第9ステージ アイドルとは
「というわけでよくぞ来たな!我が城へ!」
俺は手を広げて大声で叫んだ。もちろんこの教室が第2音楽室であり、普段は使われない防音の教室であることをわかった上での行為である。ここ、常光学園にはたくさんの教室があり、それぞれが生徒の才能を伸ばすために使われている、という建前だ。本来は家の仕事の手伝いに疲れた生徒を癒すための趣味部屋のようなものである。
とはいえ、この音楽室。ピアノの音が漏れてしまう程度の防音なのだが。
そこの一室、そこには3人の生徒がいた。1人は俺の。顔はアイドルでもやっているのか、という程度には整っており、少し長めの前髪がとてもかっこいい。ああ、俺は今日もきまっている。
高校2年生、五百蔵果月。メイクいおろいというメイクと美容院を兼ねたお店の店主の息子である。ちなみにその店のアイドルもやっているが、活動はそこまでしていなく、雑誌などにしか出た事はない。
そしてもう1人。自然で綺麗な長い金髪を2つにリボンで結んでいるツインテール女子。俺のことをどこか呆れたように見つつも、いつも通りで安心している様子もある。俺とは中学生の頃からの友達で本人同士はどうも口論をすることが多いのだが、仲はそれなりにいい。
高校2年生、月見里百。彼女は音楽百貨店という新品から中古の楽器やその他周辺機器を扱うお店の店主の娘であり、こちらもまたアイドルである。とはいえ、果月同様雑誌程度にしか出た事がなく、アイドルとしての活動はそこまでしていない。ピアノを弾くのが好きで元々この音楽室を使っていたのは彼女だった。
このようなプロではなく、素人アイドル2人とはいえアイドル時代だ。普通は騒ぎになるかもしれないぐらいなのだが、少しこの学園は特殊で、アイドルとしての活動が地味な2人なので毎日静かに過ごしている。
そして最後の1人。綺麗な黒髪で、先端の方を小さなみつ編みにしている少女。メガネをかけており、比較的地味な印象がある。そこまで身長は高くなく、だからといって子供みたいな体型ではない。出る所は出ており、全体的にぽちゃっとした感じがする。
高校2年生、岸島狐子。岸島サイクリングという自転車屋の店主の娘であり、先日様々なことがありアイドルになることになった少女だ。
「どこがあんたの城よ。というか、本当にここでやるのね話し合い・・・」
少し呆れた様子の百に岸島が。
「ご、ごめんなさい・・・」
と顔を俯けながら謝るのだった。その様子を見て慌てて百が「いや、岸島さんのせいじゃないから」と笑顔で答える。そもそも狐子が少しびくびくしているのは普段の百とは違い、俺に接する百は優しい、というイメージとはかけ離れたものであったからだ。それに百も気付いており、全てはこの馬鹿のせい、とでも言いたげに俺を睨む。
「ふっ・・・まあ、落ち着け百よ。未来のトップアイドルとトップメイクリストの誕生の瞬間に立ち会えるのだぞ、ここにいて損なことなんか1つもない!」
「相変わらずその自信はどこから来るのか不思議だわ」
ふいっと顔をそむける。
俺はそれを了承を得たと受け取り、話す相手を百から狐子に移行する。
「というわけでめでたく岸島はアイドルとなった!」
高らかに宣言する俺に対して岸島は。
「で、でも・・・その・・・私のアイドル力・・・」
「それは言うな」
岸島が言う前に俺が止める。
今まであまり積極的に関わろうとしなかった百でさえもそれには渋い顔だ。なぜこのような渋い顔になるのかは明白である。それは先日の事件、岸島狐子のアイドル力が1000しかなかったことと関係がある。目安とはいえ、通常の人より1500少ない。俺はメイク次第でかなり変わると言い切り、その話題については触れない。
「岸島はアイドルになった。だからこそアイドルについてもう1度よく知ってもらおうと思ってな。それと俺たちの目的も再確認しようというのが今日の集まりの理由だ」
百があたしいらないじゃん、と呟くも俺はそれを無視した。
いつものことなのだが、そのたびに岸島がいいのかな・・・というような顔で俺を見るので少しやりにくい。次からは百の言葉にも適当に相槌をうとうと決めた。
「まず、今現在、この時代をなんと呼ばわれているかは知っているか?」
「えっと・・・確か、アイドル時代だったよね・・・」
別に正式な名称じゃない。
今の時代はアイドルの数が増えている。それはアイドル志望の人達が増えたということでもあるのだが、一番の要因はアイドルになりやすさ、だ。普通のアイドルはなんらかの事務所に所属したり、ローカルアイドルだったとしてもトーナメントで勝ち上がったらなれる、とか結構ハードルが高かったりする。
だが、今の時代はお店1人、職場に1人、学校に1人。昔あった看板娘と同じ用途で使われていたりする。うちにはこんなに可愛い子がいるよ、だからお店に来て、学校に入って、などと商売目的がほとんどではあるのだが。
しかしそれらのアイドルは正式なアイドルではない。アイドルではあるためそこからテレビに出たりなどということもあるのだが、やはり正式なアイドルになるためには事務所などに所属しなければならない。そういった意味ではあの蝶野紡も素人アイドルなのだ。
「蝶野紡の場合は高校に所属している間は勉学に集中するらしいから未だ素人なんだそうだけどね」
百が付け加える。
それは表向きの理由で実際は学校の方がプロにならないでくれ、とお願いしているのだと果月は思っている。今は常光学園のアイドルという肩書ではあるのだが、プロになるとその肩書は当たり前だが消えてしまう。卒業してしまっても消えてしまうのだが、せめてそれまではうちにいてくれと学校側がお願いしたのだろう。蝶野紡が通っていた学校というのもまた人気が出そうだが、蝶野紡が通っている学校というほうがやはり新入生は集まるだろう。
「少し話が脱線してしまったが、すなわちこのアイドルだらけの今を歴史の~時代というのからとってアイドル時代とマスコミだかが呼んでいるのが浸透したという感じだ」
俺が得意げに話し、狐子はへ~と本当に感心しているらしく完全に話に聞き入っていた。百はその狐子の様子を見てまた俺が調子にのるな・・・、とでも思っているのだろう。苦い顔だ。
「じゃあ、次にアイドル力についてだ」
とはいったものの、それについては説明はいらないと俺は思っている。岸島もそれはさすがに知っているのか、自信満々に俺を見ていた。
皮肉なこと、でもないのかもしれないがアイドルというもの自体よりもアイドル力というものの方が世間には浸透している。当たり前だ、アイドルに興味がなくとも興味本位でアイドル力を計測したいという人間がかなりたくさんいるからだ。そもそもアイドル力というものが導入された時、新聞やニュースで大きく取り上げられていたのだ。無名のアイドルなんかよりよっぽど知られているだろう。
「アイドル力とは、その人物がアイドルに向いているかどうかを表す数字だ。別に容姿だけではない、性格とか雰囲気とか色々な要素で計測している。そしてその主な要素は」
「あ、あいどらー・・・だったっけ・・・」
不安げに俺を見る岸島。
さっきまでの自信満々だった姿はどこへやら横文字がどうやら苦手らしく、発した言葉もどことなく棒読みっぽい。その様子に俺は苦い顔をする。
「ま、まあ正解だ。アイドラー。アイドルファンならば誰もが持っているアプリだ。携帯にインストールして使用するもので、その内容はアイドルに対する呟き。例えば○○というアイドルが可愛かったとか○○のライブがよかった、あの髪型が好きなどなんでもいいのだが、そこから需要を判断しアイドル力を決めるんだ。なんというかすごい技術ではあるが」
無駄な技術と言われてもしょうがない。
実際アイドル力を承認するかどうかでとても争いがあったようである。
「ここまでアイドルが流行っている現在を見るとそれはどうやら間違いではなかったようだが」
経済回復やこの国を盛り上げる娯楽として採用した制度ではあるが、今のこの人気を見るとただ単に否定するという気にはならない。言いたい事もあるだろうが、それ以上に成果が出ている。
「そしてそれを計測する機械がこれだ」
俺はスクールバッグの中からピンク色の銃を出す。もちろん本物の銃なわけではないし、それにしては見た目がファンシーすぎる。どことなく質感もおもちゃっぽくて人目で偽物だと分かるだろう。
しかしその本当の用途はアイドル力を計ることだ。
俺は岸島に銃を向ける。
「ドル・ガン。こうして計測したい人物に銃を向けて、引き金を引くとアホみたいな音と共にアイドル力が上部にある画面に出てくる」
そういって普通の銃ならばスコープやらが設置されているところを見る。
俺は岸島にアイコンタクトで計測していいか、と聞きそれに気付いた狐子も静かに頷く。
俺はドル・ガンの引き金を引き、ピピドキューンというアホな音が響く。そして画面にはすでにアイドル力が表示されていた。
「アイドル力・・・・1038。少し上がってはいるがこれはさすがに誤差レベルの範囲だな・・・」
相変わらずのアイドル力の低さに呻く俺。
しかしそれも当然と思われた。つい最近アイドルになることを決意し、半ば無理やり誘われた形なのだ。まだ覚悟も決まっていなければ不安しかないだろう。アイドル力はアイドルに向いているかどうかを表すもの、アイドルに対する不安が拭えなければ大きな上がりは見せないだろうと思う。
それにしても低すぎだが・・・という一言はなんとか飲み込んだ。
ちなみに一般人(アイドルに興味がなくもないし、ありもしない人物)のアイドル力の平均は2500。俺が4月に計測した犬でさえ1500あった。
「とはいえ、所詮数値。全く関係がないとも言えないし、それを重視するところもあるけど数字程度で決まるならアイドルの道が辛いだなんて言われないわよ」
アイドルの辛さを伝えつつ、岸島のフォローもする百。素が出ているとはいえここらへんはさすがである。よくやったと親指を立てると死ぬほど睨んでくる。またいつもの照れ隠しか、と俺は笑っていたが百の目はマジだった。怖い。
空気を変えるためにも次なる話題へ。
「まあ、簡単な説明はこんなものだな。これからは仕事をとっていかなくてはいかない。オーディションやコンテスト、面接、様々なものがあるとは思うが仕事を勝ち取らなければ意味がない」
ここからは目的の話だ。
「俺はやつ、蝶野紡の専属メイクリストの杵島透より有名になり、我がメイクいおろいの後継ぎを取り戻す。そしてお前、岸島の目的は岸島サイクリングを有名にすること。それはアイドル活動をしていれば自然に少しずつ有名になるだろう」
この時点で俺は岸島が有名になる事を全く疑っていなかった。岸島を疑っていなかったのではなく、俺は自分の腕を疑っていなかったというわけだが。
「だが、頂点を目指すにはやはり最高に有名にならなければならない。そのためには!あの蝶野紡を見事打ち負かし、アイドルとしての頂点を目指すのだ!」
「あの・・・頂点を目指すつもりは・・・」
「というか蝶野紡がアイドルの頂点じゃないでしょ。あの人まだ素人だし、さすがにプロのアイドルの頂点には勝てないと思う」
2人がせっかく高らかに叫んだ言葉を邪魔する。嫌そうな顔で2人を見る俺。
しかし真正面から否定しても反発されるだけだろうな、と考えここは1つ何も言わず話を先に進める。岸島はそれよりも俺が挑もうとしている蝶野紡はプロのアイドルの頂点でようやく張り合えるレベルだということに驚愕していた。
「というわけで、その第一歩である仕事をとってきた」
「えぇ!?なんかは、はやくないかな・・・まだなんも教わってないんだけど・・・」
「岸島さん諦めなさい。こいつはこういうやつだから目をつけられた時点で不運だったのよあなた」
百が軽くため息を吐きながらそう伝える。
「岸島。何もアイドルの仕事は歌って踊るだけじゃない。そりゃそれらが出来たらかなりのアドバンテージだが、それでも最初の仕事だからな比較的向いてそうなものを持ってきた」
そう言ってまたもやスクールバッグをがさごそとあさる。
岸島の不安はその一言でピークに達していたのだが、それを知るよしもない。そして百はさらりとマネージャーのようなことを俺がしていることに驚いていた。そこもあんた担当なんだ、と。
「まず、1つ。これは今週の土曜日の学校終わりからだが・・・」
「そ、そんなにはやいの!?」
相変わらずの唐突さに岸島は驚く。百はもう慣れたものだとばかりに呆れた視線を俺に送っていた。
「うちのクラスに岩戸ってやつがいるだろう。あいつの家は駄菓子屋なんだが、どうにも近所にライバル店が出来たようでな。そこで駄菓子屋の売り子のようなものをしてほしいとの依頼だ」
案外近しいところから仕事をとってきた俺。
確かにそれぐらいならばギリギリできるという難易度のような気がする。いきなりステージに経つよりは何倍も。そもそもまだそこまでの功績を上げていないのでそんな仕事自体こないのだが。
百は案外岸島のことを気遣っているのだな、と客観的に判断した。しかしそれもすぐに終わることになる。俺はにやりと笑ってもう1つの紙を広げた。
「そして2つめ。これは2週間後ぐらいなのだが、29アイスクリームって知ってるか?」
「う、うん一応・・・」
29アイスクリーム。様々なトッピングや2段アイス、3段アイスなども作れてお手軽な値段というとてつもなく有名なアイスクリーム屋だ。どうやらそのアイスクリーム屋のキャンペーンガールを決めるオーディションが近々あるらしい。
「む、無理だよ!それ本当に全国に店舗がある有名なお店だし・・・色々なところからいろんな人が集まるんでしょ・・・」
「確かに、そうだろうな。だが、毎回募集されるたびに就任しているのはどうやらほとんどうちの学園からなんだ」
常光学園は特殊な学園である。
その結果として不思議と様々なアイドルが多くなるのだが、その常光学園から毎回のように選ばれているらしい。俺は喜々としてこう言った。
「1年前の募集の際、選ばれたのはあの蝶野紡だ」
「え・・・」
岸島はなお、顔が青ざめる。
しかし俺はこれをチャンスととらえていた。ここでキャンペーンガールになれば蝶野紡に少しだけ近付く。以前立っていた場所に立てるのは大きな一歩だろう。
とはいえどうやら本人である狐子は完全にその雰囲気にのまれそうになっている。蝶野紡と同じ舞台。そこを歩もうとしていることがどれだけのことなのか、それを今理解した。
「まあ、当然といえば当然よね。一年前とはいえその時からすでに有名だったみたいだし」
百は補足する。
俺はその当時勉強に集中していたのでドル・ガンでアイドル力を計測したことはないのだが、それでもわかる。当時からあいつはとてつもなかったのだ、と。
若干暗い空気になりつつある場をなんとかしようと俺はまたもやスクールバッグに手をつっこむ。
「岸島安心しろ。残り2週間あれば十分だ。そして現実を見ろ!」
そう言って取り出したるは1枚の紙。
「ここにはオーディションの対戦相手が書いてある」
「も、もう申し込んだの!?」
「嫌だったら別にやめても構わない。相手が不戦勝になるだけだ。ただ、お前は一度決意したはずだぞ。小さな一歩も大きな一歩も変わらない一歩だ。いつかそれを経験する事になる。遅いかはやいかの違いだ」
俺は岸島の目を見ながら説得する。
その話を聞くにつれ、岸島も次第に文句を言わなくなった。なんというかよくも悪くも流されやすい人間なのである。
さすがにすでに申し込んでいたのはやりすぎだったか、と俺は反省しつつ、オーディションの説明をする。何をするべきなのか。何をすれば勝てるのか。
「オーディションとはいえ、トーナメント戦だ。1対1の勝負でより審査員の票を集めた方が勝ち。そのトーナメントは会場を貸し切りにして行われ、ステージ上では何をやっても自由。審査員の票を集めさえすればいいという簡単な内容だ」
「じ、自由って・・・私踊るとか出来ないよ・・・?」
「そこらへんは任せておけ。一応は考えてある」
俺はにやりと笑った後、すぐに話題を変えた。
「そしてここに書いてあるのは初戦の相手だ。俺もまだ見ていない。今、ここでそれを開封しようと思って我慢していた」
ごくりと岸島だけじゃなく俺も百も喉を鳴らす。
よくも悪くもここで全てが決まってしまうかもしれない。狐子はアイドルに詳しくないが、俺と百はその業界にいるということもありなかなか知っている事が多い。名前を見て分からないということはよほど無名なもの程度であろう。それに逆にそれを望んでいた。
トーナメント戦ということは勝ち上がれば勝ち上がるほどステージ上でパフォーマンスを見せる事が出来る。俺の目標はもちろん優勝ではあるが、最悪パフォーマンスを見せて審査員やお客さんに名前を覚えてもらうだけでもいい、と思っていた。
果月にしては謙虚ではあるが、これも岸島を思ってのことだ。
「いくぞ・・・」
躊躇はしない。
ここでは意味がない。どうせいつか直面する問題だ。そう思いながら思いっきり封筒を開ける。
そこには1回戦の対戦相手の名前が書いてあった。
『蝶野紡』
「「「は?」」」
3人の声が同じように響き、そしてその後絶叫を産んだ。
新しい章ということで説明が多くなってしまいました。それと次への繋ぎ。勝負だのなんだのって言っていますが、基本的にはゆるい感じでやっていきたいと思っています。
もしよければ次回もよろしくお願いします。




