62 決断の時
「ビアナの愚民共よ!己の行動と引き換えに待っているのは滅亡のみだ!宣言しよう、我がバルディナは全ての力を用い、貴殿達の国を真っ赤に染め上げる事を!」
イグネイシャスが声高らかに宣戦布告し、船が動いていく。
ビアナは今日、バルディナに事実上の宣戦布告を受けた。
神様の椅子
62 決断の時
国民の声が一瞬で止まった。
そのまま船が出港し、静寂だけが包み込んだ。
そして1人の老人が地面に膝を突く。
「お、起こってしまう……ビアナで戦争が起こってしまう。どうすればいいのだ、どこに逃げればいい!」
「戦うんだよ爺さん!俺たちビアナの為に!」
「簡単に言わないで!バルディナの軍事力を知ってるの!?ビアナは潰されてしまうわ!今からでも遅くない、王子と女王を引き渡して謝罪しましょう!」
「バルディナの属国になれって言うの!?そんなの嫌よ!娘を同化政策でバルディナに渡したくない!」
国民たちが再び騒ぎ出して乱闘に発展する。その光景をヴァズロフもルイーゼもコーネリアも頭を抱えていた。
こんな事態になってしまうんだよ。ビアナは戦争に対する免疫が他の国よりもない、命を貸す奴なんてほとんどいないんだよっ!だから引き渡さなければならなかった、それなのになぜ邪魔をしたんだよ!
苛立ちが収まらず、レオンに掴み掛かって思い切り顔を殴った。
レオンが地面に倒れこみ、リオンと少年、王子と女王の驚いた顔が視界に入った。
「ふ、ざけるなよレオン……お前、どうしてくれる気だ」
「イグレシア、俺は……」
「お前のくだらない見栄でビアナを戦争に巻き込んで、お前は一体何がしたい!?」
「イグレシア様止めて!」
ルイーゼが飛びついてレオンを守ろうとしたが、怒りでルイーゼを突き飛ばした。その光景を見たレオンの目が怒りに変わる。だが俺はお前以上に怒り狂っている。
ビアナはもうお終いだ。バルディナに潰される。ファライアンとファライアンの同盟国と共に……
「どうしてくれる……バルディナを敵に回して、ビアナが存続できるとでも思ったか!?」
「違う、俺はあんたの意見が聞きたいんだ!あんたは本当にあれで満足だったのか!?」
「個人の感情で国を守れるとでも思ってるのか!?ふざけるな!」
もう一発殴れば、口を切ったのか、口元から血が流れていく。それでも収まらない、こんな微々たる量じゃない。ビアナ全体が血で真っ赤に染まるのだ、自国民の血で。
国民も取っ組み合いの喧嘩をしていた者たちも、皆がこっちを見ていた。全てが助けを求めていた、これからどうすればいいと。
「今からでも遅くない、王子と女王を引き渡す。レオン、リオン、お前たちは処刑だ。お前たちの首を渡し謝罪する」
「イグレシア!」
「こうするしかビアナは存続できない!戦をしたって無意味なのは分かるだろう!?」
「分かんないよ!」
レオンを守るかのように出てきたのはルーシェル王子だった。世間も何も知らないガキが……こんなガキのせいでビアナが危険に晒されるなんて……こいつさえ現れなければっ!存在しなければ!
「なんでお前は抵抗する。お前の存在がどれほどの人間の迷惑になるのかが分からないのか?」
「え?」
「アルトラントを救える訳がないだろう。お前が無駄な抵抗をしたことによってビアナが危険に晒された。全部お前のせいだろう」
「そ、んな……」
「なんで現れたんだよ……なんでアルトラント陥落の際に捕まらなかったんだ……」
その場に倒れこんで、ただ泣くしかなかった。
涙が止まらなかった。こんな幼い子供に八つ当たりしている自分が情けなかったが、抑えられる訳がなかった。自分の国が、自分の愛した国の今の状況を見たら、もう何に怒りをぶつけていいのかが分からなかった。
国民同士がとっくみあい、バルディナからは宣戦布告を受けて、ビアナに残された道は1つ。崩壊しかない。その元凶になった存在が目の前に居るのだ、恨みたくもなるだろう?
「私、貴方の事……嫌いだったわ。ううん、今でも嫌い」
頭上から声が聞こえて、顔を上げたら、そこにはファライアンの女王がいた。
女王の手は優しく頭を撫でている。
「でもね、今の光景を見て、それ以上に貴方を可哀想だと思った。重圧に苦しんでいる貴方が……国を守る為、国民感情、自分の想い、全てに挟まれて苦しんでいる貴方が」
「俺、は……」
「私ね、お飾りの女王なのよ。人前に出たらいけないって言われてて8年間、ずっと閉じこもってた。理由が分かったわ、国を統治するって大変ね。私だったらきっと耐えられない」
そのまま抱きしめられてあやされる。年下の女性に、大の男が恥ずかしい格好を晒しているけど、女王に母のような感情を抱いて、抵抗ができなかった。
それほどまでに女王の腕は温かく、酷く安心できた。これがファライアンの女王なのだろうか。
「だから決めたわ。私がバルディナに赴き罰を受ける。だからルーシェル君だけは見逃してあげて。彼には帰りを待っている人がいる」
「イヴさん、違うよ!」
「違わないわ。私の帰りは……誰も待ってないもの。本当に待ってくれてる人なんて1人も」
言葉を言い終わった瞬間、女王陛下がレオンによって引き剥がされた。
レオンの表情は険しく、女王陛下を睨みつけるような物だった。
「……青を使ったな?」
「使ってないわ。断言する」
「あんたの力は恐ろしい物なんだ。イグレシアを洗脳しようとしているのなら許さない……」
「それは私が一番理解してる。それに使いたくても使えないわ。私、ビアナが嫌いだもの」
「……」
「全ての責任を当主に丸投げして不満ばかり口にする国民も嫌いだし、子供に当たる大人気ない当主も嫌い。嫌い、全部大嫌いよ」
はっきりとした口調が港に響き渡る。
国民は皆静まり返り、項垂れている。それは俺も同じだけど……
「でも、私とルーシェル君を守ろうと行動してくれたのは嬉しかった。本当に感謝してもしきれないくらいに」
その一言に国民は顔を上げた。
そこには威厳に満ちたファライアンの女王がいた。
「私はイグレシアの判断に従う。だけどルーシェル君だけは見逃して」
自己犠牲の強い女だ。そう思ったのは俺だけじゃないだろう。
女王を引き渡すのが一番言い選択なのか、何も分からない。ビアナを潰したくないのなら、それが最良の選択なんだろう。
「ビアナは誰の物にもならない。俺達ビアナだけの物だ」
「イグレシア……」
女王にほだされた。その考えが一番しっくりする、そしてこの答えが一番自分の心の中で納得のいく答えだった。そしてそれは国民も皆同じだ。
ここまで来たら逃げることなどできない、受けて立つしかないのだ。その先に滅亡があったとしても……
「イヴ女王陛下、ファライアンはビアナとの同盟を結んでいただけると思うか?」
「はい、貴方達なら喜んで」
その場を覆い尽くす歓声が響き渡る。国民は決意したのだ。
何人の犠牲者を出すかは分からない、だがそれでも皆後悔はしない。ビアナを守る為、中立国家の名を捨てて、ビアナは世界大戦に参戦しよう。何十万、何百万のビアナ国民が言葉を待っていた。
そしてビアナの歴史を変える一言を放った。
「良く聞け、我が愛する臣民たちよ!我らビアナは自由と世界均衡を保つ為、バルディナに宣戦布告を宣告する!俺達ビアナはファライアン連合軍に正式加入を表明し、バルディナ・パルチナ連合軍に然るべき制裁を与える事を決意した!」
その瞬間、溢れ出た民衆の声は歓声なのか糾弾なのか俺には分からない。
でも1人の青年の行動が全てを変えた。これでヴァシュタン・ビアナの海軍とバルディナ・パルチナ連合軍の海軍との海戦が幕を開けるだろう。
自由を謳うにはそれ相応の代償が必要。ならば今ここで支払おう、ビアナ存続をかけて、再び自由を掴もう!
―ルーシェルside―――――
「イヴさん!」
「ルーシェル君」
「本当に力使ってないよね?これは本当にビアナが自分で決めてくれたんだよね?」
笑って頷いたイヴさんに安心した。力を使って従ってもらうのは良くない事だから。でもビアナは自分で決めてくれた。俺たちを守ってくれた、バルディナと戦うって言ってくれた。
最後まで諦めなかったらきっと大丈夫、そう思えるには十分だった。
「うん、自分自身にブレーキをかけたから。それに嫌いだもの、ビアナなんて。でもこれでルーシェル君をダフネ君のところに返してあげられる」
「一緒に帰るんだよ」
そう告げればイヴさんの顔が曇る。
怖いの分かるよ、でもファライアンはイヴさんしか救えないと思うんだ。女王様が国のシンボルなら、イヴさんしか駄目なの。だから諦めちゃ駄目。
「でも私は……」
「皆待ってる。だってイヴさんは国のシンボルだもん!一緒に頑張ろう、イヴさんの呪いを解こう、笑って外に出られるように」
イヴさんの目が丸くなって、不意に空を見上げた。
真っ青な空と、所々に白い雲が浮かんでいていい天気。ドタバタしてて、こんな風に空を見上げた事も無かったや。
「私……外に出たいってずっと思ってた。でも変だね、まったく嬉しさなんて感じなかった。ただ外に出るだけじゃ駄目なんだね」
「イヴさん……」
「全て終わらせたい。呪われた女王も、崩壊するファライアンも全て……私、ファライアンに戻るわ」
戻ろう一緒に。俺も戻りたい、ダフネの所に。
俺達はすぐにファライアンに戻されることになった。今は一部の船は入港許可になってるらしいから、ビアナから書を送って、俺達を送るんだそうだ。
イグレシアはこれからの準備で忙しいらしいから、ファライアンまでの護衛はリオンとリオンの友達のローグに決まった。嫌がるローグをリオンが無理やり抑えこんで。
3週間後に俺たちはファライアンに出発する。急ごう、ファライアンに。
「なんだか不思議な感覚だ」
「リオン?」
「こんな日が来るなんてな……怖ぇけどワクワクしてきたぜ」
うん、俺も怖い。戦争は怖い物だ。
でもバルディナは止まってくれない、俺たちも受けて立つしかない。
「俺、絶対に止まらない」