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第1話 荒廃した勇者の地

 ――これは、ある異世界での話


 かつて魔王が世界を支配しようとしていた。しかし、別の世界より転生した勇敢な人間、”マサムネ・天照寺(てんしょうじ)”がその大いなる脅威を退けた。人々は彼を”勇者”と呼び、マサムネを称えた。その後、マサムネは魔王の支配していた地を”アポローン”と名付け優秀な魔法で人々に永遠の富を与えた。


 ――しかし、それは600年も前の話。


 年月が過ぎてマサムネ亡き後、勇者の血を継ぐ者がアポローンの国王となり支えていたが、誰もマサムネのような膨大な魔力を持っておらず、600年経った今アポローンは砂漠化が進行していた。


 見渡す限りあるのは、

 大きくひび割れ乾いた地面

 枯れた井戸

 風化して角が丸みを帯びた建築物


 さらに空は黄土色をしていて、かつて”太陽の地”と呼ばれたアポローンの面影は存在しなかった。


 その風化した石畳らしきものを一匹の狸が歩いていた。わずかな太陽光がその茶色の毛を輝かせる。その狸に人々の無機質な目に弱い光が宿る。


「…グレイヴ様だ」


 1人がかすれた声を上げると狸の周囲のアポローン国民たちが頭を深々と下げる。すると、狸が茶色い短髪の碧眼の顔立ちの整った青年に変化した。くたびれた白いシャツに戦闘向きの黒いレギンスを履き、腰には剣を携えている。よく見ると可愛らしい狸の耳と尻尾だけが彼が人間でないことを証明している。


 ――この世界は人間だけでなく魔族が存在する。人間とは逸脱した姿だが言語を話し、人間と同等の生活を送っている。さらに誰もが魔法を使えるというのも、この世界ならではの特徴だ。他にもユニークな特徴があるのだが、それはまたの機会に。


「皆、聞いてくれ!」


 狸――グレイヴはその声を辺りにとどろかせた。


「勇者は死んだが、まだ俺と言う存在がこの地に存在する!必ずお前らを救う!」


 グレイヴは自信に満ちた顔で歓喜の声を浴びた。それが彼の快楽そのものだった。


*****

 ――グレイヴ・天照寺


 勇者の血を継ぐ狸の魔族で容姿は整っているが魔法も経済力も無能である。その威勢の良い声も心の内では勇者の伝説に感覚が麻痺した国民の酔いがいつ醒めるかと冷や冷やしている感情が隠されていた。血縁により彼が現在の国王だったが、国の資金が足りず城はグレイヴの父の世代でとっくに手放し今は古びた豪邸に住んでいる。貧しすぎてメイドや執事も雇えない。


 さらには借金が膨らむ一方だからアポローンの信用度は地に落ちていた。

 その結果、グレイヴは”元”国王の没落貴族である。


 グレイヴが人型のままその邸宅――”天照寺邸”に帰宅した。この世界では魔族は必ずしも人型ではないのだが彼は普段人型で生活している。がらんどうの大広間の床にグレイヴは大の字になる。


「…ああ言ったけど俺が救えるわけねぇよな。でも無理と言ったら俺の評判がだだ下がりだ。」


 錆び着いたシャンデリアの接続具をグレイヴは見つめる。幼い頃は目を輝かせて自慢した1階から3階までという大胆な吹き抜けも、今では昼間だというのに斜陽のように薄暗い。


 グレイヴは息を吐く。


「どうしたもんかねぇ。親父とお袋は趣味の旅行で行方不明だからな…。全部俺がやんの~?面倒くさいな。」


 国民の前で”勇者”の彫像の如く勇ましく誇り高き青年の面影はどこへやら…。何気なく止まってしばらく経った大きな柱時計に目をやった。ホコリとカビで装飾が何なのかすらも判断できない。


 すると、グレイヴの頭の中に小さな稲妻が走った。


「そうだ!親父のくれた書斎にあんじゃねぇのか?古い本とか分厚いのあるし、行ってみるか!」


 本なんて縁が遠い存在だったグレイヴは柱時計の横の書斎のドアに向かった。


 ◇◇◇◇◇


 書斎は書斎というよりも”図書室”に近かった。首が痛くなるほど高い本棚が所狭しと並び、部屋を暗くする。グレイヴは魔法で指先に炎を出してランタン代わりに梯子を探した。梯子を発見してグレイヴがそれを父の書き残した棚の地図を広げて”勇者伝説”と書かれた棚に移動させた。額の汗を拭い指の炎を消して梯子を駆け上がる。ホコリでむせながらグレイヴはやっと赤い古い本を取り出して床で広げた。


 ――本は魔王討伐後の勇者の加護について書かれた記録だった。


「しめしめ、これでご先祖がどうやってアポローンを支えたかわかるぞ。俺だってその勇者の血が流れてんだ。これの通りにすれば――」


 グレイヴは決して淡くない期待を胸に本を読み進めた。少々気が散りそうだったが斜め読みで彼は字を辿る。すると、ある一節に目を止めた。


『マサムネは倒した魔王の魔力を得てそれをアポローン中にばらまいた。それは脅威として恐れられた力だったが使い方次第で恵みにもなることを彼は証明した。』


「”魔王”?そいつの力を借りるってことか?」


 意外にも普通だった。今までアポローンに聖職者や魔術師を連れてきたことはあったが、いずれも効果はなかった。それが不可能ならどんな難関なのかとグレイヴは悩んで(実際には後回しにして)いたのだ。


 グレイヴは曇った心に光が差し込み両腕を上げた。


「…おっしゃー!これでアポローンは救われる!俺も極楽貴族生活ができる!やっぱ俺、天才!」


 書斎はグレイヴの歓喜の声で満たされた。お先真っ暗の生活に希望の光が差し込んだ――


 ――しかし肝心なところに気が付いた。


「魔王って誰だ?日記遡るか」


 さっきまでの歓喜は薄れて日記のページをパラパラとめくった。


 ――このあと、ハプニングが起こることも知らずに…

※この物語はフィクションです。

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