42 ルーシェルの決意
「ルー、おじさんに馬は借りられたよ。流石に何に使うんだ、とは言えなかったけどね」
「有難う!」
ライが馬に跨り、俺のその後ろに跨る。腹を蹴って走り出した馬が城下町から駈け出して行く。城下町から離れてどんどん小さくなっていくお城を見て小さく呟いた。
「待っててねダフネ……」
42 ルーシェルの決意
前に行った事があるから景色はなんとなく覚えてる。この川を通り抜けた先に村があるんだよね。そこを通って、次の村で一泊したはずだ。
ダフネがいない状況での遠出なんて初めてだから少し怖いけど、ライは何でも知ってる。馬の乗り方もエデンへの行き方も、何でも分かる。
「ねぇライ、ライは1人でこうやって遠出した事あるの?」
「あるよ。パパと喧嘩なんかしたら2週間くらい家出とかするし」
簡単にライは言ってのける。すごいや、俺なんか半日も無理だ。前にパパに怒られた時、困らせてやろうと思って倉庫に隠れてたんだけど1時間くらいしたら寂しくなって出ちゃったもん。2週間なんて絶対に無理だ。
ライの背中にしがみついたまま、ただライの肩越しに景色を見つめた。平原がどこまでも広がっている緑色の世界。所々に動物の姿も見える。
ダフネはもう俺がいない事に気付いたかな。俺がイヴさんの家から出て行って3時間は経ったはずだから気付くよね。あの騎士さんはちゃんと伝えてくれたよね、大丈夫だよね……
心に少しだけ暗い影が落ちたけど、でもこれは皆を助ける為なんだ。俺は何も悪い事はしてない。そう自分に言い聞かせて平常心を保った。
夕方まで馬を走らせて着いた村で一泊する事になったけど、俺良く考えたらお金持ってない。
それを伝えたらライがお金を貸してくれた。ライはお小遣いをちゃんと持って来てたみたいだ。偉いなぁ、俺と大違いだ。今度ちゃんと返さなきゃ。
その日をその村で過ごし、再び次の日の朝の早朝に馬に乗ってエデンに向かう。それをもう1日繰り返したら次の日のお昼すぎにエデンへの入り口の森に辿り着いた。
森の中は暗くて光が差し込んでいない。この中に入らないといけないんだよね。
「そう言えばルー、エデンは不思議な結界みたいなのを張ってて簡単には入れないって聞いたけど大丈夫なのか?」
ライの言葉に顔が真っ青になった。そう言えばそんな事を聞いた気がする、いや聞いた。オルヴァーさんが言ってたもん。
エデンの人間じゃないと行き方が分からないって。どうしよう……当てずっぽうで入っちゃったら道に迷ってのたれ死んだりしちゃうのかなぁ。本当にどうしよう。
行き方が分からなくて固まっている俺達の目の前に、森からフードを被った男の人が出てきた。もしかしてエデンの人なのかな。そうだよね?
「あ、あの!」
「ん?」
思い切って声をかけたら男の人は俺に視線を向ける。何だか少し怖いけど、でも俺がしっかりしなきゃどうしようもないんだ。ライに頼る訳にもいかない。
「俺、エデンに行きたいんです!連れて行って下さい!」
「おめぇどこのガキだ。エデンには入れない、とっとと家に帰れ」
「か、帰れません!エデンに行くまでは帰れません!」
怖くて泣きそうになったけど、男の人は俺の顔をマジマジと観察しだした。
ライが俺の腕を引いて逃げようって言ってるけど、怖くて足が動かない。俺、もしかして怒られちゃうの?
「おめぇどっかで見た事あるな。名前は?」
「ルーシェル、です」
「…………あぁ、アルトラントの第2王子か。確か前にエデンに来た事あるよなぁ。どうした、オルヴァーとは一緒じゃねぇのか」
「ひ、一人で来たんです。俺、教えてほしい事があって……」
「一人ぃ!?一国の王子が護衛も付けずに1人でここまで来たってのか!?」
男の人は目を丸くして大きな声を上げる。それに驚いて方を震わせたら、その人は罰の悪そうに頭を掻いた。
「……仕方ねぇな。案内してやる、このまま帰す訳にもいかねぇしなぁ」
男の人はそう言って森の中に入っていく。俺とライは慌ててその後を追いかけた。
男の人の名前はボリスさんって言うらしい。エデンの中でも代表4人の1人なんだとか。良く分からないけど多分偉い人だ。
村に着いた俺達を迎えたのは1人の女の子だった。この子クレアさんって人だ。この間ダフネと一緒にエデンに行った時、オルヴァーさんに話しかけてた……
「ボリス様……」
「客人だ。クレア、村長の元に案内してくれ」
「はい」
クレアさんは頭を下げて俺達に付いて来るように促した。無機質な表情からは何も読み取れない。
怖くなってライとお互い手を握って後を付いて行く。
でもここまで行けば分かるんだ。暁の大地がどこにあるか……そこに行けば国宝石を受け継げる。俺にも対抗する力を手に入れられる。
クレアさんに連れて行かれた場所は、前に案内された家だった。その中にはオルヴァーさんのお爺ちゃんと、もう1人黒髪の男の人がいた。
「村長、アレクセイ様、お客様です」
「なんだクレア……あんたルーシェル王子か」
「こんにちは」
緊張して頭を下げた俺の真似をしてライも頭を下げる。
クレアさんに座る事を促されて腰かける。オルヴァーさんのお爺ちゃんはソファに腰かけたまま少し困った顔で俺を見つめてきた。
「2人だけで来たのかい?」
「うん、そうです」
「無茶をする……ちゃんと御世話係には許可を取ったのかい?」
「黙ってきたの。反対されるから」
俺の言葉に皆が目を丸くした。心臓がバクバク言ってるけど、でもここまできたら言うしかない。
怖くて顔を見れなかったから、深く頭を下げて顔を見ないようにした。
そしてそのまま大きな声でお願いを言う。
「お願いします!暁の大地の場所を教えてください!俺、国宝石を継承したいんです!」
「ルーシェル王子……」
「君、意味を分かってるのか?アルトラントの緑の力を……」
アレクセイさんが少し呆れた声を出す。でも頷くしかできなかった。
覚悟はできてるんだ、皆を守れるんなら何だっていい。パパとママ、ミッシェルとクラウシェルもお城の皆も国の皆も守りたい!
震えている俺の手をライが握ってくれた。温かい手に少しだけ安心する。
「王子、隣の少年は」
「お友達なの」
「……国宝石の話を他者に広める事は許されない」
「でも……「俺はルーを守らなきゃいけないんだよ。ここでルーを1人になんかできない」
凛とした声が室内に響く。顔を上げると、ライは真っ直ぐ3人を眺めていた。いや、少し睨みつけてるって感じかな?
何となく嫌な空気が漂って、更に怖くなって、もう1度お願いしますって言って頭を下げた。
暫くして俺の頭上から少しだけ困ったような声が聞こえた。
「言うまで解放してくれなさそうだ。村長、教えてやればいい」
「しかしなぁアレクセイ……相手は王子ぞ」
「男の子ってのは無謀な事もしてみたいもんなんだよ。遅かれ早かれ継承はされる、その時期が来ただけさ」
無謀なんかじゃない。俺はこの力さえあれば……皆を助けられるって思ってる。
顔を上げた俺に村長さんがクレアさんに地図を持ってくるように促していた。暫くしてクレアさんが地図を持って来て机の上に広げた。
「王子、これはアルトラントの地図じゃ。ここが王都アレキサンドリア、そしてその南西の方角にある深い森の中に1部分だけ緑が生い茂らぬ小さな乾燥地帯がある……そこが暁の大地じゃ」
アルトラントは他の国に比べて緑が多い国だ。それなのに砂漠地帯があるって少し意外だ。
「ここは数百年前の戦争の舞台になった場所じゃ。暁の大地と言われる所以は戦争によって辺り一帯が血で染め上げられたからじゃ。ここは緑の国宝石の力によって皆の傷を癒し、その代わり木々の命を吸い取った。じゃからここら一部は緑が生い茂らんのじゃ。分かるか王子、どんなものにも代償がある。その覚悟があるのか?」
「あるよ」
ハッキリと答えれば村長さんは俺に小さい地図を渡して暁の大地の場所をメモして渡してくれた。これで行き方が分かる。
「国宝石を暁の大地にある祭壇に捧げなさい。そして誓え、我が命を捧げて継承せん。と」
「覚悟しておいてください。国宝石の代償は想像を絶するものと思われます。心を強く持ち、決して折れてはなりません……」
クレアさんの言葉に少しだけ息が詰まった感じがした。この人は一体どこまで知ってるんだろう。
アレクセイさんがやれやれと言って肩をすくめて、そのまま立ちあがって村長さんに頭を下げて家を出て行く。
そして村長さんがクレアさんに顔を向ける。
「クレア、王子様達を首都ファーディナントの前まで送ってあげなさい。お前の転移魔法なら出来るだろう」
「はい、分かりました。王子様こちらです」
クレアさんが立ちあがって家の扉を開ける。送ってくれるみたいだけど俺達馬もあるし……大丈夫なのかなぁ。
立ちあがって村長さんに頭を下げて先に家を出る。でもこれで分かった。急がなきゃ。
「王子様の友と申したな。そなたの名前を聞いておこう」
「……エイン」
「なぜ偽名を?さきほど王子は貴方の事をライと呼んでいましたが」
「盗み聞きなんて悪趣味だね。まぁそう言う事」
「……あの少年……クレア、気をつけときなさい」
「はい」
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「ライ、どうしよう。お馬さん森の外に……」
「そうだね。一度森まで出て、馬も一緒に転移魔法で飛ばしてもらおう」
「転移魔法って何?」
「一瞬で物や人を別の場所に送る魔術だよ。精度が高い人がやればやるほど、飛ばせる距離も広くなる」
ライは本当に物知りだなぁ。
ライの後にクレアさんが杖を持って出てきた。本当に魔法使いみたい!魔法使いなんて見た事ないからドキドキだぁ!
「クレアさん、あの……俺達、森の外に馬が」
「そうですか。では一度森から出ましょう。私の傍から離れないでくださいね」
クレアさんに言われた通り近くで待機してたら、クレアさんが杖に色々話しかけている。ライいわく呪文って言う奴らしい。すると杖が光り出した。すごい、これが魔法って奴なんだ!
地面が光り出して俺達を光が覆う。何だか少し怖くなってクレアさんにしがみついたら足が浮いた。次第に景色が薄くなっていって眩しい光が包み込んで目を瞑った。
一瞬の事で分からなかったけど、目を開けたら目の前に馬がいた。
「森の外だ!すごい!」
馬に飛びついた俺の横で、ライは冷静に馬と気を繋いでいた紐をほどいて行く。
自由になった馬をクレアさんの近くに連れて行けば、再び転移魔法って奴を使ってくれた。
次に目を開けた先はファライアンの首都ファーディナントの前の門だった。すごい……俺達が2日かけて行った道のりを……
クレアさんは一歩下がって俺達に頭を下げた。
「では私はここまでです。王子、くれぐれもご無理は無さいませんよう……」
「有難うクレアさん!」
「クレアで結構です。私ごときに頭を垂れる必要などありません。では王子殿下、来るべき時……また」
そう言ってクレアさんは姿を消した。魔法使いって本当にすごいんだなぁ。
首都の中は賑やかだったけど、やっぱり騎士団と議会の事を噂し合う人でいっぱいだ。
「ルー、俺は馬を返しに行かなきゃいけないんだけど……先に帰るかい?待っててくれたら城まで送ってあげるけど」
「子どもじゃないよ」
「そうだけど、王子様な訳だし。いざって時は俺が盾にならなきゃだろ?」
「平気だよ!俺行くね。ライ本当にありがとう!また会いたいな!」
「いつもの場所に俺はいるから。また会えるといいな」
「うん!」
ライと手を振って別れる。ライがいてくれて本当に良かった。ライがいてくれなきゃここまでこれなかったんだもん。
皆は俺がルーシェルだって事を知らない。お城まで走っていけば大丈夫。
ダフネにばれない様に地図をカバンの中にしっかりと入れて、城に向かって思いっきり走った。