第5話 荒れ地を揺れるマント
週末の約束の日になりカインは自宅の玄関で黒いスーツに身を包み、黒い革の鞄を持っていた。クロエが金色の刺繡の入った紺色のマントをカインに持たせる。このマントは他国で権力者が羽織る、リアーナの伝統のようなものだ。カインの機械義肢の隙間に挟まらないように特殊な編み方がされている。
「行ってくる。…だが、すぐに帰る」
カインは静かに口を開く。
「こっちは気にしないで。ゆっくりしていってね」
クロエは微笑んでカインに抱きつく。そのまま、カインはクロエを軽く抱き返し、クロエを見つめながらドアを開いた。
*****
しばらくしてアポローンに到着した。アポローンの太陽は分厚い雲に見え隠れしている。
カインはここまで魔導航空機で向かった。転移魔法が一番安上がりだが、不法入国になってしまうため航空機を使った。もちろんアポローンにはないので帰りは転移魔法で関所を通ることにしている。
「昔はこんなもの必要なかったというのに、いつの時代も窮屈だな」
カインは自分の紺色のパスポートを持って、そうつぶやいていた。
こうしてマントで全身を隠したカインはひび割れた地面に注意しながら慎重に天照寺邸に向かった。
途中、子供たちが集まっていた。やせ細っていて笑顔も薄い。どうやら染料の原料となる石で絵を描いているようだった。
「見てみて。りんご描いた!」
「うわぁ上手だね。見たことないからわからないけど」
”りんごを知らない”、その言葉にカインは眉をひそめる。
(…この様子だと一般的な作物のほとんどを知らないな。)
全く似つかないりんごの絵と品のない出店”らしき”ものがカインをそう思わせる。
さらに歩みを進めると今度は陸地に複数の旧式の船が並んでいた。カインは近くの老人に話しかける。
「この船は、漁船か?80年前のもののようだが…」
カインの一言に老人は首をわずかに上げる。
「…そうだ。…最新式のものが買えず…70年ほど前に中古を買ったんだ。…でも魚影どころか水も無くなりこのザマよ」
老人のかすれた声からアポローンの問題点は見えてきた。水も食料もない。光も清らかな空気もない。
カインは目をわずかに見開いた。
「それなら、土壌は?」
すぐにカインはしゃがんで自分の手を地面にかざす。すると、白い光の波紋が広がった。その後、カインはため息をついて立ち上がった。
(…この様子だとアポローンも…)
カインは顔を下げたまま歩き出した。しかし、そのマントの下では彼はわずかに口角を上げていた。
地面の大きなひび割れには無数の腐りかけた木の板がかけられている。その上をおぼつかない足取りで人々は渡る。その彼らの目には光が宿っていない。
(…国民の心まで奪ったか。泥船だな)
カインは機械音を立てることなく、ひび割れを飛び越えて忍者のように軽々とアポローンの荒れ地をマントを翻しながら進んでいった。
――そのとき彼は思っていた。
(…妙だ。このマントを見れば誰でも権力者だということはわかる。なのに…なぜ誰も思わない?)
ずっと読心術で国民たちの心を読んでいたが、全く感じ取れない。それが気がかりだったが彼らの目で一部は理解した。しかし、刺繡のデザインで「なんか偉そうな人」くらいならわかるはずだ。アポローンにも異なるデザインのマントか、装飾品はあったはずなのに誰も頭を下げない。
(これは、由々しき事態だ…!)
気がつけば、カインは天照寺邸の錆びしかない門の前に着地していた。
※この物語はフィクションです。




