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第6話 魔王の手札

 カインは錆びだらけの門の前に立っていた。門は開いたままで金具も装飾も長年の錆びで埋もれてしまっている。マントの砂を払い、フードを降ろして髪をまとめて左肩に流す。このときの彼は酷い嫌悪感を抱いていた。


「…とっとと立ち去ろう」


 カインはそうつぶやいて門をくぐった。玄関ドアの前で革靴を軽く磨いてノックをする。


――コンコン


 静かな音のあと、中からドドドという音と「うおー!」という活気溢れる声がドア越しにカインの耳に入った。カインは顎に指を添えてドアから離れた。すると――


――ドンッ!!


 太陽の金色の刺繡を施した赤い上着を羽織った狸――グレイヴが勢い良くドアを開けてきた。ドアの前にいたら確実にぶつかっていた。乱れた息づかいから走ってきたことがわかる。グレイヴは服が乱れており、とても品が良いとは言えなかった。


「…はぁ、…カイン!…よく来たな!加護してもらうぞ!」


 疲労からだろうか、グレイヴの口調はとても来客相手とは思えないほどフランクだ。カインはため息を飲み込んで親指で自身の喉元をさす。


「…おい、来客には敬語を使え。あと俺を呼ぶなら”月影様”だ。だいたいの奴らは俺をそう呼ぶ。服装に力を入れたのは褒めてやるが、形式だけでも守れ」


 しかし、この狸は尻尾を上げて青い目を輝かせて聞く耳持たない。


「早く、加護!」

(スゲー!本当に機械の体だ、カッケー!)


 なんか雑というか、性格が幼い。心の声がカインには筒抜けだ。グレイヴは飲酒もできる年齢だが、カインの方が背が高いからか中学生くらいに見えてカインは笑みを浮かべそうになった。


「…っ!」


 すぐさまカインは鞄からU字型の金属パーツを取り出して自身の顎にそれをはめた。するとそれから黒い液晶マスクが現れて、カインの口元を隠す。そのあとカインは心の中の拳を静かに下した。


「説明上、液晶を付けさせてもらう。ここで話すのもなんだ。中で話そう」


 カインは紳士的に発するとグレイヴは「おう!」と元気な声でカインを上げた。


(…なんで俺が指示しているんだ。俺は来客だぞ…)


 グレイヴのマナーの悪さに心底呆れていたカインだが、彼の鞄の中には無数の切り札が用意されていた。


 *****


 応接室に2人は到着した。カインは少し探りを入れる。


「使用人はいないのか?随分と錆びれちまっているようだが…」

「金が無くて、そんなの雇えねぇんだ」


 グレイヴはドアから離れたソファに姿勢をくずして座った。カインもテーブルに挟まれた向かいの椅子に座る。カインは無言で鞄から藤色のふくさにくるまった重箱を取り出した。


「礼儀作法として土産だ。受け取れ、お前の大好物だぞ」


 グレイヴが開けるとそこにはギッシリ詰まったいなり寿司があった。グレイヴは狸だがいなり寿司が大好物なのだ。尻尾が激しく揺れて体も揺れている。満面の笑みがカインの表情を緩める。


 しかし、勝ち誇った顔のグレイヴにカインは液晶マスクの下で笑みを浮かべる。その笑みはさっきまでの優しさとは異なる黒い何かがあった。


「加護の前にな。俺は金銭的な援助しかやってない。だからアポローンを立て直せない」


 まず自分の仕事の話をわかりやすく述べる。そして追い打ちをかける。


「…そして、金銭的な面だが、俺の方でも調べさせてもらった。これがその資料だ。…最悪だぞ」


 カインは鞄から羊皮紙の束を取り出してテーブルにばらまいた。


 そこには、他国からの借金、魔導インフラの管理の不十分さ、放置された魔獣による被害の記録などといったアポローンの信用度を落とす資料のオンパレード。

 カインはグレイヴをにらみつける。


「これでよくこの俺に頼もうと思えたな。あぁそうか、お前馬鹿だもんな。資料見てもわからねぇか」


 グレイヴの耳は下がっている。尻尾もソファにベッタリついている。その一方でカインは足を組んで目の前の男を見下ろす。これは例え2人が同じ背丈だったとしてもあり得る光景だ。


「俺は泥船には乗らない。こんな全く生きようとしない国に肩を貸すのは、できない」


 カインは静かに淡々と述べる。黙ったままのグレイヴにさらに言葉を続ける。


「お前、学もなければ魔法の腕もないんだろ?俺はな、学歴で侮辱してんじゃない。怠惰な奴に純粋に怒っている。お前に国は救えない」


 冷静なカインの言葉にグレイヴは立ち上がる。カインの表情に変化はない。


「…なぁ、いなり寿司食ってもいいか?」


 グレイヴは重箱からいなり寿司を取り出して食べた。冷や汗と作り笑いのあった彼の顔がいなり寿司の1口で真っ青になった。


「…ぐっ!」


 そんなグレイヴにカインは声をかける。まるで怨霊のように…。


「どうした?亡霊でも見たような顔をして…。」


 カインは暖炉の上に飾られた写真立てに目をやった。ホコリをかぶっているが両親の姿と幼いグレイヴが写った写真がある。そして指を鳴らして白銀の杖を出して床をつく。


――シャリン…


 床にぶつかる音と共に静かで耳に心地良い音がした。


「…ジル」


 グレイヴは食べかけのいなり寿司を握ったまま呟いた。全身冷や汗でぐっしょりだ。


 ――これが、カインの”最強の切り札”だった。

※この物語はフィクションです。

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