず自分の手に持っていたドル・ガンをその人物、その少女に向けてしまう。自分でもその行動に驚きつつもその人物を見た。
そこで自動的にドル・ガンの引き金がロックされる。無理やりにでも引こうものなら壊れてしまうし、その場で警察に通報されてしまう。間違えて引き金を引くという事態を防ぐためにこうした対策がドル・ガンにはなされていた。
少し離れた距離にいた少女だったが、さすが気付き・・・
「え、えっと・・・これってドル・ガン・・・?」
女子だった。髪の毛はボブのようになっている綺麗な髪。背は少し低めだが、低すぎず、といった印象だ。それよりも何よりも目をひくのは大きな胸であった。
というより全体的にむちむちしているような印象なのだが、それが制服のせいかしゅっとした印象もまた同時に与えている。
「む、微妙に太い・・・?」
「え・・・あの・・・・・・」
声をかけた女子は顔を赤くしてうつむいてしまった。自分の失態に気付いた俺はごほんを咳払いすると、再び口を開く。
「すまない。世間ではぽっちゃりというのか。太ってはいないよな、言いすぎだった」
「それあんまりフォローになってないかな・・・」
なお顔をうつむける女子。
しかしそれよりも俺はこの人物がだれかわかっていなかった。少し長めの前髪のせいで目の部分があまり見えないということもあるのだが・・・。
全体的に地味な印象である。顔をうつむけて、メガネをかけているのでほとんど表情は読み取れない。なぜ自分がドル・ガンを向けてしまったのか分からない。確かに俺は自分でプロデュース、メイクをしてみたいと思う人物のアイドル力を計測したがる癖みたいなものがあるが、それでもここまで唐突ではない。そして何より、失礼だがその少女を改めて見て確信する。プロデュースしたいとは思わない。
なにしろ本当に地味で存在感がほとんどない。
「えーと、誰だか分からないが、すまない。何も勝手に計測しようと思ったわけじゃ・・・」
そこまで言って少女がばつの悪そうな顔をしてさらにうつむいている姿を見た。顔を赤くしているが恥ずかしがっているというより、これ、どうしようといった感じだ。
「・・・・・・・・」
沈黙。
俺は自分の発言を振り返ってみるも今回は特に失言が見当たらない。
「あの、私、一応五百蔵くんと同じクラスなんだ」
「え・・・・・・」
今回は俺が沈黙する番だった。
やってしまった感がある。
しかし2年生になる前にクラス替えが行われている。もうそれから1か月経つとはいえ、まだまだ顔と名前が一致していない人も多いだろう。特に俺はそういうことが苦手だった。
隠してもあれだしな、とそこらへんのことを全部伝えてみると。
「あの、私去年も同じクラスだったんだ・・・」
「・・・・・・」
これはもう謝るしかないと思った。
自分好きで自分勝手と評価されたこともある俺もさすがに申し訳なくなりいたたまれなくなる。ただ、ここで謝ってしまうとお前こと忘れてたわ、というようなものである。
いや、もうすでに遅くはあるのだが・・・。
謝る準備をしていると、目の前の少女は困ったように微笑みながら・・・
「じゃあ、もう一度自己紹介するね。私は岸島狐子です。よろしくお願いします」
そう言って透き通るような綺麗な声で自己紹介したのだった。
読んでいただきありがとうございます。毎日更新というわけではありませんが、なるべくはやく投稿出来るように頑張ります。
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