8 塞がれていく退路
「うわあぁぁああ!あいつらが攻めてきた!俺剣なんて持った事ない!嫌だ、死にたくないぃ!」
目の前で起こっている体験した事のない現実にジェイクリーナスはパニックを起こして泣き叫ぶ。
それを半泣き状態で切れ返していたのはミカエリスだ。
「そんなの私とて同じだジェイクリーナス君!君はまだ剣があるからいいじゃないか!私なぞ武器が足りないから鉄パイプだぞ!どう考えても死ぬのは私だろう!」
「ミカエリスはいいじゃんか!30過ぎたし十分生きただろぉ!?俺まだ19よ!?」
「そんな理屈通用しない!私とてこんな所で死にたくない!」
「死にたくない……」
普段喋らないイワコフも一言呟いて顔を俯かせた。
「イワコフ君もそうだよね!?」
「てやんでぃ!俺なんか料理人だからフライパンで戦いと来た!一生フライパンに顔向けできねぇ!」
「コラッドさん、気持ちは分かるよ。門を突破されたら最後だ……あの兵士たちが突破されたら……」
自分達の数メートル先には自分達を守るために戦っている兵の姿。あの兵が突破されたらバルディナの剣はついに自分たちに届くのだ。
ミカエリスはその光景を呆然と見ながら、絶望したような声でポツリと呟いた。
「マリア君とミリア君は大丈夫なんだろうか……」
城を守る少女門番の2人。2人とも女だが、自分たちとは違い前線で戦っている。
もう彼女達は息絶えているかもしれない。その恐怖で動く事も出来なかった。
8 塞がれていく退路
揉みくちゃになった状態で混戦になり、どこから剣が向かってくるかわからない。
所々に傷を負ったミリアが膝をついているマリアを支えて立たせた。
「マリア、大丈夫?」
「平気、まだ行けるわ」
「それにしてもしつこいわね。あいつら本気で潰す気でいるわ。まさかいきなり来るなんて思わなかったから、こっちはなんの準備もしてないのに!」
「……ミリア、死ぬ時は一緒よ」
「わかってるわ。国の為に2人で死ぬのも悪くないわね」
―ダフネside――――
「セラッ!」
逃げまどう使用人達をかいくぐり、門に向かって走っている途中でセラを見つけて俺は大声を出した。
セラはこっちに気づいて走って向かってくる。その表情は硬い。
「ダフネ、なぜここに?王子たちはどうしたのです?」
「多分部屋にいるだろ。俺は門に向かってるんだ」
「多分って……何を言ってるの貴方は!御世話係がこの非常事態に離れてどうするの!?」
初めてのセラの怒声に少し驚いてしまったが、俺にも言い分がある。
納得させられると思ってたのに、セラの表情は変わらない。
「だから門からの侵攻を防ぐんだ!あそこを防ぎきったら」
「本気で言ってるの?」
セラの射ぬく視線に何も言い返せない。
「あれは多分斥候部隊、直に本隊が襲撃してきて門は恐らく破られる。私でも分かるのに、士官学校を出た貴方が分からないはずはないわ。貴方は兵の数を見てないのでしょう?」
そんなに数が多いのか……
絶望感が身体に襲いかかる。どうなるんだ、ヤコブリーナスにジェイクリーナスを頼まれた。
ジェイクリーナスだけじゃない、コラッドも連れて行かれたってサヤカが言ってた。
多分イワコフもミカエリスも連れて行かれたはずだ。
マリアとミリアは女の子だけど門番だから前線で戦ってるはずだ。あいつらはどうなるんだよ!?
「貴方は王子たちの所に向かいなさい」
「俺は、皆を助けて……!」
「いいえ、助けられない。王子と姫と逃げるんです。さっき窓から爆弾と銃を持っている兵を見ました。恐らくザイナスも今回協力しているのでしょう。直に城門に穴が開けられて兵たちがそこから入ってくる。国王と王子たちを守るんです」
ザイナスがバルディナに協力してる?だって10年前までバルディナと戦争してたんだぞ!?その国がなんで今回協力してるんだ!
何かを言いたかったけど、口を開いた瞬間、大きな爆発音が聞こえた。
やられてしまった……恐らく開いた穴から奴らが乗り込んでくる。
「行きなさいダフネ!王子たちを守って!」
「お前も行くんだよセラ!」
「……私の父は騎士でした。私も少しですが手ほどきは受けています、私こそ門に向かいます。ジェイクリーナス達にも伝えますよ。きっと貴方の言葉を聞いて、彼らは生き残る為に戦うでしょう。貴方の役目を果たして下さい」
俺の役目って何だ?御世話係だからって城の皆を見捨てなきゃいけないのか?
俺は戦える、何のために士官学校を卒業したんだよ!肝心な時に剣も持った事の無い奴らに任せるなんて……!
兵たちの声と使用人達の悲鳴が聞こえる。ここは3階、すぐにクラウシェル達の部屋にもたどり着く……俺が行かなくちゃ!
俺はまっすぐクラウシェル達の部屋に走って向かう。その時、前方から子どもが走ってきた。
「ルーシェル!」
「あ……ダフネ!」
俺めがけて走ってきた傷だらけのルーシェルを抱きしめてやっと少し安堵した。
泣き虫のルーシェルにこの場はきつかっただろう、涙をぼろぼろ流して俺にしがみついている。
それを力いっぱい抱き返して、ルーシェルに酷だろうが状況を尋ねた。
「ルーシェル、ミッシェルとクラウシェルは?一緒じゃなかったのか?」
「……わからない、わからないよぉ!俺、これを持ってダフネと逃げろってパパに言われたんだ。ミッシェルとクラウシェルを置いてって!俺、それを断って必死に2人を探したのに、探したのに!」
国王の言葉に耳を疑った。あの国王がミッシェルとクラウシェルを見捨てるという言葉を使うなんて!なんで国王はそんな事を思ったんだ!
ルーシェルの手には緑色の宝石、これは確かルーシェルとかくれんぼした時に見た……まさかこれが国宝石なのか!?
でも正直もう時間がない。直に相手の本隊が乗り込んでくるだろう。
今この城にいるのはあくまでも斥候、特攻部隊だ。それだけでこんな壊滅的な被害になるんだ。本隊が乗り込んできた時なんて考えたくもない。
国王にはきっと策がある!国王がミッシェルとクラウシェルを見捨てる訳がない!なら俺がやるべき事は1つ。
ルーシェルを連れて国外へ逃亡する事。ルーシェルが国王から渡された物を守る事。
ごめんなミッシェル、クラウシェル……俺は駄目な世話係だよ。でももう探す暇なんてない。ルーシェルだけでも助けなければ!
前にミッシェルが言っていた。抜け道を使って城を出たと。そのカギをルーシェルはポッケに持っていた。
国王に渡されたらしい。国王は一体何がしたいんだ?自らが逃げる気はないのか!?
ルーシェルを抱き上げて城の出口方面に向かった俺にルーシェルは慌てた。
「ダフネ、何してるの?そっちは違う、違うよ!」
「違わない。ルーシェル、俺と逃げるんだ」
「なんで?なんでダフネはそんな事言うの!?ミッシェルとクラウシェルがどうなってもいいの!?ダフネは俺達の御世話係でしょ!?」
「……確かにそうだ。でも国王の命令は絶対だ」
「止めて!降ろして!!ミッシェル……クラウシェル!」
泣き叫ぶルーシェルの口を押さえて無理やり黙らせて足を動かした。
両手が塞がってるこの状況で兵と会うのは自殺行為だ。何としても避けなければ!そして国外に逃げなきゃいけない。
それまではかなりの苦労を味わうだろうけど仕方がない。仕方がないんだ……!