2彼の場合
彼女は冷たい。"僕にだけ"冷たい。
☆★ ★☆
「神崎さん、眠りましたか?」
カーテン向こうから彼女が動く度に聞こえてきていた衣擦れが、いつの間にか消えていた。
起こさないように、そっと中を覗く。
「あ、寝てる」
耳を澄ますと、微かに寝息が聞こえてきた。
「少しは楽になりましたか?」
起こさぬよう、静かに問いかけると、そっとカーテンの内側に身体を滑り込ませ、椅子に腰掛けた。
手を伸ばし、その額に手を当てる。
「……嘘吐き」
やはり熱があった。
「……んんっ」
悩ましいその表情に、思わず息を呑む。前髪をかきあげてやると、細い毛がうっすらと汗で貼り付いていた。
「綺麗だな……、本当に君は」
苦しげに喘ぐその顔を見ていて鼓動が早くなる自分は悪魔だろうか。
「今日どこか遊びに行こうよぉ」
入学したその月には、女子に囲まれる男子という位置にいた。鏡を見れば分かるが、自分でもそれなりに囲まれる顔をしていると思う。
「ごめんね。今日は係りの仕事頼まれてるから」
「えぇ〜、いいじゃん。さぼってうちらと遊びに行こ!!」
「ん〜……」
困った。こういう事がもう何ヶ月も続いている。一度遊びに行って、味を覚えられたらしい。
「椿雪いる?」
「誰よあんた? ……あぁ、神崎さんか」
神崎と呼ばれた女子生徒の姿は、香水の壁に阻まれ、全く見えなかった。
「人が待ってる」
これ幸いと、壁を潜り抜け輪から出る。
「じゃぁ、行かなきゃね」
「えぇ〜、どうせまた頼まれたんでしょ」
「雪は優しすぎるもんね」
「ごめん、また今度遊びに行こ」
「ん〜……ならいいよ」
「仕方がないね〜」
香水の波が去っていく。
「神崎さん……だっけ?」
「何?」
「係りの人なんて、いないでしょ」
だってあれはあそこを潜り抜ける嘘だから。頼まれごとをしていた記憶はない。
「……あなたは優しすぎる」
それはあまりにも唐突な言葉だった。
「俺が……優しい?」
当たり前だ。優しくしているのだから。さっきの香水の軍団も雪が優しいと言っていた。
思わず訪ね返したのは彼女の答えが聞きたかったから。
その目はまるで俺を責めているようで――
「んん……」
「起きた?」
「……臭い。出てけ」
残念。寝顔も可愛かったのに。
彼女に嫌われるのは俺も不本意なので外に出る。
「心配したんだよ」
「……あなたは皆に平等に優しいんだ」
「そうかな?」
平等じゃないよ。平等じゃない――
☆★ ★☆
好きと言っても、君は好きと言わないだろう。だって俺は、君の中で、平等に優しい存在であるから。この世に平等なんて無いのにね。
あぁ、君の嘘の衣をいつか脱がしてやりたい。俺の君だけに見せる"優しさ"で。