12 港町シースクエア
次の日もちゃんと5時30起床。ルーシェルを叩き起こして飲み物と軽い朝食を食べらせてライナと合流して馬を取りに行く。
でもライナは馬を持って無かったようだ。
12 港町シースクエア
「馬持ってないのか!?」
「基本あたしは歩いて世界を旅してるから馬とかいらないのさ」
いや、今はそんな事言ってる場合じゃねぇだろ。
歩いて行ったら捕まるに決まってる。そんな呑気な事言ってる場合じゃない。仕方ないからルーシェルとライナを乗せて俺も乗った。
流石に3人乗ると馬の疲労もでかくなる。スピードも出なくなるし……でもライナがいなきゃオーシャンには行けない。仕方ないな……頑張ってくれよ。
馬の腹を蹴って再び草原を駆け抜ける。
「この馬中々早いねぇ!」
「遅くなったよ!あんたが重いからな!」
「ははは!まぁ否定はしないでやるよ。乗せてもらってる身だしね」
ライナは豪快に笑って、食いかけの朝食に手を付けた。
俺に掴まらなくて飯が食えるって辺り、こいつ実際はかなり馬慣れしてるな。どう考えてもただの情報屋には思えない。
女1人で世界を旅してるのもおかしいし。これは男尊女卑か?
馬は真っ直ぐ駆け抜ける。とりあえずあと4~5日以内にシースクエアにつかないとな……
その後も俺達は少し休憩して馬を走らせて、村に辿り着かなかったら野宿をして過ごした。
そして予定より1日遅れてシースクエアが見えてきた。
「ダフネ!海が見えるよ!」
「あれがシースクエアだ。アルトラント1の港町だよ」
「さぁ、休んでる時間は無いね。とっとと船を見つけてオーシャンに向かおう」
「それは大丈夫だ。俺の知り合いの友達が船を持ってて書状を書いてくれた。その人を見つければ早い」
「そうかい、こんな時こそあたしの出番だね。ドリンに探させよう。ドリンは会話が理解できるから、そいつの名前が聞こえればあたし達を案内してくれるよ」
助かるな。俺達は俺達で探すけど、人手は多い方がいい。
この馬もよく頑張ったな。ギャバの馬は本当に利口な馬だった。
シースクエアについた俺はギャバの馬の手綱を解放した。流石に船に馬は乗せられない。ギャバの馬とはここでさよならだ。
ルーシェルに馬が顔を寄せ、ルーシェルも抱きしめる。
俺はフワフワのたてがみを撫でた。
「有難うな。ここでお別れだ」
馬の背中を押すと、すぐに駆け抜けて行った。ギャバの所に戻るんだろうか。
シースクエアにバルディナの兵の姿は見当たらない。どうやら先回りできたようだ。
俺はシン爺ちゃんが書いてくれた書状を広げて中身を読み上げる。その中には相棒ビッチャムと書かれていた。
「ライナ、ドリンにビッチャムを探させてくれ」
「あいよ。分かったかいドリン、ビッチャムだ。行ってきな!」
ドリンはそのまま羽ばたいて街の中に入っていく。俺達もビッチャムさんを探すべく、街の中に入った。
シースクエアは港町なだけに物流の中心地だ。市場が広がり、かなり栄えている。
ルーシェルもその光景に目を輝かせていたけど、まだのんびりする余裕はない。俺とライナはビッチャムさんについて聞いて回った。
でも中々見つからない。溜め息をついた俺をライナはベンチに座らせた。
「ライナ?」
「そこで待っときな。ここで情報屋のあたしの腕の見せ所だ。15分待ってくれ。市場で買い物しててくれてもいいよ」
ライナはそう言い残し人混みの中に消えてしまった。
確かに情報屋だったら情報を集めるプロだ。ライナだったら探しあててくれるかもしれない。
でも一緒に行かないって事は俺がかなり足手まといだったって事だ。
その現実に少しへこみながらも、ルーシェルが見たいと言うので、俺はルーシェルの手を引いて市場に向かった。
15分後にベンチに戻った俺達がライナを待っていると、ドリンを肩に乗せたライナが歩いてきた。
ライナは少し深刻そうな表情をしている。見つからなかったのか?
「ライナ?」
「悪いなダフネ、ビッチャムは去年亡くなってるんだそうだ」
「はっ!?嘘だろ!?」
「本当だ。でも心配するな、ビッチャムの息子を見つけた。そいつも物資を運ぶ仕事をしてるから船を持ってる。そいつの家も調べたから行こう。書状を出したら受け入れてくれるかもしれない」
まだ望みは捨てるな。そう言ったライナに俺とルーシェルは頷いた。
俺はルーシェルに再びフードを被らせて抱きかかえ、ライナの後をついて行った。
「ここにビッチャムの息子が?」
「あぁ、いるはずだ」
着いた先は普通の民家だった。
ライナが家のドアの前にある呼び鈴を鳴らすと、中から15歳ぐらいの少女が出てきた。
少女は見た事の無い俺達に少しだけ警戒した表情を向けた。
「何か用か?」
「ここにジョーンがいると聞いてきたんだけど、あんた娘かい?」
「そうだけど、親父に何の用だ」
「少し頼みたい事がある。中に入れてくれないか?」
「親父ー!客だよー!」
女の子があがれと言ってきたので、俺達は家の中に入った。
そのまま部屋に案内されて椅子に腰かけるように言われた。少女はそこで待っててくれと言って、父親を呼びに向かった。
暫くすると、ガタイのいいおっさんが腹を掻きながら俺達の前に登場した。まさかこの人が?
「俺に用があるってーのはおめぇらか。何の用だ」
「ダフネ」
「あ、おぉ。船を出してほしくてシン爺ちゃんにビッチャムさんに協力してもらうように言われて……これ書状なんですけど」
おっさんに書状を渡すと、おっさんは目を見開いた。
「おーシンジジイじゃねぇか!あいつまだ生きてたんか!でもおめぇ倅じゃねぇよな。倅は確か俺と同じ位だからな」
「あ、はい。俺は同じ村の出身ってだけですが……書かれてる通り、船を出してもらいたいんです」
「船ねぇ……ビアナ行きの船なら就航便が出てるぜ。料金も安いし、それじゃ駄目なのかい?」
あ、そうか。あの書状にはビアナ行きって書いてあったな。
首を横に振った俺におっさんは怪訝そうな顔をした。
「ま、今はビアナの国境線でバルディナが調査やってっからなぁ、お陰で俺達も商売あがったりだよ」
「知ってるのですか?アルトラントの事を……」
「あぁ、航海仲間だけな。バルディナが第2王子と世話係を探してるって話だ。確かに国外逃亡図るならシースクエアが一番の逃げ道だからな。俺達も気にくわねぇよ。王子に手ぇ出したらただじゃおかねぇ」
意気込んでくれてるみたいだけど、騒ぎは大きくしたくない。
身分は隠すに越したことは無いはずだ。
俺はそうですか、とだけ呟いて、要件を告げた。
「その書状にはビアナと書かれていますが、俺達をオーシャンに送っていただけませんか?」
「オーシャンか!?」
驚いたおっさんに今度は俺達も驚いた。
オーシャンが何でそんなに驚く要素があるんだろう。おっさんの後ろに待機していた女の子も複雑そうな顔をしている。
「あんたオーシャンは中々難しいな」
「な、なんでですか?」
「オーシャンはちぃっと領海付近に近づくと威嚇してやがる。あの独立国家は東天よりもタチがわりぃ鎖国国家だからよ。貿易一丁でもえれぇ肝が冷えんだわ」
「そこは大丈夫、あたしがいれば向こうは何も言ってこないだろう」
「お前はオーシャンの人間か?」
「あぁそうだ。オーシャン民族は仲間には寛容だ。あたしがいるだけで顔パスを使える」
「しっかしなぁ……俺にメリットねぇしなぁ」
「シン爺ちゃんの頼みだ!聞いてくれたっていいだろう!」
「あーまぁそうだな。シンジジイの頼みは断れねぇ。ガキの頃世話になったからな。よっし送ってやる!早速出向だ!」
おっさんが立ち上がって船を用意するから1時間待ってくれと言って家を出て行った。
おっさんの娘が1時間後に港の船乗り場に来てくれたらいいって言ってたから、それまで俺達は食料を買い込んだりする事に決めた。
やっとこれで国外逃亡が出来る。
このあとオーシャンからビアナを経由してファライアンに向かおう。ファライアンに向かえばきっと何とかなる。
ルーシェルもやっと光が見えてきたのが顔を輝かせた。
ここまで疲れ果てたよ。やっと前に進める。
ライナに準備をしに行こうと言われて、俺とルーシェルは再び市場に足を向けた。
「なぁダフネ、あんたビアナに向かった後どこに向かうんだい?」
不意にライナに問いかけられて後ろを振り向く。
ライナの表情からは、何となく答えが分かってるんだろうけど、確認の為に俺に聞いたんだろうな。
「ファライアンの向かう事にするよ。5大国家の力を借りなきゃバルディナは止められねぇからな」
「全面戦争する気かい?」
「アルトラントを救うにはそれしかねぇ。バルディナは話なんか気かねぇよ」
ライナの表情は複雑そうだ。そりゃアルトラント出身の俺がバルディナと戦争なんて夢物語だ。
あっちは軍事国家でこっちは敗戦国の生き残り。どう考えたって俺に勝ち目はないんだから。でも行動を起こさなければ何も始まらない。
援助してくれる国が絶対に必要だ。
「まぁ東天は鎖国中、パルチナは南下目的でアルトラントに侵略した事があったね。その時、条約のおかげでバルディナが助けてくれたんだっけか……」
「あぁ、ほとんどバルディナ対パルチナの戦争だったよ。バルディナが不利だったらしいけど、最終的には逆転勝ちしたってのも聞いた。でもそんなの30年も前の話だ。今のバルディナは昔とは違う」
「5大国家の中で最も協力的なのがファライアンなのも理解できる。だが気をつけな、ファライアンは事実上5大国家の中で最も危うい国と言っても過言じゃない」
ライナの言葉が理解できなかった。
ファライアンは今は福祉に力を入れてるけど、少し前までは軍事国家だった。バルディナとパルチナと並ぶほどの。今こそ毎年の軍事費は少なくなっているが、それでも十分バルディナに匹敵する軍隊を持ってる。
それなのに何で危うい国なんだ。
「……アルトラントではあまり知られてないのかもしれないね。まぁそれも無理はない。ファライアンは数年前にファライアン崩壊のカウントダウンと言われるほどのクーデターがあったんだよ」
「は……?」
「犠牲者は市民と騎士団、議員を合わせて数万人もの規模に膨れ上がり、特に騎士団の被害はでかかったそうだ。第1騎士団の団長、つまりファライアンの軍団長も死亡したし、前女王も首を吊って死んだはずだ。ファライアンが女王国ってのはあんたも知ってるだろ?女王が自殺なんて……よほどの事が無い限りしないよ」
クーデター……そんなのがあったって言うのか?
初めて知った事実に驚きが隠せない。なぜ情報が伝わってこなかった?なぜライナは知ってるんだ?
「一時期、ファライアンは東天同様、数ヶ月間の鎖国状態が続いてた。その期間にクーデターが起こってたって事だ。今の福祉国家の看板はね、クーデターの傷跡を取り除くためにやってるのさ」
「そんな……」
「でもここ最近、議会と騎士団の不仲が囁かれてる。国を牛耳っている騎士団と議会の反発は国民にも影響を出すだろうし、何よりも女王が数年もの間、全く表に顔を出さない。死亡説まで流れてるからね」
そう言えば女王は見た事が無い。いつも国同士の会議でもファライアンの代表は最高議員のデューク議員か、第1騎士団団長のジェレミーが代表出席してる。
でもその議会と騎士団の不仲……そんな状態でバルディナに対抗できるのか?
でもパルチナは信用できないし、東天は難しすぎる。結局ファライアンに頼るしか道はないのだ。
「気をつけときなダフネ、ファライアンは確かにあんたに協力してくれるかもしれない。でもそれは向こうにとっても何かしらの利益があるからだ。下手したらルーシェル王子を英雄に祭り上げてバルディナに宣戦布告し国を一体化させるかもしれない」
「まだ子供だぞ!?」
「子供だからじゃないか。子供だからこそ自分達の好きに操れる。居候の身分じゃ何も文句も言えないさ。とは言え、残りの2カ国はもっと信用できない。今はファライアンしか頼る相手はいない」
どの国も完全に信用したらいけないんだ。自国の利益が無ければ戦争をしてくれる国なんかが現れるはずが無いから。
でもそれでも頼らなければいけない。皆を助けなきゃいけないから。
ミッシェルとクラウシェル、それにセラ達も……特にミッシェルは姫って言う肩書を持ってる。早く助けなきゃ結婚という名の人質にされ、バルディナに連れて行かれるかもしれない。
立ち止まってなんかいられない。わずかな可能性があったら賭けるしかない。最初から選択肢なんてわずかしかなく、選ぶほどの数なんてないんだから。