52 囚われた先は
「あいたっ!」
「きゃっ!」
「王子殿下、イヴ女王、暫くそこで大人しくしていてください」
俺とイヴさんが投げ捨てられたのは倉庫みたいな所だった。扉の隙間から光が漏れてるけど、人は全く通ってない。叫んでも気づいてくれなさそうだ。
52 囚われた先は
「どうやってバルディナまで送る」
「あの魔法陣が無い今、我らの魔力だけで送るのは不可能だ。あちらに連絡を入れて船で向かうしかあるまい。それまでは閉じ込めておくぞ」
その声だけが聞こえて足音は去って行った。あいつらは行っちゃったみたいだけど、ここはバルディナじゃないみたいだ。ファライアンのどっかなのかな?
でもこのままじゃバルディナに送られちゃう。とりあえず何とかして出る方法を考えないと。
後ろでは泣きくれているイヴさんがいる。イヴさんは俺が守らなくちゃ……
「イヴさん」
「ジェレミー達は無事だったのかしら……私のせいでメリッサもジェレミーも!バイエルの言う通りだわ。私が最初から向かっていれば良かったのよ」
「そんな事ない。一緒に逃げだそう」
「無理よ、逃げれる訳がない……」
「出来る、そう思うんだよ!俺は絶対に諦めないからね!」
倉庫の中をくまなく探しだした俺を見てイヴさんは笑みを浮かべた。そんなに変な事言ったかな俺……
「ルーシェル君はいつの間にか強い男の子になったね。ファライアンに来た頃は泣いてばっかだったのに……男の子はたった1年で大きく成長するね」
「そうかな」
「今は10歳になったんだっけ?」
「うん、この間なったよ。エデンに内緒で行ってたから祝ってもらえなかったよ」
少しぶすっとして言えばイヴさんはもう1度笑った後、悲しそうな顔をして俺の手を握った。
その目は不安に揺れていた。
「私は帰っていいと思う?ジェレミー達は怒らないかな……」
「怒らないよ絶対。怒ったら俺が怒り返してやるもん」
「そっか、ありがとう」
何とかしてここから出なきゃ。多分倉庫の外には見張りの人がいるよね?その人達にばれないでどうにかして行くしかない。
イヴさんは動かない。ただ俯いて手を握っているだけ。
でもその表情は苦しいって言うよりも怒りを抑えている感じだ。
「イヴさん?」
「駄目なの、自分を抑えないと相手を憎んでしまいそうで……駄目なの」
イヴさんに嫌われちゃったら不幸な事が起こるんだよね。何とかしてイヴさんが笑えるようにしてあげなくちゃ。でも本当にどうやって出よう……
隙間から洩れる光を覗いても人が通ってる気配はない。ていうか本当にここどこなの?
俺達を捕まえた奴らは今からバルディナに連絡するって言ってたから、俺達は多分1週間くらいここで監禁って事だよね?
「はぁ……折角ビアナに来たのに見張りのせいで町中歩けねぇとはなぁ……ビアナの酒を飲みてぇのに。倉庫の中に王子たちがいなけりゃなぁ」
「馬鹿、下手に声を出すな。ここは西だぞ、治安の悪さはビアナ1だ。トレジャーハンターや情報屋がウロウロいる。王子達がいるってばれたら狙われるぞ。ただでさえ24時間体制で見張りがつく倉庫は奴らにとっては高価な宝があるって情報が流れて格好の獲物なのに」
「だけどよぉ……」
ここってビアナなの!?じゃあ俺達転移魔法でビアナまで飛ばされちゃったの!?
そんな遠くまで飛ばせるなんて……じゃあ下手したらバルディナにも一瞬で飛ばされる?急がなきゃ本当に送られちゃう。
耳をすまして盗み聞きして手に入れた情報は、ここはビアナの西。治安が一番悪い通りみたい。24時間見張りがいる倉庫はトレジャーハンター達の格好の獲物。
じゃあここで騒げば誰かが助けに来てくれるのかな!?そうと決まれば、とにかく大声で騒ぐしかない。
「うわああぁぁああん!!お家返してよぉ―――!!アルトラントの第2王子のルーシェルは怖いよぉおおぉぉ!!」
「お、おい王子が騒ぎ出したぞ……」
「しかも偉く具体的に自分を説明すんな……」
「そんな事言ってる場合か!あの声がハンターたちや情報屋に漏れたらまずいぞ!ビアナはどこから情報が出るかわかんねぇ」
「あ、あぁ!」
急に騒ぎ出した俺にビックリしてるイヴさんを尻目に騒ぎ続ければ、扉が開いて見張りの2人が入ってきた。
「王子、少し大人しくしてもらえませんかね」
「うああぁぁあああ!!!誰か助けてよぉ!!!」
「黙れっつってんだろ!」
思いっきり顔を殴られて倒れ込んだ。初めて体験する痛みに本当の意味で泣きたくなった。でもしぶとく泣き続ければ倒れている俺のお腹に蹴りを入れたり、頭を踏まれたり痛い思いばっかりした。
「止めなさい!止めてよ!」
イヴさんが俺を庇うように抱きしめれば、見張り達の俺への暴力は止んだ。
もう痛さで本気で泣きだした俺に見張り達は舌打ちをしてイヴさんに泣き止ませろとだけ告げて再び倉庫を閉めた。
イヴさんは俺を抱きしめてあやしてくれたけど、痛みが引く事は無い。いつまでも大声で泣き続ける俺に見張り達もイライラしてる。
誰かが見つけてくれるまで、こんな痛い思いをしなきゃいけないんだ。でもそうでもしなきゃ誰も見つけてくれない。ビアナまでダフネは助けにきてくれない。自分で何とかするしかないんだ。
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「おいレオン、話聞いたか?」
声をかけられてレオンと呼ばれた青年が立ち止まる。仕事の合間に彼は西方面のパトロールに向かおうとしていた。
ビアナ国内で西地区と言えば治安が悪い事で有名だ。しかもそこに飲み屋街等が多い事で一般市民も西に行く事が多く、スリ等の被害が多いのだ。
西地区を管轄にしているレオンは当主イグレシアからもできるだけパトロールなどで治安を改善してくれと言われ、仕方なく今から空いた時間で行おうとしている最中だった。
「なんだリオン、今からパトロールする。付き合え」
「いやいや面白い話を聞いたんだって。裏通りでは結構なニュースになってんだけど」
「ニュース?ここ3日間忙しくて西には帰って無かったな……何があった?」
情報屋が多い西地区では様々な噂話が一番に飛び交う。その中でもリオンが言う話は今の西地区で一番注目を集めている話なんだろう。
問いかけた事に対してリオンは待ってました!そう言わんばかりに大げさにジェスチャーした。
西地区を管轄にしていると言ってもリオンはレオンと違い生粋のトレジャーハンターで、建前上は西地区の当主だが、実際は国の役職には就いていない。
したがって表向きはレオンのサポートで西を任されていると言う事になっているが、世界中を飛び回り、家には基本帰ってこないのだ。久しぶりに帰ったかと思えばこれだ。
「フラン達に聞いた話なんだけど、西の倉庫に妙なもんが隠されてるらしい」
「妙なもの?」
「あぁ、子どもの泣き声が聞こえてんだとよ」
「馬鹿が!犯罪じゃないか!俺に言う前に子どもを解放するよう行動しろ」
「話聞けって!でさ、その子供がアルトラントの第2王子ルーシェル様って噂だ」
「なんだと?」
「情報屋の情報じゃ、ファライアンがクーデターで崩壊したらしい」
レオンの表情の変化にリオンは気付かない。でも少なくともリオンもこの状況を良くは思っていないらしい。先ほどまでの軽いノリとは打って変わって表情は硬い。
騎士団が議会を弾圧し、市民はバルディナとの全面戦争を支持、そして女王とルーシェル王子が連れ去られたのだと告げた。
訳が分からなかったが次第に話を理解できて自然とレオンの表情をこわばっていく。
「その王子と女王がビアナにいると?なぜそう言い切れる」
「それは情報屋の話だからよぉ、でも俺達も手ぇ出さないのは相手がバルディナだからだ」
「だからと言って放っておく訳にもいかないだろう。場所はどこだ?」
「おいレオン、助けに行く気かよ!?」
「ビアナの中での問題はビアナの中で解決する。当然だ」
「どうなっても知んねぇからな……場所は西の裏通り真っ直ぐ行った倉庫街だ」
「分かった」
この話が本当ならファライアンは本当に崩壊したのか?だとしたらリオンが知ってたんだ、イグレシアも知っているはずだ。どうして何も話してくれなった?今朝のイグレシアの態度はいつもとなんら変わらない。ファライアンの話を出してくる様子も無かった。
モルガンやコーネリア、ヴェロニクにも特に変わった所は見受けられなかった。皆が知らなかったのか、自分だけに分からない様に情報を統制してたのか。
市民の耳にはまだ届いていない。と言う事は比較的最近起こったと言う事だ。一部の情報屋とイグレシア達しか今の所は知らないだろう。
色々な考えを巡らせたが答えは出てこなかった。
―ルーシェルside―――――
あれから3日間、大声で泣き叫べば顔や頭、体中をいっぱい殴られて蹴られて、身体に沢山青ジミや内出血が出来た。
顔も腫れて膨れ上がって、きっと今は酷い事になってると思う。ご飯もあんまりもらえなくてお腹がすいて声を余り出せないけど、今日もありったけの声を出して助けを求める。
そんな俺をイヴさんは抱きしめて暴力を振るわれない様にセーブしてくれてる。でもそのせいでイヴさんも頭や顔を殴られた。
今日も今からあいつらが来る。そう思ったら怖くなったけど違った。外から聞こえてきたのは悲鳴だった。
何が起こったのか分からなくて、声も引っ込んでイヴさんにしがみつく。外からが扉を開けようとガチャガチャする音が聞こえる。誰が来るの?
扉が開いて入ってきたのはビアナで俺達をわざと逃がしてくれたお兄ちゃんがいた。
「王子殿下、女王陛下……噂は本当だったのか」
「貴方はあの時の……」
イヴさんが俺を強く抱きしめて警戒したけど、このお兄ちゃんは悪い人じゃないよ。やっと来てくれた助けに今度こそ安堵の涙が出た。
お兄ちゃんに飛びついてわんわん泣けば、お兄ちゃんは俺を抱き上げてマジマジと見つめた。
「酷い傷だ……すぐに手当をしましょう。王族に手を上げる等……恥知らずな奴らめ」
お兄ちゃんは俺を抱き上げたまま、女王様の手を掴んで立たせて歩きだす。どこに向かってるんだろう。
人が全く歩いてない狭い路地裏みたいな所を歩いていくお兄ちゃんの後についていく。このお兄ちゃんは有名な人なんだってダフネが言ってた。だからこんな隠れて行動するのかな?
「俺の家が近くにある。そこで手当てをしましょう」
「私はっ……」
「御伺いしたい事もあります。話はそこで」
有無を言わさない絶対的ないい方に少しだけ怖くなった。やっぱり偉い人は威圧感って言うのがある。何も言い返す事が出来なかった。
お兄ちゃんの家に辿り着いたら、使用人の人が数人やってきて、俺達の世話を甲斐甲斐しくしてくれた。
傷を消毒して、お風呂に入った後、包帯を巻いてくれた。消毒が余りに痛くて泣き叫んだ俺をお兄ちゃんが無理矢理抑え込んだ。酷いよこんなの!!
その後、ご飯を出されてお腹が満たされた後に、お兄ちゃんが部屋に入ってきた。
「王子殿下、女王陛下、御伺いしたい事があります。ビアナでは一部でファライアンでクーデターが起こったと言う話が出ています。そしてバルディナに女王達が連れて行かれたと……これは真相ですか?」
「えぇ、本当です。エデンの術師が私達に転移魔法をかけた様です。そしてビアナまで飛ばされ、そこからは船でバルディナに送ると聞きました」
「本当でしたか……貴方達を直ちにファライアンに返しましょう。船を用意します」
やった!ダフネ達の所に帰れるんだ!
でもイヴさんは浮かない顔をして首を横に振った。どうして?帰りたくないの?皆心配してるよ。
イヴさんの反応にお兄ちゃんも難しそうな顔をした。
「女王陛下、戻りたくないのですか?」
「私が戻ったら国はまた荒れる……私はいない方がいいのよ。私はバルディナに向かうわ」
「少しだけ時間をくれませんか?情報を集めて来ます。それを待ってからでも遅くは無い」
「でも私達が逃げた事を知ったらバルディナは……」
「それまでに情報を集めて来ます。バルディナ本国から船が来るのは最低でも後1週間はかかります。それまでにご報告し、意志を決めてください。失礼します」
お兄ちゃんが頭を下げて部屋を出て行ったのを慌てて追いかけた。イヴさんが止めたけど、俺も一緒に行きたい。もう立ち止まってるのは嫌なんだ!
走ってお兄ちゃんの足に飛びつく。お兄ちゃんはびっくりしてたし、使用人の人がお兄ちゃんから俺を放そうとしてきたけど、しがみついて放さなかった。
「俺も一緒に情報探しに行くよ!フランって人達知ってるよ!」
「どうしてそれを……王子、悪い事は言いません。待っていてください。ビアナは四方八方に情報を嗅ぎつける奴らがいます。俺が王子を匿っているのもすぐにばれるでしょう」
「でも俺、待ってるだけはもう嫌なんだ!お願いお兄ちゃん、連れて行ってよ!」
必死で頼み込めばお兄ちゃんは渋っていたけど溜め息をついて、使用人の人に服を買ってくるように命令した。
「お兄ちゃん?」
「その服では怪しまれる。一般人の服に着替えてもらいます……そうしたらすぐにバレはしないでしょう」
「……っありがとう!」
「俺の事はレオンで構いません。俺に頭を下げる事も無い」
じゃあこれからはレオンって呼ぼう。
暫くして使用人さん達が服を持って来て、それを自分で頑張って着て、レオンと手を繋いで一緒に家を出た。