1彼女の場合
好きと言ったら、好き、と返してくれるだろうか?
☆★ ★☆
彼は優しい。誰よりも優しく、"皆"に愛を与えてくれる。
「神崎さん、今日もサボリ?」
薄緑のカーテンが開けられ、白い光が射し込んできた。それと共に、彼の匂いも舞い込んでくる。
「……臭い」
「あぁ、ごめん。香水が移ったかな?」
白いシャツを気にしたように嗅いでみる彼は、そのまま隙間から滑り込んできた。
薄いカーテンで仕切られた小さな空間。その中心に白いシーツの掛けられたベッドが置かれている。
「側に寄らないで。気分が悪くなる」
口元まで布団を持ち上げる。
「もしかして、本当に気分が悪かったりした?」
心配そうに眉間に皺を寄せる彼は、そのまま椅子に腰掛けてしまった。ねぇ――なんて言って、顔をのぞき込んでくる。
「煩い。私は眠いの」
「そう、本当に気分が悪い訳じゃないんだね。よかった」
ふふ、と笑う彼はそのまま深く腰掛け、本を読み始めた。
近い――
「寝ないんですか?」
「寝る」
「なら目を閉じないと」
「あなたには関係ない」
がばりと布団を頭まで上げると、彼からする匂いが遮断された。保健室の臭いが染み着いた、少し消毒臭いシーツだった。
「教室……戻らなくていいの?」
そっと布団から顔を覗かせると、長い睫を伏せながら、彼は小難しそうな本を読んでいた。紙のカバーが掛かっていて題名は分からない。でも、きっと難しい。だって読んでいるのは彼なのだから。
「いいよ。体調崩した人の側には付いていたいから」
「……崩してない」
「嘘」
本から顔を上げずに伸ばされた手は、頬に触れ、少し冷たいと思った。心臓に悪い。
「やっぱり、熱がある。神崎さんは嘘吐きだから心配だよ」
本から顔を上げた彼と目が合った。本当に……心臓に悪い。
「……臭い」
「あ、ごめん。香水臭かったね。出た方がいいか……」
ふわりと匂いが出て行く。
カーテン向こうに、黒い影が出来た。
「起きたら、また声かけて」
「……煩い」
☆★ ★☆
彼は誰にでも優しい。いつもいつも日溜まりの中心にいて、困っている人を放っておけない。そして、女の子に囲まれている。
好きと言えば……好きと返してくれるだろう。だって彼は、優しいから。皆に平等に、優しいから。
そんな彼の目に、少しでも長く留まるため、私は嘘を吐くのだ。
「……ふふっ、石鹸の香り」
彼の消えたその空間は、彼の残り香がした。