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神様の椅子  作者: *amin*
五章
58/64

58 少女の声

「こんな不味い菓子食えないわよ!冗談じゃないわ!」

「ミ、ミッシェル様……もう少しお手柔らかに」


リアラが私によって吹き飛ばされたお菓子を、せっせと片付けている。そう思うのなら、もっと美味しい物を用意しなさい!あんた達はねぇ、こんな不味い物を食ってるから、そんな卑屈な心の人間になっていくのよ!

全ては食から!一旦、麦作りから出直しなさいよ。勿論種植えからね!


「あの……どうして俺の部屋で食べるんだ?」



58 少女の声



「はぁ?何よ、あんたまさかヒョロい癖に私が邪魔だとか言うんじゃないでしょうね」

「だ、誰もそんな事言ってないよ……ただ俺のことが嫌いなら、わざわざここに来なくたって」

「来てやってんのに、あんたが偉そうに上から言うんじゃないわよ!」

「ご、ごめん」


クリスティアンはウィリアムやマライアと違って、かなり気弱な性格だ。こうして声を荒げて威嚇すれば、すぐに謝って来る。これで体が健康ならパシリに使ってやるんだけどな。クリスティアンの妻と言う形上だけど夫婦になってしまったから、私も西の離宮に部屋を与えられた。

アルトラントに閉じ込められていた時よりもずっといい部屋だ。私の好きだった小道具も置かれていて、私の部屋を再現していた。

だからこそあの部屋は好きじゃない、アルトラントを思い出すから。

パパから鬱陶しいほどのハグを受けて、ママに優しい手つきで髪をセットしてもらって、クラウシェルと嫌味の応酬をして、ルーシェルを苛めて、美味しいお菓子を食べて、嫌いな勉強をサボって、ダフネにイチャモンつけて、セラとお話し。その後は美味しいご飯、大きなお風呂、ふかふかのベッド……今思い返せば楽しい思い出しかない。

悲しかった事も、今の自分に比べれば屁でもない。むしろあのくらいで泣くな情けないってなる。


「ミッシェル様、すぐに新しい物をお持ちしますね!」


リアラが走ってクリスティアンの部屋から出て行った。自分でやっといてなんだけど、大変ねあいつ。女ながら剣の腕は超一流らしいけど、まぁそうじゃなきゃ皇子の護衛なんて付けないわよね。でも今のあいつは完全に家政婦状態、これじゃ剣の腕も落ちるわね。別にいいけど。


「バルディナのお菓子は嫌いなのか?」

「あんなクッソ不味いもの食えるわけ無いでしょ!あんなの美味しいって思うわけ?」

「ごめん、俺は食べた事がないんだ。医者にも止められてるし」


クリスティアンは少し寂しそうに話した。こいつに会ってから1週間が経ったけど、こいつは本当にご飯を食べない。少しだけ食べて、もういいって言う。リアラが頑張って食べさせようとしても、無理だって首を振る。

不味くても私はちゃんと食べてるわよ。腹が減ったら戦ができないからね。こいつと話してやるのも疲れんのよ。でもベアトリスに連れてこられてもウィリアムは全然何も言ってこない。クリスティアンの様子を見に来ることもない、本当に3人だけで隔離されている。

私も用がある以外は西の離宮から出たら駄目だって言われてるし、一体あいつは何がしたいんだろう。それ以外は何の制約も無く、好き勝手にできるけど。


「あんたさー甘い物食べれば?少しは元気つくかもよ」

「でも医者が……」

「どうせ遅かれ早かれ死ぬんでしょー?無駄に生きながらえても無意味じゃん。食いなよ」

「ひ、酷い言い草だな」


落ち込みを含んだ声で振り返れば、クリスティアンががっくりと項垂れている。そうそう落ち込みなさいよ、自分が妙な病気にかかったから居候の私にも馬鹿にされるって事実を悔やみ受け入れなさい。

弁解の言葉は入れず、リアラの帰りを待っていれば、リアラがこれまた走って部屋に入ってきた。


「騒々しいのよあんた」

「すみませんミッシェル様、代わりの物をお持ちしました」


リアラがテーブルに置いたのは、先ほど私が吹っ飛ばした物と見た目が似ていた焼き菓子だった。まさかこいつ同じメーカーの物を持ってきたんじゃ……だとしたらこの焼き菓子の末路は見えている。私の口に入る間もなく地面に激突してバラバラに砕け散る。

ジロリとリアラを睨みつければ、リアラは慌てて首を振った。


「このお菓子はバルディナの皇帝も召し上がられる銘菓です!どうぞ一度お口にしてみてください!」


まぁこいつがそこまで言うのなら仕方ないわね。別に食べたいわけじゃないけど、小腹が空いたから食べてやる。焼き菓子を1つ手に取り、口に入れて租借する。

味は悪くない、先ほどの物よりも随分ましだ。さすが皇帝も食べるって言われている銘菓だけある。文句を言わずに食べる私にリアラは胸を撫で下ろした。それを見てやはり不思議に思った。

こいつ達は私に何も思わないのだろうか。

私が言うのもなんだけど、敗戦国で人質同然の女が敵国に入ったって言うのに態度がでかいって言うのは認める。だからこいつらが本気で怒った場合は私はどんな仕打ちでも仕方が無いのだ。だけど今のところ、こいつたちに反抗の色は見られない。クリスティアンにしてもリアラにしても、私の我侭を聞ける所まで聞こうとしている。

これがマライアやエリザなら、こんなに上手くはいかないだろう。


「あんた達ってさーこう言っちゃなんだけど私にここまでボロクソ言われて悔しくない訳?ちょーMって事?」

「ミッシェル、一国の姫が口が悪いよ」


お前が指摘する所はそこなのか。呆れてため息を付いた私にクリスティアンもリアラもクスクスと笑った。いやいやそれ私がしたいから。あんた達が私を馬鹿にするなんて100年早いだろ。


「ミッシェル様、私たちはミッシェル様に元気を貰っているのですよ」

「は?」

「外は……辛い物しかありませんから」


そう言うリアラの表情は悲しげだった。こいつにもこいつなりに色々あるんだろう、それでもパパとママを殺された私より辛い目に遭っているはずがない。こいつに同情する気持ちなんて湧かない。

お菓子を食べ終わり休憩したら、椅子に腰掛けていたリアラが立ち上がった。


「ミッシェル様、ウィリアム様がお呼びです。参りましょう」

「はぁ……また呼び出しぃ?いい加減にしてほしいわ全く」


歩き出した私の後をリアラが付いて来る。ふん、頻繁に呼び出しては言う事は同じ。


「ミッシェル、バルディナでの生活は慣れたか?」


ほら見ろ、こればかりだ。

ウィリアムは頻繁に私を呼び出してはバルディナでの生活は慣れたかどうかを聞いてくる。くだらない事で人を呼び出すな、用があるのならお前から来い。返事をしない私の反応を図々しくも肯定と取ったんだろう、ウィリアムはそれは良かったと言って勝手に自己完結した。

話したくも無いから、そのまま放置していれば、あいつは勝手にぺらぺらと1人で喋る。


「しかし君の適応力は素晴らしいよ。このような事になって暫くはショックで自室から出れないと思っていたのだが、逞しい女性で安心した」

「うるさいバカ、死ね」

「相変わらずつれない事だ。クリスティアンとは上手くやっているか?あいつの容態はどうだ?」

「……あんたが見に来なさいよ。兄なんでしょ」


なんで私に毎回聞くのよ。こうやって私を呼び出して話す時間があるんなら、クリスティアンの容態ぐらい自分で確かめに行きなさいよ。仮にも実の弟で大きな病気を患ってんだから、こんな政略結婚でやってきて妻らしい事を何一つしない私に聞くのは間違いだ。

あいつの質問は同じ、そして私の答えも同じ。


「私は忙しくて会えないのだよ。だが元気そうで安心したよ」


こいつの返答も同じだ。

いつ私が元気だと言った?あんな痩せ細って、ご飯も食べないで力なく笑っている姿を、少なくとも私の国では元気とは言わない。だがバルディナ、こいつに取っては元気と言う意味になるようだ。

私はあんたを見て生まれて初めてクラウシェルはいい兄だって実感したわよ。口は悪いけど、あいつは私やルーシェルが体調を崩したら空いた時間には必ず下手糞な看病をしに来ていた。軟弱者を笑いに来たとムカツク事を言いながらも冷たいタオルに交換して、水や薬を持ってきて……あんたみたいな奴は兄なんて言わない。


「あんたさ、私なんかに構う時間があればクリスティアンを見に行きなさいよ。あいつ待ってるわよ」

「そうか、本当に重大な時は駆けつけるが、それ以外では中々時間が取れないのだ」

「……だからってもう半年も会ってないんでしょ?クリスティアンが可哀想だって思わないの?」

「弟がどう思おうが私達にはしなければならない事が沢山ある。優先順位は作らなければな」


なんて事を言うんだろう、よくもこんな酷い事をぬけぬけと言えるものだ。つまりあれか、症状が滅茶苦茶酷くなって、もう死んじゃうんじゃない?ってぐらいにならない限り、こいつに取ってクリスティアンの優先順位は仕事よりも下って事だ。

見舞いぐらい行けばいいのに、寝る時間を30分削ったら顔を出すぐらいはできるはずなのに、こいつはそれすらもしない。あんな所に閉じ込められても、あいつはあんたの悪口なんて1つも言わない。私が文句を言っても、それに同意する事も無い。それなのにこいつはっ!


「……君が泣いてくれるだけクリスティアンは幸せだ」


その言葉で初めて自分が泣いているのに気付いた。バカじゃない!?クリスティアンはパパとママを殺したバルディナ皇帝の息子だ!そんな奴の為に泣くなんてアルトラントの恥さらしだ、これ以上国に泥を塗るな!

ウィリアムの指摘に頭が真っ白になって、机をガツンと殴って立ち上がり部屋を出た。部屋の外で待機していたリアラが驚いた顔をして私の後を付いて来る。


「ミッシェル様どうしました!?」

「どうもしないわよ!あいつって本当に胸糞悪い!」


ドカドカと歩きながらウィリアムの文句を言えば、使用人たちがこっちに顔を向けて、リアラがかなり気まずそうにしている。それを気にせず喚けば、私に誰よりも鋭い視線を向けている女がいた。ショートカットの髪の毛をした女、軍服を着ているところ、バルディナの騎士団みたいだ。


「何よあんた、文句あんの!?」

「ここは皇宮。王族の批判は慎むべき場所、敗戦国の姫君は少し立場を改められたらいかがだ?」

「なんですって!?「フェリシー、済まない。そう怒らないで」


言い返そうとした私を庇うかのごとく、リアラが前に出た。それにあからさまに不機嫌さを露呈して、  と呼ばれた女はフンと鼻を鳴らした。


「お前は本当にいつでも甘い」

「君の様にキリキリしていたら私はすぐに疲れてしまうのでね」


リアラが言い返せば、そいつは返答もなく立ち去っていった。なんなのよあいつ!本当に嫌味な女!でもリアラって私の前ではヘラヘラ笑っているくせに、同僚になるとあんな言い回しができるのね。オンとオフの差が激しい奴。

リアラはため息をついて、私の手を引きエスコートするかのように歩く。だけど拒否する事ができないぐらい握られている部分には力がこめられていた。

西の離宮にたどり着き、手が放されたら少し困った顔のリアラが振り返ってきた。


「ミッシェル様、彼女はフェリシー。バルディナ第5騎士団の団長を勤めている女性です。厳格な性格なので、彼女にあまり歯向かうと疲れますよ」

「知らないわよ!大体あいつが首を突っ込んできたのよ!私はウィリアムの文句を言ってただけなのに!」

「ミッシェル様、ウィリアム様に何を言われたのですか?場合によっては私から皇帝に……」


リアラが急に真剣な表情になって私に問いかける。こいつなら本当にやりかねない、そんな事になったら、こいつは大目玉だ。それと同時にリアラを庇うような気持ちが一瞬出た自分を恥じた。バルディナ人は全員悪い奴で人でなしだ、こんな奴ら信用するな!

そう言い聞かせたけど、やっぱり1人は寂しいのだ。誰でもいいから話しを聞いてくれる味方がほしい。セラやダフネがここにいてくれたら……


「なんでもないわよ!ただあいつがクリスティアンをどうでもいい、みたいな事言うからムカツいただけよ!」

「ミッシェル様……」

「だってそうじゃない!あいつはあんなに兄弟思いなのに、あの男は全然あいつを見てない!あいつがどれだけ寂しがってるかも何も分かってない!」


顔に熱が溜まり、視界が歪んでいく。泣いたら駄目だって分かっているのに止められなかった。そのまま泣き出した私にリアラは小さく笑って手を握った。


「大丈夫ですよ、ミッシェル様がそうやって泣いてくれたら……皇子は幸せです」


何が大丈夫なのよ、私が泣いたってあいつは喜ばない。政略結婚でお互いに好きあってるわけじゃないんだから。あいつが本当に好きなのは家族だけ、それ以外が泣いたってなんだって言うんだ。リアラに手を引かれ離宮に入れば、そこにはクリスティアンがいた。

ベッドから立っている所を見た事が無かった私は、その姿に涙も引っ込んで大声を張り出した。


「ななな、何やってんのよあんた!歩き回るとか、馬鹿じゃないの!?」

「なんで怒るんだ!?だって少しは頑張らないと……まだ歩く事はできるんだから」


クリスティアンは笑ってこっちに近づいた。っていうか、あんたってまだ歩けたんだ。もうてっきり寝たきりだと……あ、でもリアラはトイレの世話とかしてないから、自分で歩けてるんだよね。クリスティアンは少し危ない足取りだけど、一生懸命こっちに歩いてきた。

その姿を見て、再び顔に熱がともった。


「ミッシェル、どうかしたのか?」

「あんたも早く良くなって、ウィリアムの糞馬鹿を蹴り飛ばしてやりなさいよ!それくらいの男を見せなさい!」

「あはは、兄上を蹴るなんて俺にはできないよ」


ウィリアムがあんな事を言っているのに、今日もあんたはそう言って笑う。あんな男を尊敬している。本当に馬鹿みたい……


「ばっかみたい……」

「馬鹿でもいいよ、これは俺の君に対する償いでもある。俺も頑張って、この戦争を終わらせたい。ミッシェル、君をアルトラントに帰してあげたいよ」


一瞬、世界が止まった様な気がした。こいつは本気で言っているのか?私をアルトラントに帰すなんて事。涙が引っ込んで、でも顔の熱が引っ込む事は無い。多分今の私は真っ赤で酷い顔をしているだろう。

リアラもクリスティアンもなんなのよ!居候の私になんでこんなに優しくするのよ!?隙ね、隙を付いて私を後ろから刺そうとしてるんだわ!そうに違いない!


「わ、私はあんたを許すつもりはないわ!」

「それでもいいんだよ。俺がしたいだけだから」

「私が国に帰ったら、あんた達家族全員に土下座させてやるんだ。私のパパとママを殺した事を……っ」


言い終わって涙が零れた。そんな私を見て、クリスティアンは悲しそうに頷いた。クリスティアンの手が伸びて、頬に触れる。それを払いのけたら悲しそうな物だったけど、クリスティアンは笑った。

始めて笑った顔を見た。こうやったら案外普通ね。


「約束する、土下座するよ」

「そんで一生雑用なんだ。牢屋に入って」

「それでもいいよ」


なんで何も言い返さないんだろう。一応立場上は私の方が弱いのに。なんでクリスティアンはこんなに笑っていられるんだろう。怒ればいいんだ、人質の癖にって言えばいい。

だからこの行動は私を油断させる為だから……だから、だから!

クリスティアンの手が再びこっちに伸びる。そう、これは罠だ。払いのけろ、払いのけろ!


「大人しくなった」


払い、のけて……

自分が必死で思い描いた未来とは間逆で、クリスティアンの手は私の頭に乗った。そしてその手がゆっくりと左右に揺れる。

クリスティアンが笑えば、何も言い返せなくなる。そのまま固まってしまった私は、ただただ目の前で笑っている、この男を見つめるしかできないんだ。




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