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プロローグ アイドル力の化け物

 アイドル時代と呼ばれていた。

 それはアイドル活動が凄まじく流行っている、ということでもあるのだが、しかしそこだけでアイドル時代と呼ばれているのではなかった。

 『誰にでもアイドルになれる』時代。そういう意味でもあるのだ。

 本来アイドルとは事務所に所属して仕事をもらい、歌や踊りをしてお金を稼ぐ、というイメージが強いだろう。ただ、この時代のアイドルはそれだけではなく、アイドルになりやすい、なりやすさというものも重視されていた。

 そこで注目されたのがアイドル自己申告制度だった。たとえば職場、例えば学校、例えば食堂、人が所属する数々の場所があるが、そういった場所でアイドルとして活動するものたちが出て来た。

 はしりは看板娘だったのだろうか。とあるラーメン屋がうちの看板娘だということで経営者の娘を雑誌に載せた。するとその可愛さにたちまち人気沸騰。ラーメン屋が繁盛しただけでなく、その娘はテレビなどに出るようになった。最終的にはアイドルと変わらない仕事をしていたように思える。

 そこから始まったアイドル自己申告制度。

 うちのお店、うちの職場、うちの学校にはこんなに可愛い子がいるという申告、なんて不純な理由かもしれないが、それでも男子はそれに釣られ、女子はそれに憧れた。またその逆も然り。

 ただ、それでもアイドルになることは簡単なことではなかったのだが。

 これはそんな時代の物語である。





「なっていない」


 そこは駅であり学校であった。

 私立常光学園。どちらかといえば進学校と呼ばれる高等学校。その敷地面積は日本の学校、小学校、中学校、高等学校、大学全てを含んでも一番大きいとされている学校だ。

 教室などの施設の他に色々な施設、実験室や、部活動のためのプール、グラウンド、弓道場に剣道場などがかなりの規模で結構な数がその学校の敷地内には含まれている。


 しかし生徒が一番ありがたみを感じるのは入り口である。普通の玄関、下駄箱などがある入り口はあるのだが、登校を便利にするためか常光学園前という駅がそのまま学校にくっついている。この学校に集まる生徒は少し特殊なため、遠方から来るものの他に、電車通いをしなければならない距離に住む者ももちろんいる。そこらへんに対する配慮なのかもしれない。

 ただ、それももう大昔のこと。今ではなんとなく駅が近くてラッキー程度のものである。

 そんな駅のベンチ。時刻は朝だからか登校する生徒があちらこちらにいるなか、そのベンチに座る俺は雑誌を見ながら苛立たしげに貧乏ゆすりをしていた。


「なっていない」


 俺はひたすら何かを呟いている。

 まわりの生徒もそれに気付いているがあえて触れようとはしない。そう、俺のこの行動は週明けの月曜日には決まって見れるものなのである。要するに他の人は今の俺に慣れてしまったのだ。

 意図的に無視しているのではなく、気に留めるまでもないと思っている、というのが正しいだろう。しかし新入生である一年生にはどうやら珍しい光景なのか。少し、立ち止まる生徒がちらほらと。


「なっていない」


 4月の終わり。新入生もそろそろ本格的にこの常光学園での生活をこなさなければいけない時期。そんな時期にこんな光景。新入生の1人が目をこらす。

 俺が読んでいるのはアイドル雑誌だった。それも何冊も。

 これだけならばもしかしたらアイドルに興味のない人間には気持ち悪がられるかもしれない。しかしそれ以外にも新入生の足を止める事実がそこにはあった。


「ねぇ、あの人」

「うん、だよね」


 まわりが一瞬ざわつく。

 しかし俺はそれを気に留めることなく、雑誌を隅から隅まで読んでいる。


「なっていない」


 次第に苛々がつのっているのか雑誌を握る手にも力が入る。

 しかしどうやらまわりの新入生の1人に好奇心が勝ったのだろうか、俺に近付いてくる人が1人。


「あの、すいません。『メイクいおろい』のアイドル、五百蔵果月いおろいかづきさんですか?」

「なっていないではないか!!!!!!!」


 俺はそれどころではない。視界にすらその新入生のことは入らなかった。残念ながらその新入生のセリフは俺の叫び声でかき消され、新入生は唖然としている。そこで一度冷静になった俺は新入生の方を見て、何かに気付く。


「む。すまない、何か俺に用事でもあったか?」

「い、いえ・・・その・・・」


 驚きはまだ消えないのか、新入生は口をパクパクさせている。


「あの・・・アイドルの五百蔵さんですか・・・・・・?」


 ようやくきちんと質問出来たときにはすでに3分近くの時間が経っていた。


「あぁ、そうだが・・・。なるほど。わかった。この俺に会いに来たってことだな、この『メイクいおろい』のアイドル、五百蔵果月に!!」


 立ち上がり自分なりのかっこいいポーズを決める俺は微笑をうかべて新入生を見た。しかし新入生の方はあっさりと首を横に振り・・・。


「いいえ、どうではなく、その、私にアイドルの素質があるのか見てほしいのです」

「なんだそっちの方か・・・」


 少ししゅんとして再びベンチに座る。

 アイドルとはいえもちろん男のアイドルだっている。美容院『メイクいおろい』は全国にいくつかお店を構える有名店だ。そしてそこの経営者の息子である俺はそこのアイドルをやっていた。

 歌、踊りなどの積極的な活動はせず、雑誌などのみにお店の紹介で載るだけというアイドルにしては地味な活動だったが、それは俺なりの考えがあってのことである。


 そしてそんな美容院の従業員でもある俺が持つ、『ドル・ガン』。目の前にいる新入生もそれが目当てだったのだ。

 まあ、実際ドル・ガンを使うとなるとお金がかかるケースもあるし、そりゃ無料でそれをひっさげてるバカがいれば集まって来るか、それと俺様の美貌。


 俺は冷静に分析する。

 そんな有名なアイドルの1人である俺だったが、まわりに騒がれない理由は活動が地味だという他にもこの性格のせいでもあった。どうやら超絶ナルシスト、と言われているらしい。自分こそが一番と思えるある種アイドルに必要な性格は極一部の人にしか刺さらず、よって人気がないどころかこうしてまわりがスルーするレベルの人間になってしまっている・・・らしい(一部雑誌抜粋)


「まあいいだろう。こんな雑誌でなっていないアイドルを見るよりかはマシだというものだ」


 なっていない。

 美容院、メイクをこなすメイクいおろいの息子である俺はアイドル雑誌が出る月曜日になると様々な雑誌を買い、こうして参考になるものはないかと探しているのだが、どれもなっていない、中途半端なものだと考えていた。

 実際のアイドルではなく、自己申告制度でなったいわゆる素人アイドルだからしょうがないといえばしょうがないのだが。

 俺に任せればいいものの・・・無駄にメイクは濃いし、髪色も最悪。見ているだけで苛々する。


 心の中で毒づきながらドル・ガンを取りだした。

 目の前の新入生の少女は活発な印象だった。目立つようなものはないが、素材はかなりいい。なるほど、というとそのドル・ガンを少女に向ける。

 ドル・ガンはその名の通り銃の形をしているが、ピンク色で全体的に丸いフォルムで、銃口はハート形、見た目はおもちゃの銃という感じだが、しかし中身は精密機械、そしてネットに繋がっている。


 ドル・ガンはアイドルりょくを計測するものだった。

 アイドル力とはどれぐらいアイドルに向いているかを示した数値で、高ければ高いほどアイドルに向いているということになる。このアイドル力はアプリ『アイドラー』(好きなアイドルの特徴や、それに関する呟きを投稿するアプリ)に登録している世界の8割のアイドル好きの需要によって計測されるため、その数値はいくらか変わることもあるのだが、大きく変わる事はまず、ない。


「ふむ、準備はいいか?」


 銃口を少女に向ける。

 アイドル力の高さは何も容姿だけでは決まらない。性格、雰囲気、言動、知能、全てを計測するのである。しかし露骨にアイドルに向いているかどうかが決まるため、勇気がなく、計測しない人もたくさんいる。ちなみに人気のアイドルは自己紹介の最後に私のアイドル力は~ですというのを付けるのがスタンダードなので計測しなければアイドルになることも出来ないとされるわけだが・・・。


 ちなみにこのドル・ガンは学校、職場、部活、お店などには必ずあり、お金を払えばだれでも計測できる。そこまで高くもないが、少しでも出費を減らしたい学生などはこうして無料でやってくれるところを探すのだ。

 俺の親は早々にアイドルを俺に決めるとともに興味ないから、と果月にドル・ガンを渡してきて今に至る。

 適当すぎる親だ、ほんと。


 ピピという電子音。ズキューンというアホみたいな音が流れ、計測完了。ちなみにアイドルなどに興味の無い一般人のアイドル力は平均2500。容姿や性格で左右されるが概ねこんなものだろう。


「なるほど・・・」

「ど、どうでしたか・・・?」


 何気なく計測していたが、これはある意味大事な分岐点である。ここで向いていない数字が出ればアイドルへの道はほぼ断たれたといってもよい。アイドルを夢見る少女には酷な事だ。

 だが、俺は所詮数値、そんなものには左右されないと思っている。

 現実は残酷かもしれないが、それでも夢を見る事の何が悪いのだ。

 そう思いながら数値を見ると。


「アイドル力4000。うむ、なかなかなものだ。少し磨けば、具体的にいえばこの俺のメイクを受ければ尚更輝くであろう。雑誌に載るのも夢ではないぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 嬉しそうに笑う少女。

 ちなみにテレビに出れるようなアイドルのアイドル力は1万を超えることが多々ある。しかし雑誌に出れるだけでもかなりのものだ。


 さらにちなみに。ドル・ガンで人を勝手に計測することは違法である。今みたいに向こうから計測してくれと言ってくるか、こちらからお願いするか。そうでない場合、ドル・ガンは機能停止し、そのまま警察へと連絡がいく。お願いする事も失礼とされているので、なかなか難しいものだがそもそも一般人の手に渡る事は少ない。


「無視・・・か・・・」


 俺のメイクと言ったのだが少女は喜びながらどこかへ行ってしまった。俺は自分もそろそろ学校へ向かおうとベンチを立つが、そこへひときわ大きい悲鳴のような声が。


「まさか・・・」


 俺は改札の方を見る。そこにいたのは・・・。


「『常光学園のアイドル』・・・蝶野紡ちょうのつむぎ・・・!」


 まわりには常に人だかり。美しい顔立ちにすらっとした身長、スタイル。着ているものは制服なのに他の人とは違うステージ衣装を着ているみたいだった。

 全ての女子が憧れ、全ての男子が惚れる美少女と呼べる存在。この学校の代表アイドル。他にも弓道部のアイドルなどがいるが、比べ物にならないぐらい綺麗で可愛かった。


「蝶野紡、やつならば俺が認めてやってもいいかもしれないな」


 とはいうものの、内心俺は心底驚いていた。ここまでのものなのか、と。圧倒的美。それがこんなにもまぶしいものなんて。

 そして、彼女は常にドル・ガンで計測されることを許している。計測されて嫌なことなんか1つもないからだ。なぜならば、彼女は俺に負けず劣らず自分に自信があるのである。

 果月は試しにドル・ガンを向けてみる。

 ピピッズキューンというアホみたいな音ともにでる計測結果。


「アイドル力・・・・・50万・・・・・!?」


 俺の手が震えた。

 思わず、ドル・ガンを落としてしまう。目を見開く。こちらに紡が気付くことはなかったが、尚更それがダメージになる。

 俺が彼女を綺麗にする・・・なんて戯言でも言えんな。

 怖かった。彼女に何か手を施すことであの美が失われてしまうことが。

 慌ててドル・ガンを拾って、教室へと走る。俺はそれでも諦めるわけにはいかなかった。俺がこの学園に来た理由、その夢を叶えるためにも。





 果月が去った後、駅の柱の裏から出て来た少女がいた。


「・・・・・・」


 無言で果月が走った方向を見ると、少女もまた時計を見て慌てて走って行くのだった。

初めてみてくださったかたははじめまして。他の作品も見てくださっていた方はお久しぶりです。


忙しく、なかなか更新できていなかったのですが、余裕が出来たので投稿してみました。他の作品の続きもいくつか書いているので、そちら共々よろしくお願いします。

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