7 バルディナ使者来訪
「大変だダフネ!バルディナが来た!」
クラウシェルが慌てて窓を見るように促す。
いかつい馬車に揺られて、馬車の周りは兵士が護衛をしている。
その姿を見て、本当にバルディナの使者がやってきたんだな、と思うには十分だった。
7 バルディナ使者来訪
3人がお茶をする部屋からは城門と町並みが良く見え、門番のマリアとミリアの姿も確認できる。2人の表情までは見えないが、動きが少しぎこちないから、かなり緊張してるみたいだ。
流石に怖くなったのかミッシェルもセラにしがみつき、ルーシェルも俺にしがみついた。
「大丈夫ですよ、きっとまた条約を結ぶだけです」
セラはそう言ってなだめてるけど、表情は複雑そうだ。
そんなセラに俺も声をかける事が出来ない。正直言って俺はあいつらが何を言ってくるのかが心配だ。
国宝石を見返りとして要求されたら、国王はどうするつもりだろう。
それ以外にも貿易の制限や関税撤廃、もしかしたら法を変える事を要求する可能性だってある。
確実にバルディナはただで条約を継続させる気はないだろう。
「それにしても……兵が多くないか?正式な使者が来るんだから護衛は確かに必要だけど、こんなに多くする必要があるのか?」
「ダフネは分かるのですか?」
「まぁ士官学校で戦のノウハウは学ぶからな」
本当に可笑しい。この数なら斥候として使えそうなくらい多い。
アルトラントに軍事力があまりないのはバルディナも知っているはずだ。現にアルトラントには兵は2~3万しかいないし、ノーヴァ様以外に凄腕の騎士がいると言う話も余り聞いた事がない。
それなのに向こうは士官学校の教科書に載ってたような凄腕の騎士が数人護衛してやがる。これはやりすぎじゃないのか?
軍事パレードの様に派手に登場して城の庭についた馬車から人が降りて来る。
でもそれは意外な人物だった。
「あれ?」
「ダフネ、どうしたんだ?」
「あの使者が身につけてるマントに王家の刺繍が入ってる。ってことは王族か?でも皇帝のイマニュエル・ネイサンは確か70を超えるご老体って聞いたけど……」
馬車から下りてきた男は屈強な男だった。一般の使者はバルディナの国旗がデザインされたものを身につけてるけど、あいつが身につけてるマントに刺繍されてるのは王家の家紋だ。詳しく見えないけど、色が国旗と違うからそうだろう。
見た感じ30後半くらいだけど……あいつは誰なんだ?王族って事は間違いないんだけどな。
セラも呼んで、窓から誰だと聞くとセラは知っているようで顔を顰めた。
「彼はイマニュエル・ネイサンの息子の第2王子、ジュダス・ネイサン。バルディナでもタカ派の筆頭格であり、10年前のバルディナとザイナスの紛争を打ち勝った英雄です」
10年前にバルディナ領土内の独立国家であるザイナスとバルディナは戦争をしていた。
ザイナスは銃火器を専門に扱う唯一の国で数百年前にバルディナから独立を果たした。
でもバルディナはザイナスの独立を認めておらず、またザイナスの技術が欲しいから侵略を繰り返し、ザイナスもそれに応戦してた。
その時にザイナスに奇襲をかけられて窮地に立たされた所を逆転したと言う武勇伝を持ってるのがジュダス・ネイサンだ。
結局紛争は痛み分けに終わり、条約によって今は休戦状態になってるみたいだけど。
「ジュダス、ねぇ……」
「なんであいつが来るんだ……ウィリアム・ネイサンはどうしたんだ?今まで交渉の度にそいつが出てきていたじゃないか!」
クラウシェルの言う通りだ。バルディナのイマニュエル・ネイサンは子どもが4人いるって聞いた。
1人は第1王子で長男のウィリアム・ネイサン、交渉術に長けてるけど、情に厚い御方だと聞いた。第2王子が今来ているジュダス・ネイサン、セラの言った通りタカ派の筆頭格でバルディナの軍事力増大の中心人物だ。第3王子がクリスティアン・ネイサン。かなり歳が離れててまだ10代らしいけど病弱で表には出ないらしい。そして第1皇女がマライア・ネイサン、剣技に長けた女傑だ。
そしてジュダスが来たって事は……いよいよこれはヤバいか。
「向こうでも色々議論があったんだろうけど、タカ派が今回は議論で勝ったんだろうな」
「そんな……」
「ねぇなんなのタカ派って。分かるように言いなさい!」
「俺もわかんなぁい!」
こんな時でもミッシェルとルーシェルは能天気だ。
まぁ教えるのはまた今度でいいだろう。まだ12歳のミッシェルと9歳のルーシェルには難しいはずだ。クラウシェルが賢すぎるだけで。
でもこれは本当にどうなってしまうんだろうか。
その時、部屋の扉がノックされた。セラが扉を開けると、そこにはフレイ様が立っていた。
「やぁ、ダフネ君はいるかな?」
「ダフネですか?いますけど……」
セラは首をかしげて、俺にフレイ様が来たと伝えた。フレイ様が俺に何の用なんだろうか。でもフレイ様が呼んでるんだから行かなきゃ不味い。
なんとなくクラウシェル達を残すのは気が引けたがセラもいるし、そんな長い話って訳でもないだろうし、すぐに終わるよな。
そう思い、フレイ様の元に向かった。
「ダフネ君、君はどう思うかい?」
「どうって……」
扉を閉めて、周りに誰もいないからか、ここで話を切り出してきたフレイ様に首をかしげた。
フレイ様は眉を動かし、不安そうな顔をしている。
「バルディナは今回正式な使者に第2王子を送ってきた。第2王子が交渉に出てきた事は正式な記録書には残っていない。」
「やっぱりフレイ様も感じましたか。タカ派の第2王子が来るって事は、もしかしたらと思ったんです。条約を継続させるなら交渉に長けた第1王子を送り出すはずですし……」
「やはり君の洞察力は素晴らしいね。私も彼らが国宝石を狙ってるんじゃないかと思ってね、不安に感じていたんだよ」
「国宝石を!?」
「まだ分からない。しかし王子たちは3人とも国王たちの寝室に避難させた方がいいだろう。何が起こるか分からないしね」
「そうですね……そうさせます」
それだけを伝えに来たらしい、フレイ様は相変わらず愛想のいい笑みを浮かべて去って行った。
さてと、俺は王子たちを自室に映さないとな……
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「此度は我が国アルトラントに来ていただき歓迎する。猛き国バルディナよ」
「我が同盟国よ。私も会えて嬉しいよ」
ジュダスが頭を下げたのを見て、国王も頭を下げる。
物々しい空気に囲まれて、それぞれがお互いに話を切り出すのを待っている。そして先に斬りだしたのはジュダスの方だった。
「今は我ら条約が終結し、同盟国ではなくなったのだが、我らバルディナは新たな条約を締結する準備は出来ている」
「それは有難い、早速書を作らせよう」
「いや、その前に我らの条件を飲んでいただきたい」
やはりそう来たか。国王やダイナス、ノーヴァがそれぞれ同じ事を思った。
ただで守る等あり得ない、見返りを寄こせ。言われると予想はしていたが実際言われると、心臓が跳ねる。
平静を崩さず、国王が例を挙げてほしいと言えば、ジュダスは笑みを浮かべた。
「簡単な事。国宝石を我らに引き渡す、それ以外の交渉条件は無い」
「な、何を馬鹿な事を!国宝石は5つの国で分けあう事で均一を保つと言う話は私達の数百年も前から決まっていた事ではないか!」
「私達には私達の望みがある。そしてそれを果たす為にゲーティアが必要なのだ。国宝石を解読し、私達がゲーティアを手に入れる」
「ふざけた事を言うな!それは受け入れられん!」
「よろしいのですか?我が国と条約を結ばなくても。過去にパルチナの南下を阻止できたのは我らの功績が大きい。私達が見限れば、貴方の国などパルチナやファライアンにすぐに切り売りされるだろうな」
「いずれにせよ、この事は書簡で3カ国に伝える。侵略をされる前に3カ国から非難する声明が貴殿に届くであろう」
国王の凛とした声が室内に響いた。
しかしジュダスは笑みを崩さなかった。
「それは困りますなぁ。だが我らはそれを見越している。国王、我らは今日この国を買い取りに来た」
「な、に……?」
「国宝石の話しあいに応じなかった場合、我らは今日この国を潰す気で来たのだ!行け貴様ら!国王を捕えるのだ!」
ジュダスを護衛する兵数人が国王めがけて剣を向ける。
しかしそれを間一髪の所でノーヴァと国王の護衛の兵士たちが止めた。
「国王!ここは我らに任せてお逃げください!奴ら最初からこのつもりだったのです!」
「ノーヴァッ!」
「ははは!平和ボケした国王に仕えるのも大変ですなぁノーヴァ殿。我らを忌み嫌っていた貴方なら、この事態を予想していたはずですがなぁ」
「黙れ!今ここで貴様を討てば問題ない!」
「いつまでその意地が続くか、見物させてもらいましょう」
国王が奥の部屋へ逃げたのを確認し、ノーヴァが兵士の剣を弾き喉元に剣を突き刺す。
そして再び剣を構えなおした。
「グレイ、軍の者全てに伝えろ!これは侵略行為であり、全勢力使って排除すると!残りの者は私に続け!侵略者を根絶やしにするのだ!」
「アシュラ、全軍進撃の指示を出せ。鼠狩りだ、国宝石は必ず頂く」
―ダフネside――――
クラウシェル達を自室に避難させ、自分の部屋で愛用の剣を磨いていると、外が騒がしい。
なんだ?そう思ってドアを開けると、使用人達が兵に誘導されて逃げていた。兵の1人に声をかければ、兵士は慌てて状況を説明してくれた。
「な、なんだこれ?どう言う事だ!?」
「バルディナが侵略をしてきた。奴ら、城内だけじゃなく城下町までも兵をよこしてやがる!戦えない女子供は隠し部屋に避難させるのだ。君は剣を持っているから戦えるな?一般男性や剣士はバルディナの兵を頼む!門に向かってくれ!」
忙しいのか、そいつもさっさと行ってしまって残された俺はどうしていいか分からず、呆けていた。
すると視界に今度はサヤカに支えられたヤコブリーナスが息を切らしながら走ってきた。
ヤコブリーナスは俺を見つけて縋りついてきた。
「ヤコブリーナス、どうしたんだ!?」
「た、助けてくれダフネ……お前さんは士官学校を卒業したんじゃろ?ジェイクリーナスを助けてくれ!若い男どもは皆前線に向かわされた。ジェイクリーナスは剣なぞ持った事もない!殺されてしまう!」
「コラッドや他の料理人達も連れて行かれたよ……戦いの素人にバルディナの相手をさせるんだよ!」
ヤコブリーナスは泣き崩れ、サヤカの悔しそうな声を聞いて頭が真っ白になっていく。
クラウシェルの言った事が現実になってしまった。本当にバルディナはアルトラントを潰すために襲撃してきたんだっ!
今のアルトラントの警備は手薄だ。兵だって城に集中させている訳じゃなく、国境線の砦にも、それぞれの村にも派遣してるから、実際1万5000もいないだろう。
だから城の男達を狩りだして戦わせるんだ。でもそんなの無謀すぎる!相手は俺と同じ士官学校を卒業して、なお且つ城で訓練を受けてる騎士や兵たちだ。一般人が敵う訳ないじゃないか!このままじゃ皆殺されてしまう!
「……俺も前線に行く。門だな?」
「そ、そうじゃ!頼むダフネ……頼む!大切な孫なのじゃっ!!」
「ダフネ、あんたはどうするんだい?あんたは王子と姫の世話係だろ!?門に行ってる場合じゃないはずだ!」
「門からの侵攻を防げば安全だ!俺は行くぞ!」
パニックを起こしているヤコブリーナスを隠し部屋に向かってる奴らに合流させて俺は門に向かう為に急いだ。