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歪み

掲載日:2026/04/08

私は幼い頃、飴玉が好きでした。

カラフルで半透明なあの球体に私は心を奪われておりました。

舌の上でカラカラと転がす感覚と溶けていき、球体が歪な形へ変化するあの感覚に私は心奪われておりました。

私が小学生のときです。

父にラムネを買ってもらいました。

私はラムネの中にあるびい玉に酷く関心を持ったのです。

瓶を割り、私はびい玉を口に入れました。

冷たく、硬いその感触はなんとも言えない高揚感を与えました。

父は私がびい玉を口に入れたことに叱りました。

私は父の目を盗んでびい玉を口に入れるようになりました。

ですが、それが両親にバレる出来事がありました。

誤って飲み込んでしまいました。

実際には飲み込んだのではなく、喉に詰まった様な状態でした。

咳き込む私を母は見つけ、父を呼び、父は私の背を叩き、詰まったびい玉を吐き出させてくれました。

母と父に叱られ、私はびい玉を口に入れることをやめました。

命の危機と叱られた経験から危険性により、自己の行動の危うさを感じ取ったからです。

びい玉の癖を無くしてから、私はより球体への執着が強まりました。

私の欲求は他者から認知されにくく、理解されにくいものでした。

それが原因の罪を私は犯してしまいました。

小学四年生のときです。

私は友人の飴玉を盗みました。

その頃の私は日に7、8個の飴玉を舐めておりました。

学校でも、風呂に入っていても、夕食、歯磨き以外の時間は飴玉を舐めておりました。

その日の学校の帰り道、私は飴玉を切らしておりました。

飴玉を買い忘れており、その日の帰り道舐める飴をきらしていたのです。

私は1人、学校から帰っておりました。

然し、目の前に友人がいました。

友人はカバンから飴玉をとりだし、口に放り込みました。

私はそれを見て、どうしてもその飴玉を手に入れたいと思いました。

私は友人を追い抜くふりをしてカバンの中に手を入れました。

気づかれないよう静かに手を入れ音のならないように飴玉を盗りました。

盗ったあとは全力で走り、バレないことを祈りながら家へ向かいました。

私の最初の罪でした。

そんな下校の罪を6年生の中頃まで続けておりました。

然し、私は学校で飴玉を舐めることをやめました。

先生に叱られたのです。

勉学へ集中できていないと、叱られたのです。

両親にも伝えられ、家でも叱られました。

その日から、私は飴玉を舐めるのをやめました。

私はより球体への執着が強まりました。

私の球体への執着はもはや、脅迫的なほどにまで強くなりました。

なければ生きていけない。それほどまでに強かったのです。

私はポケットに常にびい玉を入れておきました。

今も入っています。

心が傷ついた時、緊張した時、私はポケットのびい玉を強く握り、平静を保っていました。

小学校を卒業し、中学に進学しても、この行動は変わりませんでした。

中学に進学し、1年生の秋でした。

祖父がマグロの頭を買ってきました。

祖父は釣りが好きで、漁港だったり、海に行くことが多かったのです。

母は文句をいいながらも、祖母に教わりながら、マグロの兜焼きを作りました。

初めて見る生のマグロの頭は圧巻でした。

何より目玉の美しさに心奪われました。

半透明で中に真っ白な芯があるのです。

球体でありつつも、今までと違い、中に別の色が入っているその特異性が強く印象に残りました。

しかし、調理され、出てきたマグロの目玉は水分が飛び、草の根のような酷い見た目をしておりました。

目玉の中にある芯の正体は醜い草の根だったのです。

激しい後悔の後に、なにか快感を感じたのです。

飴玉を噛み砕くあの感覚に近い、心地の良いものでした。

私はその日から、祖父と釣りに行くようになりました。

祖父は孫と釣りに行けることが嬉しいのか、道具を1式買い与えてくれ、料理の道具まで買ってくれました。

長期休暇では祖父と朝釣りに行くのが恒例のようになっていました。

しかし、私は釣りがしたかったのではありません。

魚の目玉が見たかっただけでした。

あの感覚を知るために私は魚を取っていたのです。

私が魚を釣り、料理をすると両親、祖父母は喜んでくれました。

ですが、私は己の下賎な欲望を満たす為だけに祖父を利用していただけなのです。

私の料理を見て、両親は疑問に思っていたことでしょう。

焼き魚でも、煮物でも、目玉がないのですから。

私の興味は魚以外にもありました。

虫の目です。

トンボは複眼と言って何百何千といった目が集まり、ひとつの目を作り出しているのです。

私は虫を見つけると、カゴに入れ、頭を落とし、拡大鏡を使って目玉を観察する。

そういったことを繰り返ししておりました。

虫を捕まえるのは、釣り餌といえばごまかせますし、幸い、両親は釣りを熱心にやっているわけではありませんでした。(私を釣りに誘ったのは父方の祖父でした。しかし、父は生きた魚に触れることが嫌いで、祖父の釣りの誘いを子供の頃から断っていたそうです。)

そのような姿を両親は生き物に興味がある。程度に見ていたのでしょう。

そんな生活を送り、高校受験が始まりました。

私は県内の生物工学部がある高校に進学致しました。

高校ではいつも通り変わらず、生活しておりました。

祖父との釣りは中学のとき同様変わらず行っておりましたし、料理もしていました。

生徒会長になり、校内での生活改善に尽力していました。

ですが、私の興味の対象も、中学のときと比べて、より強い異常性を帯びるようになりました。

私は哺乳類の目玉に興味を持ちました。

たしか、世界の料理、なんて名前の本だったはずです。

生き物の丸焼きや、そのまま動物を煮込むといった料理が載っていました。

皆は怖いもの見たさで読んでいましたが、私はまるっきり別の思考でした。

料理の中の目玉に強烈な興味を感じたのです。

哺乳類の目玉にも芯があるのです。

魚も動物も、皆、目玉だけは近しい姿なのです。

蒸発した水分から残った芯が出てくる姿はまさしく、過去に見たマグロの目玉と同じでした。

私はすぐに、豚の目玉を買いました。

解剖用の、研究用途としての豚の目玉を買いました。

8から9個ほどです。

届いた豚の眼球の周りにある肉を切り落とし、私は目玉を観察しました。

観察した後、私はそれを切り開き、中身を確認しました。

水晶体、視神経、といった教科書で図解されたものが目の前にありました。

落胆しました。

落胆も何も、なぜ目玉に対して過度な期待を持っていたのかは分かりませんが、私は落胆したのです。

この目玉たちをどうしようか考え、とりあえず周りの肉を落としていました。

その瞬間、私の脳裏に最悪の考えが巡りました。

子供が壊したものを隠す。そんな、幼少期の大犯罪のような考えが私に巡ったのです。

その目玉を口へ運ぶ。

そんな考えです。

もちろんこれは食用なんかではありません。

しかし、その時の私にとっては些細なことでした。

私は目玉をひとつ指で持ち上げ、広げた口の中へ放り込みました。

猛烈な吐き気が襲い、胃酸は口の中になだれ込みました。

そのまま目玉は口外へ放り投げられ、胃酸にまみれたレモンのような目玉が床に転がりました。

気持ち悪さと喉の痛みを感じながら、私はもうひとつの目玉を口に入れました。

先程の強い吐き気は感じませんでした。

しかし、たしかに込み上げる胃酸はしっかりと感じ取れました。

20秒ほど、目玉を口内で飴玉のように転がしていました。

気づけば私は目玉を噛み潰していました。

口の中にはゼラチン質の破片が乱雑しており再度、最初の吐き気が襲いました。

私は目玉を吐き出しました。

魚の目玉は大丈夫でも豚の目玉はなぜダメなのか。

私は疑問に思い、口をゆすぎに洗面所へ行きました。

洗面所で口に残った不快感を取り除き、私は改善点を探しました。

もはや、目玉をみたい。ではなく、目玉を口に入れたい。という欲求へと変化した私はどの生物なら大丈夫か、という思考へと転換しておりました。

やはり、前の姿が分からないと不安に感じる。そう考えた私は身の回りの哺乳類を対象にしようと考えました。

私は生物工学部で勉強しておりました。

私はボランティアという名目で害獣駆除によく同行するようになりました。

また実績にもなったため私の校外、校内での評判はすこぶる良かったです。

そんなふうに評判のいい学生であった私は駆除業者の方に、捌き方を教えて貰えました。

鹿、熊、猪、害獣と呼ばれる動物の捌き方は多方習いました。

ですが私の真の目的は目玉でしたので、それを使うことは頻繁にはありませんでした。

熊やら鹿やら色んな動物の目玉を噛み潰しましたが、どれも快感なんてものはありませんでした。

不快で気持ち悪い。それだけでした。

私はその日、駆除業者の知人の老夫婦に頼まれ鹿の解体をしておりました。

老夫婦は良い人で解体したら殆どの肉やら皮をくれると言ってくれました。

駆除して解体してくれるだけでも農作業がしやすくてありがたいそう言ってくれました。

そのように言われたので、私は目玉を取り除き、容器に入れたあと、解体を進めておりました。

動物の解体をしている訳ですから、血やら肉やらが落ち、生臭いわけです。

その匂いに連れられ、カラスが集まってきました。

カラスは切り取った足の肉を啄むのに夢中で、私も皮を剥ぐのに集中しておりました。

一段落して私は後ろへ2、3歩下がったのですが、バキりと音がなりました。

骨でも踏んだかと思いましたが、実際は肉を啄むカラスを踏みつけていたのです。

欲につられ、カラスが殺されるという現実はなんともこう滑稽でありました。

私は死にかけのカラスを持っていたナタで殺し、頭を落とし、目玉をくり抜きました。

鹿の肉と皮は食べられるよう保存し、カラスは山に捨てました。

カラスの目玉は初めてでしたので、口に入れるのは期待8割、不安2割程でした。

口に入れると、不思議と嫌悪感は少なく、噛み砕いても、今までのように胃酸が逆流してくるようなこともありませんでした。

一応健康上不安でしたので噛み砕いたものは飲み込まず、吐き出しましたが、今までの気持ち悪さはなく、快感と言いましょうか、開放感がありました。

自分の手で奪った命なら気持ち悪さを感じないのだろうと私は考えましたが、身の回りで動物を殺すとなると気が引けました。

今回のは事故でしたが、毎度毎度カラスを追いかけ殺す訳にも行きません。

それに、カラスをナタを持って追いかけ回す姿は優等生ではなくただの異常者です。

どうしたものか。悩みました。

ひとつの可能性が私に考えつきました。

それは野良猫を殺すという考えです。

鳥は空へ逃げてしまうため殺しにくいですが、猫なら近づき、簡単に殺すことができます。

しかし、これではただの精神異常者です。

人間性を失い、知的好奇心を満たすか

優等生である自分を続けるのか。そんな葛藤から私は己の知的好奇心を選びました。

思ったより野良猫は見つからず、3日ほど深夜徘徊をしました。幸い、夏休みでしたので特段、学校への支障は少なかったですが普段8時には起きていた私が10時まで寝ていることに両親は心配していました。

そんな両親に、勉強に熱中してしまったと嘘をつくのは心苦しかったですが、3日で見つけられて安堵しました。

3日目の深夜、私は白と黒の斑模様をした猫を見つけました。

その猫は私に体を擦り寄せ、人馴れしているようでした。

去勢はされておらず、首輪もない。

飼い猫ではないことが分かったので、私は猫の口を手で押さえ、頭を思いっきり、石で殴りつけました。

ピクリとも動かなくなった猫を確認した後、目玉を片目だけ取り、道路に死体を置きました。

こうすれば、車に轢かれた不運な猫のように見えるからです。

私は猫を殺したい訳ではなく、猫の目玉を取るために殺しただけで、あの猫に同情さえ覚えていました。

人馴れしなければ死ななかったのに、と。

私は取り出した目玉を家に持ち帰り、すぐに口へ運びました。

あのカラスの目玉と同様に、不快感はありませんでした。

やはり、自分の手で殺した動物の目玉なら、不快感はないのです。

その発見に私は喜びました。

飴玉以来、口に運んでも良い球体を見つけ出すことの出来なかった私は、ついにその解決点を見つけることができたのです。

この発見で私はようやく休むことができました。

私は大学へ行きました。

学業成績とボランティアによる地域貢献により推薦で県内の公立大学へ進学出来ました。

その大学でも私は生物研究を片手間に、実験用ラットの目玉を口へ運んでいました。

何度も何度も、実験用ラットの目玉を飲み込んだ私は物足りなくなりました。

それはほかの生き物と比べて目玉が小さいのです。

この頃からでしょうか、

もはや私に欲求を抑える手段はなかったのです。

飲み、砕き、自らの欲求を満たしたい。

ただそれだけでありました。

そんな状態でありましたので、とてもまともな判断なんてできませんでした。

いえ、むしろその時初めてまともじゃないと自覚した気がします。

まともな人間は猫なんて殺さず、ネズミの目玉は飲み込まないのです。

最も身近な生物は何だと思いますか?

ある人は猫といい、鳥、犬、ペットと呼ばれる生物を答えます。

ですが本当に身近な生物は人間です。

身近な生物に親近感を感じるから人はそれに愛着を持つことが多いと考えております。

私も昔は身近な生物を犬と言っておりましたが、今では人間だと思っております。

話を戻しましょう。

私はそんなふうに身近じゃない生き物と触れておりました。

ラットを殺せたのも身近じゃなかったからです。

私にとって人間が身近だったら彼らを殺すことはなかったのかもしれません。

1人目は名前も分からぬ男です。

私がよく行っていた山での話です。

そこにはホームレスがいました。

高校の時からいました。

大学でますます欲が強くなるのを感じた私は彼を思い出しました。

ホームレスを見つけた私は、喜びにのたうち回る勢いでした。

彼を殺しました。

彼を殺して目玉をくり抜き、その場で飲み込みました。

快感です。

あの時の感覚と同じでした。

猫の目玉を飲み込んだあの感覚と同じ、あの感覚でした。

死体をそうそうに捨て、あの感覚を忘れないうちに自宅へ帰りました。

2ヶ月ほどたった後でした。

もう一度、あの感覚をもう一度求めた私は次の目玉を探しました。

ですがそこら辺に殺しやすい人間は簡単に出て来ないものです。

かといって知り合いに目玉を食べるために死ねとも言えないのです。

それならもう、知らない人間を殺すしかなかったのです。

深夜の2時頃です。

居酒屋の外で倒れている男を山に連れ、殺しました。

ホームレスを捨てた場所の近くで死体を捨てました。

あとは同じです。

同じことを続けました。

同じ場所だと良くないと思い、わざわざ場所を変えてやりました。

隣県でも私は取りに行きました。

5、6人殺した辺りです。

ニュースで私の犯行が取り上げられました。

コメンテーターの言葉ですかね、

私の犯行を気持ち悪いと言っていました。

その時初めて罪の意識が生まれました。

その時までは私の意識の中ではただの解消でした。

みなさんもあるでしょう?

ただの欲求の解消です。

それを否定され、気持ち悪いとなじられたのです。

自らの異常性がここで初めてわかりました。

びい玉を口に入れた私を叱った親の言葉を思い出しました。

私は異常だったのです。

これが私が自首するまでの経緯です。

主人公には4つほど歪みがありました。

主人公は球体に対して異常な欲求を持っていました。

しかし、親にびい玉の件を叱られた結果別の方向で欲求を解消しようという思考になりました。

これが最初の歪みです。

また、主人公はなぜ怒られたかを考えません。

やめたのは「叱られたから」です。

びい玉を飲んで叱られたのは死んでしまうかもしれない

からです。

しかし、それを考えない訳です。

自首したのも犯行がバレて、悪いと言われたからです。

もしニュースを見なかったら彼は犯行を続けていました。

この性格も歪みのひとつです。

そして、猫の件もです。

途中まで自分の学校での地位について考えていましたが結局踏みとどまることができていません。

これは学校での地位を大切なものと考えているにも関わらず、結局大したものじゃないと切り捨ててしまっています。

社会認識との大きな乖離も歪みの1つです。

最後は孤独感です。

主人公には友人がいましたが彼を理解する人間はいませんでした。

主人公の天才性により深く入り込むことが出来なかったのもありますが、主人公も他者を理解しようとしなかったのもあります。

総合すると、理解者の不足、一般常識との乖離、問題意識がない、異常な欲求です。

殺人に対して、希薄になっていく姿もより異常性を掻き立てます。

あなたはそんな主人公の告白、というより自白を聞く取り調べ中の警官です。

主人公の話を自白文として2度目読んでみてください。

気が向いたときでいいです。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

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