第2話 魔王の力
グレイヴは手元の日記をあくびをしながら逆方向にめくっていた。尻尾が一定のリズムで左右に揺れる。しかし、書かれた情報は――
『デカくて炎を吐く黒いドラゴンで勇者は仲間ごと一撃で仕留めた』
このような抽象的な表現だった。この世界の黒い大きなドラゴンはたくさんいてペット化まで進んでいる。手がかりはゼロだった。
「倒した奴がいるわけねぇか…。」
グレイヴは大きく息を吐いて暗い部屋で大の字になる。
すると、――バサリッ
書斎で山積みになっていた新聞が落ちてきた。グレイヴはもちろん歴代の誰もが目を通していない、ある意味貴重な資料である。
「…んだよ、これ。」
グレイヴは顔に張り付いたそれを剝がして何気なくパラパラとめくる。目の焦点は新聞の真面目な文面を軽くさらう。その内容は学のない彼には全く理解していなかった。
――しかし、そんな彼でもわかる文字があった。
『魔王カイン・月影、またもや新規事業を設立!』
グレイヴはこの大見出しの”魔王”という文字に惹かれた。すぐに自分のマジホで調べた。
”マジホ”とはスマホ型の魔導端末でかつての転生者が発明したものだ。機能はスマホと全く変わらない。
グレイヴはマジホの検索で”カイン・月影”について調べた。
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――カイン・月影
アポローンの隣国リアーナに突如として現れた魔王で実業家。サイボーグ化手術を受けており手術前の姿は不明。”カイン・月影”という名は術後の名である(リアーナの”機械化手術基本法”により身体の半分以上をサイボーグ化させると戸籍を変更する権利を得られる)。存在が確認されたのは投資活動でたったの2月で月影商会の頭取となる。それから本人は趣味で芸能界でも人気を集め、俳優も勤める。
容姿はこの世の何とも例え難いほどの美形であり、黒いミディアムヘアに黒い瞳を持つ。しかし、瞳は特注品で光の加減や本人の意思により色の変更は可能。モデル活動もあってかボディもスタイル抜群である。
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グレイヴの顔には先ほどまでの絶望は消え失せ、希望に満ちていた。
「このカインって奴に頼めば、加護が手に入るんじゃないのか?」
グレイヴは日記の内容を自分の都合で変えて、『魔王から加護を得る』という結論を導き出した。自分の都合に悪いことはいい方に考えてしまい現実から目を背けるのが彼の悪い癖だった。他にも悪い癖は山ほどある。しかし説明する必要はないだろう。
グレイヴは部屋の窓から空を見つめる。黄土色の空にはうっすら天空都市があった。それはリアーナのシンボルである近未来的な大規模な空中庭園だ。下半分のなんだかすごそうな機械が宙に浮かせている。
「魔王なら一度倒されてっから俺の言うことも聞くだろ」
グレイヴは吞気な顔で言っている。まるで友達と話し合うかのような面構えで。彼の瞳には”正義”というものはあるのだろうか。
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――リアーナ、月影商会中枢部
シックな木製の机には複数の青い魔法陣を出したパソコン型の魔導端末。その黒い革製の椅子には黒い肩まで伸びた長髪の男――カイン・月影が座っていた。彼は自身の手の中の水晶を見てわずかに口を歪める。そこには勝ち誇ったように妙な踊りを1人で踊る隣国の没落貴族の狸が映っていた。
「…これは、面倒になりそうだな」
発せられた声は低いが知性的でどこか大人びた雰囲気だった。黒い髪と整った容姿とよく似合う。
――グレイヴは忘れていたのだ。カイン・月影は”魔王”であるということを。
※この物語はフィクションです。




