46 全てを乗り越える時
「クラウシェル王子、ミッシェル王女、お時間です」
部屋を訪ねてきたセラの表所は暗い。泣きはらしたのか目は充血したままだ。
ミッシェルはショックのあまりベッドから今日は起き上がろうとしない。でも布団を剥げば、泣きくれているミッシェルがいた。
今から2時間後、僕達の父上は火あぶりで、母上はギロチンで処刑される。
46 全てを乗り越える時
「ミッシェル行くぞ。他国の人間も視察に来る、僕たちが行かないのは不味い」
「あんた一体どっちの味方よ!?パパとママが殺されるのに、あんたが助けたのはダフネの家族と村だけ!パパとママがどうなってもいいの!?」
「父上と母上は僕が何を言っても助けられない。だがダフネの家族は一般人だ、虐殺と言う単語を用いれば処刑の回避は可能だった。それならば助けるのが王族の仕事だ」
「分かる訳ないわよ!あんたはパパとママがどうなってもいいんでしょ!?」
そんな事ある訳がない。悔しいのは僕だって同じだ、泣きたいのは僕だって同じだ。じゃあお前は僕が泣けばいいと思ってるのか?僕が泣いて、もうどうしようもない。そう悲観して毎日を生きて行けば満足なのか?
そんな事をしていても意味なんかない、先に進まなければいけないんだ。ミッシェルは立ち止まっていてもいい、だが僕は立ち止まってはいけないんだ。父上と母上が処刑された後は実質アルトラントの最高権力者は僕になる。ミッシェルの前を歩き続けなければ、お前は道しるべがないだろう。
着替えを済ませて部屋を出ようとした僕をセラが不安そうな表情で見つめている。
「心配はいらない。ミッシェルを頼む、僕は先に行っている」
「大広場に出れば、エリザとエルザが待機しています。案内役は彼らに……」
「分かった」
今なら逃げれるのかもしれない。いや、そんな事を考えた所でどうしようもない。この国に逃げ道なんてないのだから。
心臓がうるさいぐらいに跳ね上がり、恐怖で足がすくむ。だが処刑は公開処刑、国民も見に来る。そんな中泣き崩れる場面を見せる訳にはいかない、僕が折れたら国民の心が折れてしまうから。
広場は厳重にバルディナの騎士たちがガードし、少し離れた場所には国民が殺到していた。全ての者が怒りに狂い、泣き叫び、膝を付く。なぜこんな事になってしまった……
「クラウシェル王子殿下、お迎えにあがりましたわ」
僕の前に2人の男女が歩いてきた。女の方が僕に跪き、形式上の挨拶をした後ろで男は深々と頭を下げた。こいつ達はバルディナ第3騎士団の副団長を務める双子の騎士だ。第3騎士団の団長は皇帝イマニュエル・ネイサンの第1皇女、マライア・ネイサン。
2回ほど御目にかかったが、高飛車で自信家な女だった。ん?僕の身近にも同じような奴がいるな。
そんな事はいいだろう。2人に案内されて僕は自分の席に連れていかされる。場所は特等席、そうとしか言いようがない。真ん中の中央席だ。こんなときだけVIP待遇か。何も言わずに腰かけた僕にエリザが口にした。
「随分冷静でいらっしゃるのね。実の御両親の処刑だと言うのに。御立派ですわクラウシェル様」
「誰に口を聞いている。僕に軽々しく話しかけるな」
「それは申し訳ございませんでした。御気を悪くされたのならば謝りますわ」
全く反省はしてなさそうだがな。エリザは気を悪くした顔を1つもせずに相変わらず優雅な口調で頭を下げた。そしてエルザの方がミッシェルを見つけて迎えに行く。横目でミッシェルを見れば、ミッシェルは嫌がり泣き叫んでいた。
「ミッシェル様を慰めなくてよろしいんですの?兄君の責務ですわよ」
「貴様の指図は受けない。貴様こそ、その無駄口をエルザに諌めてもらえ。揃いも揃って使えない木偶の棒どもが」
「これは手厳しい。失礼いたしました」
クスクス笑ったエリザが席をはずし、代わりにミッシェルを席に案内したエルザがやってきた。
ミッシェルは椅子に座ると膝を丸め顔をうずめてしまった。
「クラウシェル王子、ミッシェル王女、何か足りない物があれば申してください」
「足りないわよ、何もかも足りない。パパとママの処刑を取り止めてよ!」
「申し訳ありませんが、それは出来ぬ相談です。ですが処刑を見たくないと仰るのなら、皇帝に私から進言してミッシェル様には退席出来るよう努めさせていただきます」
エリザは信用できないが、エルザの方はまだ話が分かる。
ミッシェルにこの場を見せるのは確かに酷だ。そうした方がいいのかもしれない。
「ミッシェル、エルザの言う通りだ。お前は席を外せ」
「外さないわよ!外したら最後の対話にパパとママに会えないじゃない!」
最後の対話。父上と母上が処刑される前に5分間だけ僕たちが対話を出来る時間が設けられている。ミッシェルは最後に父上と母上に会いたいのだ。
「最後の対話が終わった後に席を外すことも可能ですが……」
「うるさいっ!うるさいうるさいうるさい!あっち行け、この人でなし!!」
「……出過ぎた真似をいたしました。では私はこれで退席いたします。クラウシェル王子」
「なんだ」
「私達に弱みは見せない方がいい。ウィリアム様やジュダス様、マライア様は年齢を理由に手加減などしません。心を強く持ち、どんな事であろうと折れないでください。たとえ茨の道であろうとも……」
本心なのか僕の信用を得て何かを企んでいるのか分からない。だがバルディナの人間を僕は信用しない。少なくとも今日この城にいる奴らは。
徐々に人が用意されていた席に着き始める。そして城の使用人たちも決められた場所にやってきた。その中に勿論セラもいる。セラは心配そうに僕達に視線を寄こしたが、膝に顔を埋めているミッシェルは気付かない。僕は心配ないとだけ手で合図をして前を向いた。
時間は刻一刻と迫り、処刑を見る為に大広場の入り口は国民達と騎士が押しつ押されずの攻防を繰り広げている。
そして他国の人間が処刑会場にやってきた。
ザイナスの統領グレービス・アーベントロートと息子であり右腕ライオネル。ファライアン第1騎士団団長のジェレミー・ハウエルと副団長のネイハム。パルチナからは皇帝のアダム・ワイアットと王妃アナスタシヤ。ビアナからは当主イグレシアと軍団長モルガン。
エデン、ヴァシュタン、オーシャン、マクラウド、東天、忍びの集落の者たちは来ない。
東天と忍びの集落にはまず書簡が行っている事の方が不明だ。エデンは書を突っ返してきた。オーシャンは数ヶ月前に侵略行為をしているんだ、来るはずもない。ヴァシュタンからは厳重な抗議と非難声明が届いた。ならず者国家だと、これ以上好き勝手するとヴァシュタンも黙ってはいないと警告文まで付いてきた。
他の国もヴァシュタンほど素直に言えばいいんだがな。さすがルーツが海賊なだけある。血の気の多い者が統治しているな。
グレービスとライオネルが僕達の前に来て膝を付く。
「クラウシェル王子、ミッシェル王女、この度はお心痛みいる」
「あぁ、わざわざ他人の処刑現場に来てくれて感謝するよグレービス」
「バルディナは我が盟友。だがバルディナの傘下にアルトラントが入ればアルトラントはもう安全です。王子、何も心配する事は御座いません。今日さえ耐えれば輝かしい未来が待っています」
こいつは何を言っている?アルトラントが奴隷政策を受けているのを知っているだろう。
今日を耐えれば……馬鹿な事を言うな!
握り拳を作って言い返そうとした時、ライオネルがグレービスを諭した。
「長、その発言はあまりにも場の空気にあっていない。王子殿下、長が失礼な事をした。本来ならば私達が処刑は止めに入らなければならなかったのですが……」
それだけ告げてライオネルとグレービスは去っていく。
グレービスは一体どうしたんだ?彼は確かバルディナに妻と娘を奪われているはず。バルディナを憎んでいたはずなのに、あの変わりようは何なんだ?ライオネルはかなり戸惑っているようだった。バルディナへの軍事協力もほぼグレービスの独断で決まった様な物だ。グレービス、何かあったのか?
「やぁ小さな次期国王クラウシェル王子。お会いできて嬉しいよ」
バルディナが暴走するきっかけになったパルチナ国王。こいつがバルディナについたから、大きな後ろ盾を手にしたバルディナはオーシャンに侵略した。だが目の前の男に感じたのは違和感。
可笑しい……パルチナは王子2人の王位継承権争いが起こっていて数年経った今も決着がついていない。この外交の場に出てくると言う事は、こちらが王位継承権を得たと言う事になるが……まだ現国王のワイアットは死亡していないはずだ。なのにこいつは自らをワイアットと名乗っている。
彼はもう50を超えるはずなのに……
王子2人は不仲がささやかれた10年前から公に姿を出していない。つまり彼が第1王子なのか第2王子なのかすら分からない。
「……パルチナに名を受け継ぐ風習はあったのか?貴方は第1、第2……どちらの王子だ?争いはどうなった」
「幼いのに賢いな王子殿下。だが他国の内政に口出しは不要、外交の場で私がワイアットと名乗っているんだ。私が国王で間違いは無いよ」
ワイアットの後ろにいる王妃アナスタシア、パルチナの王子の妻は基本公に出てこず、名前も空かされていないから、あの女がどちらの妻か分からない。だが妻が公に現れたんだ、こいつが国王という解釈は間違っていないんだろう。
睨みつけてしまっていた僕をワイアットは鼻で笑い、アナスタシアの肩を抱いて、自分達の席に戻って行った。
次に来たのはビアナの当主イグレシアとモルガン。2人は事務的な事だけ述べて立ち去って行った。だが立ち去る際、イグレシアから「決して心折れるな」そう助言された。
そして次に来たのは……
「クラウシェル王子、ミッシェル王女、お初にお目にかかります。ファライアン第1騎士団団長ジェレミーと申します。こちらは副団長のネイハムです。以後お見知りおきを」
ダフネがいると言う話のファライアン……女王騎士ジェレミー。
適当な返事しか返さない僕とミッシェルにジェレミーも事務事項だけをまず述べた。しかしその後、周囲に人がいないかを確認して跪いた。恐らく今から話す事を聞かれたくないのだろう。
「王子殿下、王女、我が国に第2王子ルーシェル様と世話係のダフネが来ています。そして今ルーシェル王子はアルトラントに来ています」
「なんだと?」
ミッシェルも顔を上げてジェレミーを凝視している。
だがジェレミーはばれるような行動をするな。そう僕達に釘を刺したから、ミッシェルは慌てて再び俯いた。
「なぜルーシェルがアルトラントに?ここはもう敵国だぞ」
「ルーシェル王子は緑の国宝石を継承するおつもりです。その為アルトラントに参りました。お付きにはダフネ、それとエデン、オーシャンから1人ずつ付けています」
「訳が分からない」
「それも無理は御座いません。ですが王子は貴方方を助けるために奔走しておいでです。まだ時間はかかります。ですが希望だけは捨てる事なきよう」
それだけを告げてジェレミーは立ち上がり僕達の元を離れて行った。そして次に向かったのは皇帝イマニュエル・ネイサンの元。その表情は僕達に向けていた物よりも遥かに険しい物だった。
再び泣き出したミッシェルの手を握りしめる。そして20分後、父上と母上が死刑台に現れた。国民の悲鳴や叫び声が押し寄せ、異様な空気に包まれる。
そしてマライア・ネイサンが僕達の元にやってきた。いまから5分間が最後の対話だ。
一段一段ミッシェルの手を引いて階段を下りて行く。この先には父上と母上が待っていて、再びこの階段を上った後、父上と母上は殺される。そう考えたら足が動かなくなりそうだった。
死刑台に辿り着いた矢先にミッシェルが僕の腕を振り解いて父上と母上に泣きながら飛び付いた。父上と母上は泣かない。最後まで僕達に笑顔で接しようとしてくれた。
「クラウシェル、貴方もこっちへ」
後ろの騎士が最後の対話が始まった合図を鳴らす。1秒も無駄に出来ない、父上と母上に会えるのはこれで最後。考えれば家族全員が揃ったのはもう1年近く前になる。だが今日この時ルーシェルがいない今、最後だと言うのに家族全員は揃わなかった。
僕達はまだ幸せなのか……最後にこの腕に抱きしめてもらえて。ルーシェルはこの暖かさを与えられないまま永遠に父上と母上に会えなくなるんだ。処刑に対しての現実味が湧き、泣きたくないのに涙が零れた。
そんな僕を父上が優しくあやした。
「お前達に辛い運命しか残せなかった私を許せとは言わん」
「すみません父上、貴方と母上は僕が救いたかったのに……」
「子どもにそう言ってもらえるだけで親としては嬉しい物なのだ。最後のこの時、私は王としてではなく、親としてお前達に接したい」
力いっぱい抱きしめられて声を押し殺して泣いた。無情にも後ろからは後3分と言う声が聞こえる。
「いつか、いつか自由になる時まで忘れてはいけないわよ。花の美しさ、空の青さ、温かい街並み、今は全てが灰色に感じるかもしれないけれど、きっと大丈夫」
「ママ、ママ!」
「忘れません。その世界の中心に父上と母上がいた事も」
「だがクラウシェル、私は心配だよ。お前はミッシェルとルーシェルを守る為ならば平気で自らを犠牲にする。私はそれが心配だ」
父上は何でもお見通しだ。でも僕には命を捨ててでも価値のある物がある。それは父上と母上と同じ家族。特に僕よりも弱く立場の低いミッシェルとルーシェルを守る為なら、この命が無くなっても悔いる事はない。
僕は国王の立場が約束されている。でも僕がいる限り王位継承権を持たないミッシェルとルーシェルは貴族や他国の要人などの政略結婚として格好のターゲットなんだ。
「決めたんです。ミッシェルとルーシェルが産まれて……僕達を生んでくれた母上が亡くなった時に。母上を守れなかった分、僕がミッシェルとルーシェルを守ろうって。何があっても3人はずっと一緒だって」
「そうか……お前達はルーシェルも含めて私達の誇りだ。こんないい子ども達は世界中どこを探してもいない」
「父上と母上も僕達の誇りでした。貴方達の子どもに生まれた事、後悔等していません」
時間が過ぎた。
僕達はマライアと他の騎士たちによって引き離されて元の場所に連れて行かれる。父上と母上に泣きながら手を伸ばすミッシェル。離れたくないと泣き叫んだ姿を見て国民達はバルディナの騎士たちに罵声を浴びせた。
元の席につかされて、バルディナの死刑を執り行うと言う合図が出される。そして父上と母上が犯した罪をでっちあげている。
薄汚い奴らめ……僕に力があればこんな奴ら殺せるのにっ!
ダフネに強くなれと稽古を受け出してから、今日も勿論1人でがむしゃらに特訓した。剣など無いからイメージトレーニングで素振りをして、毎日体を鍛える為に腕立てや腹筋、スクワット、室内だが走り込みもした。
だがそれでも奴らに僕は恐らく全く歯が立たない。まだもっともっと頑張らなければ皆は救えない。もっともっと頑張らなくては……
そして処刑開始の笛が鳴らされた。