47 さよなら私の家族
「間に合った、って奴なんだろうね。だが入り口前までしか広場には入れない。これじゃどうしようもないね」
久々に戻ってきた王都アレキサンドリアは自分が知っている姿ではなくなっていた。街は活気を失い、城の前にある広場には泣き叫ぶ市民が殺到している。
辿り着いた時には既に処刑が始まっていて、国王と后はそれぞれ処刑場所にくくりつけられていた。
よくこんなむごい事をっ!
人混みをかき分けて見える位置まで4人で移動する。そして前方の席にクラウシェルとミッシェル、端の席にセラ達の姿を見つけた。
47 さよなら私の家族
ルーシェルは何も言わずジッとその光景を眺めている。これは余りにも酷だ。あの体勢から考えるに、国王は火あぶり、后はギロチンなんだろう。
一瞬で首が飛び、痛みを感じないギロチンを后に持って行ったのはバルディナの最大の譲歩なのかもしれないが、火あぶりは残酷すぎる。
「ルー、やっぱりもう行こう。ここは辛い物しかない」
「行かないよ。だってパパとママを今見なきゃ、もう一生見れないから」
その言葉に気づいた。ルーシェルは処刑を止めたかったんじゃない、この残酷な光景でも父親と母親を一目でも見たかったのだ。
助けられないと分かった日から、最後に父親と母親を見たいと言う純粋な子ども心だったのだ。例え数分後に愛している父親と母親が死体になろうとも。
「多分俺は処刑された後のパパとママを間近で見る事も無い。アルトラントを解放出来てもお墓を見るだけになる。だから俺はこれを見る、どんな形でもパパとママだから」
「ルー……」
その目に浮かんでいるのは涙。その涙をルーシェルは必死に拭った。ボロボロと目から溢れ出て視界が歪む、最後の父親と母親の姿をもっと鮮明に見たい。
目が腫れるんじゃないかってぐらい目をこするルーシェルに何もかける言葉を見つけられなかった。
ライナとクレアも息を飲んで展開を見守っている。
国王と后は俺達国民がいる広場の入り口の方をジッと見ている。最後まであの方たちは俺達の国王と后なんだ……こんな事になっても威厳を失わない。
そしてその国王と后を真っ直ぐ見ているのがクラウシェル。ミッシェルの手をしっかり握って泣くのを堪えていた。
城の奴らは皆かなり大怪我をしてるみたいだ。所々に包帯を巻いているセラは両手で顔を覆って泣き、足にギプスをはめているジェイクリーナスはヤコブリーナスに縋りついて泣いていた。片腕がないコラッドも自分にしがみつくサヤカと自分の弟子のダンを抱きしめて泣いている。片目に包帯を巻いているミカエリスも、セラと同じく所々に包帯を巻いているイワコフも皆泣いている。その中にマリアとミリアはいない。2人はどうしたんだろうか?まさか死んで、とかはないよな……
「ねぇダフネ、ライナお姉ちゃん、クレア、お願いがあるんだ」
「ルー?」
「あのね、処刑が始まった瞬間に一緒に逃げてほしいんだ。でね、転移魔法使ってくれると嬉しい」
たったそれだけだったけど、ルーシェルの望みを俺達は皆分かってしまった。
それを止める者は1人もいない。ジェレミー達はヒヤヒヤするかもしれないが、ここまで来たんだ。そうして帰るのも悪くない。
「私の転移魔法ではシースクエアまでの直接転送は不可能です。暁の大地の前の森まで飛び、そこからシースクエア前まで歩いて向かう事になります」
「大丈夫さね。なぁダフネ」
「おう、体力だけはあるぜ」
「……ありがとう」
「思い残すこと無いようにするんだよルー。後で後悔したら一生ついて回る」
父親を殺されているライナは俺よりもルーシェルの気持ちが痛いほど分かるだろう。そうだ、後悔したらいけない。もう派手にやっちまえよ。
親父やお袋、村の奴らが見えないから、本当にクラウシェルが親父とお袋は助けてくれたみたいだ。感謝してもしきれない。俺は一生あいつに頭が上がらないだろうな。
そして声高々にジュダスが処刑を宣言して騎士たちが持ち場に着かされる。それぞれがギロチンの刃を落とす紐の前に剣を構え、燃え盛る松明を手に持った。ジュダスが真っ直ぐ剣を振り下ろそうとした瞬間、ルーシェルが走り出し、小さな体を駆使し、壁になっている騎士の間をくぐりぬけ広場に入った。
「パパ―――!!ママ―――!!」
ジュダスの剣が振り下ろされ、それに反応した騎士が紐を切る。
その瞬間に響いたルーシェルの声にジュダスだけじゃない、他の騎士たちも国王も后もクラウシェルもミッシェルもセラ達もジェレミー達も皆がルーシェルの方を向いた。
そして国王と后は目に涙をためてルーシェルにほほ笑みかけた。その瞬間后の首は飛び、国王は火に包まれた。
でもいきなり目の前に現れたルーシェルに皆茫然としてる。そんな中ジュダスが真っ先に声を荒げた。
「捕えよ、第2王子ルーシェルだ!」
押し寄せる国民の壁代わりになっていた騎士が剣を抜こうとしたのをライナと後ろから体当たりして倒れさせた。
俺が姿を出した事にクラウシェル達やセラ達が立ち上がった。ジェレミーも青い顔をしている。
「ルーシェル……ダフネッ!」
「逃げるぞルーシェル!今日俺達はこの痛みを忘れない、絶対にな!」
「クラウシェルとミッシェルは俺が助ける。お前なんかに捕まるもんか!」
「さぁ退路を開きな!あたしは捕まるのはごめんだよ!」
ルーシェルを抱えて逃げた俺達を騎士が捕えようとしたが、ライナがそれをなぎ倒し、パニックになった国民のお陰で騎士たちも思うように動けない。
揉みくちゃにされながら密集する広場を抜け、先に待っていたクレアの元に向かった。
「行きましょう!」
クレアが急いで呪文を唱え、俺達は一瞬でアルトラントから姿を消した。
城下町は未だにパニック状態で、その後の収集は大変なんだろうな……でもルーシェルがした事を責める気はない。最後に国王と后は笑った。最後の最後に愛する子ども達3人に会えた事が何より嬉しかった、そう思いたい。
「ク、クラウシェル……何だったの?」
「分からない。でもあれは間違いなくルーシェルとダフネだった……父上と母上はきっと幸せだったはずだ。最後の最後にルーシェルの姿を見れたんだ」
「パパ……ママ……うあああぁあぁぁああん!!!」
「捕まるんじゃないぞルーシェル、お前だけは……」
「い、今のはダフネ?なぜここに……ヤコブリーナス、これは一体……?」
「分からん。じゃが国王と后は幸せだったはずじゃ……最後に子どもたち全員に会えたんだからのぉ」
「う、ひっく……本当に国王と后死んじゃったんだよな」
「ええ、でもヤコブリーナスの言う通り、幸せだったと思います。だって笑っていましたから、笑っていました、から……っ」
「ジェレミー様」
「平静を装え。クレアがいる。大丈夫だ」
「は、はい」
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暁の大地の森の前に一瞬で移動したお陰で、さっきまでの喧騒が嘘の様に無くなっていた。
本当に転移魔法って言うのは便利だ。こんな事を楽々とやってのけてしまうんだから。でも流石に距離が遠すぎたのか、クレアが膝をついて倒れそうになったのを慌ててライナが支えた。
「ごめんなクレア、あんたには無理させたね」
「心配いりません。私自身、あの行動を非難する気はありません。あれで良いと思ったから手を貸したのです」
でもクレアは今立ってるのもやっとだ。ここからシースクエアまでは片道4日かかった。休まずに行動してて疲れが溜まってるから5日か6日は帰るのにかかるはずだ。
1週間後にシースクエアからファライアン行きの船が出る。それまでに戻れればいい。まだ時間はある。
とりあえずクレアを休ませる事にして、見つからない為に森の入り口付近に足を運んで休憩する事にした。
ルーシェルはずっと泣いている。俺にしがみついて声を押し殺して泣いている。
「ルーシェル……」
「最後にね、パパとママ笑ったの。でね、何かを言ってたんだけど……俺それが分からなかった」
そう言えば后はルーシェルに何かを言っていたな。でもあの喧騒の中じゃ声なんか聞こえないだろう。でもルーシェルは悔しいんだ。最後の言葉が分からなかった事が。
「有難う、愛してるわ。后はそう言ったんだよ」
「ライナ?」
「読唇術。情報屋なら誰もができる芸当だ」
お前芸達者すぎんだろ。まぁ確かに情報を探る情報屋だ。人の口の動きから情報を探るのも出来たら情報集めがしやすくなるんだろうが。
ライナの言葉にルーシェルは嬉しそうに笑って再び泣いた。最後まで国王と后は俺達にとっては国王と后だった。でもルーシェル達にとっては優しい父親と母親だったんだ。
最後までその姿を国王と后は崩さなかった。最高の国王と后だった。
「俺、後悔してないよ。最後でも一瞬目があったから」
「うん」
「あのままパパとママが俺を見てくれないまま殺されてたら一生後悔した。だから……有難う、俺の我侭に付きあってくれて」
「あんなの我侭の内にもはいんねぇよ」
再び俺にしがみついて泣くルーシェルにクレアは切なそうな、でもどこか安心した様な顔をした。
それに気づいたライナが心配そうにクレアの顔を覗き込んだ。
「どっか気分が悪いかい?」
「いいえ、少し……羨ましかったんです。私は幼い頃に父親に捨てられました。いえ、私がそう思っているだけですが」
「クレア?」
「私はファライアンの首都から北東に位置するルーン地方の地方貴族の出身でした。父親はファライアン第2騎士団の副団長を務めていました」
って事は過去の話しだし、ランドルフの親父の部下だったって事だよな。
「ですがクーデターの際、父親は姿を消しました。死体も見つからず、一部では逃げ出したと言われ名は没落し、私は家を失いました。その時に私を助けてくれたのがオルヴァー様でした」
殺されたのか、逃げ出したのか分からない。でもクレアの父親はクレアの前からいなくなった。
そしてクレアは全てを失ってしまったんだ。
「戦争に行く際、何度も何度も行ってほしくないと泣いて迷惑をかけていました。母親は病で先が長くないと言われていましたから。お父さんがいなければ、お母さんは誰が守ってくれるの?そう泣き喚いていました」
「クレア……」
「だから少しだけ羨ましかった。不謹慎ですがルーシェル王子は誰よりも愛してくれる存在がいる事に。私は、捨てられた身ですから」
今でもやっぱり悲しい過去なんだろう。クレアは俺達に背を向けて泣きだした。
静かに、でも零れ落ちるように。線が細いクレアは今にも消えてしまいそうにか細く見えた。
それをライナが慰め、ルーシェルも再び泣き出して俺達は大忙しだ。自分は、まだまだ幸せなんだ。そう思った。家族は俺をちゃんと愛してくれて、クラウシェルが家族を助けてくれて……幸運に恵まれてるんだろうな。
数時間休憩して、何とかルーシェルも泣き止み、クレアも大丈夫と言ってくれたから再び歩き出す事にした。
「なぁクレア、全部が終わったら父親捜しをしてみないかい?もしかしたらどこかで生きてるかもしれない」
「ライナさん……ですが私なんかを連れては足手まといですし、父も生きていたとしても私には会いたくないと思います」
「きっと生きていたとしたら何かの事情があるのさ。クレア、あんたを足手まといだと思った事は無いよ。凄腕の魔術師じゃないか。それに仲間と一緒に旅って楽しいもんだよ」
「仲間、ですか?」
「仲間じゃないか。今4人で旅してるのは違うのかい?」
クレアは一瞬だけポカンとしたけど、すぐに嬉しそうな表情に変わった。
表情変化に乏しいクレアの初めての笑顔にルーシェルは指を指して「笑った!」と声を出した。でもその瞬間、恥ずかしかったのかクレアは顔を隠してしまった。
「なんで隠すんだい!?」
「だ、だって……変な顔をしていなかったか不安でっ!」
「どんだけ自分の顔に自信ないんだよ……」
「す、すみませんっ……」
俺の突っ込みにクレアはブンブンと高速で首を振って俯いてしまった。
でも耳が真っ赤になってるって事は本当に恥ずかしかったんだろうな。オルヴァーが言ってた。クレアは自分の事をすごく身分が低いと思ってるって。
だからライナの言葉が嬉しくて仕方がなかったんだと思う。なんだ、クレアも年頃の女の子じゃないか。ライナみたいな姉の様な存在が嬉しかったのかもしれない。
少しだけ皆笑えた。
悲しい事があった後だけど、でもルーシェルはちゃんと自分で考えて行動した。その結果、国王と后はルーシェルに気付き、一瞬だけだったけど親子の再会を果たした。
最悪の結末だけど、その中で最良の未来をルーシェルは掴んだ。
あの時、勇気を出して声を出さなかったら、目が合うことなく2人は死んでいた。そんな未来よりはずっとずっと良い未来だった。
これからまた大変な毎日が待ち構えてる。
ファライアンの崩壊は確実に始まりだしている。その時、俺達はどんな未来を選ぶのか……
そしてバルディナの手は遂にミッシェルにまで伸びた。
―クラウシェルside―――――
「やぁクラウシェル王子、今回の事態ですぐに呼び出して失礼したね」
「本当だ、僕はいささか疲れた。貴方の話を聞いている余裕はないのだが」
処刑が終わってミッシェルを部屋に休ませたら、すぐに僕をセラが呼びに来た。一体何を言うと言うんだ。
案内された先にいたのはバルディナ第1皇子であり次期皇帝であるウィリアム・ネイサン。こいつが出て来ると言う事は僕と何かを交渉しようとしているのか?
席につかされて茶が出される。セラも話を聞いていいと言われて席に腰かけさせられた。どうやら長い話をしたい様だな。ウィリアムは机に肘をつき、前に体勢を倒した。
「今回の件、心中お察しする。我がバルディナとアルトラントの信頼関係は地の底まで落ちたと言ってもいい」
「侵略した時点で何を言う」
「ははは、確かにそうだな。だがこちらにも戦利品と言う名の名目がいるのでね。同盟を組んだとはいえ、パルチナはいつでも私達の背後を狙っている。適度なパフォーマンスは必要なのだよ」
「……貴方達のパフォーマンスで僕達の両親は殺されたのですね。いい客寄せになったと言う事だ」
「言い方を悪くすればそうだ。君は幼いのに非常に聡明で理解が早い、助かるよ」
固く握った拳に爪が食い込む。こいつ達にとってはパフォーマンスかもしれない、しかし僕達には……アルトラントにとってはかけがえのない存在だったのだ。思っていても口には出してほしくなかった。
「しかし私達もアルトラントとは良き盟友でいたいと思っているのだ。そこで提案だクラウシェル王子」
ウィリアムが次に放つ言葉。
それは僕が守ろうとしていた最後の光まで奪う物だった。
「ミッシェル様を我が弟、第3皇子クリスティアンの后にしたい」
ウィリアムの発言に空気が固まり、手が震えた。ミッシェルを后に?ただの人質がバルディナは欲しいだけじゃないか。
そして最もこちらに影響力のある人質、それがミッシェルだった。第1王女がバルディナに連れて行かれれば、ミッシェルを盾に僕の動きを封じる事が出来る。
「ふざけるな!貴様父上と母上をその手にかけて尚ミッシェルまで奪う気か!?」
「何を言うクラウシェル様、ミッシェル様とクリスティアンが両国の友好の懸け橋になる。悪い話ではない」
「そんな事を認める訳がないだろう!貴様は人質が欲しいだけだろうが!それならば僕がなる、ミッシェルに手を出す事は許さない!」
「人質など聞こえが悪い言い方はよしてくれ。あくまで“友好の懸け橋”として、“后”としてミッシェル様を欲しているのだよ」
ていのいい事を!聞こえは違うが、意味は同じだ。
ミッシェルを掌握したいだけじゃないか。ミッシェルの命を奴らに明け渡す様な物だ!
だが僕の反対は当然、予想の範疇だったウィリアムはとんでもない提案をしてきた。それはとても選択肢など無い物だった。
「ミッシェル様がクリスティアンの后になれば、バルディナとアルトラントは兄弟の様な関係になる。奴隷政策も少しはマシになるだろう」
「なん、だと……?」
「ミッシェル様が嫁いだ時は友好の証としてアルトラントの奴隷政策を緩和するよう父上に私から進言しよう。賃金の最低水準の引き上げ、物資の正常化、食糧の保存、そしてダフネと言う青年の両親、彼に手を貸した村に対しても処罰を取り消しにする」
試されている。王子として国を守る道を取るか、兄として妹を守る道を取るか。ミッシェルがバルディナに連れて行かれれば、国民が少なくとも今よりきつい奴隷政策を受ける事は無い。
ある程度の金銭が確保された仕事に就き、不自由だが最低限の生活ができる権利が与えられる。それは今の国民が最も望む状況だ。
でもその為にミッシェルの未来を奪う訳にはいかない。だけど……ダフネの村の人間を見捨てる訳にもいかない。元は父上がダフネにルーシェルを託した。ダフネは何も悪い事はしていない。それなのにダフネの両親が処罰を受けるのも可笑しいし、村には実際にダフネには関わって無い者もいるはずだ。彼らが処罰を受けるのも可笑しい。
僕の決定権で全てが決まる。僕は皆を守らなきゃいけないっ!
「…………その条件を飲もう」
「クラウシェル王子!」
セラの悲鳴の様な批判が聞こえ、ウィリアムが笑みを浮かべるのが見えた。
だが僕が王子として国を守らなければいけないんだ。ミッシェルだって一国の姫ならば政略結婚の道具にされる可能性だって元から捨てきれなかった。それを父上と母上が守っていただけなのだ。
ミッシェルは先月誕生日を迎え13歳になった。13歳で結婚させられる人間なんて世界に沢山いる。ミッシェルだけが不幸な訳じゃない。
「ではその方向で話を進めましょう。ミッシェル様への御報告は任せましたよ」
「だが先に規制緩和を実施していただきたい。その後にミッシェルの件は実行しましょう」
「了解した」
ウィリアムが出て行った部屋で残されたのは僕とセラだけ。
「どうしてです?どうしてミッシェル様を敵に売るのですか!?ミッシェル様が向こうでどんな目に遭うか、王子は理解なさってるんですか!?結婚と言うのはただの飾りで、実際は人質ですよ!?」
「分かっている!だがいま国民が最も望んでいるのは奴隷政策の規制緩和だ!食糧すら国民は満足に与えられていない。最低水準の生活を営むのは今のままでは不可能だ」
「ですが国民はその様な事を望んではいません!ミッシェル様を奴らに渡すぐらいならっ……」
「このままジリ貧で死を選ぶのか?そんな事をして何になる?未来に何を残せるんだ!ミッシェルだって姫だ。13にもなったら、この事態を想像できるはずだ」
「クラウシェル様!」
「僕は第1王子だ、家族よりも国民を優先させなければならないんだ!ミッシェルだけに全てを捧げる訳にはいかないんだよ、なんで分かってくれない!?」
泣きそうな声で叫べば、セラは黙って俯いて泣き出した。泣きたいのは僕の方だ。最愛の妹まで奴らに奪われる。
ミッシェルは1人ぼっちでバルディナに向かわされる。誰かお付きを連れて行かせたいが、ウィリアムは許さないだろう。あの地でミッシェルはこれから生きて行く。
僕達は最愛の両親を殺した奴達と家族になる。
「許してくれミッシェル……」
僕が一平民だったなら全てを捨ててでも反発出来た。だが国民とミッシェルを比較されたら国民を取るしかない、それが僕の務めだ。
ミッシェルに伝えなければならない。その真実だけが重く心にのしかかった。
「バルディナに逆らわなければ生きていける。王子の判断は正しいよ」
不意に声が聞こえ振り返れば、そこには裏切り者のフレイが立っていた。元はと言えばこいつが……スパイとしてアルトラントで評議委員をしていたから……こいつのせいで!
フレイはいつもみたいな癇に障る笑みは浮かべず、神妙そうな顔をしていた。その表情は僕を馬鹿にしに来たのではないと言う事が分かる。
「忠告しに来た訳か。ご丁寧だな」
「……私も幼い頃にバルディナから襲撃を受けてね。当時9歳だった私は奴隷政策の一環である同化政策でバルディナに連れて行かれた」
「お前……バルディナ人じゃなかったのか?」
フレイの言葉に目が丸くなった。嘘をついている様子は無い、真実だとしたら疑問しか湧かなかった。なぜ奴隷政策を受けたフレイがバルディナの味方をしているんだ?憎くないのか?自分を奴隷として扱った国なんだぞ!?
フレイの現在の年齢、そして同化政策の際の年齢、その時期のバルディナの紛争から察するに、おそらく25年前に起こったサックウィル独立戦争だ。バルディナから独立したいと訴えたサックウィル地方をバルディナがこてんぱんに叩きつぶした戦争だ。
サックウィルはとんでもない額の賠償金と100年の奴隷政策が課され、今も奴隷政策が終わっていない。
「同化政策でバルディナに連れて行かれた時に分かったよ、バルディナの強大さが。なぜ私の故郷はあの国に挑戦したのかが今では理解できない、勝てるはずが無いのに。だが愛想笑いでいいんだ、道化を演じて媚を売れば、奴らは惨めで可哀想だと同情し、私を可愛がってくれた。綺麗な服を仕立て、豪華な食事を用意してくれる。愛想良く、自分が下の身分だと宣伝するだけでだ」
「フレイ……」
「反発していた時の私は手酷い歓迎を受けた。満足に食事も与えられず、引き取り先の貴族の子供におもちゃにされて腕の骨を折られた事もあった」
自分が経験した事のない過去を淡々と語るフレイを見て、背筋に寒気が走った。こいつがバルディナに忠誠を誓う理由……それは幼い頃に受けた同化政策の傷跡……大人になっても消える事のない、こいつの心の闇だった。
「反発し続けた子供達も最後は皆死んでいったよ。私の友も正義感が強く、誇り高い奴は全員死んだ。プライドを全て捨てて、犬と同じ扱いでも尻尾を振る奴しか生き残れやしないのさ。だがバルディナに従っていれば希望はある。美しい妻もできたし、可愛い子供もできた。全てあの時、バルディナに従ったから」
「フレイ、それは違う……違うよ」
「何も違わない。所詮弱い奴らは何をされても仕方が無いのさ。少なくとも私はそうだった。だから王子、貴方の今回の判断は素晴らしかった」
そう告げてフレイは出て行った。
これが、同化政策……これがバルディナの奴隷政策なんだっ!
アルトラントの子供達もほとんどがバルディナに連れて行かれた。皆はそこでどんな目に遭っているのだろう、だが確実にフレイの様に恐怖やトラウマからバルディナに擦り寄っていく子供はいるはずだ。
アルトラントがバルディナから解放される日は来るのか?未来を担う子供たちがフレイの様になってしまったら、アルトラントはサックウィル同様……永遠の植民地だ。
自分が相手にしなければならない国の強大さと残虐さが形になって表れて恐怖が包み込んだ。
僕はこの相手に勝って、全てを奪い返す事が出来るんだろうか。
――― 欲しければ挑めばいい。勝てるものならば ―――