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神様の椅子  作者: *amin*
五章
59/64

59 追い詰められたビアナ

「バルディナの海軍が3日後に到着の予定だ。女王達の身柄をその時に渡す所存だ」


ビアナの中央広場、セントラルタウン。

ビアナの政治にかかわる全てが揃っている。その中の大きな屋敷で重い表情で話し合いを行っているのはイグレシア本人と群団長モルガン、貿易商ヴェロニク、医師コーネリアと孫のルイーゼだった。

イグレシアの言葉に腹心であるヴェロニク、コーネリア、ルイーゼは顔を見合わせた。

3人とも、この判断が正しいとは思っていない、だが別の策がある訳でもない、ただ黙って状況を見守るしかなかった。



59 追い詰められたビアナ



「バルディナにルーシェル王子とイヴ女王陛下を引き渡せば、中立国家であるビアナの面目は丸潰れだぞ。アルトラントもファライアンもビアナに反感を持って物資の輸送を拒否し、各々で貿易を始めるかもしれん。そんな事になればビアナは潰れてしまう」


意見を出したのはヴェロニク。ビアナ一の商人であり、貿易に最も大事な場所である南地区を取り持っている男性だった。


「一般市民の耳にも噂は行きわたっている。戦に巻き込まれたくないがバルディナの今の行動は目に余りすぎている。国民のバルディナに対する反感も膨れ上がっている。イグレシア様、貴方様の沽券にも関わる問題になりましょうや」


ヴァズロフの次に釘を刺したのはコーネリア。ビアナ一の医師であり、最も治安が良い東地区を取り持っている老女だ。そしてコーネリアの隣に座っている孫のルイーゼもコーネリアの意見に賛成した。


「そうですよイグレシア様。内密に済ませたかったのならば、貴方がなぜ自ら動いたのですか?レオンの好きにさせておけば、ここまで大事にはならなかったのでは?」


3人の意見を聞いたイグレシアは息を吐き隣の席に視線をやった。その席には彼の片腕レオンが座っているはずだが、今は弟のリオンともども反逆罪で牢に入っている。

イグレシアの半ば暴挙とも言える今の状況に3人はそれぞれ不満そうな表情をしていた。

そんなイグレシアを庇うかのように軍団長でもあり北を取り持っているモルガンが冷静に対応した。


「バルディナから書状が来たのだ。王子殿下と女王陛下の身柄の引き渡しを頼む、とな。ビアナの倉庫に1週間も閉じ込めておける保障はどこにもない。俺達が何とかしろと言う事だ」

「何よそれ……中立国家が聞いて呆れるわ!それでハイ分かりました。って言う事聞くの!?」

「今のバルディナには背後にパルチナもついている。ファライアンもクーデターが起こったと言う話しだ。対抗勢力がない今、バルディナに逆らうのは得策ではない」


モルガンの正当な言い分に意見を詰まらせたルイーゼが悔しそうな表情をして握り拳を作った。

確かにバルディナに反抗すれば今の状況ではビアナが潰される可能性だってある。それほどまでにバルディナの今の状態は暴走ともとれる物だった。だがバルディナの実質傘下に入れば、そこまでの被害が来る事は無い。

ビアナを守るための行動とは言え、納得が出来るものでもない。


「軍事面ではそれで良いかも知れんが貿易面の補助はどうしてくれるのだ。ビアナの産業はほぼ7割が貿易関連だ。アルトラントとファライアンの信頼を失えば国家の存続にかかわるぞ。遅かれ早かれビアナは潰れる」

「どうせファライアンもバルディナに潰されるし、アルトラントだって今はバルディナの物だ。何の問題も無いだろう」


モルガンの斬って捨てる言い方にヴェロニクは不愉快そうに眉を動かした。確かにバルディナにファライアンが潰されたら、その状況になるのだろうが、今の拮抗状態が続けば王子と女王をバルディナに渡した事は大きな痛手になる。

とてもモルガンの言い分に納得はできなかった。


「モルガン、イグレシア様、貴方方は何を恐れている?」

「恐れている、だと?何が言いたいコーネリア」

「確かにビアナの存続を優先に考えるのは当然ですが、今の貴方達はバルディナに酷く怯えている様に感じる。国民のバルディナへの反感感情を無視してまでバルディナに譲歩するのは命取りでは?」

「……」

「ビアナの国民は束縛されるのを何よりも嫌う。ここで譲歩した事でバルディナが再び何かを言いだしてきた時、ビアナはもうバルディナの属国になったも同然ではないのですか?」


コーネリアの言い分はもっともだ。だが今はその意見すらイグレシアにとってはうっとうしい物だった。それもそのはずだ。バルディナはビアナに武力行使に出る可能性を示唆してきたのだ。

王子と女王がビアナで見つからなかった場合、バルディナはビアナに騎士団を派遣して捜索活動を行う、と。見つかった場合は考えるまでも無い。

選択肢などないのだ。バルディナの脅威は目前に迫っている。

情報が溢れかえるビアナではアルトラントの今の状態等すぐに知れ渡る。あんな過酷な奴隷政策を国民にさせる訳にもいかない。だから何としても王子と女王は差し出さなければならないのだ。


「何も分かっていないのはお前たちだ。ヴェロニク、コーネリア、ルイーゼ」

「イグレシア様?」

「王子達を渡さなかった場合、確かに国民の共感は得られよう。だがそれが引き金で戦争になった場合はどう責任を取るのだ」

「……」

「命を貸す覚悟も無い奴らばかりが盾突こうとする。そう言う奴らに限って批判するんだよ。あの時なぜ王子と女王を渡さなかったのか、とな」


責め立てる言い方に3人は押し黙った。そのまま部屋を出て行ってしまったイグレシアに残りの4人はそれぞれ不安そうな顔をするしかなかった。


「バルディナめ……なぜ王子と女王をビアナに寄こしたのだ。こっちはとんだとばっちりだ」

「ヴェロニク、過ぎた事を言っても仕方ありません。問題はこれからどうするか……ビアナの存続に関わる問題です」

「私、少し出るわ。風に当たりたい」


部屋を出たルイーゼは玄関の方面には向かわず、反対方面を歩き、階段を下りた。その先は牢屋。彼女はレオンとリオンに会いに行くつもりだったらしい。

薄暗く少し肌寒い牢にレオンとリオンはそれぞれ入れられていた。リオンがルイーゼを見つけ、不愉快そうに舌打ちをした。


「あら、幼馴染に随分な歓迎ねリオン」

「うっせぇブス。結局バルディナに引き渡すのかよ」

「あんたねっ……そうみたいよ、3日後にね。ビアナも実質バルディナの傘下よ」


淡々と告げるルイーゼにリオンは苛立ちを隠すことなく拳を壁にぶつけた。鈍い痛みが走ったが、このやり場のない怒りをぶつける場所がなかった。

項垂れていたレオンもリオンに一瞬視線を向けて溜め息をついた。その態度が癇に障ったのか益々リオンは苛立って行く。


「これでビアナは戦争から回避できると思うかルイーゼ」

「正確には完全に回避はできないでしょうね。今回の譲歩はビアナのバルディナへの立ち位置を弱める。ビアナの海軍を派遣させるぐらいの要件は言ってきそうだもの。ヴェロニクも不満そうだったわ。アルトラントとファライアンから信用を失えば貿易で大打撃だってね」

「そうだろうな。ビアナの産業はほとんど貿易だからな……アルトラントとファライアンがビアナに物資の輸送を拒否したらビアナの経済は低迷確実だからな」


逃げ道は用意されていない。どちらの道を歩んでも、かなりの代償を支払わなければならない。バルディナ側につけばアルトラントとファライアンからの反発は避けられない。貿易国家としても中立国家としてもビアナはもうやってはいけない。

だがバルディナに刃向えば容赦なく戦争に巻き込まれるだろう。バルディナは何としても王子と女王が欲しい。2人を手に入れるためには手段を選ばないはずだ。結果ビアナの存続にかかわる問題になる。

自分が間違っていたのか?レオンはそう思った。

女王と王子を助けた事が完全に裏目に出たのだ。あのまま西の倉庫に放置しておけばイグレシア達も表立った行動はせず隠密に女王と王子は連れ去られ、こんな状況にはならなかったはずだ。

レオンは一連の事件が終わったら、かなりの確率で死刑が待っている。それまでに何とか状況を好転できれば……


「私はそろそろ戻るわ。今ビアナは完全に混乱に陥っている。ビアナを逃げた所でここより安全な国は見つからない。国民達の不安は頂点に達している」

「そうか……ルイーゼ、万が一戦争になった場合はどうする?」

「どうしようもないと思ってる。でも私は戦うわ。医師としてだけれどね」


ルイーゼはその言葉だけを残して部屋を出て行った。ビアナは本当にどうなってしまうのだろうか。その不安だけがレオンの胸を閉めていた。


部屋に戻ったルイーゼは席に腰かける。ヴェロニクは不機嫌を隠そうとせず、コーネリアは何かを考えている。モルガンは表情を変えないから何を考えているかは分からない。だがイグレシアがいなくなり、会議が終わってもこの部屋に皆がいるのは、それぞれが何かしら今の状況に不満を持っているからだ。

戦争とは無関係と言われていたビアナまでが巻き込まれる形になってしまった。

どちらについてもビアナに待っているのは破滅だけ。だがルイーゼはバルディナの支配下にだけはなりたくはなかった。


「モルガン、私はやっぱりバルディナに王子と女王を渡すのは反対よ」

「だがもう決まった事だ」

「私はバルディナの属国になんかなりたくない」

「気持ちは分かる。だがバルディナは軍事介入も辞さないと言っているんだ。バルディナに逆らうのが得策ではないのは分かっているだろう」

「えぇ分かってる。だけどどうしても納得がいかないの。どの道に進んでもビアナには滅亡しか待ってない気がするの。バルディナの側に付けば戦争には巻き込まれないかもしれない。でもバルディナが世界を手に入れた場合、ビアナだって奴隷政策が下る可能性だってある」


無茶な事を言っているのは分かっている。ビアナを第一に考えればバルディナと戦争する等有り得ない事なのだから。イグレシアの意見が間違っているとは言えない。

だがこれから先を考えると恐ろしい。考えたくない程。

バルディナの傘下に入ったとしてもビアナはザイナス程の軍事力は無い。海軍は持っているが、それでも同じ独立国家であるザイナスの銃やエデンの魔法、オーシャン民族の弓矢、ヴァシュタンのような海戦技術は持っていない。大きな海軍があると言ってもバルディナやパルチナには到底敵う訳もない。だから恐ろしいのだ。


「この状況を良く思っている者など少ないさ。自分だけが不満だと思わない事だ」

「モルガン……」

「結局俺達軍人等ビアナには要らぬと言う事だ。牽制にもならん軍など価値も無い」


その言葉にルイーゼだけではない。ヴェロニクとコーネリアもモルガンに視線を寄こした。この状況に一番不満を持っているのは冷静そうに見えているモルガンなのかもしれない。

モルガンは己の無力に駆られているのだ。国を守る事も出来ず、牽制する役割も果たせず、名だけの軍団長になってしまったと言う事に。

静かに、だが確実にモルガンはバルディナへの怒りに燃えていた。全てを武力で解決し、このビアナまで巻き込んできたバルディナに対して。だが勝ち目の無い戦をする訳にも行かない。それが悔しかった。


「何のために結成されたんだ俺達は……牽制も出来ず、大国に切り売りされてしまうなど……」

「モルガン……」

「すまない、これ以上話しあっても堂々巡りだな。お前達もこれからの対策を考えておいてくれ。特にヴェロニク……頼んだぞ」

「お前達のとんだとばっちりだこっちは」


吐き捨てる様に返事をしたヴェロニク。だが彼も誰も悪くないのが分かっているからこそ、やり場のない怒りに振り回されていた。モルガンを責める権利がないと分かっていても、これからを考えると責める言葉しか出て来ないのだ。

モルガンが出て行き、ヴェロニクも出て行き、ルイーゼとコーネリアだけが残された。


「ばば様……これからビアナはどうなるんだろうね」

「それは分からない事ね。神しか知らない事でしょう」

「ふふ、そうかもね」


明らかに怯えを含んだルイーゼの応答にコーネリアは堪らなくなりルイーゼを抱きしめた。

自分の大事な孫にこんな辛い現実を突きつけてしまった自分を恥じた。今のルイーゼは気丈に見せているだけで精神はボロボロなのだ。

特にレオンに好意を寄せていたルイーゼにとって、幼馴染であるリオンと想い人のレオンが牢に入れられた衝撃とショックは計り知れない物だっただろう。幼少の頃から2人だけを追いかけていたのだから。


「ばば様、私怖いわ。怖くてたまらないの」

「えぇ、私も怖いわルイーゼ」

「でも王子様と女王様はもっと怖いのよね。王子様はあんなに幼いのに……女王様だってあんなに若いのに」


3日後、バルディナに連れて行かれる王子と女王の苦痛は2人が分かろうとしても分かれる物ではないだろう。

恨まれても仕方がない、だがそうまでしてでも国を守らなければならない。所詮世界などそんな物だったのだ。


「汚いわね……世界と言うのは」



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