第3話 最強の魔王
――リアーナ
魔導工学の国と知られ、数々の発明により発展した。中世ヨーロッパ風の荒廃したアポローンに対してリアーナは背の高いビルが並ぶ近未来的な国だ。魔導端末はマジホ以外に、パソコン型、自動車型、航空機型など機械が視界に必ず複数写る。さらに地上に多くの大地を所有しており、ちょうどアポローンの上空にシンボルである空中庭園がある。空中庭園は人工的な大地でそこにはリアーナの大企業や富裕層が住まう、文字通り”天空の都市”だ。
その中に黒い大きな建物があった。
――”勇者伝説の真実”
これは600年前に起こった勇者の奇襲による、”真実の博物館”だ。
その中で、1人の男が椅子に座っていた。男は白いスーツに白いつばのついた帽子を被っていて30代前半だがその手は白銀の杖にかけられていた。
男の名は、カイン・月影。若く見えて実年齢は900歳を超える”魔王”だ。本人が「1000年生きるのは時間の問題」と言うほど、ご長寿だ。この日は自身の実体験を語っていた。
カインは口を開く。その目には冷え切った何かが宿っていた。
「…今のアポローンのある小さな土地に、小さな村があった。そこには”プラリネ・黒龍院”という娘が村長をしていた。俺は当時、彼女の守衛騎士――言い換えればボディガードをしていた。」
カインは足を組み、椅子の背もたれにもたれかかる。その一瞬のうちに彼のスーツの隙間から銀色のボディがキラリと薄暗い照明を反射させる。しかし彼の顔には作ったわずかな笑みがあった。
「ある日、プラリネが13になった。この数字が不吉の予兆だということを後で実感することになる。」
少しの沈黙。カインの機械に混じった呼吸音だけが静かに聞こえる。
「…プラリネの13の誕生日、俺たちは村の役所で宴を開いていた。――すると、外から『ピュー』と音が聞こえた。」
カインは再び前かがみになり、杖を両手で握る。その黒い目は真っすぐ聴衆を射抜く。
「『風じゃない、あれはなんだ?花火か?』そう思って俺は窓を開けた。そのとき、あったはずの床が崩れて体が浮いたような気がした。そのまま瓦礫に埋もれて音で攻撃を受けたことがわかった。」
カインの頬を1滴の透明な水が落ちる。それを彼はぬぐわず話を続けた。
「全身の痛みで目が覚めると俺は火の海で横たわっていた。瓦礫が村のことを想起させる。『あのとき遊んでいた子供たちは?今度できるはずの噴水は?村は?』そんな言葉が俺の中で巡る。そして俺は見てしまった。」
喉で何かを飲み込むと呼吸を整えて放った。
「村を守るために黒いドラゴンの姿となり白銀の鎧の怪物に斬首されたプラリネを――」
カインは自身の体を抱きしめて顔を帽子の陰で隠す。その声は冷静で綺麗だが震えていた。
「俺は怖くて痛みを我慢して逃げるしかなかった。俺は魔王だ。死ぬことはできない。この日死がどんなに幸福なことなのかと心底感じた。なぜだ、なぜ村民たちは殺された?村は善良で平和そのものだった。」
カインの口調は先ほどよりも魂がこもっていた。まるで恨みをはらすかのように。
「『黒いドラゴンは魔王。魔王は絶対的な悪で転生者は勇者となりそれを倒す義務がある』?誰が知るか⁉『郷に入っては郷に従え』という言葉を知らないのか?世界にはその世界の摂理がある。それを学べ!…今のアポローンを見ると笑みが浮かぶのは俺がおかしいからなのか?」
カインは片手で顔を覆う。その後、咳払いをしてわずかに口を歪める。
「…今の俺にできるのは、こうして過去をもう一度起こさせないよう願うだけだ。俺の魔力は自分で言うのもなんだが、”最強”だ。でも時代は力ではなくここに変わった。」
カインは指で自身の頭を指さす。
「――俺の話は終わりだ。」
礼をすると拍手が起こる。退場すると1人の女性が立っていた。淡い橙色の長髪に桃色の瞳が輝く。その頭には濃い翡翠色の2本の角が生えている。
「…クロエ、来てたのか。」
「当たり前よ。こんな大事な話、聞かないわけにはいかないわ。」
クロエの言葉にカインは眉をひそめる。
「…何度も聞いてるだろ。毎回号泣してるじゃないか。」
「それでも感情がこもってて良いの!俳優のときとは違うから。」
クロエはハンカチで涙を拭ってカインの腕を掴む。
*****
――クロエ・月影
カインの妻であり、異世界転生者。人間の病弱な少女だったが転生して鬼族の女性になる。カインとは結婚7年目だがまだ恋愛感情は冷めていない。
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カインはリアーナで数々の事業を立ち上げており、スケジュールは当然のように埋まっている。そのため、クロエと会えるのは自宅ぐらいだ。ちなみに自宅はタワーマンションでセキュリティも一流である。
さらにカインには双子の娘がいる。姉のティアと妹のノアだ。この世界では種族は遺伝しない。だから2人は烏天狗である。ティアは白い羽を、ノアは黒い羽を持つ5歳児だ。彼は普段は会えないがたまに休暇で共に過ごすことがある。2人とも金で物事を判断しない、とても利口な子だ。
◇◇◇◇◇
クロエと別れたカインは次の仕事に向かう。ある企業で株主総会があるのだ。カインは身一つで浮かび上がりリアーナのビルの間を縫って飛んでいく。この光景はもはやリアーナの風物詩となった。
カインは風が頬を撫でる中、考えていた。
(もうじき、アポローンのアホ狸が何かしら手紙でも寄越すだろ…。まいったな。俺はアポローンには手を出さないと、”あのとき”決めたんだ。公平に判断できない…。)
カインは空中庭園を包む魔導結界越しに終末世界のアポローンを眺めていた。その瞳は黒かったが、わずかに紅色に染まっていて眉を吊り上げていた。
この表情は冷静で理性的な性格のカインにはあまり見られないものだった。
※この物語はフィクションです。




