43 仲違い
「王子殿下!どこ行ってたんですか!?」
お城に入ったら真っ先に俺の所にハーヴェイさんが走ってきた。あれ?おかしいなぁ……俺ちゃんと伝えてって伝言は残したんだけどなぁ。
ハーヴェイさんは俺を軽々と抱っこして走りだす。どうしよう、この反応じゃ俺ダフネに怒られちゃうかも。
43 仲違い
「ルーシェルッ!んの……アホが!」
女王様の家に連れて行かれた俺に待ってたのはダフネのげんこつだった。生まれて初めての痛さに涙が出そうになる。
恐る恐る見上げたらダフネは泣きそうな顔をしてた。それでどれだけ心配かけたのかを理解できた。ごめんね……でもこれで俺、ダフネや皆を守れるから。
俺の体に怪我がない事を確認したダフネが安心したように息を吐く。
「で、どこ行ってたんだ。無断外泊して」
「聞いてないの?」
「聞いたさ。でも行き先まではな」
「友達と一緒にいたの」
俺の答えにダフネは首をかしげた。あ、ダフネにはまだ言ってなかったっけ?
でもイヴさんとメリッサさんは分かったみたいで、すぐにダフネに説明してくれた。するとダフネが床に座りこむ。
「一言言えよ、もう……」
「ごめんなさい」
「まぁ無事ならいいや」
そう言って俺を抱きしめてくれるダフネの腕は暖かい。この腕を今度は俺が守ってあげなきゃ。
―ダフネside―――――
ルーシェルが帰ってきて、すっげぇ安心した。マジで生きた心地がしなかったから。
ルーシェルは反省してたけど、何をしてたのか等は一切教えてくれなかった。まぁ多分そんな危ない事もしてなさそうだし、あんまり質問攻撃するのも良くないから聞かないでおこう。
ファライアンは今かなり忙しそうだ。それもそうか……あと3週間後に国王と后、俺の両親の処刑が待ってるんだ。
何とかしてほしい、なんとか……
ルーシェルがイヴさんと庭で遊んでいる間、護衛に来ていたグレインとメリッサと色んな話をする。
でもやっぱり良い案が浮かばない。
「俺が1人で自首すれば親父とお袋だけでも助けれるかな……」
「ダフネ……」
ポツリと呟いた言葉にグレインとメリッサは悲しそうに表情を歪めた。でもそれ以外にバルディナの処刑を止められる方法が分からない。
俯いた俺の手をメリッサが握った。
「そんな事をしてもバルディナはきっと聞き入れないわ」
「でもっ……」
「ダフネ、心配するな。今日書状が届いた。君のご両親は牢獄に入れられたらしいが処刑は免れたそうだ。君の村も今の所、処分は先延ばしになっている」
「え?グレインそれって……」
「一般市民への被害に関してはクラウシェル王子の激しい反発があったそうだ」
クラウシェルが……自分の家族が処刑されるってのに、ここまで来て俺の家族を助けんのかよ。本当に馬鹿だよあいつは……
でも根本的な解決には繋がらない。国王と后が殺されたらアルトラントは事実上壊滅だ。今の状況がいい訳がない。でも親父とお袋はクラウシェルのお陰で助かった、それだけは事実だ。
問題はどう現状を打破するか……
「ダフネ」
その時、遊び飽きたのかルーシェルが俺達の所に走ってきた。俺の隣に腰かけて真剣な顔で俺を見ている。一体何なんだ?
「ルーシェル?」
「あのねダフネ、俺も一緒にアルトラントに行くってジェレミーさんに伝えてくれないかな」
「お前まさか……」
「違うよ、自首するんじゃない!でも俺、行きたい所があるんだ。急いでるんだ」
一体何を急いでるんだ?でもルーシェルに聞いても頑なに口を閉ざしただけだった。でもルーシェルを連れて行く訳にはいかない。
父親と母親の処刑を見させる訳にはいかないし、ましてや捕まったら最後だ。
「ルーシェル、それは駄目だ」
「どうして?俺行きたいんだ!あそこでしなきゃいけない事があるんだ!絶対ついて行くもん!」
「あ、おい!」
ルーシェルが走って部屋を出て行き、嫌な沈黙に包まれる。
行ったとしても辛い経験にしかならない。国王と后は実質助けられない。いくらヴァシュタンが声明を送っても、エデンが書をつっかえしても、そのくらいで止めるようならアルトラントに侵略自体していない。
パルチナとザイナスは参列するはずだ。そんな中向かった所で……行き場の無い怒りを拳を握る事で発散させるしかなかった。
――――――――――――――――――――――――――――
「ダフネ、王子からアルトラントに連れて行ってほしいと言われたんだが……どう言う事だ?」
次の日、ジェレミーから告げられて頭が真っ白になった。本気で言ってるのか?本気で言ってたのか!?
目を白黒させている俺の横でジェレミーは溜め息をついた。
「アルトラントでしなければいけない事があると言って、ついででいいから送ってくれ、と。そう言われたんだが……」
「なっ!そんなの駄目に決まってるだろ!?」
「俺も断ったんだが諦めてないみたいだ。顔を合わせる度に口にして来る。君がどうにかしてくれ」
叱りつけなければいけない。ファライアンだって安全な訳じゃないのに、敵地の中心部に行こうとしているものだ。
確かにミッシェルやクラウシェルには会いたいだろう。国王や后を助けたいならアルトラントに帰りたいだろう。でもさせる訳にはいかない。
ルーシェルが捕まったら俺を逃がしてくれた皆の苦労が水の泡だ。代わりに俺が行く事は出来ないのか?
でもルーシェルはなぜアルトラントに行きたがっているのかは分からない、教えてくれないから。
その時、ジェレミーの部屋の扉がノックされて、部屋にオルヴァーと少女が入ってきた。この女、見た事があるぞ……確かエデンにいたクレアって子だ。
クレアは礼儀正しく頭を深く下げ、オルヴァーの一歩後ろに下がった。
「どうしたオルヴァー」
「王子殿下を呼んでほしい。クレアをあの場所に連れて行く訳にはいかない」
「どう言う事だ?」
「王子から頼まれたんだよ、クレアの力を貸してくれってな。クレアからも了承を得た」
「王子様のお役にたてるのなら……」
そう呟いたけど、見る限り乗り気な訳じゃない。
ジェレミーも首をかしげたけど、とりあえずルーシェルを連れて来ると言って部屋を出て行ってしまった。
でもいつの間にルーシェルはこの子と仲良くなったんだ?エデンには1回しか行った事がないはずだ。その時は俺とずっと一緒にいた。この子と会話する時間なんかなかったはずだ。
混乱している俺にオルヴァーは気まずそうに告げた。
「ダフネ、この間王子が一般騎士に出かけるって告げて行方不明になったろ?エデンに行ってたみたいだ」
「1人でか!?」
「いや、ライって少年と一緒に来たらしい」
ライって……確かルーシェルが友達になったって言ってた子どもだ。余りにも嬉しそうに語るから記憶に残ってた。
まさか2人だけでエデンに?ルーシェルがいなくなってた期間は2日間だ。馬で行ったとしか考えられないが、馬でも日にちが合わない。往復で最低でも4日以上はかかる。
「ほ、本当なのか?だって2日間でエデンを往復できる訳……」
「申し訳ありません。帰りは私の転移魔法でファライアンまで送らせていただきました」
「転移魔法っつーのは人や物を一瞬で他の場所に移す魔術の事だ」
オルヴァーの説明を聞いて納得がいった。でもなんでルーシェルはそんな危険な事を……それならどうして俺に相談してくれなかったんだ!?
勝手に出て行って皆に心配をかけて……おふざけが過ぎる!
ジェレミーがルーシェルを連れて部屋に入ってくる。ルーシェルはクレアを見て嬉しそうに、俺を見て気まずそうにした。なんだよ、その違いは。
「王子殿下、私のサポートが必要だとオルヴァーに伺いました」
「うん、お手伝いしてくれる?」
「貴方様が望むのなら影になりましょう」
待て待て待て、勝手に話を進めるな。
とりあえず怒ってる場合じゃない。俺はルーシェルの肩を掴んで自分の方に身体を向けさせた。
「どう言う事だルーシェル」
「クレアさんは転移魔法が上手いんだよ。クレアさんと一緒に行けばアルトラントでやりたい事が出来るんだ」
「なんでそこまで行きたがるんだよ……あそこに戻っても辛いことしか待ってない」
「やらなきゃいけないんだ」
「俺が代わりにやってやる」
「ダフネじゃ駄目。俺がやらなきゃいけないんだ」
なんでここまで意気地になってるんだ!?俺には何も教えてくれないし、でもクレアは多分知ってる。それがなぜか歯がゆい。
手に力がこもってしまい、ルーシェルが顔を歪めて慌てて緩めた。気まずさは変わらない。
「何しに行くんだよ……」
「ごめんね、言えない。でも悪い事じゃないよ」
「言えないって……俺を信用してないのか?ふざけてるのか!?」
「違うよ!でもダフネは多分許してくれないから……」
「それって悪い事じゃねぇか!」
「違うっ!悪い事なんかじゃない!ダフネを助けれるんだ!」
「だったら教えろよ!」
「嫌!許してくれないもん!」
頑なに言うのを拒むルーシェル。なんだよ許してくれないって……俺に言えない事?危険な事でもしに行くつもりなんじゃないか!
ルーシェルがアルトラントの最後の希望なのに、なんで勝手にそんな事するんだよ!なんで何も相談してくれない!?なんで、なんで!
「意味わかんねぇ……ふざけんのもいい加減にしろよ!大体なんなんだよ、勝手にいなくなってエデンにまで行って、今度は勝手にアルトラントに行きたい?馬鹿なこと言うな!お前、自分が狙われてんの分かってんのか?クラウシェルが命張って逃がしてくれたのに、ふざけた事ばかりするな!」
思わず大声で怒鳴りつければ、ルーシェルの大きな目が次第に潤みだし、沢山の水滴が目から溢れだした。
これくらい言い聞かせなきゃ、きっと分からない。
でもそんな俺をいさめたのは、今まで黙って様子を見ていたクレアだった。
「落ち付いてください。王子は貴方を救いたいだけなのです」
「なんだよ、あんたは知ってるんだろ?言えよ」
「王子が言わない事を私は言えません。ですがもう少し彼を信用して下さい。過保護は王子の自我を潰します」
「過保護って……ルーシェルはまだ子どもだぞ!勝手な行動が許される訳がないだろう!?」
「少なくとも王子は貴方が思っているよりも遥かに今の現状に不安を感じ、ご自身の無力を嘆いています」
「え……?」
「貴方と家族を救う為なら、そう言ってエデンにやってきました。私達は王子の意図を汲み、王子の望む現実を与える助力をしましょう」
クレアは頭を下げてルーシェルの手を引いて出て行った。多分与えられた部屋に一旦連れて行くんだろうな。
静かになった部屋は居心地が悪い。
ジェレミーも目を丸くしており、オルヴァーは少し顔を青ざめさせていた。
「王子……緑を継承する気か?」
その言葉に背筋が寒くなるのを感じた。まさかルーシェルは国宝石を継承したいって言うのか?でもそれなら話が結びつく。
力が欲しい、アルトラントに行きたい、エデンに行っていた……暁の大地はアルトラントにあるって聞いたし、エデンで継承方法を聞きに行ったのかもしれない。
そして転移魔法を使えるクレアを連れて来て欲しいってオルヴァーに頼んで……そんな馬鹿な。
「止めさせなきゃ……」
「無駄だろ。ありゃ絶対やるぜ」
「人ごとだと思って……ふざけんじゃねぇよ!」
オルヴァーの胸倉を掴んだ俺をジェレミーが止めたけど、気が済まない。こいつは何で簡単に言ってのける!?
国宝石の恐ろしさを女王を見て分かってる癖に、ルーシェルが継承しようとしてるのを止めないのかよ!
「ダフネ、お前さ……他力本願もいい加減にしとけよ」
「何を……」
「俺達ファライアンにバルディナと戦争してほしい。そう言って国にやってきたろ?こっちゃ今んとこはメリットねぇんだよ。お前1人の戦力なんか別に役にも立たねぇ。少しぐらいは役に立てよ」
「オルヴァーてめぇ……」
「女王を元に戻す為に俺は協力してやってるんだ。緑は絶対に必要だろ」
こいつは……そう思ってるのか?
力が抜けた俺の横をオルヴァーが通り過ぎて行く。ジェレミーに一瞬だけ視線を寄こして。
オルヴァーもいなくなった空間でジェレミーがなぜか頭を下げてきた。
「ダフネ済まない。オルヴァーは本当はあんな事を言う奴じゃない。慈悲深い奴なんだ」
あぁ、そうなんだろうな。ファライアンに向かう船の中で初めて出会った時は国宝石なんて危ない物継承したらいけないって言ってたもんな。
でも今はこの通りだ。オルヴァーは完全に狂ってしまっている。全ては女王の為に。
女王以外は全て捨て駒としか考えてない。狂ってしまったんだ。
「ジェレミー、あんたはどう思う?」
「……五分五分だ。緑は欲しい、だが彼が受け継ぐのには反対だ」
「じゃあ俺が受け継げばっ!」
「無理だろうな。、国宝石は持ち主を選ぶ。クレアが王子の味方に付いた以上、王子は国宝石を受け継げる器だったんだろう」
「そんな……」
止めなきゃいけない。でも俺達の立場は悪くなってる。どうすればいいんだよ……