13 船に揺られて
1時間後、船着き場に向かった俺におっさんと娘が待っていて案内してくれた。
その船に乗り込んで、おっさんと娘の一緒に乗り込む。
「さぁてこっからオーシャンの国境付近までは船ぶっ飛ばし続けて2日はかかる。船酔いには気をつけろよ」
13 船に揺られて
「俺船初めて」
ルーシェルは船に乗った事がないらしい。
忙しなく視線を動かすルーシェルにライナが笑って声をかけた。
「あんまり首動かなさい方がいいよ。慣れてない奴は船酔いしちまうからね。横になっときな」
「船酔い?」
「まぁ簡単に言えば気持ち悪くなって吐き気が来るんだよ。でも王子様は馬にあんだけ揺られてても平気だったから多分大丈夫だろうねぇ」
軽い会話を交わしていると、おっさんが出るぞーと合図して船が進みだした。
ルーシェルは初めて乗った船と動きだした事に興奮して甲板に身を乗り出して海を眺めだした。
「おい危ないぞ」
「すごい!海の上を走ってるよ!」
「面白い表現するなお前」
おっさんの娘、確かイオリだっけ?がルーシェルの頭をポンポン叩いて笑っている。
このまま行けば大丈夫だ。ライナも大丈夫って言ってたし、後はオーシャンに入れさえすれば、そこからビアナを経由してファライアンに迎える。
そこで青の国宝石を探そう。そして魔術国家も。
正直言って、バルディナに解読される前に国宝石の読解をするべきだと思う。
バルディナにだけはゲーティアを渡してはいけない、それの妨害をしなきゃいけない。だから必然的に俺たちがゲーティアを探さなければ……
いつの間にか暗い顔をしている俺の頭をライナがこずいてきた。
「暗い顔しなさんな。辛気臭いねぇ~なんだいお姉さんに話してごらん?」
「お姉さんって同い年くらいじゃねぇのかよ!」
「えーあたしは22歳だよ。あんたあたしより下だろう?」
「……俺は20歳だ」
ライナはほらな!と言って笑っている。
ていうか年上だったんだなぁライナの奴……どうりで兄貴風吹かせると思った。
「なぁライナ、考えてんだけどよ……もし万が一ゲーティアを奪われたらどうなるんだろ」
「それはそん時になってみなきゃ分かんないね。最悪の事態ばっか恐れたって何も変わりゃしないよ。最良の未来を見据えて突っ走るしかないんだよ」
「……」
「怖い事考えたら足が震える。でも震えてたって始まんないだろう?進まなきゃいけないんだ、特にあんたは。王子様が狙われてる以上、王子様はあんたしか頼る相手がいないんだ。そのあんたが揺らいでちゃ、王子様も崩れちゃうよ。凄いと思わないかい?家族と引き離された王子様だよ。世間すら知らない幼い子供が、あんなに懸命に生きてる」
そうだ、ルーシェルは頑張ってる。家族を助けようと必死になってる。
そんなルーシェルを支えるのが御世話係の俺じゃないか。俺がこんな事じゃルーシェルは守れない。
世界を旅してきたライナはやっぱり世界情勢に詳しいのもあるし、冷静だ。冷静に第3者からいろんな角度で物事を考える事が出来る。
俺もそうならなきゃ……
ライナは小さくなっていくシースクエアの港を見ながら呟いた。
「そろそろバルディナの兵がシースクエアについてもいい頃だろうな」
「……俺達はギリギリだったのかな」
「あぁ、でも大丈夫だ。身分と素顔を隠してたから、兵たちが聞きまわっても中々情報は出ないさ。まぁその前にシースクエアは中々でかい街だ。アルトラントが落ちたって情報が全土に広がるだけで最初は暴動が起こるさ。まだ知ってる奴らは少ないみたいだしね」
「あいつらは一般市民も殺したんだっ……そんな最低な奴を騎士なんて認めねぇ」
「おいおい、そりゃどう言う話だい」
声が聞こえて顔を上げたら、そこにはおっさんが立っていた。
おっさんは複雑そうな表情で俺達の前の椅子に腰かけた。話を聞かれてしまった……
「船はどうしてるんだ?」
「あぁ?娘のイオリに任せてある。それより気になるじゃねぇか、続き話せよ。下手したら俺はやばい事に首突っ込んでる事になる」
有無を言わせない言い方に息を飲んだ俺にライナは安心させる様な声を出した。
「ダフネ、言った方がいいね。どっちにしろおっさんはシースクエアに戻ったらバルディナの兵に詰問される可能性が高い。シースクエアで王子たちが見つからなかったら、船を持ってる奴が逃がしたって可能性をバルディナは真っ先に疑うからね。その時に下手に口滑らされるよりかはマシじゃないか」
「でも……」
「おっさんおっさん言うんじゃねぇ。俺はジョーンだ」
「ジョーンさん……あの子供は第2王子ルーシェル様です」
「第2、王子だとぉ!?あのバルディナが追ってるって奴か!?」
「はい、俺達は国王の命令を受けて国外逃亡を図ってるんです。祖国奪還を目指して今は逃げてる途中です」
信じられない顔をしてジョーンさんは考え込んでしまった。
その時ルーシェルが顔をのぞかせて、こっちを見ている。おいでと言えば膝に乗ってきた。
「ルーシェル、指輪を見せてくれ」
「指輪?いいよ」
ルーシェルがカバンから出した指輪をジョーンさんに渡す。
これを見れば分かるだろう、ルーシェルが本物だって言う事を。
「シンボルの女神像の刻印の入った指輪……まさか本物かい。光栄だ、王子様の国外逃亡に肩貸せるなんてねぇ」
ジョーンさんは豪快に笑い指輪を返してきた。
それを大事にルーシェルがカバンに入れたのを確認して、ジョーンさんに向き直る。
ジョーンさんは何かを考えて顔を上げた。
「おめぇら最終的にはビアナに行くっつってたな。その後はどうすんだ」
「すみません。それは言えません」
「ま、そうだろうな。迂闊に口滑らせたら大変だもんな。細けぇ事は聞かねぇよ、聞かなくたって何となく分かるからよ。逃げるっつったら、あそこしかねぇ。だが無理だけはすんなよ」
「はい、有難うございます」
ジョーンさんはニカッと笑って、室内を出て行った。
話の分からないルーシェルは首をかしげてたけど、大丈夫だよ。とだけ告げれば安心した様にふにゃっと笑った。
でも眠くなってきたのかあくびを1つ。
この部屋には寝る場所がちゃんと用意されている。ルーシェルを抱えてベッドに横にすれば、ルーシェルはすぐにスヤスヤ眠りについた。
「あんたも寝たら?疲れてるんじゃないのかい?」
ライナにそう言われたので俺も眠る事にした。
ライナはピンピンしてる。どうやら不規則な生活には1人旅をしてる手前、慣れてるそうだ。本当にライナはすごい奴だな。
城の女にこんな個性的な奴いないぞ。いや、城の奴らも個性的だったけど……
セラはどうなったのかな。城は落とされちまったけど生きてるよな。
セラだけじゃない、ジェイクリーナスもヤコブリーナスもイワコフもミカエリスもマリアもミリアもコラッドもサヤカも皆生きてるよな。
クラウシェルは大丈夫だったのかな。俺達を逃がす為に命を張ってくれた。
生意気な子どもだと最初は思ってたけど、あいつは本当に王子としての使命感に駆られていた。俺達を逃がした時のあいつの誇らしげな表情が頭から離れない。本当にあいつは勇敢な奴だった。
ミッシェルも生きてるよな。殺されたりしてないよな。
流石にわがままが通用する状況じゃないからストレス溜まってないかな?ちゃんとお菓子出してもらえてるかな。
3人にこき使われる毎日を送っていたせいか、完全に身体は御世話係体質だ。
自分の目の前からいなくなってしまった王子と姫の事を考えると胸が痛くなる。
でも俺以上にルーシェルの方が傷ついてる。俺がルーシェルの前で弱いところを見せたら駄目なんだ。
それはライナも言ってたし……
船はまだつかない。まだまだ時間はある。
とりあえず国外逃亡を果たす瞬間が近付いてきたんだ。まだ焦る必要はない。ルーシェルと国宝石が手元にある内は、祖国奪還の希望を捨てる必要はないんだ。
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ダフネとルーシェルが休憩している間、ライナは1人で海を眺めていた。もうすぐ自分の祖国に帰れる、それに比例して憂鬱になる気持ちと戦っていた。
その時、ライナの姿を見かねたジョーンが己の質問を投げかけるため、ライナに声をかけた。聞きたい内容は決まっている。
「よぉ姉ちゃん」
「なんだいジョーン。あたしに何か用かい?」
「御国は今どんな状況なんでぇ。シースクエアはアルトラントの中でも特殊な場所だからよぉ、バルディナの奴らも貿易に支障が出たらいけねぇから俺達にはあまり規制がかかんねぇって話だ。俺達は比較的前と変わらない生活が約束されてるらしいが、祖国はどうなんだろうな」
できるだけ軽い口調で問いかけたが、ライナの表情は暗い物になっていく。その姿を見て、笑いながら聞いたジョーンも顔の筋肉を緊張させた。
お互いに嫌な空気が流れ、ライナが気まずそうに声を出した。
「城下町で暴動がおこった時、バルディナの兵は一般市民すら剣で切り捨てたとダフネが言っていた。それで分かるだろ」
「……まさか奴隷、とかは無いよな」
「バルディナの侵略国に対する扱いは悪い。侵略してから50年は自分たちの思想を植え付ける為に徹底的な奴隷政策を行う。アルトラントすら例外じゃないだろうね。反抗する気力すら起こさせないのがバルディナだ」
バルディナの奴隷政策。話には聞いた事があったが、本当に行われているかは謎のままだった。しかしアルトラントは間違いなくライナ曰く奴隷政策が実行される予定らしい。
途端に家族や知り合い、友人の顔が思い浮かんで嫌な汗をかく。そんなジョーンを操縦室からイオリが複雑そうな顔で眺めていた。
「マジかよ……」
「シースクエアはアルトラントの物資の8割が集まる場所。そこを規制すれば世界貿易に支障をきたす。ファライアンもパルチナも下手したら東天も出て来るだろう。だからシースクエアだけは安全が保障されてるんだよ。後の村や町は酷い事になりそうだ……国外逃亡を目指す者達が増えて来るだろうし、シースクエアにそんな者達を国外に逃がす密輸船も出て来るだろうね」
ライナの言葉に絶望した後にジョーンの脳裏に浮かんできたのはアルトラントの希望、国王と妃だった。この雰囲気では逃げられたのはルーシェルだけだろう。
では我らの国のシンボルはどうなるのか。
「国王と后はどうなるんだ!?」
「……ダフネには言えずじまいのままだが、1年以内に国王と后の公開処刑を行うと既にバルディナが宣告している」
「そんなの止めなきゃいけねぇだろうが!畜生バルディナめ、何もかも奪って行きやがる!まさか王子と姫もか!?」
「いや、その話は出てない。王子と姫はまだ処刑されないだろうね。あんな幼い王子達まで処刑したら国民の怒りは頂点に達し、それこそアルトラント各地で暴動が起こるだろうからね。バルディナもそれは避けたい。意気消沈させる為に国王と后を処刑するんだ。利用価値がある内はまだ殺されはしないだろう」
「利用価値、だと?」
幼い王子達がなんに利用できるんだ。第1王子は賢いと言われていてもまだ子供だ。政治に携われる訳でもないだろうし、姫だって王子より幼い。
そんな2人を一体何に利用しようと言うんだ。
「恐らくだ、あたしの考えだから真に受けないでおくれよね。あいつらはミッシェル様をバルディナの第3王子クリスティアンの妻として迎え入れる気かもしれない」
「なんだって……」
「これでミッシェル様は良く言えば嫁入り、悪く言えば人質と言う形でバルディナに連れて行かれるだろう。そして国王と妃、ダイナスとノーヴァもいないアルトラントで今最も国民に影響を与えるのが第1王子のクラウシェル様。聡明な方だけにバルディナも子供だからと言って手加減はしない。ミッシェル様を手の内に入れる事でクラウシェル様を人形の様に操りたいのさ。クラウシェル王子が直接伝えれば、国民も反発できないだろうからね」
ダイナス様とノーヴァ様までもが殺されていたとは……
大きな絶望が襲いかかる。だがライナの考えをジョーンは個人の考えとは思えなかった。容赦のないバルディナだ、そのくらいはやる。そう思わせるには十分だった。
「バルディナは何としてでもクラウシェル様の動きを封じたい。クラウシェル様だけは処刑に持っていきたいみたいだが、今はまだ様子見だろうね」
「な、なんでクラウシェル様だけ……」
「簡単だ、クラウシェル様が国民の目に見える最後の砦だからだ」
最後の砦?
バルディナがそうまでしてクラウシェル王子の動きを封じたいと言う理由が分からない。
「最後の砦?クラウシェル様がか」
「正確にはルーシェル様とクラウシェル様の2人だ。バルディナの最大の痛手は第2王子ルーシェル様を逃がしてしまった事。ルーシェル様が戻ってくれる事を国民は願い、その時が来た時、国民は自らの命を賭けてバルディナに祖国奪還を宣言するだろう。その時、バルディナとアルトラントの戦争を指揮するのが……」
「まさかクラウシェル様だって言うのか……?」
「あぁ、あれだけ聡明な頭脳をお持ちだ。軍師としても有能な将になるだろう。だがこれだけは断言できるね、クラウシェル王子は隙を見てバルディナに祖国奪還の戦争を宣言する。その隙を作るのがルーシェル様の仕事だ。その為にはバルディナの兵力をある程度削る必要があるが」
ライナの言い方に少し疑問を持った。祖国奪還を宣言……下手したらそれはバルディナと戦うと言う事になる。
でもそんな兵力、アルトラントにあるはずもない。
「じゃあダフネは……」
「あぁ、ダフネはバルディナと全面戦争をするつもりなんだよ。第3者の力を借りてね……そしてバルディナからルーシェル様と国宝石を守るのがダフネの使命だ」
国宝石。国の宝とも言われている。ジョーンにはその価値が分からないが、国が落ちたんだ。国宝石は相手の手の内に渡っているだろう。
「国宝石?でもよ、城が落とされたんだ……もう遅いんじゃねぇのか?」
「いや、国王がルーシェル様に国宝石を持たせてダフネに預けた。バルディナは国宝石を求めて他の国へも侵略する。そしてファライアン、パルチナ、東天、5大国家全てを潰すつもりだ。奴らは世界侵略をスタートさせている」
この間までは平和だった。しかしたった1週間。たった1週間で全てが変わってしまったのだ。自分達は敗戦国の民になり、奴隷生活が待ち受けている。
そして祈るしかないのだ。バルディナを倒してアルトラントを開放に導く救世主が現れる事を。
「そんな事が……」
「知らないのも無理はない。まだ早駆けの兵も到着していないシースクエアに情報が届く訳がないからね。だがもうバルディナの兵がルーシェル様達を探しに来ているだろう。バルディナの奴らはルーシェル様達がビアナに来る事を読んでシースクエアからビアナへの進行を塞いでいる。後は行く場所無くシースクエアで困ってるルーシェル様達を捕えようって魂胆だろうが、そうはいかなかったね」
この女は何者なんだろうか。頭が切れてクレバーだ。そして何よりもオーシャン民族であると言う事。
オーシャン人で無償に他国の人間を助けるメリットがあるのだろうか。バレたらバルディナは次はオーシャンに侵略をスタートさせるはずだ。
「お前さん……一体何者なんだ?」
「あたしかい?あたしはライナ、ただの情報屋さ」
「ただの、ねぇ……」