記念日はホワイトデー
「男子もホワイトデーにチョコを配るべきなのよ!」
放課後。談笑部(自称)の部室として使っている教室で一色理央が声高々に言った。
なるほど、一理あるなと納得する俺。
よく考えてみると、バレンタインデーは女子が能動的にチョコを持ってきて異性や仲のいい子に配るがそれに比べてホワイトデーは受動的だ。チョコをもらったから義務的に返すという不公平感を感じなくもない。それに、返す義務もないのだから、「勝手にくれた」という逃げ道でもらい逃げもできてしまう。
「じゃあ、理央先輩。俺がチョコを渡したら来年のバレンタインデーにお返しくれますか?」
「うっ……わ、悪かったわよ。バレンタインデーにチョコ渡せなくて」
「いや、別に責めているわけじゃありませんよ。ただホワイトデーのお返しは一年後のバレンタインデーってことになりますよね」
新しく記念日を作らない限り、そういうことになる。バレンタインデーに呼応するのがホワイトデーならば、ホワイトデーに呼応するのは来年のバレンタインデーということになってしまう。
「ううぅ……」
頬を膨らまして涙目になる理央部長がとても可愛かった。
俺の一つ上で二年生。先輩ではあるが、背が低く、ハスキー犬みたいな丸いまろ眉がチャームポイントだ。
「それで、先輩は誰か特定の男子からのチョコが欲しいというわけですか」
「なんでそうなるのよっ!」
顔を真っ赤にさせて、大声できゃんと鳴く。
俺はポケットからハンカチを取り出して、顔に飛んできた唾をふき取ると、理央先輩は顔から煙を出していた。
「いや、そうでしょ? 女子が友達にあげるのが義理チョコ、異性にあげるのが本命チョコ。それなら、逆もしかり。男子からチョコをもらいたいってことは裏を返せば気になっている男がいるということになりますよね」
「うう……わ、悪いかしらっ!? 女子だって気になる男子の一人や二人いるものなのよ!?」
「えっ、二人もいるんですか? 先輩もなかなか男好きですね~」
「言葉のあやってやつよ! 文学的言い回しなのよ!」
俺の突っ込みに理央先輩は目を罰点マークにしてぶんぶんと手を振っている。
当たり前の話だ。男子が女子を気になるのと同じぐらい、女子も男子が気になるのが正常な思春期というものだろう。
「それにしても、談笑部は俺と先輩の二人しかいないのにチョコをもらえなかったのはちょっと寂しかったですね」
「……私は女子にしかチョコあげたことないもん」
俺と理央先輩の出会いは入学してすぐの頃。たまたま職員室にいたとき先輩が談笑部の設立を先生に懇願していたのを聞いていた。無事却下されて落ち込んでいた先輩が可哀そうで、声をかけたのがきっかけだった。
そうして、あれよこれよという間に非公認の談笑部を二人で立ち上げることになったのだ。部員数はあの頃から一人も増えていない。なぜなら、俺が勧誘活動をしていないからである。
「ところで石井君。もう一年たつけど、部員は見つからないの?」
「ええ、残念ながら。そもそも、正式な部活動ではないんですから難しいですよ」
「正式な部活動にするために部員を集めているんでしょ?」
「なら先輩が頑張ってくださいよ」
「うう……いじわる……」
再び涙目になり縮こまってしまう先輩。
一から部活動を立てようとする行動力はあるくせに、クラスでは浮いているらしい。俺も昼休みに様子を見に行った時には一人だけポツンと窓の外を見ながら黄昏ていたのを覚えている。
なので、今では俺が昼に先輩を誘って一緒に弁当を食べたりするようになった。いつも理央先輩のクラスに行くたび男子から嫉妬の視線を感じるあたり、人気はあるみたいだが女子の友達がいないというのは不思議なものだ。
「俺は先輩と二人でいるこの時間好きですけどね」
「にゃっ!?」
猫のような反応を見せる先輩に俺は微笑んだ。
口に拳を添えて、ごほんとわざとらしくせき込む先輩。
「石井君は自然とそんなことを口にするんだから。……勘違いしたらどうするのよ」
最後の方はぼそぼそと声が小さくて聞き取れなかった。
まぁ、まんざらでもない様子だし、嫌われているわけではないだろう。
「それで、何の話をしていたんでしたっけ」
「あっ、そうよ! うっかり流されるところだったわ! つまり、女子だけバレンタインデーでチョコを渡さないといけないのは不公平ってことを言いたかったのよ!」
「別に嫌なら渡さなければいいんじゃないですか?」
「できるならそうしたいわよ……でも、無言の圧力ってのを感じるのよね。バレンタインが近づくたびに、何のチョコが好きだとか、どこどこの店のチョコが好きだとか、催促されている気がするのよ」
「でも、先輩友達がいな……」
バンと机を叩く音に俺の口は閉ざされる。
「あのね、友達がいないのと付き合いがないはイコールじゃないのよ」
地の底から響くような暗い声に背中にヒヤッとした寒気がした。
どうも女子同士の関係は男の俺には理解できないほどに複雑なようだ。
『下校時間です。まだ校内に残っている生徒はただちに帰宅してください』
教室のスピーカーからの音に外を見ると、夕焼けが広がっていた。
「もうこんな時間か。じゃ、帰りますか先輩」
「では、本日の談笑部の活動はこれにて終了します。お疲れさまでした」
丁寧に挨拶をして、手提げかばんを手に取った先輩はそのまま廊下に出ようと歩き出す。
その様子に俺は慌ててリュックから四角い包を取り出した。
「待ってください理央先輩」
「ん? どうかしたの?」
振り返り、顔を上げて俺を見る理央先輩の表情は夕焼けも相まってとても大人びて見えた。チャームポイントのまろ眉もそこはかとなく神聖なオーラを放っている。
「チョコ買ってきました。先輩が前に話していたラ・ショコラのチョコです」
「えっ! あの高いやつ!?」
「はい、だって今日はホワイトデーですから」
どうも恥ずかしくて、顔が熱いな。
ちょっと奮発したため財布は寂しくなったけど、先輩の嬉しそうな顔を見れたから満足だ。
理央先輩のまろ眉がぴくぴく動いて、その下にある黒い瞳は輝いている。
「わーわー! ありがとう! 石井君だーい好き!」
「わっ、ちょっと」
胸にダイブして顔をうずめる先輩に俺の両手は空中をさまよった。
「えへへ、嬉しすぎて抱き着いちゃった」
ぱっと離れて、自嘲するように気まずく笑う先輩の温もりが俺の胸に残っている。
「理央先輩。来年は期待してますよ」
恥ずかしくなった俺はそれだけ言って、急ぎ足で先輩の横を通り過ぎ横開きのドアに手をかけると、
「待ってよ」
俺の右腕が強く引っ張られた。
何か気に障るようなことを言ってしまったか? そういえば、バレンタインデーに女子だけチョコを渡すのは不公平だとかなんだとか言っていたから、俺の催促で気を悪くしてしまったのかもしれない。
「あっ、いえ、別に強制するつもりじゃ……」
「んっ……」
ぴたっと、柔らかい感触に俺の言葉が遮られた。
一瞬だけ触れるような優しいキス。
「……えへへ、これがお返し。来年までなんて待ってられないよ」
そう言ってはにかむ先輩に俺は首ったけにされてしまった。
そうして、三月一四日はホワイトデー改め、俺と理央先輩の恋人記念日となったのである。




