15 ダナシュ族の長
「おめえら気をつけろよ。こっから先はいわゆる敵地だ。おめぇらに全てかかってんだからよ」
「有難うジョーン」
オルハ島に上陸した俺達の肩を叩いてジョーンは豪快に笑った。
そしてルーシェルに跪いて頭を下げた。そうだ、全てルーシェルにかかってるんだ。
15 ダナシュ族の長
ジョーン達も船で戻って行き、リーフ族の奴らの船に乗り込む。
ここから先は3時間程度でダナシュ族の縄張りの島、バイゴッド島につくらしい。
その島に近づくにつれてライナの表情は緊張を含み、口数も少なくなった。
ルーシェルは不安になってきたのか、しがみついてきたので、俺はルーシェルを抱き上げて安心させるしかなかった。
3時間後、バイゴッド島の入江に到着した俺達を降ろしてリーフ族の奴らは再び監視の為にオルハ島に戻っていってしまった。
確かにあんな奴らが監視してちゃ、観光する時に商売あがったりだろうなぁ。すげぇ威圧感だったし……
入江に人は少なかったけど、褐色の肌を持つオーシャン人の中に褐色の肌じゃない俺とルーシェルがいるんだ。島の奴らの視線は釘付けだ。
そしてここはかなり暑い。
俺は袖なしの服だからいいが、ルーシェルは暑かったらしい、フードを脱ぎたがった。
ライナが情報が届いてないからルーシェルとバレる心配はまずないだろうと言うので、俺は暑がるルーシェルのフード付きの服と、上着を脱がせてやった。
薄着の長そで1枚になったルーシェルは少しマシになったのか、走り回って海を見つめた。
「すっごいね、魚が泳いでるよ。貝殻がある!」
「王子様、海で遊ぶのは後だよ。あたしの後についてきな」
ライナが歩いて行った後を俺とルーシェルが追いかける。
ダナシュ族の視線と小声で俺達の事を会話する声が聞こえた。ライナは気付かれないんだろうか、お姫様なのに……
「ライナ、お前は大丈夫なのか?姫なのに待遇悪くないか?」
「皆あたしがライナって気付かないのさ。ここを出た時のあたしはまだ15歳だったし、大人しい外見だったからねぇ、今の様にセクシーお姉さんじゃなかったのさ」
「本人が言うから眉唾ものだけどな」
「ダフネ、お前なぁ……」
ガックリ項垂れたけど、ライナの足が止まる事は無い。
ジャングルの様な森の中の細い道を歩いて行く。本当にここは自然しかないって感じだな。そしてオーシャンの動物の特徴なのだろう、鳥達を発見したけど、どれもこれもカラフルだ。
魚達もカラフルだったし、どうやらオーシャンの生き物はなぜか色が鮮やかな物が多いみたいだ。
しばらく森を歩いていると、開けた道が見えた先には森を切り取って出来た場所に沢山の家が並んでいた。ここがダナシュ族の集落だな。
ドリンが喜んで羽をばたつかせている。故郷に帰れたのが嬉しいみたいだ。
そして集落に入った俺達にダナシュ族の男たちが詰めかけてきた。
「お前、国外の人間だな?そっちの女はオーシャン民族みたいだが……他国の人間がバイゴッド島に入るのは禁止だ。即刻立ち去れ」
「お前誰にものを言っている。あたしはライナ、ここの長マイアの孫娘だぞ」
「ラ、ライナ様!?」
男の声で周りにいたダナシュ族が俺達を囲ってきた。
良く帰って来てくれた、とか御無事で何よりです、とか。完全に俺とルーシェルは放置されている。
ライナはダナシュ族の言葉を受け流し、道を開けろと言った。
開いた道を進んでいくライナの後をついて行く。
「ライナ様、彼らは……」
「客人だ。マイアに会わせる」
「は、はい」
一番奥に集落の中でもでかい家が見えた。多分あれだろうな。
ドリンが喜んで飛んで行き、その家に入っていった。やっぱそうだ、あそこがライナのじいさん、ダナシュ族の長マイアの家だ。
息を飲んだ俺とルーシェルを待ってくれないライナは時間もくれないまま藁でできた入り口をくぐった。
「じっちゃん、お袋、カーシー」
「なんじゃ……お前、ライナか?」
中にいたのは髭を生やして痩せ細った老人と、50歳くらいのおばさん、そして20後半ぐらいの男性だった。
ドリンはその奥にいる似たような姿をした色の違う鳥と寄り添っている。まさか彼女か?彼氏か?そう言えばドリンってオスなのか?メスなのか?
老人は一瞬ライナを睨みつけたが、相手がライナだと分かると、おぼつかない足腰で立ち上がり、ライナの腕を掴んだ。
ライナはそんな老人を抱きしめて、再び部屋の真ん中に座らせた。
驚いて言葉を発さないおばさんと男性を尻目に、ライナは俺達に座るように促してきた。それを見た男性、カーシーが声を荒げた。
「ライナ!お前村を出て連絡1つ寄こさないでやっと帰って来たと思ったら異国の男を連れてきて何のつもりだ!?」
「その事で話をしに来た。あたしは自分のやった事を後悔なんてしてない」
「お前っ!」
「カーシー、まずはあたしの話を聞いてくれ、お袋もじっちゃんも」
「じっちゃん!聞く必要ない!こんな国を捨てた奴の話なんかを!」
「まぁ待て、話だけならばまず聞こう」
「助かる」
ライナは手を動かし、頭を深く下げる。これがオーシャンの礼の仕方なんだろうか。
「じっちゃんに伝承を教えてもらいに来たんだ。国宝石のな」
「国宝石……?なぜじゃ」
「アルトラントがバルディナに侵略された」
「なんじゃと!?」
やっぱり情報が伝わっていなかったみたいだ。老人、マイアが目を見開いて身を乗り出した。
余程衝撃的なようだ、それも無理はない。そしてライナのお袋もカーシーも驚いている。
ライナはその反応を見て話を続けた。
「バルディナは国宝石について研究してる。多分ゲーティアを探す気なんだろう。あたし達はそれを止める為にヒントになるかもしれないから伝承を聞きに来たんだ」
「……なんと言う事じゃ。じゃあそちらの御二人は?」
「あぁ、アルトラントの人間だ。ただの人間じゃない。第2王子ルーシェル様と御世話係のダフネだ。2人は祖国奪還の為にも国宝石をバルディナから守らなければならない」
「王子殿下!?……しかし国宝石は国にあるのじゃろう?」
「俺持ってるよ」
ルーシェルがカバンから出した緑色の国宝石を見てマイアが再び目を見開いた。
まさか国宝石を生で見る事が出来るとは思わなかったんだろう。
「じっちゃん、バルディナは世界侵略を目論んでる。恐らくオーシャンにも手は伸びて来るだろう。もう閉じこもってる場合じゃない、オーシャンも世界に情報を発信するんだ。ファライアンなり東天なり手を組んでくれる国を探さなきゃ潰されるぞ。貿易にあまり関与してないオーシャンを無償で助けてくれる国なんかありゃしないんだからね」
「何と言う事じゃ……」
頭を抱えて項垂れたマイア、確かに今まで先延ばししていた結論をすぐに決めろと言われても決めれる物じゃない。
でもカーシーがライナに食ってかかった。
「何言ってんだよライナ!いきなり帰ってきて訳わかんねぇ事を……大体その情報自体本当かわかんねぇし王子が本物かもわかんねぇだろ!その国宝石も本物なのか!?」
「あたしが嘘をつくとでも思ってんのかい!?いくら兄貴でも容赦しないよ!」
「落ちつきなさい2人とも。じいちゃん、すぐに部族会議を開くべきだわ。ライナの話が本当ならバルディナの脅威は目前に迫っている。アルトラントが落ちた今、バルディナとオーシャンは隣国になったのだから」
「そうじゃな……至急会議を開く。カーシー頼んだぞ」
「チッ!」
カーシーは不機嫌を隠さず家を出ていってしまった。何だあいつは、そんなに嫌いなのか?
首をかしげた俺にマイアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまない王子殿下、ダフネ様。あれは目の前で父親を失くしてしまってなぁ、そのせいもあるのか、他国と交流を拒絶しておるのじゃ」
「父親を?」
「ヴァシュタンに襲撃されたのよ。私の夫はそこでカーシーを守って亡くなった。カーシーが貿易で初めて国外に出た時よ。初めてのカーシーには辛い経験だったのよ……勿論私も」
「あれは既に結婚をしており、子供もおる。子供に辛い思いはさせたくないんじゃろう」
そういって涙を流したライナのおばさんとマイア。そんな衝撃的な事件があったのか……
カーシーは怖いんだ。外の世界が……だからライナの言ってる事に賛成できないんだ。
2人が悲しそうにしている中、ライナだけポカンとしてる。カーシーの父親って事はお前の父親だろう?なんでそんなアホ面晒してるんだ。
「カーシーは結婚してたのかい?」
「お前はどこにいるかも分からん。連絡のしようが無いじゃろう!4年前に結婚したわい!」
「知らなかったよ!誰とだい?」
「同じダナシュ族の娘じゃ。今度挨拶に行きなさい」
「あぁ、今回は忙しくて無理だろうが、次は挨拶に行こう」
なんて奴だ……自分の家族が結婚した事も知らなかったのか。ライナは本当に国を出て行ってから1度も帰ってきてなかったんだな。
それだけライナの決意は本物だったんだ。
マイアはライナに一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、ルーシェルに視線をよこした。
「王子殿下、あんたは伝承が知りたいんじゃな?なぜそう思うのじゃ」
「だって国宝石の秘密を知らなきゃいけないんでしょ?ダフネが言ってるよ」
「幼い王子殿下にはまだ難しい話しかもしれんのぉ……ダフネ殿、あんたはどうするつもりなのじゃ?」
急に話を振られて焦ったけど、でも俺の願いは決まってる。
「祖国奪還を目指す為にも、バルディナにゲーティアを渡す訳にはいかない。先にゲーティアの在り処を突きとめたいんです」
「それはお前さんがゲーティアを手に入れたいだけじゃないのかね?」
「え……」
「ゲーティアは禁断の魔法を集めた魔術書じゃ。その強大さゆえにゲーティアを求めての戦争を恐れた英雄たちが封印した。しかしお前さんはバルディナから守るのを口実にゲーティアを手に入れて祖国奪還を目指したい。違うのかい?それはバルディナと同じじゃ」
そう言われてみたらそうなのかもしれない。
自分が使う事を考えはしなかったが、バルディナからゲーティアを守る為に先にゲーティアを手に入れようと思ってた。
じゃあ今の俺はバルディナと同じなのか……?
「違うよ」
「王子殿下?」
「ダフネはね、違うよ。バルディナと一緒じゃないよ。だってダフネは皆を守りたいだけなんだもん」
ハッキリとしたルーシェルの言い方にライナもマイアもライナのおばさんの笑みを浮かべた。
でも俺はルーシェルの言葉をそのまま受け入れる資格があるんだろうか。
祖国奪還の為に力が欲しいと思ったのは嘘じゃない。俺はバルディナと一緒なのか?
「慕われておるんじゃのダフネ殿」
「俺は……」
「ダフネ殿、ゲーティアを探しなさい。ゲーティアは確かに禁断の魔術書じゃ。じゃがその力に魅入られない強き信念があれば、ゲーティアすらも扱いこなせるじゃろう。英雄もゲーティアを扱えたからこそ大戦に勝利したのじゃ」
英雄が扱えたって言っても俺が扱える訳が無い。見つけたと言っても使えないだろうな。
俺は最後までルーシェルにつき従うだけだ。御世話係としてルーシェルの騎士として。
ルーシェルは国宝石を握りしめて俺に振り返った。
「俺とダフネなら絶対にバルディナをやっつけられるよね?ミッシェルとクラウシェルとパパとママと皆を助けられるよね?」
「……あぁ、絶対に助けよう」
それしか言えなかった。
俺はバルディナを倒したい。でもその為にゲーティアを求めるのはバルディナと一緒だ。矛盾してる、自分の考えが。
グルグル回って分からなくなってきた。
でもルーシェルの望むままに俺は動く。ルーシェルが祖国奪還を願うなら、俺はどんな手を使っても望みを叶える。今はまだそれでいい。
「そうじゃな、じゃが伝承を聞いたとて国宝石にゲーティアの在り処が記されておる。わしらは国宝石の字は読めん。あれは英雄が独自に考えた時じゃからのぉ」
「じっちゃん、ルーシェル王子がなぜバルディナに狙われてるか、その理由の1つに国宝石を持って逃げた事もあるけど、ルーシェル王子自身が国宝石に書かれた文字を読解できるんだ」
「なんじゃと?そのような者がいるのか!?」
「王子は母親に教えてもらった文字だと言っていた。恐らく母親はアルトラントの英雄リジアと何かしらの繋がりがあったんだろう。そしてルーシェル王子にだけ、その文字を教えていたそうだ」
「そうか……分かった。我が島の伝承を全て話そう。ルーシェル様、あんたは救世主だ。あんたとダフネ殿が次の英雄になる御方なのじゃ」
そうだ、ルーシェルに全てがかかってる。
ゲーティアの行方もアルトラントの命運も。ルーシェルがいなきゃ祖国奪還は考えられない。国民を先導できる最後の希望だから。
ルーシェルが第3カ国の力を借りてバルディナに宣戦布告、そして弱ったバルディナを背後から突くのがクラウシェルとミッシェルの仕事だ。
クラスシェルは賢い、祖国奪還を願う気持ちも強いはずだ。少しの隙も見逃すはずが無い。クラウシェルが国民を率いてバルディナの騎士たちと最終対決する。その時、アルトラント解放の全てがかかる。
全てこいつらにかかってる。俺たちの未来もアルトラントの未来も何もかも……
マイアが伝承を口にする。
その話を集中して聴くべく、俺は耳を傾けた。