36 痛み分け
漂ってくるのはザイナス特有の火薬の臭いと海水独特の臭いの中に微かに鉄の臭いがした。一体何人の犠牲が出たんだ、援護射撃に徹していたファライアンだって鉛玉が当たって十数人が怪我をした。まぁ死んでないだけマシなのかもしれないが……
動かないバルディナの兵とオーシャン人が海に浮かんでる。味方さえも切り捨てるなんて……あいつらは一体何がしたいんだよ!?
「くそっ!」
36 痛み分け
「派手にやっちまったなぁ……こんだけ海を汚されたら暫く観光も何もできねぇよ」
この惨状にアデレイド族の1人がぽつりと呟く。不謹慎な発言だったけど、それを咎める奴は誰もいなかった。だってそいつは項垂れて力なく笑っていたから。何とか生き残っている奴らをバルディナもオーシャンも関係なくボートに乗せる。
ライナは大丈夫だったのか?カーシーなんて最前線で戦ってたじゃないか。
辺りを見渡せばボートに横になっているカーシーと所々に傷を負っているライナとリインがいた。ライナとリインの怪我は軽い切り傷と擦り傷みたいだけど、やっぱり前線で戦ってたカーシーの怪我は酷い様だ。
「ライナ!カーシーは無事なのか!?」
「心配いらないよ。骨折しただけさ」
それを聞いて安心した、命には別条なさそうだ。
数時間に登る救助と死人を引き揚げる作業が終わり、オーシャンの兵たちがボートに死人を乗せていく。
オーシャンでは死んだ人間はボートに乗せて火をつけ海に流すんだそうだ。真っ赤に燃えたボートが海の中に沈んでいく。その光景をオーシャンの兵たちは泣き崩れながら眺めていた。
「痛み分け、か……こっちのが痛い思いしたけどな」
リインがぽつりと呟き、ライナもそれに頷いた。
確かに向こうは艦隊の一部を率いていたにすぎないが、こっちでは結構の人数が狩りだされたはずだ。それでこれだけの被害をこうむったんだ、そう言いたくもなるだろう。リインの采配が完璧だっただけに。
俺はエデュサと一緒にリインとライナに近づいた。
2人はこっちに顔を上げる。リインは項垂れていたのを瞬時に切り替え、笑みを張りつけた。リーダーって大変だよな……戦争の後だってのに弱みを見せるのを許されないんだから。
「今回は協力感謝するよ。あんた達がいなかったら俺達もどうなってたか分からない」
「いや、私も第5騎士団全てを派遣させる事が出来れば、もっとサポートに回れたんだが申し訳ない。まさかあれほどの数の軍艦を派遣してくるとは思わなくてな……」
「あれで勢力の一部っつーから困っちまうよなぁ。流石バルディナは徴兵制をしてるだけあって一般人でもそこら辺の兵並みの力は持ってるよなぁ」
リインはわざと軽く言ってのけるが、落胆は隠せない。確かにオーシャンから相手を退かせたのはいいけど、もう一度攻めて来られたらたまったもんじゃないだろう。ファライアンからの援軍が少ないのも原因の一つなのかな?でも今のファライアンは予断を許さない状況だ。援軍を送れただけでも奇跡としか言いようが無い。ローレンツは大丈夫なのかな……
そしてエデュサは申し訳なさそうに頭を下げた。
「では我々はすぐに国に戻る。こちらも少し状況が良くなくてな」
「何かあったのか?」
「機密事項だ。他国には言えないが、まぁ良い事ではないよ。行こうダフネ」
もう行くのか?折角ライナと会えたんだ。少し話したい事もあるんだけどな。
「え、でも俺ライナと……」
「……では30分だけだ。船の準備はその程度で終わるからな」
「あぁ、有難う」
エデュサは船に戻って行き、ライナに視線を向けた。リインも他の奴らの所に向かって再び後処理を始め出した。
それを見送った後に俺とライナは余り人のいない場所に足を運ばせた。
「ったく……まさか戦争吹っかけて来ると思わなかったよ。それにしても、あの鉛玉を飛ばす奴は危険だね。バルディナの奴らは大砲と言っていたけど……多分ザイナスの技術だろうが、奴らは本当に恐ろしい物を作り出すねぇ」
「あぁ、それよりライナ、ファライアンの事だけど」
「そうだった、教えてくれ。どう言う状況なんだい?正直援軍には感謝したけど、あんな少ないとは思わなかったよ」
やっぱライナもそう思ってたんだよな。援軍に100人なんて頭あわせ程度の人数だ。あれだけの軍隊が来るとは思ってなかったとはいえ、もう少しこっちだって援軍を出したかったさ。
オーシャンからしたら援軍に来てくれたのはありがたいけど、思った以上にしょぼいって感じだったんだろう。
「来れただけ良しとしてくれよ。今ファライアンはそんな状況じゃないんだよ。議員の1人が女王と国宝石をバルディナに売り渡す密約を交わしてたらしい」
「なんだって?そりゃ売国じゃないか」
「あぁ、それを見つけた騎士団が議員を処刑したんだ。だけど処刑された議員が若手議員達の筆頭格の奴で、そのお陰で正確な情報を知らない他の議員が騎士団の態度に反発しだしたんだ。騎士団も議員達を皆追放したいとまで言ってる奴もいる。議員は密偵を使って女王の場所調べさせたり情報操作して市民の耳に入れたり、やりたい放題だよ」
ライナも今の話を聞いて顔をしかめた。ここまでファライアンが酷い事になってるとは思わなかったんだろう。ライナがいた時は、いがみ合ってはいたものの、それなりに上手くはいっていたから。
それがこんな事になったんだ。驚くのも無理は無い。ファライアンは確実に崩壊に向かっていっているんだ。
「でも俺が怖く感じたのは青の国宝石だ。あれは危険だ……議員の1人があれのせいで命を落とした」
「どう言う事だい?」
「議員が女王と騎士団を口汚く罵ったんだ。それを聞いた女王があんな議員ファライアンに入らないって言ったんだ。その言葉を放った瞬間、議員が女王の為なら命を捧げるって言いだして投身自殺した。青の国宝石は民衆を魅了する力。その力を受けた議員は女王の言葉だけを真に受けて……」
「確かにそんな女王を野放しにするのは危険だね……やれやれ、好き嫌いもできないのかい」
確かに女王は悪くない、俺だってあんな事言われたら切れたくもなる。でも女王は受け入れなきゃいけないんだ。
受け入れて自分にあんな事言う奴ですら愛さなければいけない。青を受け継いだせいで表にも出られず、好き勝手言われて可哀想だと思う。
レオンが罪悪感を持つ理由が分かったよ。あんな呪いを自分のせいで継がせてしまっては後味が悪すぎる。どうしてこんな事になってしまったのか……
第5騎士団で仲良くなった奴が、こっちに手を振って戻って来いと言っている。そろそろ時間だな、行かなくちゃいけない。
「じゃあ俺行くわ。お前はどうするんだ?」
「まだしばらく復興作業だね。ケガ人の治療もしなくちゃいけないし、じいちゃんは歳とって、とても戦争に参加できる状況じゃない。あたしとカーシーが実質ダナシュ族は引きいなきゃいけないからね」
「そうか、生き残れよ」
「そのまま返すよ」
最後に軽く手を振って、俺は船に戻る為にライナに背中を向けた。
俺の背中をライナがどんな表情で眺めていたかを、まだ俺が気付くはずもない。
船の準備はあらかた終わっており、リインがエデュサに頭を下げている所だった。
俺に気づいたエデュサが、さっさと乗り込めとジェスチャーするから、言われたまま乗り込んだ。船の中は戦争に関する話で持ち切りだ。そしてもう1つ……
「これってばれたら俺達罰せられるのかな?勝手に戦争参加してさ……」
「団長はローレンツ様が誤魔化してくれるって言ってたけど、ローレンツ様だって議員だろ。信用出来ねぇよな」
「あぁ、議員は平気で情報操作してきやがる。さっさと処刑するか追放すればいいのによ」
「女王と国宝石を売ろうとするなんて、とんでもねぇよ。何でジェレミー様達は議員を追放しないんだ?」
「弱腰になってるだけなんじゃねぇの?」
やっぱり兵たちの間でも処罰されるかは結構大きな問題って訳だ。そりゃそうだろうな。処罰なんてされたくないのは当然だ。何となく、あまり話を聞きたくなくて、自分に与えられた部屋に入り、ベッドに横になった。
今ファライアンはどうなってんのかな。あの騒動の中で出て行っちまったけど。ルーシェルは大丈夫だったかな?まぁジェレミーやランドルフ達がローテで護衛するっつってたから大丈夫だろうけど。
そういや、そろそろエデンから駐屯大使の魔術師が来るって言ってたな。確かアルシェラって言うけだるそうにしてた女だったっけ。エデンの人間が来たら、少しは戦争に対する実感もわいて議員と騎士団も落ち着くかもしれない。
エデンの奴が来た後にはヴァシュタンの駐屯大使も来るよな。一体誰が来るんだかな。
早く戻らなきゃ。早く戻ってファライアンの問題を何とかしなきゃいけない。じゃなきゃアルトラントは救えない。
そして……
「東天……」
一刻も早く、あの国に向かわなくちゃ。あの国に行けば全てが分かる。どんな国かもわからないけど、英雄ダレンが今でも納めている国。赤の国宝石の呪いに縛られた英雄。永遠の生を生き続けるってどんな感じなんだろうな。数百年もの時を生きて、当時の仲間も家族も友達も恋人も全て死んで、1人だけ世界に取り残されて……
考えるだけ恐ろしくなってきた。
でもダレンに会えればゲーティアを手に入れる近道になる。早くバルディナが国宝石を読解する前にダレンに会わなくちゃいけない。
船が動きだし、今からまた暫く船上生活だ。
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「はぁ、蛮族に撤退なんてパパになんて言おうかしら」
オーシャンにまさかの痛み分けを喫したバルディナ騎士団たちの士気は下がっていた。大砲という新しい武器を使用したにもかかわらず、この様だ。本国に戻ったらなんと言われるか分からない。
ベッドで転がりながらも帰ってきたら待っている恐ろしい父親の説教を思い浮かべてナズナは顔を真っ青にした。それを見ていたイズナは表情を変えずに返事をした。
「向こうの策にやられたんだよ。肉を切らせて骨を絶つ。追い詰められた奴らの決死の突撃だ、仕方の無い事だった」
「だけど兄さぁん」
「それより気になる事があった。アルトラントのお尋ね者に似たやつがファライアンの船にいたと聞いた」
「お尋ね者?まさか」
「あぁ、ルーシェル王子と逃亡したダフネだ。やっと奴の尻尾を掴んだよ」
皇帝や王子たちが必死になって探しているアルトラントの第2王子ルーシェル、そしてそのお世話係の青年ダフネ。ルーシェルを実質保護しているのは彼だろう。ファライアンに逃げ込まれたのはバルディナとしても予想の範囲内であったが、騎士団と共にいたのは予想の範囲外だった。
「どうやらファライアンはルーシェル王子を手に入れたようだ。奴らが先に国宝石を解読するのも近いかもな」
「どうするのよーダフネがいたとしたら、私達ますますパパに怒られちゃうよ。何で逃がしたんだって!」
「大丈夫だ。策は使ってある」
「兄さん……?」
「敵は外部だけじゃない。バルディナの息がかかった人間がファライアンの城内にいる、奴が事を起こすのを待つだけだ」
その時にファライアンは崩壊する。