『冷蔵庫の音』
家具付きのウィークリー賃貸。
テレビも洗濯機も電子レンジも、そして冷蔵庫も最初からそろっている便利な部屋です。
けれど、その冷蔵庫から夜になると聞こえてくる「カタカタ」という音。
もし、中に入れたはずの食べ物が少しずつ消えていたら――。
身近な家電から始まる、短い怪談です。
皆さんは、家具付きのアパートを借りたことはありますか? 単身赴任で地方に仕事に来たり、研修や実習で住まいから離れたところで活動するのに便利ですよね。そんなウィークリー賃貸で起きる、ちょっと奇妙な出来事をお話しします。
マサトは、自社の機械設置の営業と使用マニュアルを、設置先の社員に講習するために、地方に出張に来ていた。ありふれた家具備え付けのアパートを借りて、そこを仮住まいにしての営業である。
便利なもので、少しの着替えさえあれば、あとは自分の身ひとつだけですぐに生活ができる。
テレビも洗濯機も、電子レンジも、そして洗いたてで消毒済みの布団まで入居に合わせて送られてくる。
もちろん、冷蔵庫も設置されている。小型だが冷凍・冷蔵室がセパレートになっているものだ。
マサトは、ここに来る前にコンビニで買った缶ジュースとプリンを冷蔵庫に入れて、とりあえず着任初日は予定がないので、周辺の散策をすることにした。食事できるところ、買い物の場所など、あと飲み屋でもあるとベストなんだがと思った。
日暮れ時の住宅街、来た道を忘れないように、マサトは散策を続けた。
一軒家が立ち並ぶ住宅街、角にある営業しているのかしていないのか分からないタバコ屋。
どこにでもある、ありふれた景色だ。
少し進むと、小さな居酒屋があった。
営業中の看板が出ている。
「いい店があるじゃないか」
マサトは、迷いもなくのれんをくぐった。
しばらく、小さな居酒屋で飯を食べ、お酒も飲んだ。
良い店を見つけたと、喜びながらアパートに戻った。
酔いも回って、いい気分で帰ってきた。
明日から、新しい現場での仕事が始まる。マサトは早く休むことにした。
眠りについてしばらくすると、何やら音がする。
マサトはお酒も入っていい気分で寝ていたが、重い瞼を開けて起きた。
冷蔵庫の方から音がする。
カタカタ カタカタ……
備え付けの冷蔵庫だから、そういうものなのかとも思ったが、
カタカタ……
やっぱり音がする。
マサトは、布団から出ると、冷蔵庫の方に行き、扉を開けてみた。
そこには、マサトがアパートに着いたときに入れた、缶ジュースとプリンが、
入っている……はず……あれ?
プリンの方が、フタはそのままで、空になっていた。
冷蔵庫の中に、空の容器だけが入っている。
マサトは、頭をひねったが、酔って帰って自分で食べたような……
酔ってたせいか、よく思い出せない。
それにしても、きれいにフタまで戻して……気味悪いな。
そういえば、冷蔵庫のおかしな音も、いつの間にか消えていた。
明日、仕事帰りにゴムシートでも買ってくるか……
マサトは、そう思い、その日はまた寝てしまった。
翌朝、現場での仕事の開始だ。マサトは、アパートを出て、現場に向かった。
仕事が終わり、冷蔵庫の下に敷くゴムシートを調達して、そして昨日見つけた居酒屋で、夕食とお酒を楽しんで、アパートに戻った。
アパートに戻ると、冷蔵庫は、音を立てていない。
静かなものである。
あれ? ゴムシート無駄になったかな? そう考えながら、シャワーを浴びて、リビングでくつろいでいた。
しばらくテレビを見ながらぼんやりしていると、
また、冷蔵庫の方から
カタカタ カタカタ……音がする。
やっぱり音がするなぁと思いながら、マサトは冷蔵庫の方に行き、冷蔵庫を揺さぶってみた。
音は止まった。
少し、傾いてるのかな?
マサトは、冷蔵庫の中にジュースが入っていることを思い出し、取ろうと扉を開けた。
しかし、冷蔵庫の中には、空になったジュースの缶が一つ横になって転がっているだけだった。
あれ? 俺いつ飲んだっけ? いやいや、飲んだら缶は捨てるだろう?
お酒飲んで帰って? シャワーの前にジュース飲んだか?……
マサトは、変な気分になった。
マサトがいない間に、この部屋に誰かが入ってきたのだろうか?
それにしても、泥棒にしても冷蔵庫の中のものだけ盗むとか、おかしな話である。
そして次の日、マサトは原因を突き止めたくて、買ってきた朝食用のサンドイッチやコーヒーなどの飲み物を冷蔵庫の中に入れて、様子を見ることにした。
冷蔵庫の中に入れて、しばらくその前で見張っていたが、何も起きている様子もない。
試しに、冷蔵庫の扉を開けても、何も変わりはない。サンドイッチも、飲み物もそのままだ。
まぁ、俺が酔って冷蔵庫のものを無意識に食べたのだろう……冷蔵庫の見張りとか、あほらしくなって、そう思うことにした。いい加減寝ないと、明日も現場の仕事がある。
マサトが、大きなあくびをして布団に入ってしばらくして、
カタカタ カタカタ……
また、冷蔵庫の方から音がする。
マサトは、布団から起きだして、足音を立てないように冷蔵庫に近づいて、
急にドアを開けた……そこには、サンドイッチの、そう、中身がなくなったサンドイッチの包み紙だけが冷蔵庫の中にあった。
マサトは、「誰だ!」と冷蔵庫の前で叫んだ。
玄関も窓も、開けられた気配はない。
マサトは、絶対に犯人を見つけ出してやると思い、冷蔵庫の中を覗き込んだ。
しかし、ただの冷蔵庫の中で、何もおかしなところはない。
マサトは、冷蔵庫の棚を取り出し、冷蔵庫の中に向かって、
「誰だ! 出てこい!」と叫んだ。
冷蔵庫が、カタカタ カタカタと不意に音を立てた。
マサトは、不審に思い、冷蔵庫の中に頭を突っ込んで、「出てこい」と、もう一度叫んだ……
その後、マサトの姿を見た者はいない。
数日後、連絡が取れなくなったことを不審に思った会社から連絡を受け、管理人が合鍵で部屋を開けた。
部屋には生活用品がそのまま残されていた。
冷蔵庫の前には、入居者だった男性の服だけが、着ていたときの形のまま床に広がっていた。
管理人は冷蔵庫を一瞥すると、ため息をついてつぶやいた。
「もう、こういうことされると困るんだけどな……家賃、もらいそびれちゃいましたよ。」
おしまい




