63 植えつけられた恐怖
「駄目です、かなり高度な魔法陣と術者ですね。私にはなんとも……ダフネさん、すみません」
「そっか」
ドリンは本当に良くやってくれた。ドリンを送ってから3日後にクレアがドリンを抱きかかえてファライアンにやってきた。ヘトヘトのドリンをライナは優しく抱きしめて何度もお礼を言っていた。
63 植えつけられた恐怖
でも現実はそんなに甘くなかった。
クレアは最初、女王の部屋の状況に目を丸くしていたけど、すぐに魔法陣の研究を始めた。そこで分かったのは転移魔法を扱うことができる術師はかなり少ないと言うこと。
この魔法陣には特殊な結界が張られており、魔法陣の解読ができなくなっているらしい。つまり誰がどこに飛ばしたかというのが分からないんだそうだ。折角クレアに来てもらったけど、何も成果はないらしい。
項垂れるクレアに気にするなと声をかけたけど、気にしない訳がない。クレアはルーシェルが緑の濃く宝石を継承する際に立ち会ったんだ。ルーシェルの事が心配なんだろう。
「おや、先客がおったのか」
声が聞こえ、振り向いた先にはデューク議員がいた。
目には隈ができており、少しやつれたように思える。ほとんど働きづめな生活なんだろうな、そのおかげでファライアンはある程度、元には戻りつつある。それでも女王を失った悲しみと怒りはでかい。女王奪還の世論は未だに根強く残っている。
デューク議員は部屋を見渡し、何も話すことはない、物思いにふけっていた。
「デューク議員?」
「……初めて女王をここに閉じ込めた時、女王はまだ10の半ばだった。一番外に出て遊びたい盛りだっただろう」
懐かしむように、悲しむようにデューク議員は語る。そうか、女王はそんな幼い時にここに閉じ込められて、外に出れなくなったんだな。
「外の情報を仕入れて話すのはいつもジェレミーの役割だった。城下町で手に入れた品物を渡して笑いあう姿は本当の兄弟のようだった」
「……」
「いつから、こんな事になってしまったのか……」
本当にいつからこんな溝ができてしまったんだろう。誰も、こんな事を望んでたわけじゃなかったのに。幸せを望んでたはずなのに。
デューク議員はため息をついて、目元を少し拭い背を向ける。もう出て行くんだろう、忙しい中の合間を縫って、ここに来たって感じだ。デューク議員は扉に手をかけて、こっちに振り返った。
「ダフネ君、至急騎士団の団長とエデン、ヴァジュタン、オーシャンの大使を集めてくれないか」
「俺がですか?」
「私より君の方がいいだろう。失礼する」
今度こそデューク議員は出て行った。一体何があるんだろう。
帰ったほうが言いかと問いかけてきたクレアを客室にいるように告げて、一緒に客室にいるエルネスティ、アルシェラ、そしてライナの所に向かう。
客室ではエルネスティが荷物をまとめていた。まさか……
「帰るのか?」
「あぁ、ファライアンの国内もある程度安定した。長居する必要はない」
全てが終わってしまう。ヴァシュタンから同盟を破棄されるのはかなりの痛手だ。でもそれは向こうだって同じのはず、それでも同盟を切る事を考えているのは今のファライアンが完全に足手まといな状況になっているからだ。
その気持ちは分かる。俺だって同じことを思ってる、でももう少し、もう少しだけ考えてほしい。デューク議員がきっと何とかしてくれる。あの人ならきっと……
「エルネスティとアルシェラとライナを呼んでくれってデューク議員に頼まれた。それを聞いてからでも遅くないだろ」
「……そうだな、聞くだけなら」
「何?私たちに何の用なのかしら。今更頭を下げられても遅いわよ」
「あんたは文句しか言わないねぇ……」
アルシェラの相変わらずの悪態にライナがため息をついて突っ込みを入れる。
俺は騎士団を呼んでこなくちゃいけないから3人には先に行ってもらって、クレアをその場に待機させて、騎士団の詰所に足を運ばせた。
そこにいた機嫌の悪いランドルフとオルヴァーに声をかけて他の団長を呼んでもらって、俺も会議室に向かう。そこには既に議員たちが数名待機しており、遅れてランドルフたち騎士団団長も入ってきた。
「何の用だデューク議員、話とは」
切り出したランドルフにデューク議員は頷いて一通の手紙を出した。そこにはビアナの国家のマークの烙印が付いている。ビアナからの手紙のようだけど、一体なんでビアナから……
デューク議員の補佐を勤めているアイラ議員が手紙を受け取り、内容を読み上げた。そしてその内容に衝撃が走った。
手紙の内容はビアナにイヴさん、そしてルーシェルがいるということ。ビアナがバルディナに宣戦布告し、ファライアンと同盟を組みたいと言う事、そしてイヴさんとルーシェルをファライアンに送りたいので船の通行の許可をくれという物だった。
あまりの衝撃に俺達も騎士団も、ライナ達も目を丸くした。
「ビアナが……戦争に参加するって言うのか」
「ビアナはイヴ女王陛下とルーシェル第2王子をバルディナに引き渡す事を拒否したことで宣戦布告を受けました。そしてそれを受けて立つと言う事です」
アイラ議員の付け加えに更に驚きが膨れ上がった。ビアナはルーシェル達を守ってくれたんだ……戦争になってしまうかもしれないって言うのを分かったうえで守ってくれた。
喜びが全身を駆け巡り、体中が震えた。ルーシェルに会える、生きている。そしてビアナも味方についてくれた。こんなに嬉しい事はない!
しかしデューク議員やアイラ議員、新人議員のジーンも含めて、議員たちは皆渋い顔をしていた。嬉しくないのか?
「ビアナとの同盟は受け入れるつもりだ。だが君たちに聞きたいことがある、君たちはイヴ女王陛下をファライアンで受け入れる覚悟はあるか」
デューク議員の問いかけに問題を確認した。イヴさんが戻ってくるという事は青の国宝石が戻ってくるということ。やっとある程度国内を安定化させれたのに、それが水の泡になってしまう可能性だってある。それをデューク議員たち議会は恐れている。だから今日この場で問いかけてきたんだ。
「私たち議会の結論は決まった、騎士団と同盟国でそれぞれ答えをまとめてくれ」
それって居候の俺はどっちで話せばいいんだろう……だけどライナがこっちに来いって言ったから、ライナの所に行くことにした。
エルネスティとアルシェラも事態を理解している分、深刻そうな顔をしていた。
「ビアナとの同盟はありがたいわ。でもあの女王が戻ってくるんでしょ?またファライアンが荒れるのは困るわ」
「だが国のシンボルだ、今の国民を静められるのは女王しかいないだろう」
「それは一理あるね。王子様も戻ってきてほしい、受け入れるべきだと思う」
アルシェラは反対でエルネスティとライナは賛成だった。そして判断が俺に委ねられる。俺がアルシェラの側に付けば2対2で話は平行線になって面倒くさくなるだろう。でも答えは決まってるんだ。
「俺はイヴさんを受け入れるべきだと思う。騎士団も議会ももう同じ過ちは繰り返さない」
「……そうだね、きっと繰り返さないだろう」
俺たちの結論が決まった。騎士団の方は揉めてるみたいだけど……
そして時間がすぎて、騎士団の結論も決まり、それぞれが結論を発表する。俺達同盟国はイヴさんの帰還を賛成した。次は騎士団の番だ。
ネイハムが席を立ち、息を飲んで顔を上げた。
「俺たち騎士団は女王の帰還に……反対だ」
耳を疑ったのは俺だけじゃない、デューク議員もライナも皆目を丸くした。あれだけ女王に尽くしてきた騎士団が女王を見捨てたのだ。その答えが信じられなかった。
声が震えているネイハムにデューク議員は優しい声で質問する。
「なぜその結論になったのかね?」
「俺達は、怖いんです……また自分たちが青に操られるのが。正常な思考を保てないのが、恐ろしくて怖い」
騎士団は女王の幼馴染が多かった。だから女王に愛された。その結果、クーデターを起こす引き金になってしまった。女王がビアナに連れ去られて、多分今はみんなの国宝石の呪いは弱まってるはずだ。女王と接していないのだから。
だからこそ恐ろしいのだ、自分たちがした行動が、そしてまた繰り返してしまうかもという恐怖心が。
それを言われたら何も言えなくなってしまう。いつもは強気なランドルフも唇をかみ締めて、悔しそうに項垂れていた。分かっていても逆らえない。それが国宝石の呪いだから。
デューク議員は答えに頷いて、それ以上の追求はしなかった。そして次は議会の結論だ。
「私たち評議会の結論は女王の帰還を支持する。そしてファライアンを正式に率いてもらうことにした」
背筋が震えた。正式にファライアンを率いるって言うことは、女王を表に出すと言うことなのか?
デューク議員の発言を皆が信じられなかった。
グレインが震える声で質問を投げかけた。
「ど、どう言う事だ?」
「女王の国宝石の事を私は国民に発表しようと思う。その上で正式に女王にファライアン最高責任者として導いてもらうのだ」
「女王は8年間箱庭にいた。いきなりじゃ無理よ……」
「箱庭に閉じ込めたことで女王の見聞は狭くなり、今回の事件が起こった。女王の視野を広める為にも正式に外に出る機会を与えるべきだと判断した。勿論カウンセラー等の配備も徹底するし、私たちも全力でサポートする。今は未熟だとしてもファライアンの女王という使命感さえ持っていれば、イヴ女王陛下はきっとやり遂げられる」
デューク議員は断言して見せたけど、いまいち不安だ。女王の国宝石は女王の感情次第で天使にも悪魔にもなる。そして箱庭に長いこと閉じ込められていた女王はまだ人間的にも政治能力的にも未熟だ。
議会が政治能力のカバーはするんだろうが、女王が気を許したランドルフたち騎士団が女王の帰還を反対してるんだ。上手くいかないだろう。
それに一番の問題は議会と騎士団の和解だ。
いくら女王がいたとしても2つの勢力が和解しなければ、また小さな溝から大きな事件が起こる。もう国内の問題で誰も死なせたらいけない。亡くなった議員たちの為にも全てが団結してファライアンを1つにまとめなければいけない。
そしてそれができるのはイヴさんとデューク議員と……ジェレミー。この3人だけだ。
ファライアンは必ず光を取り戻す。その為にもまずはイヴさんを受け入れることが最優先だ。
「ネイハム、ジェレミーを呼んできてくれ」
「デューク議員……」
「今日この場で議会と騎士団、和解をしよう。過去を全て水に流せとはお互いに言えない。だが目前に迫っている大戦を前に足並みをそろえる必要がある。私は愛する国民を守るためならば汚名を残してでも、命を懸けて全うしよう」
デューク議員の強い決意に皆が息を飲む。これほどまでファライアンを愛し、またファライアンに全てを捧げている人間は他にいないだろう。デューク議員のような人物がアルトラントの評議委員長だったら、アルトラントも少しは違ったのかもしれない。
ネイハムが無言で立ち上がり、部屋を出て行く。
俺は牢には足を運ばせていないからジェレミーの様子を知らないが、ライナいわく体が悪くなったりはしてなく、何か考え事をしているらしい。
そして15分程度時間が経ち、ネイハムに引き連れられたジェレミーが顔を出した。久しぶりに見た姿は今までの物とは違い弱弱しく、視線も下向きだ。
ジェレミーが席に着き、ネイハムはその横に立った。
そしてデューク議員がビアナからの書状の内容を知らせ、議会、同盟国、騎士団の意見も説明した。ジェレミーがイヴさんの無事に顔を上げる、その目は驚きと喜び、そして恐怖、いろんな物が入り混じっていた。
「ジェレミー、君の意見を聞きたい」
「俺は意見をする資格もない。青に操られ、感情に流され、結果この事態を止める事ができなかった」
「貴殿は良く耐えた。それは私も含め、皆が理解している。だが逃げることは許されん、ファライアン軍団長がそんな軟弱では困るからだ」
「……」
「我ら議会と同盟国は女王を受け入れることに賛成している。だが騎士団は反対し、話しは平行線だ。お互いに意見を変えないのであれば多数決で女王を受け入れる。国のシンボルに失礼な待遇だとは思うがな」
ジェレミーが下がるのをデューク議員は認めない。何が何でもジェレミーに立ち直ってほしいのだ。
そのデューク議員の熱意に負けたのか、ジェレミーがぽつぽつ話し出した。
「俺はイヴを助けたい。ファライアンを守るために犠牲になったイヴを……だけど青がまた現れるのを考えると恐ろしくて仕方ないんだ」
やっぱり騎士団は青の再来を恐れている。
でもデューク議員達や俺たちも説得を繰り返し、なんとか女王の受け入れを騎士団も承諾してくれた。でも渋々って感じだったけど。
来週にはルーシェルもファライアンに戻ってくる。バルディナはファライアンにもビアナにも宣戦布告をしてきている。実質もう本当に世界大戦になっていくのだ。世界大戦はもう絶対に避けられない。
マクラウドも東天も忍びの集落も全てが巻き込まれる。
来るべき決戦まで立ち止まることは許されないんだ。