19 商人達の国ビアナ
「ライナ達、もうすぐビアナが見えてくるぜ」
船員のおっさんが俺達に声をかける。
ルーシェルとライナは甲板に向かって行ったけど、俺の方は4日間も揺れる船に乗って少し酔ってしまった。まさか自分が酔うとは思わなかったよ。ライナから外に出たらいいんじゃないかと言われて、仕方なく後ろを付いて出て行く。
今まで真っ青な海と空しか見えなかったけど、今は甲板から沢山の船と島が見えた。
19 商人達の国ビアナ
「あれがビアナ?何か船が一杯あるね」
「そうだろう、なんせ世界中の物資が集まる場所だ。世界で1番栄えてる国と言っても過言じゃない。王子様、ビアナの中ではフード必須で身分は隠すんだよ」
「どうして?」
「ビアナは世界中の商人が集まる。勿論バルディナの商人もだ。下手な行動はしない方がいい」
ルーシェルとライナが話しているのを後から甲板に出た俺は壁に凭れて耳だけ傾ける。
ビアナには初めて行ったけど、やっぱり凄く栄えてると言ってもよさそうだ。色んな船が船舶し、ここから見える島だけでも緑色の部分が見えない。つまり森や木があまりない、開拓されていると言う事だ。
ビアナは面積がそこまで大きくは無いけれど、人口はかなり多い。森を開拓して家を作ってたら、ビアナ内に森はほとんど無くなってしまったらしい。
「じゃあアルトラントの商人にも会えるのかな!?」
「会えるだろうね。シースクエアの連中からの情報を仕入れてりゃ、祖国に戻ろうなんて思わないはずさ。何人かには会える可能性がある。でも会ったら駄目だ。王子様の身分をばらす事になるからね」
「そんな……」
確かにライナの言う通りだ。ここでアルトラントの人間を探す訳にはいかない。
そいつから下手したらビアナ全体に広がってしまうかもしれない。そしたらバルディナはビアナに兵を向けるだろう。いや、恐らく隠密にビアナに兵を向けているはず。ルーシェルはフードを深く被ってばれないようにする必要がある。
基本ルーシェルは国王の公務にも幼い事を理由に参加しない事が多いからミッシェルやクラウシェルと違って顔は割れていない。でもバルディナの奴らは恐らくルーシェルの顔を知ってるだろう。探す相手の顔を知らない訳がないからな。
あと1時間程度でビアナの領海に入ると船長に言われ、ルーシェルにフードを被せた。
ビアナの領海を示す海域には堤防が建てられており、そこでビアナの商人が船を入念にチェックしている。
何時に来る物資とか、船のコード番号とか……大丈夫なんだろうか。俺達はここを抜けれるのか?
不安そうな俺に感づいたらしいライナが平気平気と軽く答えた。
「余裕さ、ビアナは他種族の商人が移り住んで出来た国。その分、他の船とかにも寛容だ。旅行者も多いし、個人単位での船での旅行も受け入れてる。船での旅行って答えれば大丈夫さ」
「でもそんな緩くて国は大丈夫なのか?侵略され放題じゃないか」
「ビアナは世界の交易処、そこを襲ったら世界中から袋叩きさ。それがビアナの国の強みでもあり、ビアナが戦に無関係でのんびりやれる証拠さ」
確かにそうだろうな。ビアナが潰れたら世界の交易や貿易がストップする。上手い事どの国にもひいきされる事で戦を回避するのか……ある意味、もっとも賢い国だろうな。
その分、貿易や交易は頭がいる仕事だし、関税の割合や、物資の値段などの相場もビアナが決めている。
働きづめの生活なんだろうけどな。
そのくせに国内の法規制が緩いから治安は結構悪いって聞く。緩いおかげで簡単に入国できるのはいいけど、盗賊やトレジャーハンターの住処になってるって言うから困りものだ。
ビアナの堤防が近づくにつれて、ビアナの領海内に入ろうとする船が並んでいる。俺達の船にビアナの船が近づいてきて、旅行客は3番ゲートで許可を貰ってくれと言ってきた。
それに従って3番ゲートに向かうと、大型の団体客を乗せた大きな船や、個人旅行なのか小型の船が数隻並んでいた。1時間半くらいそこを並んでいると、俺達の船の番になる。堤防の前に建てられた浮島のような建物が建てられており、そこに船を停泊させて色々質問に答えなければいけないようだ。
「えーと今回は個人旅行かなんかかい?」
「まぁそんなとこだ」
「どこの国の人間が何泊する予定なんだい?まぁあんたは髪の色と肌の色で見た所オーシャン人だろうけどな」
まずい、俺とルーシェルはアルトランド人って言ってもいいんだろうか。アルトラントは侵略されたのをビアナなら知ってるはず。いや、もう情報は世界に回ってておかしくない。
何て答えたらいいか分からない俺の顔をビアナの奴が覗き込んできた。
「あーあんたアルトラント人だな」
「な、何でそう思うんだよ!」
「なんでって言われてもなぁ……まぁ俺の仕事がらの勘だよ。こんだけ他国の人間見てると見分けつくようになんだよ」
すげぇな……やっぱ違う人種が集まってできたビアナだからこそだろうな。俺は見分けなんて使ないわ。
ライナがオーシャン人だって言うのくらいしか……バルディナとアルトラントは人種が同じだから似通ってるし、他の国は知らないからなぁ。
「見分けってどうやって分かるんだ?」
「そんなん目の形や彫の深さってとこか。まぁ普通に見てたらあんまり分からない変化かもな。特にアルトラントとバルディナとかはな」
「ふぅん……」
「ま、あんた達は旅行って言ってるけど逃げてきたんだろ?アルトラントの情報は知ってるよ。良くここまで辿り着いたな。ここでは国や人種は関係ない、歓迎するよ。そのまま5番ゲートの港に入港してくれ」
そいつはそう言って入国許可書をくれた。これがないと万が一の場合は不法滞在だと判断されて追い出されるんだそうだ。それを自分のカバンに折りたたんで入れて、船が港につくのを待つ。
領海に入ったとしても、実際に港に船を入れるには3時間近くかかるらしい。まだ船に乗らなきゃいけないんだな。マジで嫌になる。
「なぁライナ、他の国の奴らの見分け方は何かないのか?」
「さぁねぇ、そこまで他人の顔をまじまじ見てるなんてしないから」
「なんだ分かんねぇのか」
「簡単に言えばね」
くだらない事を話している間にも5番と書かれたプレートにそって船が進んでいく。次第に街の喧騒も聞こえてきて、本当に栄えてるんだなと感じる。
治安はあれだけど戦争に無関係でいられるから、ここに移り住んでいく人が多いのも分かる気がするよ。船が5番ゲートの決められた位置に入港し、それを係の奴らが色々入力していく。そして降りる許可が出て、俺達は4日ぶりに大地に足を付けた。
「あーやっぱ地面はいい!もう暫く船はごめんだね」
「あんたは弱いねぇ……大丈夫かい?」
「うん」
ルーシェルもビアナの地に足を踏み入れ、船長達は船を下りて少し観光してから帰るそうだ。確かに港にはお土産屋が大量に軒を連ねている。
シースクエアも中々の都市だけど、ここには全く敵わない。それほどここは賑やかで栄えている。さすが世界の交易どころ。船長達と別れてライナと3人で少しビアナ内を見て回る事にした。
「そう言えばダフネ、王子様に名前を付ける必要があると思わないかい?」
ライナが小声でコソッと俺に耳打ちをして来た。でも確かにその通りかもしれない。
ルーシェルと呼ぶのは流石にまずい。王子様って呼ぶのアウトだ。ここで偽名を付ける必要があるだろうな。
「じゃあ頭をとってルー、語尾を取ってシェルはどうだい?」
「そのまんまだなぁ……もうルーでいいんじゃない?分かりやすいし。平気か?」
「うん、どっちでもいいよ」
「えーシェルは可愛くないのかい?」
「じゃあお前はシェルって呼べよ。本人が分かればいいんだから」
ノリの悪い奴だねぇ、ライナがブチブチ文句を言っているが、とりあえずルーシェルの偽名は決まった。めちゃめちゃ安直だけど分かりゃしないだろう。ルーもシェルも子どもの中ではマイナーではない名前だ。メジャーでもないけど。呼んだだけでばれる心配はないだろうな。
ルーシェルを連れて、俺達はビアナの中心部に向かって歩いて行く。
「さ、ファライアンに気のチケットを買おう。ビアナは戦には中立を貫いている。ここでバルディナの事悪く言ったって手は貸してくれないさ」
「そうだな」
中立国家のビアナに協力は正直言って期待できない。向こうも戦争に巻き込まれたくないから中立を貫いてるんだ、頼んだって頼まれてくれないだろう。ビアナは中々でかい海軍を所有してるから力を貸してくれたら頼もしいんだけどな。
ここはさっさと準備だけしてファライアンに向かうのが手だろうなぁ……本当はオーシャンから直接行ければいいんだけど、ファライアンはビアナと違って許可の無い船での領海入りはかなり厳重な検査があるって聞いてるからな。
ビアナからの就航便で行くのが一番検査も少なくて手っ取り早い。
ライナはビアナには既に足を運ばせた事があるらしい、ビアナの中を良く知っている。とりあえずライナに従って、まずファライアンへのチケットを取りにチケット売り場に足を運ばせた。
チケット売り場は結構にぎわっていて、プレートに書かれた料金の値段を払ってチケットを買っている。親父に渡された金を使えばファライアンまでのチケットは買えるだろう。
ライナもある程度の金は持っているらしく、すぐにチケット売り場に並ぶ事にした。20分程度並んで、遂に俺達の番になり、俺は受付の人に行きたい場所を答えた。
「ファライアンへの周期便は何時のがあるんですか?」
「そうですね、今現在だと一番すぐの時間は2時間後の13時になりますが、この便は席がもう満席なので次の便は20時になっています。その後は次の日の13時ですね」
20時を逃すと次の日になっちなうのか……ビアナの中は安全だ。特に急がなきゃいけないってわけじゃないから、別に明日でもいいけど。あまり立ち止まるのは好きじゃない。もう少し事が発展したら落ちつけるんだけどな……
とりあえずここは自称先輩のライナの意見を仰ごうか。いい意見をくれよ先輩。
「どうするライナ?」
「20時のに乗っちまおう。ビアナでの準備は短くなるから忙しいけど、どうせ船に乗りゃ、やる事ないから寝るしかないんだ」
「そうだな、じゃあ20時の便を3人で」
「はい、お部屋は3人ご一緒になさいますか?」
「えっ?」
「何赤くなってんだい?安くつく方がいいだろ。3人一緒で構わないよ」
いいのかよライナ!お前一応女だろ!?
でも言ってしまったからにはもうどうしようもない。受付の人は3人1部屋での値段を計算している。そして指定された値段を払い、チケットを貰った。
なんだかすごい気恥しいな。だって女と一緒の部屋とか……でも俺の気持ちが伝わったのか、ライナは俺の肩を叩いて笑った。
「心配しなくていいよ!あんたが妙な気起こしたらぶっ飛ばして目ぇ覚まさせてやっからさ!」
「起こさねぇよ馬鹿!」
ルーシェルが俺とライナの会話をキャッキャと楽しそうに聞いている。傍から見たら漫才なのかこれは。
その後はライナの後をついて行って、色々必要な物を買い込んだ。まぁファライアンまでの船の中は食事も出るらしいから飯の心配はなさそうだけど、世界中の物が集まるんだ。少しは特産品のお菓子でも買って行くか。
ビアナからファライアンまでは5日間の道のりだと聞いた。
ファライアンに向かうバルディナの兵は流石にいないかな?だったらまぁルーシェルを部屋の外に少しは出しても大丈夫だろうな。フード被せて顔を余り見えなくすれば。
ライナは中央の市場から少し外れた所に行っていいか?と聞いてきて、俺とルーシェルは再びライナの後をついて行く。どんどん西の方角に向って行くにつれて、飲み屋街などが増えてくる。それに比例して治安も余り良くない雰囲気になっていく。大丈夫なのかここ。
不安にかられながらも後を付いていくと、1つの宝石店に辿り着いた。あぁ、自分が持ってきたパールを売るのか。
ライナはその店でパールを中々いい値段で売り払い、店主に小声で何かを話しかけた。
すると店主は隣の部屋に行けと促してきて、ライナは俺達について来いと言った。一体何があるんだ?隣の部屋はいたって普通の部屋だったけど、ライナはその部屋にある本棚をなんと動かした。
「おいライナ!?」
「心配しなくていいさ。ほら、早く入りな」
動かした本棚の床には小さなドアみたいな物がついていて、開けた先には階段が見えた。ここに入るのか?
不安そうな俺とルーシェルを置いて、ライナはさっさと入っていってしまった。慌ててその後を追いかけたけど、この先には一体何が待ってるんだろうか。
「さぁダフネ、ルー、今までがビアナの表の顔。そんで今から行く所がビアナの裏の顔さ」
「裏の顔……」
「そっちの道の奴しか入れない場所って奴だ」