41 誰も助けてくれない
「パパとママの処刑……?」
ルーシェルの絶望した声と、目を丸くしているイヴさんが視界に入る。真っ直ぐ俺を見つめて来るルーシェルを見つめ返す事が出来なかった。
でも顔を背けたことがルーシェルにとって決定打となってしまったようだ。
41 誰も助けてくれない
「そんな……」
泣き出したルーシェルをイヴさんが慰めている。優しく母親の様に抱きしめて……その光景をメリッサとジェレミーは複雑そうな表情で眺めていた。
あの後ライナと別れ、俺は女王の家に向かった。ライナも連れて行きたかったけど、流石に今はまだ無理だと言うジェレミーの言葉に頷くしかなかった。ジェレミーには何か考えがあるはずだ。
ジェレミーはイヴとルーシェルにある程度を説明した後、ソファから立ち上がった。どうやら出て行くみたいだ。
「ジェレミー?」
「……今から議員と会議を開くよ。そこでファライアンの方向性が定まるはずだ」
信用出来るもんか議会なんて。でもそれと同じ位、騎士団も信用できない。国宝石で女王に魅了されている者が多く占める騎士団に冷静な判断ができる奴は少ない。
議会も騎士団の思い通りに行かすのは癪だろう。騎士団の意見を受け入れてくれる可能性は極めて低い。
十中八九、バルディナを止める声明を出してくれる可能性はないだろう。俺はジェレミーの結果を聞くしかない。泣き続けるルーシェルを慰める事も出来なかった。
―ジェレミーside―――――
ローレンツと騎士団団長を引き連れて会議室に入る。ローレンツに伝えてくれるように頼んだお陰で議員達は皆集まっていた。用意された席に腰かけて進行役のローレンツが話しだすのを待つ。
ローレンツは咳をし、早急に作った資料を広げて皆に視線を送った。
「今回の議題は既に皆さん知っていると思いますが、バルディナがアルトラントの国王と后の処刑を1ヶ月後に取り行うと言う書を送ってきました。そして私達にも見物人として来て欲しい、と。これはバルディナの挑発行為ともとれる物です。ファライアンの方針を今一度固めたい。バルディナに抗議声明を送って非難するのか、言われたまま代表が視察するのか」
簡潔にまとめたローレンツに議員達はざわめきだした。その時、1人の議員が恐る恐る手を上げる。確か彼は今年議員に当選した若手議員ジーンだ。歳もまだ20代前半だったはず。
ローレンツが彼を指名し、彼は緊張した面持ちで立ちあがった。
「あの、俺は声明を送るべきだと思います。バルディナの行為は間違いなく侵略行為です!俺達は来るべき対応を取らなければ、向こうから腰抜けだと思われます!今こそ立ち上がる時だと思います」
「バルディナの軍事力を知ってるのか?我らは未だにクーデターの傷跡全てを修復できていない。下手な事をして戦争になどなったらファライアンは滅亡だ。今は軍備を整え、国内を安定化させなければ戦争をしても結果が見えている。処刑に賛同はできないが、今は耐えるべきだろう」
ジーンの意見をやんわりと他の議員が諌める。その光景を見て確信した。やっぱりバルディナと内通してる議員は僅か1部だ。他の議員は純粋にファライアンの事を想っている。
問題があるとしたら……
「腰抜けだな、だから舐められるんだよ。こんな書状を貰ったって言うのに、まだ反論しねぇのかよ」
グレインの発言にランドルフ、オルヴァーが同意する。ハーヴェイとエデュサが諌めたけど発言した後だ。議員達は顔をしかめている。騎士団は何が何でもバルディナの非人道的な行為を止めさせたいんだろう。冷静な判断ができなくなっても、それをしたいと思うのは簡単だ。イヴが望んでいるから。
青の国宝石の影響を特に強く受けているランドルフ、オルヴァー、グレインは女王の望み全てを叶えたいと願っている。女王に傾倒しているから。
俺だって人間的な判断で言えばバルディナの行動は許されない。抗議もしたいし声明だって出したい。でも俺達は一般人じゃない、国を動かす騎士団なんだ。
ファライアンを侵略から守れるのは俺達騎士団しかできない。己の感情1つで国を巻き込む訳にはいかない。
そうなるとダフネには悪いけど、議員の言う通りかもしれない。今こんな状態でバルディナに表だった喧嘩を売ることはできない。
バルディナは明らかに俺達を試している。オーシャン侵攻の際、手助けをした俺達をバルディナは完全な仮想敵国と認識してるだろう。今回の件で表立った反論を出せば、バルディナはこれを口実にファライアンを敵国と認定し、戦争に持っていく気のはずだ。
そうなったらお終いだ。今のファライアンでは国は守れない。議員とバルディナに挟まれて俺達が潰されてしまう。ここは冷静になるしかない。
「俺は議員の言う通りだと思う。今は耐えるべきなんじゃないか」
俺の発言にランドルフ達が目を丸くしてこっちを向いた。それは議員も同じだ、まさか俺が議員の味方をするなんて相手も思ってなかったみたいだ。
仕方ない、俺は騎士団の一員だ。国に忠誠を捧げている。イヴやダフネ達の為だけに動く訳にはいかない。
ランドルフが握り拳を作ったのが分かった。でも全て言う事を聞く訳ではない。
「俺が使者としてバルディナに向かおう。恐らく処刑にはバルディナ帝王イマニュエル・ネイサンも参列するはずだ。そこで直接な抗議を行うつもりだ」
「てめぇなんかにできんのかよ」
ランドルフが鋭く俺を睨みつける。その目は憎しみに燃えている、この目を知っている。父さんと同じ目だ。
第1騎士団の副団長をしていた父さんは最後はこんな目をしていた。女王にあだなす全てを排除しようとしたあの目……その目で幼い頃からの親友が俺を睨んでいる。
その事実に胸が裂けそうなくらい苦しかった。
「所詮あんたは議会のまわし者だったって訳だ。もう好きにすればいい。ファライアンが最後どうなるか、自分の判断を呪えばいいさ」
「どこに行くのだオルヴァー」
「まだ何か話があるのかバイエル議員?俺はないから失礼する」
議会でも中心人物の1人、古参のバイエル議員。彼の問いかけにもオルヴァーは吐き捨てるように返事をして席を立ち上がり出て行った。グレインも舌打ちをして会議室を出て行く。ランドルフは乱暴に立ちあがり、俺を睨みつけた。
「ランドルフ……」
「てめぇには心底愛想が尽きたぜ。女王騎士を名乗る資格もねぇ。バルディナの犬め」
一瞬目の前が暗くなった感覚がした。まさかこんな事を言われるとは思ってなかったから。
俺は何か間違えてたのか?俺がいけなかったのか?分からない、もう何も分からない。親友と思っていた奴からの言葉は酷く胸に突き刺さった。
ランドルフの言葉に他の議員達が抗議したけど、それに耳を貸さずランドルフは出て行ってしまった。残されたハーヴェイとエデュサは気まずそうにしてたけど、まだ出て行く気はないみたいだ。
まだこの2人に影響が濃く出てなくて良かった。この2人まで3人の様に強い影響が出てたら、俺は恐らく騎士団を追放されていただろう。この2人だけが頼りだ。
「ジェレミー、俺は第1騎士団の判断に従うけど……少しバルディナに譲歩しすぎじゃないか?行く必要ないだろう。書を突っ返してやればいい」
「バルディナはファライアンを恐らく仮想敵国として見てる。下手な行動はできない」
舐められている、それは分かる。でも現に今の様な状態でバルディナと戦争なんてできない。議会との溝を失くして1枚岩にしなければ戦争なんて……
下を向いていたから気付かなかった。俺を見て笑みを浮かべている議員が数人いたと言う事に。
その後、俺が使者としてバルディナに出向いて直接抗議すると言う意見でまとまった。その事をダフネに伝えなければならなかったが、正直気が重かった。
イヴの家に向かうと、ダフネとルーシェル王子がすぐに俺に駆け寄ってどうなったかを聞いてきた。でも望んだ返事はあげられそうにもない。
「俺が使者としてバルディナに向かう。そこで直接抗議は試みてみるけど……」
「そんな……じゃあ声明を出してくれないのか?ファライアンから抗議してくれないのか!?」
「あぁ、あくまで抗議は使者の俺が個人の意見と言う形になる」
すなわち実質は国王と后の処刑を見物する、そう言う結末だ。
へたり込んでしまったダフネ、それを支えようとしたメリッサ、茫然としているイヴ、そして俺を真っ直ぐ見つめているルーシェル王子。
ルーシェル王子は目から涙を零し、俺に対し泣き叫んだ。
「もういい、もういいよ!結局誰も俺達を助けてくれないんだ!パパもママもミッシェルもクラウシェルも誰も助けてくれないんだ!」
「ルーシェル王子……」
「もういい、あんたなんかの力なんか借りない!俺がパパとママを助ける、あんたなんかもういらない!」
ルーシェル王子がそう言って走り去っていく。そうだな、彼が望んだ物を俺は与えてやれなかった。中途半端に希望を与えただけだったのかもしれない。
エデンとヴァシュタン、オーシャンと協力を取り付けて守ろうとしたのはファライアンだけで、ルーシェル王子を俺達はゲーティアを手に入れる駒としか扱ってなかったのかもしれない。
追いかけようにもショックのあまり立ち上がれないダフネに手を伸ばしたけど、払いのけられた。行き先を無くした手はむなしく宙を舞う。
どうしてこんな事になったんだろう。俺が無責任に匿ったからか?結局助けられないのなら匿うべきじゃなかったのかもしれない。全て余計な希望を与えた自分のせいだ。
―ルーシェルside―――――
泣きながらイヴさんの家を出て城の中を走る。もうこんな所にいても意味なんかない、自分の力で何とかしなきゃいけない。でもどうやって?分からない、分からない。
でもここにいてもパパとママは助けられない。俺にもっと力があれば……もっとクラウシェルみたいに頭が良かったら、もっとダフネみたいに剣を使えたら、こんな状況にはならなかったのかなぁ……
泣きながら無意識に走った先は綺麗な花が生い茂る中庭だった。ここ……俺がライと遊んだ場所だ。無意識に来ちゃったんだ……
再び項垂れた俺の肩を誰かが叩いた。どうしよう、俺は一応女王様の家から出たらいけないんだった。
恐る恐る振り返った先には懐かしい姿があった。
「ライ……?」
「久しぶりルー、またおじさんの仕事で付いてきたんだ。ここにいれば会えると思って待ってたんだけど、やっぱり会えた」
ライは嬉しそうに笑う。でも俺が泣いてるのを見て、すぐに笑うのを止めて顔を覗き込んできた。隠しても意味がないほどに真っ赤になった目とほっぺをライは手で包み込んだ。
「どうした?」
「ライ、ライ~……」
縋りついて泣いた俺をライは何も言わずに背中を叩いて慰めてくれた。ライになら話してもいいよね、だってライは友達だもの。
ベンチに座った俺はライに一部始終を話した。パパとママが殺される事もファライアンが助けてくれない事も、自分が何をすればいいのか分からない事も、全て。
「そっか、辛かったな……」
「俺、どうしたらいいのかな。俺にはなんの力もない」
「……でも国宝石って怖いんだな。そんな力持ってたら誰も逆らえないよ」
ライの何げない一言に何かがひらめいた。国宝石は今俺が大事に持ってあるカバンの中に入ってる。今その鞄を持ってる。
これさえあれば……
立ちあがった俺をライは見つめる。ダフネには言えない、きっと反対されるから。でもパパとママを助けるには俺が力を手に入れなきゃいけないんだ。
「ねぇライ、付き合ってほしいんだ」
「どこに?」
「うん……あのね、俺とエデンに一緒に行ってほしいんだ。1人じゃ心細くて……」
俺の言葉にライは首をかしげた。いきなり言われても分かんないよね。やっぱり無茶言ったかな……でも頼れる相手はライしかいない。
「……おじさんに馬を借りるよ。それに乗っていこう」
「あ、有難う!」
「いいよ、友達だろ」
行き方も馬の乗り方もライは分かるみたいだ。やっぱり俺は何も知らないんだ。
急にいなくなって心配かけたらいけないから近くにいた騎士団の人に1週間程度出かける、とだけ告げて騎士団の人の制止も聞かずにライと一緒に走った。
エデンに行けば教えてくれる。緑の国宝石の継承場所である暁の大地がどこにあるか。そこに行けば、国宝石を継承すれば、きっと何かが変わる。
俺に出来るのはそれくらいしかないけど、きっと、きっと何かが変わるはずだから……