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神様の椅子  作者: *amin*
五章
61/64

62 バルディナとビアナ

港は人がごった返している。それを自警団や軍の者たちが盾になり、細いながら道を作る。

その道を歩いているのは今朝バルディナから到着した使者、第2騎士団副団長イグネイシャス、数人の騎士を引き連れて堂々と歩いていた。



61 バルディナとビアナ



「歓迎しよう。バルディナからの使者、イグネイシャス殿、ファーガス殿」

「今回は王子と女王の引き渡しを快諾していただいて感謝する」


屋敷まで来たイグネイシャスに頭を下げれば、向こうも社交辞令で頭を下げる。さて、今から向こうと数時間の話し合いを設けなければならない。相手をするのは俺とルイーゼ、ヴァズロフ、そしてコーネリアの4人。レオンは未だに牢に入っているし、モルガンは軍の配備をさせている。

イグネイシャスを会議室に招き入れ、自分達も決まった席に腰掛ける。

向こうはイグネイシャスの他に第4騎士団から老将ファーガスも出席していた。なるほど、イグネイシャスだけでは心許ないから、交渉も武勇も併せ持つファーガスまで連れてきたか。

ふん、やりにくい相手が来たもんだ。

ファーガスはイグネイシャスに一度視線を送り、何かを知らせ、席に着く。何について向こうは話したいと思っているのか。

そしてそれは俺たちの予想を超えた物だった。


「貿易国家ビアナの当主イグレシア、貴殿が持つ海軍と自警団を我がバルディナに引き渡してほしい」

「なっ!」


驚いたのは俺だけじゃない。コーネリアもルイーゼもヴァズロフも目を丸くした。

海軍と自警団を明け渡してしまえばビアナの軍事力は実質0だと言っていい。そんな条件を誰が了承するというのか!?


「ふざけるな!こちらは王子と女王を引き渡すこと自体が最大の譲歩だぞ!これ以上の譲歩ができると思っているのか!?」


ヴァズロフが立ち上がり怒りを露にした事で、イグネイシャスの表情が変わったが、ファーガスがそれを視線で押さえ込み、再び言葉を発する。


「我がバルディナに王子と女王を引き渡したことが明るみになれば、ファライアン連合軍の反発は免れまい。ファライアンに潰される未来を選ぶか、我がバルディナに保護してもらうか、どちらが賢明だと思うかね?」

「それは……」

「いい加減にしてよ!あんた達が勝手にビアナに送り付けといて、更に戦争に参加しろと言っているの!?常軌を逸しているわ、ビアナが中立国家ということをお忘れなの!?ビアナは戦には無関係、そのスタンスは変わらない!」


ルイーゼまでもが怒り狂い、机を叩きつけ席を立ち上がる。

コーネリアはそんなルイーゼを止める事をせず、ただ今の現状を観察している。しかしその目には怒りが宿っている。


「君達は何を勘違いしている。ビアナが中立国家?戦に無関係?ただの臆病者の言い訳ではないか。今日この場で宣言しよう。今回の大戦、ビアナは無関係を貫けない。1国同士の争いではない、これは既に世界大戦の域に達しているのだよ。君たちに残された道は1つ、我がバルディナの傘下に入るか、ファライアンに援助を求めて滅びるかだ」


ビアナは無関係を貫けない。その事実が胸をえぐった。

俺は厳しい現実をただ受け入れたくなくて足掻いていただけだったんだろうか。女王を失ったファライアンの市民は怒り狂い、戦争を支持する声が世論を占めているという情報を聞いた。そしてビアナがファライアンの女王を引き渡したことによる情報が広がれば、遅かれ早かれビアナはファライアンから攻撃を受けるだろう。

だが軍事力全てをバルディナに明け渡してしまえば実質ビアナはアルトラントを同じ、抵抗する力のない敗戦国になる。不条理を突きつけられても抵抗できない。

ビアナの当主になったときは考えもしなかった。自分の代で世界大戦が起ころうとしていることや、ビアナの存続が危ぶまれることなんて……


「今回の決定は時期皇帝であるウィリアム様のご意向だ。私達も成果を出さねばならんのでね」


軽く冗談めかしてファーガスが話したが、それに笑って答えられる者はいない。

その後は良く覚えていない。全てが上の空だった、関税やらの話をされたが、身に入らなかった。そんな事を話している場合ではなかったから。関税の話をされた所でビアナは戦争に巻き込まれるのだ。市民に何と説明すればいい。

そして15時30になり、ファーガスとイグネイシャスが王子と女王の受け入れをする為に屋敷を出て行った。見送りは使用人に任せ、俺達は何も言う事が出来なかった。


「もうビアナは終わりだ。バルディナの傘下に入るか、ファライアンに滅ぼされるしかない」


ヴァズロフが頭を抱えてルイーゼが手で顔を覆って涙を流す。コーネリアは俯いていて肩を震わせていた。

俺はと言うと軽く放心状態だ。まさかこんな事になるとは思っていなかったから。


「イグレシア様……本当に、本当にこれでいいの?これで満足なの!?」


ルイーゼの言葉も何も分からない。

もう全てが手遅れになってしまったのだ。今更どうしようもない。


「王子と女王の準備をして来る。お前達は先に港に向かっていてくれ」

「イグレシア様!」


ルイーゼの非難を逃げるかのように部屋から出た。そして王子の部屋に向かう。

王子は案の定泣きくれていて女王に抱き着いて離れなかった。俺の顔は見ようともしなかった。それは女王も同じだ。歯を食いしばって、体は怒りで震え、拳を強く握りしめていた。

俺はこんなに沢山の人間に恨まれた事は人生で初めてだ。

そう心の中で呟き、王子と女王を馬車に乗せた。屋敷の外にはビアナの国民が溢れかえっていた。

バルディナと戦わないのか、ビアナはどうなるのだ、王子と女王を解放しろ、戦争を回避させてくれ。頭が痛くなる、もうどうしようもないんだよ!


―レオンside―――――

「リオン」

「……ローグじゃねぇか。何でここに……」

「助けに来たんじゃねぇか。さっさとズラかろうぜ」


お互いに話す事も無く、ただぼんやりとしていたら天井に設置されている通気口が空き、中から現れたのは、リオンのトレジャーハント仲間のローグだった。

ローグはキョロキョロと辺りを見渡したり、壁に耳をつけて音を聞いたり、周りに人がいないかを確認している。そして手に持っていた細い針金をカギ穴に突き刺した。


「ったく苦労したよ。情報屋にどんだけ貢いだと思ってるんだ。牢への抜け道を探させんのは」

「……今度家を改築しなきゃいけないな」

「そう言うなよレオン様、これで命は助かるんだ。このどさくさに紛れて国外に逃げなよ」


このどさくさ。その言葉に眉を動かした。牢は寒くて光が当たらず暗い。外は日が落ち始めていて、時間的に恐らく王子と女王をバルディナに差し出してる時間妥当とすぐに理解できた。

何とかしなければ!

ローグが開けてくれた牢から出て、真っ先に港に向かおうとした俺をローグが止めた。


「放してくれないかローグ。急いでいる」

「あんたいい加減にしときなよ。自ら死にに行く事は無い。女王と王子はどうやっても助からないんだよ。たった1人が行動したとして何が変わる?客観的に考えなよ」

「……たった1人だったとしても動かなければ事態は変わらないだろう」


ローグの手を振り払って牢獄の扉を開け、屋敷の中を走る。

使用人達は俺が牢から出ている事に目を丸くさせて取り押さえようとしたけど、それを振り払って屋敷を出た。屋敷の前に人はおらず、遠くからワーワーと騒ぐ声だけが聞こえて来る。まだ王子達は連れて行かれていないんだろう、急ごう。


「馬鹿だねぇレオン様は……リオン、俺らはさっさと行こうぜ。船も手配した、ヴァシュタン付近かビアナ近海の小島の村にでも避難しよう」

「わりぃローグ、助けてくれたのによ。けど俺も行くぜ、乗りかかった船だ……最後まで付き合ってやんなきゃな」

「え、リオン!ちょ、待てよ!……あーもうしょうがないな」


―イグレシアside―――――

港には沢山のギャラリーが現状を見守っていた。ビアナの自警団が押し合いへしあいをする国民達を必死で押さえこんでいる。

そして今、俺の両腕にいるのはアルトラントの第2王子とファライアンの現女王。そして目の前にいるのはバルディナの第2騎士団副団長と第4騎士団団長だ。今から、俺は王子と女王を奴らの手に引き渡す。

王子は顔を真っ青にし、一歩一歩バルディナに近づく度に暴れ出して大声をあげた。


「嫌だ、嫌だ!行きたくない、行きたくないよ!誰か助けて!お願い助けて!!」


泣き叫ぶ王子に市民がざわめきだす。そして中には俺に対して恥を知れ!と言う罵声すら聞こえてきた。もう俺は当主として失格になるだろうな、支持率は大幅に低下したと言っていいだろう。

暴れる王子を無理矢理押さえつけてイグネイシャスとファーガスの目の前で止まる。最後に確認だけしておきたい。


「王子殿下と女王陛下はどうなる?」

「女王は即刻処刑する、ファライアンへの見せしめだ。王子殿下は少々お役に立てますのでなぁ」


イグネイシャスがニヤリと笑い、女王が唇を噛んだ。王子はただ嫌だ嫌だと口にして尋常ではないほど怯えている。それも無理はない、まだ王子は10歳だ、仕方の無い事だ。

答えを聞いた所で反抗する気は起こらない、無駄だと分かっているからだ。ビアナの国民は戦に巻き込まれる勇気は無い、今まで600年間、戦に無関係だったのだから。戦をさせる訳にはいかない。その為には少し理不尽な条件でも受け入れるしかない。

しかし王子と女王を渡そうとした時、何かがこちらに飛んできた。それは小さな石だった。

飛んできた先には1人の青年が立っていた。


「俺は戦うぞ!王子と女王を守るんだ!侵略国のバルディナをつまみ出せ!」


青年が声をあげて、こちらに走りだそうとしたのを自警団が慌てて止めた。しかし1人が行動を起こした事が連鎖し、大量の民衆が暴れ出した。王子と女王を引き渡すなと言って。

中には引き渡し賛成派と反対派による殴り合いの喧嘩まで起こってしまっている。


「イグネイシャス、さっさと受け入れて国に帰ろう」

「そうだな。イグレシア殿、此度の件、我がバルディナとビアナの信頼を揺るがすものだ。武力措置があっても文句は言えぬぞ」

「は、話が違うぞ!」

「話も何もない。来い!王子、女王!」

「やだあぁあ!やだ、やだ!!」

「……っ」

「王子と女王を放せ!」


聞きなれた声と共に現れたのは牢屋に入っていたレオンとリオン、そして見知らぬ少年が立っていた。レオンとリオンは王子と女王を俺とイグネイシャスから引き離し、距離をとる。

何も言う事が出来ない俺に対し、イグネイシャスは目を細め、剣を抜いた。


「おい、ここはビアナだぞ!ビアナの法に従えイグネイシャス!」

「約束事を台無しにするのもビアナの法か?貴様たちとの会話は不可能だ!ビアナを潰す!」


とんでもない事になってしまった。

ファーガスも止めない辺り、イグネイシャスの武力行使に賛成なんだろう。だからと言って許される訳ではない、止めなければならないはずなのに体が縫い付けられたように動かない。

レオンとリオンもダガーや鎖鎌を構え、臨戦態勢をとる。もうビアナは終わりだ……

しかしそれを止めたのはファーガスだった。さっきまでイグネイシャスを止める素振りは全く見られなかったのに、なぜ急に……


「イグネイシャス、一度引こう。ふん、知恵の回る鼠どもじゃ」

「何が言いたいファーガス殿」

「気付かんか?ビアナの海軍が進行している。この場で騒ぎを起こせば数で私達は首を落とす事になる。王子と女王はまだ大丈夫だ、黒がある限り私達に揺らぎはない」

「……いいだろう。奴らを殺せぬのは残念だが、ビアナ全てを沈めるのも楽しそうだ」


イグネイシャスが剣を納め、ファーガスと2人で船に乗り込んで行く。

そして甲板からイグネイシャスが声を出した。


「ビアナの愚民共よ!己の行動と引き換えに待っているのは滅亡のみだ!宣言しよう、我がバルディナは全ての力を用い、貴殿達の国を真っ赤に染め上げる事を!」


事実上の宣戦布告だ。

今日この日、中立国家であるビアナは戦争に巻き込まれた。世界でも1、2を争う軍事力を持つバルディナ帝国に。

ビアナと無関係のアルトラントの王子とファライアンの女王を助けたことにより。



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