21 レオンからの忠告
「さぁ、そろそろ時間だね。これだけ買い物すりゃ大丈夫だろ」
あれからまた表の市場に向かった俺達は色々買い物をした。
泣き続けるルーシェルを励ます為に物で釣り、お菓子を大量に買い与えた。まぁ買い物のほとんどがルーシェルへの貢物なんだけどな。
21 レオンからの忠告
船着き場に向かうと、ファライアンに向かう大きな船が船舶し、既に乗客の乗り込みが始まっていた。
船に乗り込むには1人1人検査を行っている。
まずはチケットを渡し、その後に顔を見せて名前を名乗らなきゃいけないようだ。そしてそれを行っている検査官にライナは顔をしかめた。
「ダフネ、今回の検査者はレオンとルイーゼみたいだね」
レオンは知ってる。さっきライナも説明してた通り、ここの当主イグレシアの右腕だよな。でもルイーゼって誰だ?
首をかしげてる俺にライナは1から説明してくれた。
「ビアナの当主、イグレシアの腹心を任されている奴は5人。それぞれ東西南北を治めている。トレジャーハンターでもあり、諜報能力に優れたレオンと弟のリオンは西、軍団長モルガンが北、国一番の医師コーネリアが東、国1番の商人ヴェロニクが南って具合にね。東西南北の文化に適した奴が当てはめられてんだよ。一番栄えてるのが南、まぁここに港があるからね。北は軍事に関する全てが整えられてる。東は住宅街、西がトレジャーハンターや情報屋が集まる裏通りや飲み屋が多い場所さ。ルイーゼはコーネリアの孫だ。コーネリアは高齢だからルイーゼが今は仕事をほとんど任されてんだよ」
「ふぅん……」
「そんな大物がわざわざ検査に出向いてる。何かあるのか?」
ライナが首をかしげ、ドリンに小声で何かを命令した。
ドリンは言われた通りに飛んで行き、俺達の少し離れた所を飛びまわっている。その姿を確認した子どもが指を指している。カラフルな鳥がいると。
レオン達は検査をしてる為、ドリンの存在に気づかない。そのままドリンはライナの肩に戻ってきた。
「どうだったドリン?」
「写真、ルー、写真」
「……どうやらバルディナの手が伸びてたようだね」
「どう言う事だ?」
「あいつらあたしらがファライアンに行く事を読んでたみたいだね。ビアナに協力を頼んでやがる。就航便で行く場合は検査してくれってね。あいつらが見てる紙は恐らくルーの写真だろう」
「マジかよ……」
ここまであいつらの手が伸びてるのか。ならば早く逃げなきゃいけない。
でも逃げた所でどうすればいい。ファライアンへ他に行く手段がない。あそこは厳密な入国審査がある。就航便以外の個人船での入国は国の正式な許可書を役所でもらった旅行者じゃないとかなり厳しい。ここをどう突破するのか……見つかる可能性の方が高すぎる。
ライナと顔を見合わせて、とりあえずこの船に乗るのを諦める為に引き返そうとした時、周りにいたビアナの自警団に止められた。
「おい、もう船の搭乗は締め切られる。お前らチケット持ってるじゃないか、早く乗れ」
「いやーやっぱりキャンセルを……」
「ならその手続きがいる。手続きなしでのキャンセルはキャンセル料が発生するぞ」
「別にいいから!」
「どうした」
俺達の騒ぎを聞きつけて、レオンがこっちに歩いてきた。近くで見ると、俺よりどう見ても年の変わらない20代前半の男だった。こんな奴がイグレシアの片腕なのか……って、そうじゃない。どうするんだよこの状況!
ライナはポツリと終わった、と呟いた。まだ諦めんなよ!
レオンはこちらにチラッと視線を向けた後、何かに感づき、手元にある資料をめくった。あ、ばれた。もう終わりだ……心臓が有り得ないくらいバクバクなっている。俺達はここでバルディナに返されてしまうのか。でもレオンの言葉は予想外の物だった。
「……何してるんだ。さっさと船に乗り込め、時間が無いぞ」
「え?」
「お前達はチケットを持っている。乗るのなら早くしろ」
レオンはそれ以上何も言わずに、再び検査をする場所に戻っていってしまった。
「なんだかわかんねぇけどラッキーだな。行こうぜ」
「待ちなダフネ、こんな上手くいくものか?もしかしたらあの客は全てサクラで、あの船はファライアンじゃなくてバルディナに向かうのかもしれない」
「そんな……」
「乗るかどうかはあんたが決めな。あたしは怪しいと思うけどね」
確かに言われてみればライナの言う通りだ。あいつは明らかに俺達に気づいてた。それなのに見逃すとかあり得るんだろうか、それはビアナに利益が無いはずだ。
レオンの独断なんだろうか、それともビアナがバルディナに真っ向から対立してるんだろうか。わからない、でも他に方法が無いはずだ。
「俺は乗る」
「ダフネ……」
「国王と后の処刑の日は10ヶ月後だ。10か月以内に何とかしなきゃいけない。こんなとこで足止めを食らう訳にはいかない」
「そうかい。分かった、じゃあ乗り込もう」
「ライナはいいのか?俺達に巻き込まれる必要はないんだ」
「いいさ。乗りかかった船、一緒に行こうじゃないか」
ライナがそう言って笑ってくれるのが心強い。なんだかあんま歳は離れてないのにメチャクチャ先輩みたいだ。
俺とルーシェルとライナはそのまま船に乗り込もうとした時、レオンがぽつりと呟いた。
「ヒルダって女には気をつけろ。船の中ではハインツの傍を離れるな」
「え?」
「何をしてるんだ?さっさと乗れ」
聞こえた声に聴き返そうとしたら、レオンはすでに俺から目を放していて他の奴の検査をしている。
訳が分からなくて、とりあえずライナに報告する為にまずは部屋に行ってからにしよう。俺はルーシェルを抱き上げてライナと部屋に向かう事にした。
「うーん……やっぱ普通の船だからそんなに綺麗な訳じゃないねぇ」
「そりゃそうだろ。一番格安の船だかんな」
部屋は最低限の物しか置いていない。しかも広くもない。
まぁそれもそうだろう、そんな値段のいい船を選択した訳じゃないんだから我慢するしかない。
それはそうとルーシェルを降ろしてベッドに座らせて、俺はライナに気になった事を伝えた。
「さっきレオンが言ったんだ。ヒルダって奴に気をつけろ、ハインツの側にいろって」
「ハインツ?」
「わかんねぇんだ。でもあいつは確かにそう言った」
「そうか……とりあえず言われた通りハインツって奴を探そうか。話はそれからだ」
ライナに言われて、俺達はハインツを探しに船の中を散策する事にした。船に乗っている人は80人程度、まぁこの部屋の数だったらこのくらいだろう。でも80人の中からハインツさんって人を見つけるのは苦労しそうだ。
それぞれが部屋に入ってるんだろう、あまり俺たち以外の人は見つからない。見つけた人に聞いてみたけど、皆ハインツさんじゃないと言われた。そしてその中のショートヘアの1人の女性に声をかけた。ハインツって名前は男の名前だけど、知り合いの可能性もあるから一応。
「すみません、ハインツさんを知りませんか?」
「ハインツ?いいえ、知らないわ。私はヒルダ、貴方はどなたなの?」
ヒルダ!さっきレオンが言っていた奴……
俺は適当に誤魔化すべく、偽名を名乗り、その場を去ろうとしたのをヒルダは止めた。
「可愛い子ね、なんでフードを被ってるの?船内なんだから取ればいいのに」
「あーそうですね。こいつ恥ずかしがりやで……な」
「う、うん」
ルーシェルは俺にしがみついて顔を隠した。恥ずかしがってる訳じゃない、本気で何かに怯えている顔だ。ルーシェルの反応にヒルダは少し残念そうな顔をしただけで、すぐに笑顔を浮かべた。
そしてヒルダは人のいい笑みを浮かべて去っていく。その瞬間に僅かに嗅ぎなれない匂いを感じた。なんて言うんだろう、物が焦げたような匂いっつーか……うーん上手く表現できねぇわ。
でも先入観があるからかもしれないけど、この女には嫌な雰囲気しかしない。でもハインツさんは見つからなさそうだな。飯の時は食堂に来るよな。その時に言えばいいか。
しばらくは部屋の中で時間をつぶしたり、ルーシェルが海を見たいと言ったので外に出たりした。
ルーシェルはオーシャンの海を見た後だったので、海があんまり綺麗じゃないと文句を言っていたが、それはもうしょうがない。
そのまま夕飯を食べれる時間帯になったので、俺とライナは食堂に向かった。
食堂は賑わってて、今まで部屋の中にいた人が皆出て来てる感じだ。やっぱこんだけ人が乗ってたんだな。
何種類かの飯を取って、適当に席をとって腰かけた。でもこんだけ人がいたら逆にハインツさんかどうか話しかけるのが少し気まずいなぁ。
そう思ってた時、俺達の席に1人の青年が相席してもいいかと聞いてきたので、断る理由もなかったからOKしたら、そいつは俺の隣に腰かけた。飯を食いながらそいつは俺達に声をかけた。
「俺の事探してるってあんた?隣の部屋の夫婦が声をかけてきたんだけど」
「え?じゃあ貴方がハインツさん?」
「まぁね、俺がそうだけど。で、あんた達は何の用なんだ」
用と言われて困ってしまった。
レオンから離れるなって言われただけで、個人的な用は全くない。
何も言えなくて固まってる俺にライナが助け船を出した。
「レオンって奴があんたの傍を離れるなって言ってたんだよ。あたしらも良く意味が分かんないんだけどね」
「レオンがぁ?ったく、あいつ厄介事しか人に押し付けねぇからな」
溜め息をついたハインツさんになぜだかこちらが罪悪感。まぁ悪いのは俺達なんだけどさ。
でもレオンは何でそんな事言ったんだ?ヒルダって奴が怪しいって言ってたのは何となくわかるんだけど……その時、噂のヒルダが近付いてきた。ヒルダもトレーに飯を乗せて相席を希望してきた。何これ気まずい。
ルーシェルは机をくぐりぬけて俺の膝に避難してきた。よっぽどヒルダが嫌いみたいだ。
ヒルダはそれに気にした様子もなく、飯を食いだしたけど、そんなヒルダにハインツさんの視線が突き刺さる。ヒルダはそんなハインツさんに気づいてるのか気付いてないのか、笑みを浮かべたまま俺達に声をかけて来る。
「貴方達は今回は観光でファライアンに?」
「え?あ、まぁ。そっちは」
「私は仕事でなの。ファライアンには初めて行くんだけどね」
「そうなんですか」
飯を食うからフードを被ってないルーシェルが気になる。顔をかくしてしまってるルーシェルに不安だけが募ってしまった。とりあえずハインツさんを見つけたんだ。なんかあったら頼ればいいだろ。
元々食べる量も少なかったのか、ヒルダはさっさと食い終わって食堂を出て行った。その後ろ姿をハインツさんは睨むように見ていた。
「……くせぇな、あの女。火薬の匂いプンプンさせてやがる」
「え?何か言いました?」
「いや、忠告しとくぜ。あの女には近づくな」
ハインツさんもレオンと同じ事を言ってトレーを持って行った。本当に何者なんだヒルダって奴……飯を食い終わって、俺達も部屋に避難。
そのまま寝ようとした時、部屋の扉をノックしてヒルダが入ってきた。
「あの、ヒルダさん何か……」
「ねぇ貴方ってダフネさんよね?」
「えっ?」
「お仕事なの、私と一緒に行きましょうか。ルーシェル王子を連れてね」
そう言ってヒルダが俺達に向けてきたのは見た事の無い武器だった。なんだあれは……
剣を持とうとした俺をライナが慌てていさめた。
「馬鹿よせ!あれは銃だよ。ザイナス特有の武器……」
「え?じゃあ……」
「ザイナスはバルディナと協力してる。こいつはあたしらを連れ戻す為に潜入してたんだよ」
レオンが言ってた事はこれだったのか!
ルーシェルは怯えて何も話す事が出来ない。そんなルーシェルに駆け寄る事も出来ない。
どうする……どうする!?
「ビアナも当てにならないわ、あんた達を船に通すなんてね。でも私がいるから何も問題は無い。さぁ、観念なさい」