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神様の椅子  作者: *amin*
四章
39/64

39 アルトラントの現状

「くそっ!父上と母上はどうなってるんだ!」

「ねぇクラウシェル、私達……これからどうなっちゃうの?」


ドアをガンガン叩く僕の後ろでは、いつまでも泣き止む気配を見せないミッシェルがいる。

何をどうしても扉は開かない。外から鍵をかけられてるし改造されたのだろう、中からは鍵を開けられない特殊な仕組みになっている。移動させられた新たな部屋からは街の見栄えは悪く、城下町がどんな状況かも分かりやしない。

情報が遮断されている。一体どうなってるって言うんだ、今のアルトラントは……



39 アルトラントの現状



「泣くなミッシェル、僕達が諦めたらアルトラントは本当にバルディナの支配下になってしまうんだ。僕達はルーシェルとダフネが戻ってくれる事を祈ろう」

「だってルーシェルじゃんか!あんな泣き虫がどうこう出来る訳……」

「僕達の弟だ。出来るに決まっている」


力強くミッシェルにそう告げる。今の状況をミッシェルはどうする事も出来ず、毎日泣きくれていた。少しでも情報が手に入りさえすれば色々考える事も出来るのに、今の状況じゃ暇な時間の方が多すぎて、やる事がない。適当な棒を剣だと思い訓練するか筋トレするしか。

その時、ドアを開けてきたのは僕達の監視役でもあるフレイだった。その後ろにセラを連れている。思わず笑いたくなった、こいつはまんまと僕の術中に嵌ったな。これでセラから色々情報を聞きだせるだろう。

セラは所々に傷を負い、また少しだけやつれていた。そんなセラにミッシェルは泣きながら飛び付いた。


「セラッ!セラァ!」

「ミッシェル様、御無事で」


それを優しく抱きとめたセラ、フレイはそれを確認して事務的に用件だけを告げた。


「クラウシェル王子、ジュダス様からの譲歩だ。これ以上の我侭は聞くことはできないってさ」

「何を偉そうに。反逆者が直国王の僕に上から指図をするな」

「バルディナに逆らわなければ生きていける。今までも、これからも……」


いつもの余裕ぶった笑みではなく、その言葉はまるで自分自身に言い聞かせているかのように聞こえた。

フレイは意味深な言葉を発し、形上きちんと頭を下げて部屋を出て行った。でもこれでいい、さて腹が減ったな……これで飯をちゃんと食える。僕もミッシェルも。


「セラ、お腹減ったよぉー!クラウシェルがご飯少ししか食べちゃ駄目って言ったのよ!?餓死しちゃうわ!しかも私はベッドから一歩も出ちゃいけない、ですって!」

「王子、どうしてその様な事を……」

「簡単だ、外から情報を手に入れる為に城の者と接する必要がある。だが今の状況じゃそれが出来ない。だからフレイに言ったんだ。ミッシェルが精神的に病んでいる。お前じゃなく、僕達の世話係をよこさなければ弱る一方だってね」

「なぜ食事まで……」

「演技はどこまでも必要だろう。ミッシェルは心を病み、お前達を恐れている。だからお前達が作ったもの等恐ろしくて口にできない、そう言っただけだ。それでアルトラントのコックに食事を作らせて、元の御世話係のお前に持ってこさせろと命令した。これで情報が手に入る」


僕が精神を病ませる役でも良かったが、ミッシェルに演技は無理だろう。とりあえず僕もお腹がすいた。今日のご飯からは少しだが食べる事にしよう。流石にいきなり出された量全てを平らげると向こうに怪しまれるから、怪しまれない程度にな。

ふんっ!僕の迫真の演技に奴ら全く疑い等持っていなかったぞ。僕はもしかしたら役者の才能もあるのかもしれないな。役者を目指す事が出来ないのが少し残念だよ。

この空間に敵は居ない。それを確認して、こっそり隠し持っていた昨日出されたお菓子をミッシェルに与えた。僕も腹が減ってるけど、ここは付き合わせたミッシェルを優先させるべきだろう。

姫と言うには程遠い行儀の悪さでお菓子をバクバク食べながらミッシェルが振り返る。


「でもあんたって無駄な所で頭回んのね。ばれたらどうなんのよ、怖くない訳?」

「心配はいらない。ただ少しだけ、少しだけだが怖くてトイレが近くなった事だけだ」

「セラ、急いでトイレに連れて行きなさい!こいつ漏らすわよ!」

「止めろミッシェル!貴様箱の中につめるぞ!!」


誰がこの歳になって漏らすか馬鹿者!どれだけ僕の膀胱が弱いと思ってるんだこいつは!

だがセラが側にいてくれる事でミッシェルはかなり安心しているだろう。食欲に衰えは無いが、やはり今の過酷な状況にミッシェルは耐えきれるか不安だったから。さて、僕は僕で情報収集をしようか。しなければならない事は沢山ある。


「セラ、城の外の状況はどうなっているんだ?」

「子ども達は奴隷政策の一環、同化政策によりバルディナの国境の城、ブラス城に連れていかれました。また国王と后は牢に入れられています」

「幼い子供をバルディナ人として教育するか……父上と母上は処刑されるのか?」

「はい……処刑は8カ月後に行われる、と」


何と言う事だ……ミッシェルが泣き崩れて父上と母上の名を叫ぶ。それを大声を出すなといさめれば睨みつけられた。お前は悔しくないのか、と。

悔しくない訳がないだろう。だが今僕達が失敗する訳にはいかない、僕達はまだ生き残らなきゃいけないからな……せめてそれまでにルーシェルとダフネが……


「またバルディナとザイナス、パルチナが軍事同盟を結び、それに対抗しファライアン、エデン、オーシャン、ヴァシュタンが軍事同盟を結んだとの話を聞きました。クラウシェル様、ミッシェル様、お聞きになってください。オーシャンにバルディナが数週間前に進撃した際、ファライアンの艦隊にダフネの姿があったと言う話をバルディナの兵が話してるのを使用人が耳にしました」

「ダフネが?」

「はい、ファライアンがオーシャンに加担した事に対してバルディナは不快感を強めています。バルディナとファライアンの全面戦争の火蓋が切られるかもしれません」


そうかダフネ……お前は少しずつだが国を取り戻す構えを見せてくれていたのだな。ミッシェルの表情にも少しだが希望の色が見える。

だがバルディナとパルチナ、ザイナスが同盟を組んだとなれば、ファライアン、エデン、オーシャン、ヴァシュタンだけでは難しいだろう。軍事力増大が著しい2カ国を相手に銃を持つザイナスまでがいるのだから。

奴らはアルトラントからも数少ない兵を徴収して戦に狩りだすはずだ。僕も駆り出される可能性は見えている。


「城の者はどうなっている?セラ、お前のその怪我……」

「私の怪我は大したことはありません。ですが……クラウシェル様、覚えていらっしゃいますか?我が城の庭師の孫、宮廷音楽家、料理長、画家、そして門番の娘2人を」

「あぁ、ジェイクリーナスにミカエリス、コラッド、イワコフ、マリアとミリアだな」

「流石です。ジェイクリーナスは右足を負傷し、ミカエリスは左目を失いました。そしてコラッドは利き腕を切り落とされ、マリアとミリアはお互い……まだ目を覚ましていません。幸いイワコフと私だけ怪我は軽いのですが……」


そうか、僕達を守るために城の者まで悲惨な目に遭ったのだな。全身に包帯や絆創膏を張っている僕をセラは不安そうな目で見ている。


「心配ない、僕の怪我は大した事はない。こんな怪我よりもお前達の方が遥かに傷を負っているはずだ。僕がくよくよしていい場合じゃない。ミッシェルは無傷だ、今はそれでいい」

「クラウシェル様……」

「それよりもバルディナは本格的に国宝石の研究を始めている。僕とミッシェルも数回国宝石の解読を強制されられたが、あんな文字は見た事がない。ルーシェルはなぜあの文字を読めるんだ?」


バルディナが血眼になって追いかけている僕達の末の弟、泣き虫のルーシェル。ダフネと一緒にいるから、恐らくダフネに守ってもらえているんだろうが、なぜあいつが文字を解読できるんだ?

あいつがそんな特殊な文字を解読できるような機会はなかったはずだ。四六時中、僕達3人は一緒だった。一体誰がルーシェルに国宝石の文字を教え込んだんだ?

考え込んでいる僕の横でミッシェルはグスグス泣き続けている。さて、こうしてはいられない。


「セラ、生き残った騎士や兵たちはどのくらいいる?ノーヴァは無事なのか?」

「……ノーヴァ様は戦死なされました。あの御方は国王と后を守る為に不利な状況でも最後まで諦めることなく戦い続けておりました」

「そうか……彼ほど優秀な騎士はアルトラントに未来永劫現れないだろう」

「残っている兵は全体で1万もいません。現在怪我で動けない者がほとんどですので、すぐに動ける者は4千人程度です」

「彼らには常に鍛錬を行うな、そう伝えてくれ。それと城下町の人間とコンタクトをとれる者がいたら伝えてくれ。義勇兵を募る、と」


セラは僕の言葉に黙って頷いて、ミッシェルに一言何かを告げて部屋を出て行った。とりあえず腹がすいたなぁ。


―セラside―――――

「皆さま、大丈夫ですか?」


クラウシェル様とミッシェル様の部屋から出て向かった先は使用人達の憩いの場。ここだけは唯一バルディナの騎士達が入ってこない場所。

なので最近はここに入り浸る者が多い。そしてそこには各々怪我をした者たちがいました。


「やぁセラ君じゃないか。王子たちは元気だったのかね?」

「えぇ、クラウシェル様はとても賢い御方でした。私達よりも遥かに……」


左目に眼帯をして笑っているミカエリス、彼は片目を潰された。片目だけの視界はまだ慣れなく、方向感覚や距離感も掴めないようです。それでも喉さえあれば歌は歌える。そう言って笑う彼に、どれだけの人間が励まされたでしょう。

辛い状況でも、彼は持ち前の明るさで皆を励ましている存在でした。

そしてその横には利き腕を失くしているコラッドと付き添っているサヤカお弟子のダンの姿。コラッドはずっと元気がなかったのですが、私の姿を見て目を輝かせました。


「セ、セラ!」

「お話しは伺いましたか?」

「あぁ、王子と姫の飯を俺が作っていいんだよな!?これ以上の幸せはねぇ!」


そう言って片方の手に握りこぶしを作って喜ぶコラッド。サヤカとダンが助手をする事で、彼もまた料理人の道を捨てる事は無くなる。

その横では大きな画材を使い、1人で結構なスペースを取るイワコフの姿。気になったのですが、絵を描いているイワコフに話しかけても返事はもらえないので、代わりにミカエリスに聞いてみる事にしました。


「イワコフは何を描いているのです?」

「彼は今のアルトラントを描いているのだよ。バルディナに敗れ、敗戦国になったアルトラントをね」

「なぜそんな物を……」

「彼は希望を捨てていないからだよ。彼はルーシェル様達が国を救ってくださると信じている。そしてあの絵はアルトラントが解放された際に対として飾っておくんだ。支配された時のアルトラントと、解放された時のアルトラント、彼はその2つを描こうとしている」


そうですか……そうですね。数百年後の国民達が歴史を振り返る際、この絵を見て、こんな事があったのか、そう笑って話せるときが来るといいですね。

バルディナの属国ではなく、5大国家アルトラントとして。

そして……


「ジェイクリーナス……」


私は椅子に座っているジェイクリーナスに声をかけました。彼はヤコブリーナスに励まされていますが表情は暗い。

彼にとっては今、己の非力さと罪悪感にさいなまれているのでしょう。


「マリアとミリアは?」

「まだ目覚めていません。特にミリアの傷は深いようです」

「俺の、せいだ……!」


そう、ミリアはジェイクリーナスを庇い意識不明になった。ザイナスの兵に足を撃ち抜かれて動けないジェイクリーナスをバルディナの兵が刺し殺そうとして、それを庇う為にミリアが間に割って入ったのが原因でした。

マリアもミリアがいない事で背中を預ける相手がいなくなり、背後からバルディナの兵に攻撃され意識を失っています。

涙を流すジェイクリーナスを慰めるヤコブリーナス、その表情はとても辛そう……


「違いますジェイクリーナス、貴方のせいではない。ミリアは国民を守るのが仕事、守られて当然だったの」

「だけどっ俺だけこんな怪我1つで……あいつは……」

「仕方がないじゃろう!お前さんが剣を持った事がないからこうなったのじゃ!仕方がないんじゃ……」


ヤコブリーナスに怒られて項垂れるジェイクリーナス、でも悲しんでいる暇などありません。

私は部屋の中央に立ち、辺りを見渡しました。良かった、今はバルディナの兵は1人もこの中にいない。皆に話すなら今しかない。


「皆聞いてください!」


私の声にざわついていた部屋の中は静まり返り、視線が全てこちらに向く。

今こそ話さなくては。皆の心を1つにする。国王と后の為に、クラウシェル様とミッシェル様とルーシェル様、そしてダフネの為に。


「ダフネがファライアンにいる事が確認されました」


私の言葉で室内はざわつく。驚いたジェイクリーナスがヤコブリーナスに支えられて立ち上がった。


「セラ、どう言う事だよ!」

「ダフネはルーシェル様を連れて国外逃亡を目指していました。そしてバルディナがオーシャンに侵攻した際、オーシャンと共にファライアンが迎え撃ったとの話です。その時、ファライアンの艦隊にダフネの姿を発見したと言う話がバルディナの兵の間で流れています」

「ダフネが……」

「これを皮切りにバルディナ対ファライアンの図が明確になりつつあります。私達がやるべき事は1つ、クラウシェル様は祖国奪還のクーデターを御考えです。時期が来て、クラウシェル様の声が響いた時、クラウシェル様と私達城内の者が市民を先導しなければなりません。私達はバルディナからアルトラントを返してもらわなければならない」


室内から湧き上がってきたのは光が見えたことへの喜び。この暗闇から救ってくれる可能性を持つ者が現れたことへの希望。

この話を聞いて、城の者が諦めずに心を強く持ってくれたらいい。そして来るべき時、全てを捨てて私達はバルディナの騎士団に挑戦しなければならない。

剣も足りず、戦の経験のない素人がバルディナの騎士達に挑む。何とも滑稽な話だけれど、そんな夢物語みたいな事を私達は願っている。


私達は誰の物にもならない。アルトラントはずっと自由の国のままだ。


「そうか、そうか……ダフネが。あいつはわし等を救う為に今も動いてくれているのか」

「マリア君とミリア君にいい報告ができそうだよ。ダフネ君とルーシェル王子が生きている、それだけでも希望の光になる」

「次こそ俺は真っ向からバルディナに挑む。ミリアの仇は俺が打つ」

「いやジェイクリーナス君、ミリア君はまだ死んでないからね。あとマリア君を忘れないでくれたまえ」

「な、分かってるよ!なんだよ感傷に浸ってんだよ!入ってくんなよな!」

「コラッド……」

「あぁ、王子様達は無事でいてくれる。俺達も俺達のやるべき事をしようじゃねぇかサヤカ、ダン!」

「そうだよな、そうなんだよな師匠!」


そう、私達は絶対に諦めない。

ルーシェル王子とダフネがいてくれる限り。



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