54 ビアナの本当の姿
「知ってるか?西の倉庫、アルトラントの王子とファライアンの女王が閉じ込められてるって噂」
「でもモルガン様が調査に向かった時、既に中にはいなくなってたんだろ?」
「おいおい……こんなのに関わったら俺達ビアナまで戦争に巻き込まれるんじゃねぇのか?」
54 ビアナの本当の姿
「坊主、また来たのかい?」
「うん」
「お前、無理しすぎ。付いて行く俺の身にもなってよ」
後ろでリオンが面倒そうにぼやく。
情報屋に行ってから、俺は頻繁に裏通りに向かう様になった。でも治安が悪い事とかを気遣ってレオンが弟のリオンを護衛に付けてくれた。
最初はすごくリオンは嫌がってたけど、ここまでくれば無し崩れだ。って言って俺の護衛についてくれた。それでも基本外にはあまり出ないでほしいって言われてるけど、何かしてないと不安になっちゃうから。
「おーこの武器いかすな!どこで手に入れた」
「それはパルチナの今は亡き鍛冶屋の最高傑作だ。安くしてやるぞ」
「リオン!そこじゃないの!!」
「あ~もう、うるさいねお前。レオンの頼みじゃなかったら一発引っ叩いてやるのに」
「レオンに言ってやる!」
「よさんか馬鹿!俺が引っ叩かれるわ!」
レオンは怒ると怖いらしい。大体レオンに言ってやるって言えば大抵の事をリオンは許してくれる。よっぽどレオンが怖いんだなぁ……
リオンは残念そうに武器を何度も見て溜め息をついて俺の後を付いてきた。
「なぁルー、あんたマジで歩くの止めた方がいいぜ。素人が情報集めとか無理なんだからさぁ」
「違うよ、フレンさんのお手伝いするの。その報酬を情報で貰うんだよ」
「俺も雑用すんのかよ!?やってらんねーアホかお前は!」
アホじゃないもん!こうしなきゃ俺は情報を集められないんだから。
俺も誰かの役に立たなきゃ、フレンさん達は何とか俺達がファライアンに戻れるように色々探してくれてる。そのお礼に俺はお手伝いをしてるの。
フレンさん達の話では、もうすぐバルディナの迎えが来るって話を聞いた。急がなきゃ……
でも今日はフレンさんがいなくて、中にいたのはお爺さんだけだった。
お爺さんは俺を見て、慌てて走ってきた。
「王子様良く来た!早く戻って女王を連れてここに隠れなさい」
「お爺さん?」
「おいジジイどう言う事だよ。お前ロリコン趣味か?」
「黙れ落ちこぼれが!軍団長のモルガン様が西の倉庫を調査しに向かった結果、王子様と女王が国内にいる事を発表した。モルガン様はあんた達をバルディナに引き渡す為に探しだしている。そして真っ先に疑いをかけられているのがレオン様じゃ。レオン様の家に調査が入るだろう、ここなら安全だ。早く連れて来なさい!」
ビアナは俺と女王をバルディナに引き渡すつもりでいるんだ。ビアナはバルディナの味方なの?中立って言うのならどうして放っておいてくれないの?俺達が何をしたの?
呆けている俺を抱き上げてリオンが走り出す。多分レオンの家に向かってるんだろう。
どうして、どうしてバルディナじゃなくてビアナが俺達を探すの?どうして助けてくれないの?
「分かったかルー。この国はな、最低な国なんだよ。俺はガキの頃からビアナが大嫌いだった」
「リオン?」
いつものおちゃらけた様子とは違い、リオンは苦虫を噛み潰したような、そんな表情をしてる。
その口調だけでリオンがビアナと言う国をどれだけ嫌ってるかが理解できた。
「中立っつってっけどな、強い者には巻かれろ。こんなしょうもない国なんだよ、戦争したくない一心でバルディナにお前らを引き渡す。何も考えてねぇ、この事がファライアンにばれたらファライアンとアルトラントから総スカン喰らうっつーのによ……」
「じゃあどうして俺達を探しに行ったの?無関係で放っておいてくれればいいのに」
「簡単だ、バルディナに恩売る為だよ。ビアナはファライアンはバルディナに潰されるって思ってる。そんな国に加勢したって無駄だってな。最低な国だよここは」
リオンは正義の味方なんだね。悪い事は悪いってちゃんと言わないと気が済まないんだ。中立って事はどこの国にも公平でいる国だよね。でもビアナの現実は違う。
なんだかんだでバルディナの言いなりなんだ。それがリオンは大嫌いだった。
「ガキの頃からビアナが嫌いだった。だから親父たちが引退して俺達が後を継がなきゃいけなくなった時、俺はレオンに全てを押しつけて国を出て行った。でもそんな俺をレオンは全く責めなかった。好きにしろっつってくれた。あいつだけが俺の味方、俺だけがあいつの味方、あいつを助ける為なら俺は何だってやる」
「リオン……」
リオンはハッキリとそう言った。リオンにとってレオンは自分の事を全て理解してくれる世界でたった1人の家族、何が何でも守りたいんだろな。
俺も自信を持ってクラウシェルとミッシェルを守りたいって言いたい。力がなきゃ実行できない。力が欲しい、大事な人達を守れる力。それは人を引き付けるカリスマなのか、皆よりも賢い頭脳とか、誰にも負けない強さとか色々あるけど、何かが欲しい。
俺は何を手に入れられるんだろう。
リオンと急いで家に戻ったら、まだ調査の手はのびてなかった。お帰りなさいって言うイヴさんを俺が説得して、リオンが使用人に上手く誤魔化すように命令して回った。
イヴさんは突然知らされた調査と言う単語と、ビアナが実質バルディナの味方と言う事に悲しそうに顔を伏せた。
とにかく詳しい話しは情報屋でもできる。今はイヴさんを連れて逃げなきゃ!
「私……行けないわ」
「イヴさん?」
イヴさんは辛そうに首を横に振った。
どうして?ここにいたら捕まっちゃうよ!そんな事誰も望んでない。ジェレミーさん達もイヴさんが帰って来てくれる事をきっと待ってるのに!
「私が逃げればレオンが不利になる。彼に危害を加えたくないわ。それに私があちらに行けば、ファライアンには平和が訪れる」
「そんな事ないよ!バルディナはファライアンを解放なんてしない、絶対いつかは攻め入るんだ!バルディナなんかを信用しちゃ駄目だ!あっちに連れていかれたら俺達に待ってるのは拷問と処刑だ!」
「ルーシェル君……」
「俺、もう嫌だよ!パパやママみたいに誰かが殺されるの……イヴさんが殺されるの絶対に嫌だよ!」
「おいルー、行くぞ!てめぇもボヤボヤすんな!」
リオンが俺とイヴさんの荷物をまとめて走ってくる。急がなきゃっ!
無理矢理にでも連れて行かなきゃ、だってそうでもしなきゃイヴさんは動いてくれないもん!
でもその時、外がざわつきだした。そして使用人の1人の女の子が顔を真っ青にして走ってきた。
「大変です!お屋敷の前にモルガン様がっ!」
「んだと!?」
モルガン……ビアナの軍団長。その人が来たって事は俺達を捕まえに来たんだ。リオンが壁を叩きつけ、悔しそうに歯を食いしばる。
どこにも隠れる場所がない……俺達は捕まる。
扉がノックされ心臓が跳ねる。イヴさんは表情を変えずに扉の先を眺めている。まるで全てを諦めているかのように、その目には光が宿っていない。
そして扉が開き、ガタイのいい男の人が入ってきた。後ろには兵隊さんたちがいる。あぁ、俺達は捕まってしまう。
「やはりここにいたか王子殿下、女王陛下。保護に参りました、私はビアナ軍団長モルガンと申します」
「嘘だ、助けに来たなんて嘘だ……あんた達は俺とイヴさんをバルディナに渡すつもりなんだろ?」
「……」
「俺、全部知ってるんだ。あんた達がバルディナの味方してるって言うのも、何もかも知ってる」
モルガンは何も返事をしない。そのまま俺に近づいて手を伸ばす。
捕まえられる!そう思って目を瞑った時、リオンがモルガンさんに鎌を突きつけた。
「リオン!?」
「おい、てめぇ礼儀がなってねぇんじゃねぇか?保護だぁ?俺達がまるで誘拐したみてぇな事言いやがんな」
「貴様誰に刃を向けている?」
「あぁ?軍団長のモルガン様じゃねぇか。自分の事もわかんねぇのかよ。てめぇに刃向けちゃいけねぇ法律でもあんのか?取り締まる気かよ」
使用人の悲鳴が聞こえる。リオンは俺とイヴさんを助けようとしてる。でも今の状況は確実にリオンの不利だ。だって相手は何十人も兵士を引き連れて来てるのに、1人で相手に出来る訳がない。
モルガンはリオンの刃をどけて剣を抜く。まさか殺す気なの!?
「ビアナでの事件は自己責任……死んでも恨むなよ」
「ばぁか、偉そうに言う前に先に次の軍団長指名しとけよ。てめぇの墓場になるぜ」
2人が剣を向けて走り出す。
でもその剣がお互いに届く事は無かった。モルガンは何かを見つけて、咄嗟に身を引いた。
その先には後ろ髪をくくった青年が立っている。この人は誰?
モルガンが剣を納めて敬礼する。そしてリオンが息を飲んだ。まさかこの人が……
「イグレシア、見苦しい所を見せて済まない」
やっぱりこの人がビアナの当主イグレシア……イグレシアは俺達に視線を向けて、ゆっくりと近づいて来る。それを止めようとしたリオンを睨みつけた。
眼だけで人を殺せるってこういう事を言うんだろうな。威圧感と殺意に満ちた目にリオンだけじゃない、俺とイヴさんも動けなくなった。
怖い、怖い怖い怖い!
震えが止まらなくなって、立っていられるのもやっとで、無意識にイヴさんにしがみついた。イヴさんは俺を抱きしめて、何も言わずにイグレシアを見つめた。
「女王陛下、王子殿下、お迎えにあがりました」
「そうですか……」
イヴさんが腕を引かれ、イヴさんが歩き出した事で必然的に俺も連れて行かれる。
「リオン!」
「ルー!」
「そいつには聞きたい事がある。捕えて連れて行く」
イグレシアの命令を受けて、数人の兵士がリオンを取り押さえた。手を伸ばしてリオンの所に行こうとしてもモルガンに邪魔されて向かえない。
いつしか人垣が屋敷の前に出来ていて、その中を連れて行かれる。
「可笑しい、この国は可笑しいよ!結局この国はバルディナの味方なんじゃないか!俺とイヴさんを連れて行くんじゃないか!何が中立だ、何が戦に関係ないだ!最悪な国だ!!」
大声で叫べば、人垣からは動揺の声が聞こえて来る。その後をリオンが連れて行かれる。リオンのハンター仲間なんだろう、バンダナの青年が人混みをかき分けてリオンの近くに詰め寄った。
「おいリオン、お前!」
「くそっ……だっせぇな」
「まさか……この馬鹿!」
何とか脱出したくてモルガンの背中を叩きつける。でもモルガンはビクともしない。担がれてる今の状態じゃ、これ以上の抵抗も出来ない。
どうして、どうして上手くいかないの?どうして皆、バルディナをやっつけようとしてくれないの?どうして俺が捕まえられてるの?
「死ね、死ね死ね死ね……皆死んじゃえばいいんだ!」
「……王子殿下」
「皆死ね!死ねよぉ!!」
お前達なんかバルディナにやられて死んじゃえばいいんだ。首を撥ねられちゃえばいい。俺達だけがこんな目に遭うなんて不公平だ。お前達が遭えばいいのに!
泣き続ける俺にイヴさんは視線を寄こさない。でも前を見る事も無い、ただ俯いている。そんなイヴさんにイグレシアが声をかけた。
「王子を黙らせてくれないか。口の悪い子供だ」
「……」
「聞いてるのか?」
「私に必要以上に話しかけないで。憎しみで貴方達を殺してしまうかもしれない」
「どっちもどっちか」
助けてよダフネ、側にいてよ。俺、ダフネがいなきゃ何もできない。こいつを倒す事も出来ないし、走るのだって早くない。
ダフネがいてくれなきゃ何もできないよぉ……
何もできない自分が悔しくて、泣くしかできない。やっぱり俺は何もできない子どもだ。こんなんじゃクラウシェル達を助けられるはずがないのに。
「リオン、王子殿下、女王陛下!」
前からレオンの声が聞こえて顔を上げる。そこには息を切らせて走ってきたんだろう、レオンの姿があった。レオンは俺達を見て顔を青ざめさせている。
イグレシアはそんなレオンを睨みつけて会話をする事なく、横を通り過ぎようとする。でもイグレシアの腕をレオンが掴んで、それを阻止した。
「いくらなんでも急すぎる!とりあえず王子と女王とリオンを解放してくれ」
「ファライアンへの内通者が俺達に命令するのか?女王と王子がこの地にいて、俺達にはデメリットしかない。ビアナを戦に巻き込まない為にはこうするしかないだろう」
「だからって……!」
「レオン、いい加減にしろ。元はと言えばお前の責任だ。お前が西の倉庫で王子達を解放したから俺達も介入せざるを得なくなった」
「それが……あんたの答えか」
レオンが声を震わせる。手は固く握られて、歯を食いしばっている。
今にも殴りかからんとでも言わんばかりの殺気に思わず涙が引っ込んで怖くなった。それほどレオンの殺気はすごかった。
でもイグレシアはレオンすらも捕まえようとした。
「レオン、俺はお前を右腕だと思ってる。個人的にはな……だが今のお前はビアナの敵だ」
兵がレオンを捕まえる。レオンは抵抗はしなかったけど、イグレシアを睨みつける視線は全く変わらなかった。レオンが捕まった事にリオンが激しく抵抗する。
それに比例してリオンを取り押さえる兵の数が増えて行く。
「止せ!弟に手を出すな!」
「ならお前が大人しくさせろ。兄だろう」
イグレシアの冷たい言い方にリオンが声を張り上げた。
俺もイヴさんもリオンも怒りはとっくにピークに達していた。
「っざけんじゃねぇ!何が中立だ、この国は結局バルディナの犬じゃねぇか!戦争したくねぇんだろ?だから人質で差し出すんだろ?こんな幼い子どもと女がバルディナで処刑される事を望んでんだろ?こんなん中立って言わねぇ!だから嫌いなんだよ、こんな国!!」
リオンの叫び声に俺達に視線を向けていた野次馬がザワザワと騒ぎだす。それを不利に感じたイグレシアは兵に命令して、リオンの口を封じた。
もう駄目だ、おしまいだ。俺達はバルディナに引き渡される。今度こそお終いだ。
逃げ出せない、誰も味方してくれない。この国はバルディナの味方だ、この国に逃げ道は無い。
視界の片隅に茫然としてるフランさんを見つけた。でももうどうしようもない。折角お爺さんが隠れる場所をくれたのに……
住民達のざわつく音が怖い。これからどうなるかが怖い。
怖い。