38 メリッサの不安
メリッサが出してくれたお茶を飲みながら話を聞く体制をとる。イヴさんはまだ体を休めているらしく、メリッサがソファに腰かけた。
こいつは全部知ってるみたいだな。ルーシェルの代わりに話してくれるんだろう。
38 メリッサの不安
「まずは国宝石の文章を話すわね。青と緑は2つで世界を癒し続けた。そして青と緑が揃いし時、赤への道が開かれる。グルネス諸島に捧げられし色は持ち主を選ぶ。こう書いてあったの。それでグルネス諸島って言えば……」
「あぁ、マクラウド領土内にある聖地の事だよな。確か前の大戦の最終決戦の場所だったはずだ」
「流石士官学校を卒業してると、ちゃんと勉強してるわね」
褒められてるんだか良くわかんねぇけど、グルネス諸島の事は俺だけじゃなくても誰だって知ってるはずだ。前の大戦を調べたらすぐに出て来る。グルネス諸島が最後の大戦で使われた場所だって。
そしてその慰霊碑となる祈りの塔がグルネス諸島のシンボルだと言われている。マクラウドの人間も他国の人間も5年に1回しか立ち入りできなくて、その年に1回の巡礼日に世界中で黙祷が捧げられるのだ。
でも分かったのはそれだけじゃないようだ。メリッサの話には続きがあった。
「それでもう1つの情報は、青は全てを愛し包み込む。青の祭壇は百合の丘に隠された。青が導かれし時、緑も導かれる。緑の祭壇は血で染め上がった暁の大地に死者と共に眠る」
「暁の大地……エデンの長が言っていた。暁の大地で緑の国宝石を継承できるって」
「百合の丘もそうなの。その丘にイヴが継承した青の国宝石の神殿がある」
なるほど、少しだけど話が読めてきたぞ。でも最後の赤が導かれるってどういう事だ?この2つがあれば東天への道が示されるんだろうか。
でも残念ながらメリッサ達もそこまでは分からなかったようだ。でも分かったのはグルネス諸島に恐らくゲーティアの最大のヒントが眠っている。まさかあんな場所にあるとはね。
でもあそこは5年に1度しか入れない。去年巡礼が行われたから最低でも4年は待つ。そんなに待ってはいられない。
でもどうすればいいんだろうか。考え込んでいる俺の横でメリッサは不安そうな表情をしている。いつも気丈で明るいメリッサが浮かない顔をしているのは珍しい。まぁ今のファライアンの状況を考えると、こんな表情にもなるわな。
「議会との様子はどうだ?」
質問を聞いたメリッサは弾かれたように顔を上げた。その表情はどこか切羽詰まっている。
何か地雷を踏んでしまったんだろうか。
メリッサはせわしなく視線を動かし、ルーシェルを部屋から出して欲しいと訴えた。意味が分からなかったが、いい話ではないんだろう。嫌がるルーシェルに謝りながらも部屋から出して2人だけの状況を作った。
「ダフネ、お願いがあるの。多分あなたは影響を受けてないはず」
「え?」
「……怖いの、今のままだとクーデターが間違いなく起こる。ファライアンは内部から壊滅する」
「お、おい……何言ってんだよ」
泣きそうなメリッサがスカートの裾を握りしめる。そこに水滴が落ち、赤いスカートが赤黒く変色して行く。
確かに今の状況は好ましくないが、俺に頼むよりもジェレミー達の方が的確だろう。俺は居候の身分に過ぎない。何を言っても大きな影響力は与えられないだろう。
それに影響を受けてないって一体何なんだ?
「メリッサ、落ち着いて話してくれ。どうして俺にそんな事言うんだ?」
「似てるの。あの時と……」
「あの時?過去のクーデターの時か?」
「そう……あの時ね、イヴのお母さんが青の国宝石を継承してた」
もしかしたらファライアンは国宝石を代々継承してたのかもしれない。でも一体それが何の影響があるって言うんだ?それに青の国宝石の呪いは1人の対象を愛したらいけないんだろ?
第1騎士団団長だった前女王の夫との関係はどうなってたんだろう?まぁ多分結婚してイヴさんが産まれた後に継承したってのが濃厚だけどな。でも前女王は聡明な方だと言う話は有名だった。現に経済政策を打ち出し、ファライアンの景気を常に上手い事保っていたから。
話を詳しく聞かないと分からない。相槌だけを打ってメリッサに話を促した。
「前女王は聡明で慈悲深く、皆に愛されていた……でもあの日、パルチナの情報操作によって景気が悪化して、国民の議会と騎士団への不満が募った民衆が暴動を起こして城を襲撃した。私達は隠し部屋に避難されて……ダフネも知ってるでしょ?すごい数の死者を出したの」
「あぁ、でも死者のほとんどは騎士団や議会の人間だって……」
「全部嘘よ、確かに騎士団と議会の重臣達はほとんど命を落とした。でもその数は200人にも満たない。1万人以上は全員市民よ」
「な、なんだって……?」
じゃああのクーデターの死者数は情報操作されて発信されてたのか?じゃあ真実は一体何なんだ?何が真実なんだ?
国民が1万人以上犠牲になったとなったら、これはもう虐殺の域に達している。でも国民にはそんな悲惨な過去があるのに、女王に対する信頼は揺ぎ無い。これほどまでに青の力は強いのか……
「騎士団による市民の弾圧……それがクーデターの真相。そしてその陰には女王の国宝石があった。女王の夫……つまりイヴのお父さんは第1騎士団の団長だった。そして女王は禁忌を犯した、国民よりも夫のいる騎士団に心の重心を置いてしまった」
「だからって……」
「パルチナによる情報操作で景気が悪くなり、皆が女王を責め立てた。国民の怒りを静めるために前女王は青を継承したのに、精神のバランスを壊して青を使いこなす事はできなかった。もう分かるでしょ……?女王に愛された騎士団は女王に陶酔する。騎士団は女王の許可なく女王を侮辱した市民の虐殺に乗り出した」
それがクーデターの真相……パルチナの情報操作って事は間違いないけど、でも市民が先に暴動を起こしたんじゃない。騎士団が市民を虐殺した事が暴動に繋がったんだ。
「でも国宝石の呪いは知ってるでしょ?女王自身にも騎士団にも災いが降りかかった。それが市民の暴動……それによってイヴはお父さんを亡くした。そのショックで我を失った前女王は暴動を起こした市民全て、つまりファライアンの城下町の市民全員を虐殺する許可を出した。その結果、市民の死者は1万人以上に膨れ上がって行った……」
「そんな、事が……」
「議会は非常事態の為に鎖国をして他国から貿易船1つ入れなかった。だから上手い事偽の情報をパルチナの耳に吹き込む事ができたの。そしてその情報をパルチナが発信したから、騎士団は市民の暴動を食い止めた英雄扱い」
どうして偽の情報を流したんだろう。騎士団の被害がでかいと言う情報を流して何か意味でもあったのか?クーデターの存在自体を抹殺するのなら話は分かるけど、被害対象を変える意味が分からない。
「議会はどうしても市民を悪にしたかった。そして騎士団の被害の大きさを他国に吹き込む事で、唯一クーデターに直接関わっていない自分達議会がファライアンを実質統治していると言う情報を流したかったのよ。でも前女王はある日突然首を吊って自殺した……第1発見者はイヴの兄であるフリック王子。そして女王が亡くなった事により、継承者がいなくなった国宝石は再び百合の丘にある神殿に預けられた。でも女王も軍団長もおらず、衰えた城を市民が襲った。打倒ファライアンを掲げて。そしてイヴが国宝石を継承する事件が起こったの」
そしてイヴさんが国宝石を継承する事件に繋がるんだ。呪われた女王の再誕だったんだ……
そのせいでこの箱庭から一歩も外に出ることが出来なくなってしまった。
「その時に市民を迎え撃ったのがフリック王子、王子は新たに女王になったイヴと対立した。話し合いを設けようとするイヴと、家族を殺された事に対する怒りで紛争を受けて立った王子。2人の意見は真っ向から対立した。そしてイヴは恨んだの……たった1人の兄弟を強く憎んだ。その結果が発狂した王子の死亡。イヴはあの日からこの場所にジェレミーのお父さん、デューク議員達によって幽閉された。暫くはショックで言葉も話せなかったのよ。でも国宝石の力のお陰で、市民はイヴに魅了されて今までの事が全くなかったかのように暴動は自然と収まった。分かる?この国は国宝石に支配されてるのよ。あんな石ころがファライアン全てを動かしてる」
ファライアンにそんな血ぬられた歴史があるなんて知らなかった。市民のほとんどが知らない事実だろう。だって魅了されているんだから。
国宝石に縋って国を救うはずだったのに、国宝石のせいで暴動に発展するなんて可笑しな話だ。
そう言えばメリッサは何を俺に任せようとしてたんだっけ。昔話を聞いてたせいで、全部忘れてしまった。
「メリッサ、結局お前何が言いたいんだ?」
「分からない?今の状況……似通ってるでしょ?」
その言葉に冷や汗が出た。確かに言われてみれば似通っている。いや、同じような物なのかもしれない。
でもそうだとしたら……
「女王は騎士団に心の重心を置いている。そして議会を憎んでいる。その結果が、この間起こった議員の投身自殺……そして騎士団達のリューツ議員の処刑……騎士団はあの日と同じ事を繰り返そうとしてる。女王に傾倒し、女王に逆らう者全てを排除しようとしてる。オルヴァーやグレインさん、ランドルフは既に国宝石に支配されてる。エデュサさんとハーヴェイさんも少なからず議員にいい感情は持ってない。処刑に対しても止めたりしなかったもの」
そんな、事って……ファライアンは今度こそ崩壊するかもしれない。もしまた暴動が起こってイヴさんが命を落とす事になったら、怒り狂った騎士団と議会、市民を巻き込んだ内紛に発展する。
ヴァシュタンも俺達を見限り、エデンもオーシャンもファライアンとの同盟を破棄するだろう。
そうなったら全てお終いだ。
「唯一ジェレミーだけなの。ジェレミーだけが冷静でいてくれてる。でも駄目……」
「メリッサ?」
「本当に良く言ったものね。歴史は繰り返されるって……」
「まさか……」
「イヴはジェレミーに間違いなく好意を寄せている。本人がまだ気づいてないからいいけど、イヴがそれに気付いた時、禁忌を犯す。ジェレミーには特に強い呪いが降りかかるはず……だからダフネ、お願い。貴方しか頼れないっ!議会でも騎士団でもなく、イヴを知っている貴方しか!イヴを……ううん、ファライアンを守って!」
涙を流しながらメリッサは俺に縋りついてきた。国宝石の力はジェレミー達騎士団に向かっている。ジェレミーの様子から今はまだ国宝石の力に操られている気配はないけど、確かにメリッサの言う通り、ランドルフにオルヴァー、グレインは既に支配されてるように感じる。
特にグレインとオルヴァーはリューツ議員を処刑した張本人、ランドルフも議員達に同情、騎士団の行動に疑問を抱いていなかった。
エデュサはまだ影響が薄いのかもしれないけど、それでも議会と和解しようなどは全く考えてない素振りだった。
騎士団は間違いなく議員達を排除しようとしてる。
でも俺ごときが何の力になれる。俺が国を動かすのか?そんなことできる訳がない。議員を説得なんかもできないだろう。
議員達は俺を騎士団の人間だって認識してるし、近寄ろうとしてもできない。その可能性があるなら俺よりもローレンツの方が……
「メリッサ、ローレンツには?」
「言った、でもローレンツは騎士団と議会に板挟みになってて上手く動けない。だから……」
涙を流したメリッサに励ましの言葉をかけられない。ごめんメリッサ、ごめん。
俺は何も考えてなかった。国を救う事だけを躍起になって考えて、ファライアンの崩壊だって国が救えなくなるから嫌だっただけだ。でも違う、俺は助けなきゃいけない。俺を匿ってくれたファライアンの皆を。利用されてるだけかもしれない、それでもバルディナとの戦争を決意してくれたから。
オーシャンに兵を出してくれた。
その時は全く気付かなかった。
俺達の部屋の外にルーシェルが会話を聞いていた事になど……
「やっぱり皆を守る為には俺がこれを継承しなくちゃ……暁の大地に行かなくちゃ……」