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君に嘘を  作者: 氷室 愁
1/4

1彼女の場合


好きと言ったら、好き、と返してくれるだろうか?



☆★   ★☆



彼は優しい。誰よりも優しく、"皆"に愛を与えてくれる。

「神崎さん、今日もサボリ?」

薄緑のカーテンが開けられ、白い光が射し込んできた。それと共に、彼の匂いも舞い込んでくる。

「……臭い」

「あぁ、ごめん。香水が移ったかな?」

白いシャツを気にしたように嗅いでみる彼は、そのまま隙間から滑り込んできた。

薄いカーテンで仕切られた小さな空間。その中心に白いシーツの掛けられたベッドが置かれている。

「側に寄らないで。気分が悪くなる」

口元まで布団を持ち上げる。

「もしかして、本当に気分が悪かったりした?」

心配そうに眉間に皺を寄せる彼は、そのまま椅子に腰掛けてしまった。ねぇ――なんて言って、顔をのぞき込んでくる。

「煩い。私は眠いの」

「そう、本当に気分が悪い訳じゃないんだね。よかった」

ふふ、と笑う彼はそのまま深く腰掛け、本を読み始めた。

近い――

「寝ないんですか?」

「寝る」

「なら目を閉じないと」

「あなたには関係ない」

がばりと布団を頭まで上げると、彼からする匂いが遮断された。保健室の臭いが染み着いた、少し消毒臭いシーツだった。

「教室……戻らなくていいの?」

そっと布団から顔を覗かせると、長い睫を伏せながら、彼は小難しそうな本を読んでいた。紙のカバーが掛かっていて題名は分からない。でも、きっと難しい。だって読んでいるのは彼なのだから。

「いいよ。体調崩した人の側には付いていたいから」

「……崩してない」

「嘘」

本から顔を上げずに伸ばされた手は、頬に触れ、少し冷たいと思った。心臓に悪い。

「やっぱり、熱がある。神崎さんは嘘吐きだから心配だよ」

本から顔を上げた彼と目が合った。本当に……心臓に悪い。

「……臭い」

「あ、ごめん。香水臭かったね。出た方がいいか……」

ふわりと匂いが出て行く。

カーテン向こうに、黒い影が出来た。

「起きたら、また声かけて」

「……煩い」



☆★   ★☆



彼は誰にでも優しい。いつもいつも日溜まりの中心にいて、困っている人を放っておけない。そして、女の子に囲まれている。

好きと言えば……好きと返してくれるだろう。だって彼は、優しいから。皆に平等に、優しいから。

そんな彼の目に、少しでも長く留まるため、私は嘘を吐くのだ。

「……ふふっ、石鹸の香り」

彼の消えたその空間は、彼の残り香がした。



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