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神様の椅子  作者: *amin*
四章
50/64

50 崩壊の始まり

「議員を出せ!俺達を裏切った議員を出せ!」

「議会は私達国民を裏切った。城門に首を吊るせ!」


女王がいなくなった事と、それに議員が関与していた事は瞬く間に国民に知れ渡った。

ファライアンの城門の前には何万もの民衆が詰めかけた。それは評議委員全員の死刑、そしてバルディナに女王奪還の戦争を起こす物だった。

民衆の怒りはすさまじく、門は誰も通すことなく閉じたまま。



50 崩壊の始まり



「国の為に女王を売る、ね……悪い話ではないけど、独断で動いたのが痛かったわね」

「だが国のシンボルを簡単に見限った罪は重い。関係無い議員が大半だったにしろ議会はこれで解散だろうね」


こんな最悪な状況下で国に帰る事も出来なくなったアルシェラは用意された部屋でお茶を飲んだ。ライナも居心地悪そうにして、ソファに座りこんでいる俺を睨んだ。


「いつまでそうしてんだい?まぁ仕方がないさね」

「アルトラントのルーシェル王子だっけ?奴らの手に渡ったそうじゃない。大丈夫なの?」

「大丈夫な訳ないだろう。アルシェラ、あんたは転移魔法の行き先を探れないのかい?」

「私は転移魔法自体使えないから。そう言う事はクレアに聞いてちょうだい。でもこの状況じゃ、エデン宛てに書も送れないわ……」


確かにクレアがいてくれたら転移魔法の足跡を辿るとかできそうだけど、肝心のクレアをファライアンに呼び出せない。

来てくれって書状を送れないんだ、どうしようもない。バルディナはルーシェルとイヴさんを手に入れて万々歳だろう。国宝石を継承した2人を一気に手に入れたんだから。そして国宝石自体も転送されていた。もうどうしようもない。

国王から託されたルーシェルと国宝石、両方とも守れなかった。

ファライアンは今、完全に騎士団が城を制圧した形になっている。議員達のほとんどは牢に入れられ、無罪が確定している奴だけが東の塔に軟禁と言う形が許されている。

でも国民のあの怒り具合から議会は何らかの処罰が下るのは間違いないだろう。国民までもが国宝石に支配されている。女王奪還の戦争を支持している。

福祉国家だったファライアンの姿はもうない。今のファライアンはバルディナと同じ侵略国家として戦争を申し込む。バルディナの一般市民も全て皆殺しにしろ。その声が聞こえて来る。

その時、ドアが開いてエルネスティが戻ってきた。情報を聞いて来るっつって出て行ってたからな。


「エルネスティ、外の様子はどうだった?」

「酷いもんだ。議会は完全に全員が悪者扱いだな。国民は議員達全ての首を城門から吊るす事を所望し、バルディナへの侵略戦争を支持している。異常だ、戦争を回避できたんだ。確かに煮え湯を飲まされたが、今この時に軍備を固めるのが一番じゃないのか?」

「そんな冷静な判断が出来たら、こんな大騒ぎになってないさ」

「それもそうだな。しかしこれではヴァシュタンに戻れない。こんな治安が悪い状態でこちらにはいたくないのだがな」

「それは私だって同じよ。ファライアン人がこんなにも野蛮だとは思わなかったわ、最悪……」


アルシェラが悪態をついてお茶を一気に飲み干した。国に戻れなくなったアルシェラの機嫌は下がる一方だ。エルネスティもそれを表に出す事は無いが、若干の不安は感じてるみたいだ。

窓から町並みを覗いてみれば城門に群がる民衆が見える。そして大部分がかき消されているが怒声も聞こえる。騎士団もこれじゃ対応に追われるだろうな。

俺の隣にエルネスティがやってきて、民衆を見て顔を顰め考え込んだ。


「それにしてもどこで情報が漏れた?騎士団は議員を1人も外に出してないだろう。門もすぐに閉め、使用人も外には出れていないはずだ。情報統治は完ぺきだった」

「そんなのある程度向こう側が国民に何かしらの情報を流してたに違いないわ。門が閉められて城から悲鳴が僅かでも聞こえたら市民も流された情報が本物だったって思うわよ。それにしても議会だけを一方的に悪者に出来るってのはすごいわね。議会への弾圧は虐殺の域に達してたわよ。30人程度が刺殺されたって聞いたけど」

「国宝石の呪いとしか考えられない。議員が女王を売ったのは確かだが、戦争を止めるためと説明すれば、ここまではいかなかったはずだ。現に議員も騎士団に虐殺されてるんだ。だが国宝石の呪いのせいで国民は今女王に仇なした議員以外は見えていない。そのお陰で戦争を支持する世論が大多数を占めている」


全てバルディナと内通していた奴らによって仕組まれていた。奴らはずっと前から入念に計画をかけて今回に臨んだ。お陰で思惑通りに事が運び、ルーシェル達は連れ去られた。

でも思った以上に強力な国宝石の呪いのせいで、騎士団を悪者には出来なかったみたいだけどな。

どうすればいい……どうすれば!?


「ダフネ、成功できるか分からないが……ドリンをエデンに向かわせよう」

「ドリンを?」

「あぁ、魔術障壁でカモフラージュされてるから上空から探してもエデンは見つけられないそうだ。だが一応向かわせてみるのも手だ。足に手紙をくくりつけてクレアに来てくれるよう頼もう」


そうか、その手があったか!

頷いて慌てて手紙を書く。ライナはドリンの頭を撫でて「やってくれるね?」と聞いた。ドリンからは自信に満ちた返事が返ってくる。

手紙にはクレアへ、急いでファライアンに来てくれ。城内の客間にいる。と書いた。クレアは城内の客間に行った事があるからイメージが湧くはずだ。

それをドリンの足にくくりつけて望みを託す。窓からドリンは空に舞いエデンの方向に向かって行った。それを眺めていた時、城門に人が見えた。


「なんだあれ……」


俺の呟きにライナとアルシェラも窓を覗き込む。城門に立っている男、団服を着ているから騎士団の人間だろう。でもあれは……

こんな時はライナの出番だな。

ライナは俺よりも視力がずっといいから、オーシャン人の平均視力はアルトラント人よりも遥かにいいらしい。


「ジェレミーじゃないか」

「ジェレミー?」


一体何をするって言うんだ……?


―ジェレミーside―――――

自室にこもって1人で考える。外からは民衆の怒声が聞こえ、議員からの嘆きの声が聞こえた。もう良く分からない、思考がマヒしてしまった。結局誰が正しかったのか、それすらも分からなくなった。

ズルズル座りこんで思考を整理する。民衆の声を聞いて再度考えた。あぁそうだ、自分達は戦争をするつもりだったのだ。少なくとも騎士団はそうだった。

だがイヴが犠牲になった今、戦争は回避されるはずなのだ。バルディナはイヴを送ればファライアンにかなりの譲歩を認めた友好条約を送ってくるだろう。

少しだけ不自由になるが、それでも比較的前と変わらない生活だ。

勝つ可能性の低い戦争を行って奴隷政策を受け入れるか、国のシンボルを犠牲にしてある程度の自由を望むのか、考えてみれば後者の方が現実的だ。

バイエル議員の考えは正しい。来月に孫が出来る、そう嬉しそうに語っていた姿が思い出された。孫に奴隷政策等受けさせたくない、その気持ちは理解できた。


理解はできる、できるのになぜ苛立ちが収まらない?確かにバイエル議員の考えは現実的だった。俺でもその考えは否定できない。

なのになぜ俺は殺戮に手を染めた?なぜそれを悔いる気持ちが起こらない。なぜ自分のしている事が正しいとしか思えない。

拭っても拭ってもイヴの為にしか頭が動かない、これが国宝石の呪いなんだろうか。これでは駄目だと分かっているのに、なぜ身体が言う事を聞かないんだ。今すぐ牢に閉じ込められている議員達を解放して、なぜ、なぜ!


「ジェレミー」


部屋に入ってきたのはローレンツ。なぜか幼馴染のローレンツでさえ、議員と言うだけで殺意が湧く。いつの間にこんな見下げ果てた奴になったんだろうか。

外から聞こえて来るのは戦争を起こせと言う民衆の怒り。あぁそうだったんだな……どちらにせよこれしか道がなかった。

青の国宝石がある限り、俺達ファライアンは永遠に国宝石の奴隷のままだったんだ。


「はは、は……」

「ジェレミー?」

「可笑しいだろ?どっちにしてもこの結末しかなかったんだ……」


バルディナとの戦争は恐らく避けられなかった。でもそれを避けるために議員達が国を裏切った。結果戦争を回避できたのに今度はそれを国民は許さない。

結局イヴと王子の犠牲も空しくファライアンはバルディナと戦争をするしかないのだ。

いくら頑張ってもどうしようもなかった。騎士団を説得しようにも、議会を説得しようにも、どちらにしてもこの結末しかなかったんだ。

ただ1枚岩の状態での戦争と、崩壊前の国の悪あがき程度の戦争は訳が違う。俺達が勝つことは不可能だろう。


でも憎い、憎い憎い憎い憎い憎い!!奴らが憎い!!!

俺から大事な者を奪った奴らが憎い!!イヴに何の光も与えないまま死なせるのか?あの箱庭に閉じ込めたまま。

奴らの手によって処刑されるのか!?冷たい地面に這いつくばらせ、民衆の見せしめに遭い、バルディナの兵達から蔑まれた視線を送られ首を撥ねられるのか!?そんなの耐えられない!!

クラウシェル王子達は良く耐えたよ。俺だったら耐えられない……

助けに行きたいが行けない。バルディナの手に渡ってしまったんだ、俺がどうあがいたってイヴは処刑される。全てあいつらのせいだ!!

その瞬間、何かが崩れ去り、もう何も残っていなかった。

話しかけようとしたローレンツを押しのけて城の外に出て城門に向かう。追いかけてきたローレンツの声には耳を一切傾けない。


「ジェレミー様!」


城門に立って姿を現した俺に市民達は声を張り上げた。道を示してほしいと。

簡単だ、そうだ最初からこうすれば良かったんだ。無駄な慈悲などかけず、ただ女王の為、女王に仇名す全てを排除すれば良かったんだ。

もう迷わない。


「我らが愛するファライアンの民よ!此度の動乱の最中、我らが愛する母である女王が奴らの手に渡った!この屈辱を我らは晴らさなければならない!ファライアンは女王に全てを捧げ、女王に仇名す者全てを力で屈服させよ!」


国民の歓声が聞こえる。ファライアンの戦争を支持する世論は高い。国民のほとんどが戦争を望んでいる。女王を奪還する為に。

薄汚い侵略者どもめ。目にものを見せてくれる。

例えそれでファライアンが滅びようとも、誰も後悔はしない。バルディナの支配下に置かれて生き恥を晒すぐらいならな!


「ジェレミー、戦争は回避できたのです!?なぜバルディナに宣戦布告をするのですか!?」

「はぁ?見てみろよローレンツ。国民は戦争を支持している。女王の為の戦争を」

「狂っている……貴方は狂っている!」

「そうだろうなぁ、俺は狂ってるよ。でもそれは女王に愛されているからだ。愛されていないお前が俺達の何を語る?」

「ジェレミー!私達は女王が国宝石を継承した際誓ったではありませんか!もうクーデターなど起こさせない、平和な国をつくると……これのどこが平和な国なんですか!?」

「あんな約束実行できる訳ないだろ。考えても見ろよ、俺達がどれだけ頑張っても他の奴らが平気でそれを壊していく。たった数人程度での誓いなんて捻じ伏せられるだけなんだよ。まだ文句あんのか?まずは手始めにお前の首を城門から晒してやろうか」


幼馴染だとしてもお前に手加減はしない。

俺の邪魔をするのなら、お前の首をはね、城門に首と動体を議員どもへの見せしめで飾ってやる。

ローレンツの首を絞めて喉元に剣を持っていく。国民の歓声が聞こえ、議員であるローレンツに対しての死刑を喜んでいる。


「邪魔なんだよお前」

「ジェレミー……」


ローレンツはイヴの幼馴染、こいつが死んだらイヴが悲しむ。

一瞬その考えがよぎり剣を引いて突き飛ばした。尻もちをついたローレンツと死刑が下されなかった事に国民からは抗議の怒声が聞こえた。

俺に剣を向けられるとは思ってなかったんだろう、ローレンツは異常なほど怯えている。


「おい、デュークを呼んで来い」

「何を……」

「最高評議委員は奴だろう。まずは奴を見せしめに処刑する」

「馬鹿げた事をっ!話も聞かずに私達議員を虐殺する気ですか!?」

「反抗すんのかよ」

「えぇ、私は貴方の考えが理解できない。殺すなら私を殺せばいい、デューク議員に手は出させない!」


ローレンツは奴の味方。その真実だけで殺意が湧いた。一瞬だけ思考が薄れ身体が勝手に動いた。気づけば目の前は真っ赤に染まっていた。

何が起こった?歓喜の声が真下から聞こえた。俺は今何をした?

俺の前に立っていたローレンツがいない。どこ、どこにいる?辺りを見渡してもいない。訳が分からなくて俯いたら足元にローレンツが倒れていた。

身体からは血が噴き出し、ピクリともしない。


「ロー、レンツ……?」

「ローレンツ!」


信じられない状況に佇むしかない。そして声が聞こえてダフネとライナが走ってきた。

顔を真っ青にしたダフネがローレンツを抱き上げて名前を呼んでも反応しない。そんなダフネに叱りつけるようにライナが医務室の連れて行けと言い、ダフネは言われたとおりに走って行った。

残されたのは俺とライナだけ。そして彼女はこっちに振り返った。


「自分が何をしたか、分かってるのかい?」

「俺、は……何をした?」

「馬鹿なこと言うな!その剣で斬ったんだろうローレンツを!ローレンツの腰が引けて後ろに下がったから動脈までは切れてなかった。だがお前の剣筋は間違いなく殺すつもりだった!」


それを俺がしたのか?俺がしたって言うのか!?

剣が地面に落ちる。踏んばらなければ立っているのも危うい。そんな状況なのに、頭を占めるのは女王だけ。他に考えることがあるだろう、やらなければならない事も。

それなのに女王を助けなければ、バルディナから救わなければ、今どこにいる?どうして、どうしてそれしか考えられない。ローレンツが心配じゃないのか?他の騎士団は、議会は、国は?どうして……もう、駄目だ。


「ライナ、俺を牢に入れてくれ」

「何を……」

「もう俺は駄目なんだ……頭が可笑しいよ。何を考えても女王の事しか考えられないんだ。それ以外にもしなければならないことは沢山あるのに」

「……ジェレミー」

「どうして……」

「国宝石の影響があんたには特に強く出ちまってるんだよ」


そうか、これが呪いなのか。イヴはきっと助けられなかった俺を強く憎んでいるんだ。だから俺は呪いを受けた。女王しか考えられなくなる呪いを……そして議員たちを弾圧した。

結局過去のクーデターと一緒じゃないか。俺が今まで必死に守ろうとしてきたものは一体なんだったんだろう……


「俺は……国民の前に立つ資格がない」


ライナは何も言わずに俺を拘束した。国民からは怒声が聞こえたが、それには返事をしなかった。

ただ黙って牢への道を歩く。その間も脳裏によぎったのは女王だけ。駄目だな、もう本当に駄目だ。

牢に入れられて鍵を閉められた自分を目の前の牢に閉じ込められている議員たちが目を丸くして見ている。俺が入るなんて夢にも思ってなかったんだろう。

でも今の俺は化け物だ。感情のセーブができず、殺戮をも平気で犯す。そんなやつを野放しにするのは危険だ。


「あんたがいない間、だれが城をおさめる?」

「デューク議員に……彼なら大丈夫だろう。護衛には第1騎士団を当ててくれ。反発した者はジェレミーの名を持って叩きのめしていい」


この返答に牢内がざわめく。

ライナは頷いて立ち上がった。そして背を向けて歩き出したが、一言だけ告げた。


「確かに今のあんたは頭を冷やすべきだ。でもね、騎士団を動かせるのはあんただけなんだよ。あんたとデュークが手を取り合わない限り、ファライアンは元には戻れない。毎日様子を見に来るよ、出る気になったら教えてくれ」

「あぁ……」


ライナは出て行った。

ここで頭を冷やそう。そして考えよう。これからのファライアンを……



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