28 海賊島ヴァシュタン
「ルーシェル、お前は行けないのか?」
「うん。俺ね、女王様と国宝石についてのお話をしなきゃいけないんだ」
1カ月後、準備を整えた俺を見送りに来たルーシェルは国宝石を手に持っていた。
見送ったら早速女王の所に向かうらしい。心配じゃないと言えば嘘になるが、まぁ海賊が占拠する国に連れていくよりはマシなのか……
28 海賊島ヴァシュタン
「今回案内役を務めさせていただきます。レオンと申します。以後お見知りおきを」
ファライアンの城下町の港でレオンは既に待機しており、社交辞令で頭を下げる。
ランドルフは顔が知られているらしく、港はランドルフ見たさにごった返しだ。まぁ第2騎士団の団長が来てるんだ、騒ぎにもなるはずだけど。
レオンは俺に一瞬視線をよこしたが、すぐに無表情な物に戻した。やっぱり気づいてたんだな。俺がアルトラントの人間だって事……それをなんで逃がしてくれたのかは分からない。もしかしたらレオンは反バルディナの性格なんだろうか。
ランドルフが船に乗り込み、俺もその後を追った。船の中は中々広く快適だ。暫く乗ってても平気そう。
船員が船を動かす準備を始め、次第に船が港から離れていく。出航だ。
「また船か。暫く乗りたくなかったんだけどな」
「どのくらい乗ったんだよ」
「シースクエアからオーシャンまで行って、オーシャンからビアナ、そんでビアナからファライアン、今度はファライアンからヴァシュタンだ」
「すげぇ世界行脚だな……」
ランドルフは実はファライアンから出た事が無いらしい。母親がアルトラント人だが、ファライアンに移り住んでいた為、生まれも育ちもファライアンなんだそうだ。
国外の情報収集は基本第4騎士団の仕事らしいから、ランドルフ達第2軍は基本国外には出れないらしい。
素直に海を見て感嘆の声を上げているランドルフは第2騎士団の団長だって事が分からなくなる。
「なぁランドルフ、お前達ってさ……若いじゃん」
「あぁ?」
「いや、アルトラントの軍団長は少なくとも30は超えてたし、お前みたいな俺と対して年も変わらなさそうな奴が団長っていいのか?まぁ実力があるからそうなるんだろうけど。毎日稽古付けてもらってっけど、未だに敵わないし」
「……そんなの簡単だ。俺は女王の幼馴染だからな」
女王の幼馴染?どう言う事だ?まさか賄賂的な何かがあるんだろうか。
「まぁ俺の親父が元々第2騎士団の団長だ。俺はその後を継いだにすぎない。心配いらないぜ、剣の腕はバッチリ仕込まれてっからよ。けどジェレミーもローレンツも女王の幼馴染だからそれなりの立場を要求される」
「それって国としていいのかよ……ってかお前の父親って……」
「俺の親父はクーデターで死んだ。それにこれが今の統治体制なんだ、女王を拝むのは俺達だけで問題無いだろ」
「お前……そんな勝手な理由で国を牛耳ってんのか?」
「なんだ、オルヴァーから聞いてないのか?女王の事を」
聞いてるよ。女王様が出て来れないのは国宝石の呪いだからって事くらい。それについては可哀そうだし、俺も何とかしてあげたいって思う。
でもファライアンの統治体制には疑問しか分からない。女王の事を公言すれば貴族や議会だって理解を示すはずなのに。
「知ってるよ。でもお前達が閉じ込めてたら女王の見聞は狭まるばかりだろ」
「国宝石の呪いなんだ。仕方がないだろ……女王はな、国宝石を継承したお陰で、自らの兄弟を殺してる」
「は?」
「第1王子のフリック王子をな。あの御方は女王に恨まれて悲惨な死を迎えた」
「そんな……」
「女王の国宝石は危険なんだよ。だからあの場所に俺達は閉じ込めた。プレッシャーを与えない為に、俺達幼馴染以外を通すのを禁じた。こうするしかねぇんだよ」
吐き捨てたランドルフの表情は悲しげで……どう言葉をかけていいか分からない。
でも分かるのは、女王の数奇な運命。
ランドルフは船の甲板に立っているレオンを忌々しそうに睨みつけた。
「あいつがどうかしたのか?」
「いや、何でもねぇよ」
「そういやレオンって何もんなんだろうな。俺さ、あいつに助けてもらってんだよ。中立の立場をとるビアナが今回の件で協力するってやばくねぇか?」
「イグレシアは知らねぇよ。あいつは言わばファライアンの内通者だからな」
そ、そんな事を堂々と……じゃあやっぱレオンはファライアン側の人間なんだ。だから俺達を見逃してくれたのか。
そこにどんな話があったかは知らないけど、レオンがファライアンの味方だって言うのを聞いて少し安心した。それなのになぜランドルフはあんなにレオンを睨みつけるんだろう。
分からないまま時間が過ぎ、1週間後、遂にファライアンとヴァシュタンの国境沿いの領海に入った。
先には数隻の船が待ち構えている。旗を見る限り、あれがヴァシュタンの船か……海賊が占める独立国家ヴァシュタンは海戦が武器だからな。船も立派だな。
ランドルフが甲板に出て行き、声を張り上げる。
「私はファライアンの第2騎士団団長ランドルフ!今回は話し合いの場を設けていただいて光栄だ!」
ランドルフの言葉に銀髪の髪の毛をバンダナで束ねた少年が船から身を乗り出してきた。そいつの後ろにはおっかなさそうなおっさんや若者たちがニヤニヤ笑ってる。
ひえ~怖い!少年は怪訝そうな表情でランドルフに視線をよこしたが、その隣にいるレオンの姿を発見した途端、表情を緩めた。
「あんたが正式なファライアンの使者ってのは間違いなさそうだな。気楽に構えな」
「それは助かる、早速だが案内を頼む」
「おう!付いてきな!」
動きだした船の後を俺達の船が追いかけていく。こえぇ~あんなおっかない連中と同盟組んで大丈夫なのかよ。
しばらくすると島が見えてきた。あれがヴァシュタンの国家なんだろうな。流石海賊と言ったところか、船が沢山船舶してやがるわ。
止めてくれと言われたスペースに船を止めて1週間ぶりに陸に上がる。うん、やっぱり陸はいいな。
しみじみ感じている俺の肩をイースと呼ばれた銀髪の青年が肩を掴んできた。
「おめぇかアルトラントの奴は。歓迎するぜ。バルディナとパルチナの奴らをぶっ飛ばしちまおうな!」
「え?今からそれを話すんじゃ……」
「パルチナが出てきた時点でヴァシュタンの世論は決まってんだよ。俺達はファライアンに付くぜ。奴らから領土を奪ういい機会だからよ」
これって話し合う必要があったのか?でもまぁトップの顔を見るのもいいだろう。
イースが俺の肩を掴んだまま歩きだすもんだから、慌てて俺も足を動かした。ランドルフ達は後ろからついてくんだろ。
「ランドルフ、俺達も行こう」
「わぁってるよ。だが言っとくがなレオン、俺達はてめぇを許した訳じゃねぇ。慣れ合いをしてきたらぶっ殺す。いいな」
「分かってるよ……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
港付近はやっぱり栄えてる。海賊が占拠するって言っても国なんだから勿論一般人だっている。
国の中は海賊が荒らしまわる物とは違い、完全に1つののどかな街と言う感じだった。
街の奴らがイースに声をかけて、イースも手を上げて答えている。こいつは多分国の重要人物なんじゃないのか?じゃなきゃ俺達の迎えなんて任されるはずがない。
「あんた貴族かなんかじゃないのか?」
「貴族ぅ?あんなけったくそ悪い奴らと一緒にすんじゃねぇよ。ヴァシュタンに貴族なんていねぇ。身分だって存在しねぇんだからよ」
そうは言うけど、流石に身分は存在するだろ。まぁ身分ってのが大きな壁にはならない国なんだろうけどな。
栄えている港もファライアンからの使者と聞けば賑わってくる。
野次馬をイースが掻き分けて、どんどん先に進んでいく。そしてその先には走ってくる少年の姿があった。
「おーいイース!早く来いって!パルチナの漁船が領海付近で漁やってやがるから捕まえてよーアウグス達が処分に向かうから1時間しか会話とれねぇんだと!」
「はぁ?またかよ……分かった。すぐ行くって伝えてくれジェシカ」
「あいよー」
頭にバンダナを巻いたジェシカと言う少年は再び伝えに行くべく、走って向かって行く。
イースが少し小走りになって走っていくのを慌てて追いかける。後ろからはランドルフ達が追いかけて来るけど、それにしてもここは正式な使者に対して態度悪くないか。
なんでこんなに急がされなきゃいけないんだ。
でもここまで来て話が出来なかったら意味がない。文句言わずついて行かなきゃな。
「漁船ってなんなんだ?」
「俺達はパルチナとシュワン諸島の事で領土紛争を抱えてる。今までは実質俺達が実効支配してたんだけどよ、バルディナと手を組んだ途端、いい気になりやがって一般の漁船が領海侵犯を犯してきやがる。ったく一々潰す身にもなれってんだ」
そうか、バルディナと手を組んだら実質パルチナを止められる国はいなくなる。パルチナ国民も、これを機にシュワン諸島を取り戻そうとしてるんだ。
その行動が表立って行われ出して、領海侵犯の事実が多発してんだな。
シュワン諸島は100年前までパルチナに支配されてたんだけど、パルチナとヴァシュタンのサルタ海戦の結果ヴァシュタンが勝利し、ビアナが仲介を取り、領土を手に入れた。
だから実質ヴァシュタンの物なんだけど、それからヴァシュタンとパルチナの仲は冷え切っている。もう冷戦状態だ。
お互い直接貿易は絶対しないし、ヴァシュタンはパルチナの人間の受け入れを拒否してる。一般人でもヴァシュタンの領土内に足を踏み入れるのを許さないのだ。
まぁ同じ事をパルチナもしてんだけどな。
小走りで走る事20分、他の家よりも大きな屋敷の門を先についていた紫色の髪の少年ジェシカが開けていた。
イースはジェシカに礼を言い、俺達に中に入るように促した。
今度はジェシカに案内されて、俺とランドルフは屋敷の中に足を踏み入れた。そしてイースと何かを話しながら、その後をレオンも付いてきた。
「あんたまだ密使やってんの?いい加減イグレシアも黙ってねぇだろ。ばれたら公開処刑じゃねぇのか?」
「ばれる様なことはしない。俺には俺の考えがある」
「正直俺から言わせれば、お前は女王に毒された。そうとしか言いようがないね」
「……」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「はいはい、ここに座ってねぇ~僕はアウグスとエルネスティを呼んでくるからねぇ」
ジェシカはそう言って、扉から出て行った。それと入れ違いにイースとレオンが入ってくる。
なんだか屋敷の中は生活館ありありだ。金持ちの豪邸とは程遠い内装って感じ。こういうの見てると、確かにヴァシュタンの身分意識は薄そうだ。
ランドルフはソファに深く腰掛けて何も話さない。少しは緊張してんだろうな。それは俺も同じだけど。
そして待つ事15分、体格のいい男が2人、そして綺麗な女の人が入ってきた。
俺の向かい側のソファに髪の毛を立てたガタイのいい男が座り、その隣のソファにメガネをかけた男と髪の長い綺麗な女の人が腰かけた。
多分この髪の毛立てた奴がトップなんだろうな。
ランドルフが背筋を伸ばし頭を下げたのを見て、俺も真似をする。レオンもだ。
「いいって、そう言う堅苦しいの好きじゃねぇし」
「一応礼儀は礼儀、やるべき事をやる前の話は嫌いでね」
「ファライアンの使いはいっつもそんなんばっかだな。堅苦しいぜ」
髪の毛を立てた男は豪快に笑い、ソファに身を預けた。
やっぱこいつがトップなのかな。メガネの男はナンバー2て所か?
モンモン考えている俺を尻目にランドルフは下げた頭を上げて真っ直ぐ男を見据えた。
さて、本腰入れて話をしますか。