44 アルトラントへの旅立ち
「王子様がそんな事を?」
目を丸くしたライナに力なく頷くしかできない。ルーシェルに大声で怒鳴ってしまってから、ルーシェルは与えられたクレアの部屋から出てきてくれない。
でも泣いていたって聞いて罪悪感と焦燥感が同時に襲いかかってきた。
44 アルトラントへの旅立ち
「王子様も幼いなりに罪悪感と責任感に駆られてたのかもね」
「でもよ、国宝石の恐ろしさは分かってるはずだ。寿命が削られるんだぞ?そんなのを継承するなんて……」
“馬鹿げてる”―― そう言いかけて口をつぐんだ。さすがにそれは言いすぎだと思ったから。
確かに緑の国宝石があったら怪我をした奴を治す事が出来る。それだけで兵たちの士気はすごく上がると思う。でもその見返りが……でもあそこまで俺に言い返すぐらいだ。ルーシェルの決意は本物なんだろうけど……
クラウシェルや国王に申し訳が立たない。守ってくれって託されたのに、国宝石を継承させて戦争に駆り出させる結末になったとしたら。
部屋がノックされてライナが扉を開ければ、奥にはジェレミーが立っていた。
「ダフネはいるか?」
「あぁ、いるけど」
ライナに通されたジェレミーはハッキリと明確に告げた。
「ダフネ、俺はルーシェル王子をアルトラントに連れて行くことを決めた。アルトラントに着いた後は別行動で王子はクレアに任せる事にする。護衛に君も付いて行ってくれたら嬉しい」
「俺に?」
勝手に決めたのかよ……
そう言いたかったけど、ルーシェルが望んだ事だ。ジェレミーも苦肉の選択だったのかもしれないが、今の状態でルーシェルと顔を合わせるのは気まずい。
そんな俺を見かねてライナが立ち上がる。
「あたしも護衛に連れて行ってくれないか?」
「それは構わないが、いいのか?君はオーシャンの大使でもある。怪我をする様な事があったら」
「大丈夫さ、生傷は慣れてる。ルーシェルがどの道を選ぶか興味があるんだよ」
「そうか……分かった、許可しよう」
俺に一瞬視線を寄こしたけど、ジェレミーは考えておいてくれ。それだけ告げて部屋を出て行った。
ライナはそれでいいのかよ。あっさり承諾しちゃってさ。
「ライナ」
「歴史って言うのはさ、残酷なもんだよ。600年前の大戦だって英雄たちはゲーティアなんか使いたくなかったかもしれない。でも選択を迫られた。ルーシェルだってそうさ、選択を迫られたんだ。祖国を救うために。ルーシェルはこの未来を選び、国宝石はルーシェルを選んだ。もう誰にも変えられない」
そんなおとぎ話の様な話、信じたくない。
なんで宝石が主を選ぶんだ、そんなの可笑しいじゃないか。そう思っても、今の現実を否定できる訳ではない。
ルーシェルは国宝石を受け継ぐ事を決意した。家族を救う為に。
でも緑を受け継いだところで、今更国王と后の処刑を止める事は出来ない。あくまでサポート能力の魔法である緑にバルディナが持っている黒の国宝石に対抗できる訳がない。
「緑を受け継いだとして、国王と后を助けられると思うか?」
「……無理だろうね。王子様はもう国王と后は諦めてるのかもしれない。王子様が今最も助けたい相手は兄弟であるクラウシェル王子とミッシェル王女だろうね」
クラウシェルとミッシェルか。確かにもう助けられる可能性があるのは2人しかいない。でもだからって……どうして国宝石をっ!
未だに頭の整理が出来てない中、再び扉がノックされた。
ライナが扉を開けると、そこにはルーシェルとクレアが立っていた。
「王子様……」
「ダフネいる?」
「あぁ」
ルーシェルは俺の前まで歩いてきた。その目は少し腫れている。あの時、泣かせてしまったもんな。
申し訳なさに顔を上げる事が出来ず、俯いた俺の前にルーシェルは立ち止まった。
「ダフネ、お話聞いてくれる?」
「……」
「俺ね、緑の国宝石を継承しようと思うんだ。ダフネが俺を心配してくれるのはすごく嬉しい。でももう俺決めたんだ」
「寿命、縮まるんだぞ」
「うん、でも今のままだとバルディナにいつか俺殺されちゃう気がする。そんな事になるくらいなら、抵抗したい」
どうやら自分が考えている以上に、ルーシェルは今の現状を理解している様だ。
ルーシェルはこの間10歳の誕生日を迎えた。エデンに勝手に行ってたから祝うどころじゃなかったけど。
まだ幼いから難しい事は何も分からないと思ってた。でも子どもは大人以上に難しい単語が分からない分、空気に敏感だ。
今の状況が良くないって事くらい身にしみて感じているのかもしれない。
「ルーシェル……」
「俺、取り戻したい。この間までの日常を」
その目には光が宿っていて、今更ながらルーシェルの決意が本物だと知る。それを俺は頭ごなしに否定してしまったんだ。
もう俺が止める道理はない、俺はルーシェルを守って生きて行くって誓いを立てた。最後までお前の傍にいれたら……
「ルーシェル、緑の国宝石を継承する時、俺も護衛で付いて行くよ」
「ダフネ?」
「もう御世話係なんかじゃないな。お前は英雄になるんだ、俺はただの護衛になる」
国宝石を受け継げばルーシェルは実質英雄の仲間入りだ。かつて世界大戦を勝利に導いた5人の英雄の1人になる。俺がいつまでも側に入れる訳じゃない。
「ううんダフネ、俺はルーシェルだよ。俺、1人じゃ何もできないから、ダフネが一緒にいてくれなきゃ何もできないよ」
泣きそうなルーシェルが飛びついてくる。
この小さな体はこれから更に過酷な運命を耐えなきゃいけないんだろうな。でもその苦しみの一部でも俺が負担してあげれたら……潰れる前に支えてあげられたら……そう思った。
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「荷物の準備は整ったな」
女王の家でルーシェルの身支度をすませるって言っても、ファライアンに逃げる時に持ってた小さなカバンだけなんだけど。
緊張した面持ちでいるルーシェルの頭を撫でて、下に降りたらイヴさんとメリッサが待っていた。
「気をつけてね。無理だけはしないでね」
「うん」
2人に見送られて家を出る。そして向かった先は海軍が使う船着き場。そこには既にジェレミーと第1騎士団の副団長。そしてライナとクレアが待っていた。
エデュサとハーヴェイが船の最終確認を済ませて俺達の所に歩いて来る。
「準備はできたわ。乗り込めるわよ」
「あぁ、行ってくる」
拳同士を突き出して挨拶する。これはファライアンの騎士団特有の挨拶なのか?
ジェレミーが乗船したのを確認して俺とルーシェル、ライナとクレアが乗船する。そして船と陸を繋ぐ板が外された。
船長が出港の汽笛を鳴らし、船が動きだす。
陸からハーヴェイとエデュサ、数人の騎士団達が出港を見守っていた。少し離れた所にランドルフ、グレイン、オルヴァーの3人も俺達を見送っていた。
遂に向かうんだ。
全ての原因となった国に。俺達の故郷に。
アルトラントに……