33 女王の呪い
「我々はー断固として騎士団の横暴を許す訳にはいかない!リューツ議員とダット議員の仇を討つ事を忘れない!」
議員の1人が大声で宣誓を掲げている。そしてその情報が国民の耳にも届く。
ファライアンは実質上、もう崩壊していた。
33 女王の呪い
「オーシャンが!?」
ルーシェルの悲鳴じみた絶叫にイヴさんとメリッサも肩を震わせた。そしてその横ではエデュサと言う女性がため息をついた。
エデュサは女性ながら第5騎士団の団長を務めているらしく、かなりの剣技の腕前らしい。時間があればお手合わせ願いたいが、生憎今はそんな時間はない。メリッサは忙しなく動揺しているイヴさんを静めている。俺はルーシェルを。
ルーシェルはドリンを抱きしめて顔を真っ青にしている。ドリンもオーシャンからまさかファライアンまで飛んできたんだ。ヘトヘトになっており、ルーシェルの腕の中でぐったりしている。
「どうしようダフネ……ライナお姉ちゃん殺されちゃう」
「滅多な事言うなよ!あんな図太い奴が簡単に死ぬかよ」
「でもライナお姉ちゃんはお姫様でしょ!?人質にされちゃうよ!」
「っ!」
痛い所を突かれた。そうだ、ライナは負けたら確実にバルディナの人質になってしまうだろう。なんたってオーシャン民族の族長の孫娘だ。利用価値はかなり高いはずだ。
ライナまでそんな目に遭わす訳にはいかない。せめて少しでも軍を出せれば……バルディナはまだアルトラントの制圧に軍を残す必要がある。大軍をオーシャンには向かわせないだろう。だとしたら牽制にでもなればいい、ファライアンの海軍を少しだけでも……
こんな落ち付かない状況で1時間近く待っていたら、ローレンツがドアを開けて入ってきた。
「ダフネ、話はオルヴァーから聞きました。私たちがごたごたして非難声明も送れない状況での進軍……余りにも今回の件、相手の手際が良すぎる」
「もしかして情報が漏れてるって事もあるかもしれないわね」
「エデュサ様、それはっ!」
「現実を見なさいメリッサ、今ファライアンは誰を信じていいか分からない状況よ。どこに裏切り者がいても可笑しくない」
冷静な観点で行けば、多分エデュサの言う通り情報は漏れてるだろう。信じたくはないけどな。
メリッサは口をぎゅっと縛ったが、意気消沈することはなかった。この子はたくましい子だ。そして俺にはやらなきゃいけない事がある。
「ローレンツ、海軍を出してくれ」
「ダフネ……」
「全部じゃなくていいんだ、一部でいいんだ!牽制の目的になればっ!オーシャンは同盟国になる相手だぞ!見捨てるなんてできない!」
「……エデュサ、貴方はどうします」
「私はパスよ。海軍出したいならハーヴェイに言ってちょうだい。第5騎士団は動かない」
もしかしたらエデュサは海軍なのかもしれない。この反応は確実にそうだ。
俺はエデュサの腕を掴んだ。
「頼む、出してくれよ!」
「出せないわ、確かにオーシャンを助けたいのは私だってそうよ。でも時期が悪すぎる、今独断で動けば国民からしたら本当に私達騎士団が独裁政治を行ってると見られるかもしれない」
「オーシャンを助けるんだ!そんな事思う訳ないだろ!?」
「オーシャンに加担したことにより世界中からバルディナ対ファライアンの図が明確になるのよ。そんな一大事に議会の了承も取らず独断で行くのは不味すぎるわ」
確かにそうかもしれない。これを皮切りにバルディナはファライアンを完全に敵国と認識するだろう。ファライアンとバルディナの戦争が絶対に避けられなくなるかもしれない。でも助けないなんてそんなのあんまりだ、ライナは望みをかけて俺達にドリンを使わせたんだろう。それなのにファライアンからの援軍がないままだなんて……
もしかしたらオーシャンがバルディナを跳ね返すかもしれない。でもそれだったらライナはドリンを託さないだろう。
ライナを助けなくちゃ!俺だけでも!
「じゃあ俺1人でも行く!船を貸してくれ!小さくても手こぎでもいいんだ!」
「ダフネ……」
「貴方状況を見なさい。王子の御世話係がそんな事で命捨てる気?」
「命を捨てる気なんかない!でもオーシャンがいなきゃバルディナには敵わないだろ!?味方を裏切るなんてできない!」
この状況を黙ってみていたローレンツが何かを決意したように顔を上げた。
「……分かりました。エデュサ、第5騎士団を100人連れて行きなさい。恐らくバルディナは本気でオーシャンを潰すつもりはないはずです。向こうが降伏する為に脅しをかけるだけだと思います」
「いいのローレンツ」
「仕方がありません、同盟国になる国を見捨てる行為をしたならば、エデンとヴァシュタンの不信感を煽ります。しかし議会と話をしている暇も無い……今議員に見つかっては元も子もない、船は一隻しか出せません。それも小型の……それでいいなら議員の私が許可します。行きましょう」
急がなきゃいけない。俺は頷いてローレンツの後をついて行く。エデュサもその後に続いた。
話に入れなかったルーシェルが俺を見てぽかんとしてたけど、声を上げた。
「ダフネ?俺も行く!」
「ルーシェル君、待って!」
「駄目!イヴは外に出たら!」
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「なんだありゃ……」
ローレンツとエデュサと女王の家から出て城の中に入ったら、城壁に立って1人の男が大声で何かを叫んでいた。ローレンツが何かを感じ取り、走って近くまで行ってしまう。慌てて俺達もその後を追いかけた。
城壁の付近には沢山の議員、城で働いている人間、騎士団の奴ら、そしてランドルフと第4騎士団団長のグレインが立っていた。騎士団からはヤジが飛び交い、近くにいる議員と一触即発だ。
ローレンツが走りよったら、気付いた2人がこっちに振り返った。その表情は平然そうに見せかけているが、目は全く笑ってない。怒りに燃えているようだった。
「ランドルフ、グレイン!何があったのです!?」
「おぉローレンツ、何もクソもねぇよ。あのクソ議員があそこに登って国民にアピッてんだよ。俺達騎士団が悪いってよ。城門閉めてっから国民の声はわかんねぇが、このままじゃマジいぜ」
「とりあえず議員を降ろす為に、兵を数人派遣したから何とかなるとは思うけど……」
こんな時に何をいがみ合ってるんだ!
議員から出て来るのは騎士団に対する侮辱、そして自分達の正当性、殺されたリューツ議員とダット議員の事。
そして俺とルーシェルの事も……
「この国は騎士団のせいで崩壊寸前だ!バルディナと戦争するとぬかし、平和的交渉など一切考えぬ!果ては禍根の目になるであろうアルトラントの使者を匿っている!」
「あいつ……」
「これこそ完全な情報漏洩じゃないか」
忌々しげにランドルフが呟き、グレインがため息をつく。その間にも議員はあること無いことをでっちあげていく。何とかして国民の世論を自分達の有利に持っていく為の。
でも気持ちは分かるんだ、騎士団がリューツ議員を大して調べもせずに処刑までしたのは確かに横暴だと思う。でも証拠があったんだから議会が文句を言うことはできない。それなのに……
そしてその時、ルーシェルが俺に飛びついた。
「お、おい!何で来たんだよ!」
「俺もライナお姉ちゃん助けに行くよ!」
「危ないからって……なんで2人が!」
俺の声にランドルフ達も振り返って目を丸くした。だってそこには女王がいたから。
女王はメリッサに手を引かれてるけど動かない。完全に視線は議員に向かっていた。
それに気づかない議員は女王の事を汚く罵っている。
「女王は本当にいるのか?私達は姿を見た事もない。彼女は既に騎士団に殺されているのかもしれない、いたとしても我らの前に姿も現さない女王を誰が認めるのか!即刻女王は姿を出して然るべき罰を取るべきだ!我らがここまでこじれた理由は全て女王のせいだ!」
何でもかんでも女王のせいかよ。
イヴさんは茫然としている。メリッサが必死で聞かせまいとしてるけど、もう遅い。
そして議員は全てを壊す事を口にした。
「我らに救いの術はない、立ち上がるのだ民衆たちよ!騎士団を根絶し、新たな国を作ろうではないか!ファライアンに再びクーデターを、騎士団の根絶を!」
「こんな時に何馬鹿な事言ってんだ、あのクソデブ。俺達騎士団がいなきゃ誰がバルディナと戦うってんだよ」
「こりゃ完全な情報操作だな。後でどんだけ言い訳しなきゃいけなくなるんだよ……」
「イヴ、貴方は早く部屋に……イヴ?」
ローレンツの声に俺達もイヴさんに振り返る。イヴさんはスカートの裾を握りしめ、歯を食いしばっていた。
その目に浮かんでいる物は怒り。
ローレンツが顔を真っ青にさせてイヴさんの肩を掴むけど、イヴさんの目から怒りが消える事はない。
「ひ、どい……」
「イヴ、落ち着いて。彼は少しカッとなってるだけだ」
「許さない、彼を絶対に許さない。ジェレミー達によくもあんな酷い事をっ」
「イヴ、よせ!」
「いらない、彼はファライアンには要らないわ!」
ローレンツの静止を余所に、イヴさんの憎しみのこもった視線が議員に向けられた。
そしてその時、演説をしていた議員が急にメガホンを落とした。何があったんだ?
「あ、ぁ……女王、陛下」
議員は何かを呟き、女王に視線を送る。確実にあいつは俺達を見ている。
ローレンツが慌てて女王を連れて、その場から離れる。しかしこっちに視線を向けられたお陰で城内はパニックだ。
女王陛下が姿を現した、と。
しかしそのパニックは再び議員に向かった。
「あぁ、女王陛下が命じている。私に死を選べと!女王陛下の為ならば喜んで、この身を投げ打とう!」
議員は城壁から身を投げ捨てた。
グシャッと潰れる音が聞こえ、悲鳴が大きく聞こえて来る。さっきまで女王を散々こきおろしていた議員が女王の為と言って自殺した。
どう言う事なんだ……?
「あ、あぁ……いやあぁぁあ!」
「イヴ、早くこっちに!大丈夫、貴方のせいじゃない」
メリッサとローレンツがイヴさんをなだめながら移動する。議員に目が行っている他の奴らはイヴさんに気づかない。ある意味不幸中の幸いなのかもしれない。
こんな事言いたくはないけどな。余りの事態に硬直しているルーシェルを力いっぱい抱きしめる。こんな所を見せてしまった……こんな汚い場面をこんな幼い子供に……
その光景を見ていたランドルフが乾いた笑みを浮かべた。しかしその表情には恐怖が宿っていた。
「分かったろダフネ、青の国宝石の恐ろしさが」
「ランドルフ……」
「あの議員は女王に憎まれた。国宝石の呪いがあの男に振りかかったんだよ。あいつは女王の為に生きる事を喜びとし、女王の為に喜んで命を捧げた。恐ろしいだろ?民衆を魅了する力ってのは。ははっ……女王の兄君もああやって最後は死んだんだ」
あれが……国宝石の呪い。あの男は女王に呪われた、だから命を落とした。そして過去に同じ事件でイヴさんのお兄さんが亡くなっている。
その話を聞いて背筋が凍っていくのを感じた。そしてジェレミー達が女王をあの場所から出さなかったのが今更ながら頷けた。あの女王を野放しにするのは危険すぎる、自分の感情を1つ吐き出しただけで相手を殺せるんだから。
悲鳴が大きくなり、議員達が城壁の下に駆け寄っていく。でももう遅い、議員は既に息絶えているだろう。
そして聞こえてきたのは怒りの咆哮。
「女王が殺した……女王が彼を殺したんだ!」
議員が騒ぎ出し、そしてそれに反発した騎士団が議員に掴みかかる。その場は乱闘騒ぎになってしまった。それを止める者は誰もいない。
目の前で仲間を失った議員たちの怒りは勿論収まることは無く、情報を操作された挙句に議員が死んだのまで自分達や女王のせいにされた騎士団の怒りも頂点に達していた。もう駄目だ、ファライアンは崩壊してしまっている。
茫然としている俺の腕をエデュサが引いた。
「今のうちに行くわよ。この騒動があったら大丈夫、恐らくばれない」
「でもっ……」
「国内が信じられないんだから、国外に頼るしかないわね。もうどうやってもファライアンは駄目って事」
怯えて腰にしがみついているルーシェルを申し訳ない気持ちでいっぱいだったけどグレインに預けた。ルーシェルは離れるのを嫌がってジタバタ暴れたが、グレインが放さないのを悟ったのか諦めた。ごめんなルーシェル。
肩にドリンが乗っかってくる。
後ろから聞こえて来るのは喧騒と怒声。その声を背中に受け止めながら思う。
もうファライアンは崩壊してしまったんだと。
それでも頼る国はファライアン以外にない。やっぱり何があってもゲーティアを見つけなきゃいけないんだ。