9 裏切り者
「くそっ!この外道どもが!」
刃を交えながらも憎しみがこもった視線でノーヴァが睨みつけてもジュダスはびくともしない。
国王は無事逃げ切れたのだろうか。この部屋は隠し通路で国宝石がある部屋と国王と后と御子息たちの寝室と繋がってある。
そして国王の部屋には隠し通路で部屋から出る事も出来たはずだ。
9 裏切り者
ミッシェルが言ってた話では、この鍵は確か3階の物置からの隠し通路だったよな……まだ兵は門の前にいる分と、謁見の間にいる数人だけのはず。
今ならまだ逃げ切れる!
「ダフネ君!」
「フレイ様!」
慌てて走ってきたのはフレイ様だ。良かったご無事だったのか!
でもルーシェルが俺の首にしがみついて、大声を出した。
「ダフネ、そいつは悪い奴だよ!そいつは俺達を裏切ったんだ!」
ルーシェルの大声でフレイ様がピタッと歩みを止めた。
ルーシェルがパニックを起こしてるだけなのか、それとも事実なのか……俺には全く分からない。
でもルーシェルは尋常じゃないほど怯えてる。それだけは事実だ。
俺は刺激させない為にも、早くフレイ様から離れようと決めた。
「フレイ様、俺達ミッシェルとクラウシェルを探すのでこれで……」
「そうなのかい?彼らならもう捕まったよ。後は君だけだルーシェル君」
「は?」
フレイ様が何を言ってるのか分からない。捕まった?ミッシェルとクラウシェルが?
全身の血が引いて行く。
ルーシェルの悲鳴が聞こえたにもかかわらず、フレイ様は涼しそうな顔をしている。
「ルーシェル君、君は読み手だ。国宝石の文字を読む事が出来る。我がバルディナには君が必要だ」
フレイ様は裏切り物だった……バルディナのスパイだった。
そしてルーシェルが読み手、あの国宝石の。ルーシェルは母親に教えてもらったって言ってた。
ミッシェルとクラウシェルは違うのか?でもこいつがルーシェルを欲しがってるんだ。読み手はルーシェルだけなんだろう。
だから国王は国宝石をルーシェルに渡して俺と一緒に逃げろって言ったんだ。
ルーシェルが奴らの手に渡ったら最後だから……守らなきゃいけない。俺がルーシェルを守らなきゃいけない!
こいつを斬り殺したい!裏切ったこいつを!
でも今は時間がない。こいつとやり合ってるうちに応援が来るだろう。でもミッシェルとクラウシェルが!
ジリジリ近寄って来たフレイに逃げる体制をとる。ルーシェルを抱えてる状態じゃ、剣も振り回せない。
その時、フレイが何かに反応し、身体をずらした。
そしてそこには捕まったとフレイが言っていたクラウシェルが剣を持って構えていた。
「クラウシェル!」
「ダフネ!こいつの言ってる事は張ったりだ!僕達はまだ捕まってない!」
クラウシェルは剣をフレイに向ける。それを見てフレイが苛立った表情を浮かべた。
「話は父様から聞いた。早くルーシェルを連れて逃げるんだ!ここは僕が何とかする!」
「お前も一緒にっ!」
「一緒に逃げようクラウシェル!ミッシェルもパパもママも!」
伸ばしたルーシェルの手をクラウシェルは悲しそうに見つめ、そして首を横に振った。
クラウシェルは逃げる気が無いのだ。このアルトラントに残る気なんだ。
どうして!?そう泣き叫ぶルーシェルにクラウシェルは涙をこらえながらも、凛とした声で返事をした。その姿は王族の誇りと威厳があった。
「それはできないんだルーシェル、僕は第1王子、直国王だからね。国民は見捨てられない。それとダフネ」
「え?」
「今なら自信を持って言えるよ。僕はルーシェルを守れると!」
クラウシェルが剣を向けてフレイに走っていく。
過去に言っていた。こんな事態になった時に自分はミッシェルとルーシェルを守れるのか、と。クラウシェルが文句を言いながらもサボらずに剣の稽古を続けたのはミッシェルとルーシェルを守る為だ。こいつは今、あの時の決意を実行しようとしてるんだ……
クラウシェルは命に変えても俺とルーシェルを逃がす気なんだ。そんなクラウシェルを助けなきゃいけないのに、クラウシェルの最後の言葉が胸に突き刺さった。
こいつはあの時、俺と話した事を実行しようとしてる!
俺が命に変えてもルーシェルを守る。ルーシェルは希望だ、国宝石とルーシェルがいれば、いつか国は取り戻せる。俺は絶対に諦めない。
ルーシェルを抱えなおして、再び走り出した俺にルーシェルは慌てた。
「クラウシェル、クラウシェル!」
「死ぬんじゃねぇぞクラウシェル!俺達は絶対に国を取り戻す!絶対にだ!」
「分かってるよ。僕だって国王になる為に勉強してきたんだ。無駄にする気はないさ」
最後まで生意気な態度を崩さなかったクラウシェル、でもその後ろ姿は震えて見える。怖いのは当たり前だ、殺されるかもしれない極限状態の中で、あいつは自らの命よりも弟の命を守る事を優先させた。
ミッシェルとルーシェルの事を口では文句を言いながらも誰よりも心配していた。クラウシェルの意思を俺は守らなきゃいけない。あいつが時間を稼いでる内に逃げるんだ!
物置の扉を開けて内側からカギをかけた後に抜け道の入り口を探す。クラウシェルを助けようと俺から逃げようとするルーシェルを止めながら、怒りにまかせて物を乱雑にどかしていると、小さな扉があった。
扉に鍵がかかってる……その鍵がこれか!
鍵を差し込むとかガチャリと音を立てて扉を開けれる様になった。やっぱりここがミッシェルの言ってた抜け道か!
ルーシェルを担いでその中に入り、また内側から鍵をかける。これでこいつらは入ってこれない。ひとまずは安心とはいかないが、城からは出られる。ミッシェルが言ってた時、城下町の路地裏でそこから市場や城の城下町から外であるルプス門に出れるって言ってた。
でもそこには十中八九見張りがいるだろう。城下町の中にも兵はいるはずだ……どうするっ
アルトラントの領土内は独立国家が存在しない。つまりこの大陸の外に出なければ、アルトラント内に逃げ道は次第に無くなってくる。そう考えたら国外逃亡しかないだろう。
国外と言っても行く場所がない。ルーシェルの身分を隠して国外逃亡をはかるしかない。
バルディナの力が行かない内に港町のシースクエアから船に乗って貿易国家ビアナを目指す。ビアナまで行ければ安心だ。それから先はそこについてから考えればいい。
シースクエアは南下した先だ。馬が欲しいが今は手に入らないだろうな。でも歩いて行ったら数週間はかかる。途中でどこか被害が行ってない村に行って馬を調達するか……いや、シースクエアの道中に俺の産まれた村のサラディスがある。そこで馬を譲ってもらおう。村の奴らもきっと匿ってくれるはずだ。
まずはそこからだ!
ルーシェルは俺の服の袖を掴んでぽつりと呟いた。
「なんでダフネは皆を置いて行ったの?俺は皆と一緒にいたかったよ」
「……ルーシェル、お前は最後の希望なんだ。お前だけは生き残らなきゃいけない」
「どうして?」
「お前が母親に教えてもらったって字があっただろ。あれは国宝石に書かれた文字なんだ。国宝石はゲーティアって言う魔術書が隠された場所を記すヒントになってる。バルディナはそれを狙って襲撃してきた。でもバルディナは国宝石の文字を読めないんだ。だから文字が読めるお前をバルディナは捕まえたかった。俺も教えてくれルーシェル」
「何を?」
「お前が持ってるその宝石、かくれんぼした時のだよな?国宝石が鍵の掛かってない部屋と宝箱の中に置かれてるはずがない。どうやってあの部屋に入ったんだ?」
ルーシェルは涙ではらした目をこすりながらポツポツと呟いた。
「見つからない場所探してる時にね、フレイに会ったんだ。そしたらフレイがね、あの部屋の鍵を開けたんだ。ここなら見つからないって。そして宝石を渡してきたんだ。文字が読めるかって聞いてきて……」
「やっぱあいつか」
どうりでタイミング良くあの場に居合わせた訳だ。
最初からあいつはルーシェルに国宝石を読ませる気だったんだ。評議長のフレイなら国宝石を隠してる部屋の鍵を手に入れる手段があるだろう。
最初からあいつはスパイだった。俺にルーシェルを部屋に行かせろって言ってきたのも、邪魔な俺をルーシェルから引き離したかったからか!
でも国王が国宝石をルーシェルに持たせて逃げさせたお陰で、あいつの計画はパーになったんだろうけどな。
走り続けた先には梯子がかかってる。そして天井にはマンホールの様な物も。この先が出口だ。
ルーシェルを降ろして、先に自分が登ってバルディナの兵がいないか確認する。
ミッシェルが言ってた通り、路地裏だ。ここならバルディナの兵はまだいないだろう。ルーシェルを抱えて外に出た。
城下町でもバルディナの兵と市民が戦ってるようだ。抗争が繰り広げられている。
問題はここからどうやってルプス門に行って外に出るかだ。
その時、1人の女性が俺達に気づいて駆け寄ってきた。
「あんた若い男なら手伝っておくれ!バルディナの奴らを追い返すんだ!」
それは俺もしたい所だけど、できない。
首を横に振って断った俺に女性は苛立って拳を握りしめた。
「女子供も戦ってるのに、何情けない事言ってるんだい!?」
「違います、話を聞いてください!俺は城の人間です。この子は第2王子ルーシェル様、俺達は城から逃げてきたんです!」
「何を馬鹿な事を!」
やっぱりあまり公に顔を出さないルーシェルは顔が割れてないせいで、国民には知名度が低いようだ。顔を見ただけでは分かってもらえない。
俺も就職するまでクラウシェルの顔しか知らなかったからな。
でも信じてもらうしかない。そして信じてもらう証拠が……
「これを見てください」
ルーシェルの指にはめられている指輪、この指輪は王族だけが持つ指輪だ。
それを見た女性は本当に王子だと理解したらしく、膝をついた。
「ご無事で……本当に良かった!」
「俺達は国王の命令で城から逃げろと仰せ使いました。御協力願えますか?」
「逃げるって……王族があたしら国民を見捨てて逃げるのかい!?」
「今はそうなります。でも逃げるのはルーシェル様だけです」
「どうして……」
「ルーシェル様はバルディナに狙われています。そして国の最後の希望、俺達は必ずバルディナを打ち滅ぼしに国に戻ってくるつもりです」
「……あんた」
女性は理解してくれたのか立ち上がって、少し待っててくれと言って家に入って行った。
そして数分後にフードがついた布切れを持ってきた。
それを俺とルーシェルに渡してくる。
「主人と息子のだ。サイズが合うかは分からないけど、今から街の奴らに伝えてルプス門の前で暴動を起こす。あいつらがあたし達を鎮静化させてるどさくさに紛れて門を出るんだ」
「あ、有難うございます!」
「門の外も恐らくバルディナの兵がうようよいるだろうさ。だからグプトの森から行くといい。流石に森の中まで来ないさ。でもこのコンパスがあったら森を抜けれる」
「何から何まですみません」
「いいんだよ、ルーシェル様をあいつらに渡させはしないさ。あんた達はこれからどうするんだい?」
「とりあえずシースクエアからビアナに向かうつもりです。その後は追っ手を逃れてから考えます」
「そうだね、まずは逃げる方が先さ。待ってな、暴動が始まったら呼びに来る」
女性はそう言って走って路地裏を出て行った。
そして十数分後に一際大きい声が響き、近くで抗争が起こったのを理解した。
女性が走ってくるのを見て、俺はルーシェルにフードを被せた。
「今だよ!今ならきっと行ける!」
「有難うございます!恩に来ます」
「ありがとう」
ルーシェルの言葉に女性は泣きそうな顔で気を付けて、とだけ呟いた。
ルプス門の前は一般市民と兵が激しい抗争を繰り広げてた。一般市民は棒や包丁などを持って、剣を振りかざす兵士と戦っている。
こいつらは兵の癖に一般人も殺すつもりなのか!どこまで腐ってるんだ!
走ってる途中で既に息絶えてる市民を発見し、ルーシェルに見せない為にルーシェルの目を手で覆った。
でも目論見通り、鎮静化に努めている兵は俺達に気づかない。
俺達はまんまとルプス門から城の城下町の外に出た。
城の外に出て走り続ける。
後ろからは悲鳴と物が壊れる音が聞こえて、振り返るのも怖い。
バルディナの兵たちに見つからないように走り、俺とルーシェルはグプトの森に駆け込んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アルトラント王国、平和条約100周年終結4日後……バルディナ帝国の襲撃により王国滅亡。
捕えられた姫と体中を傷だらけにして自室に投げ捨てられた第1王子、そして国王と后。
国王を最後まで守り通した軍団長ノーヴァは戦死。一般市民にも被害が出た。
しかし彼らは第2王子ルーシェルを逃がした事に気づき、兵を直ちに集結させたのち、アルトラントの各地に派遣すると決め、早急に兵を集めた。
そして国民に1年以内に国王と后の処刑を発表した。